裏はDXで効率化、表は「感動」を最優先

───まず、丸亀製麺さんが取り組む「KANDO(感動)ドリブンマーケティング」の概要や特徴について教えてください。

南雲克明氏(以下、南雲):「感動の創造」を優先順位の一番に置くというものです。営業もマーケティングも本社のサポート部門も含めて、お客さまの感動創造を最優先にした意思決定をする。すべてにおいて感動を創造することがビジネスを伸ばすことになると信じて「KANDO(感動)ドリブン」と言っています。

お客さまの感性に訴える、昔からの感性マーケティングでも感動は作れますが、再現性を高めるためにはデータの力も使う必要がある。「感性マーケティング × データサイエンス」で、感動創造の数も質も高めていく。端的に言うと、KANDO(感動)ドリブンマーケティングとはそういうものです。

感動を創造するために、讃岐うどんの本物感や風情感、そして人の温もりといった本質的な価値を磨いていきます。

丸亀製麺のアイデンティティは「製麺所 × セルフうどん」です。できるだけこの原点に寄せるために、讃岐にある製麺所の風景をお店で作っていこうとしています。感動の生命線である空間を没入感のあるものにするために、我々は年間50〜100店舗くらい改装をしています。

そして、手づくりのおいしさをもっと際立たせるために今後、麺職人を全店に配置します。おいしさだけでなく、空間や人の力も交えて本質的価値を磨いていく。さらに、丸亀シェイクうどんや丸亀うどん弁当のような新しい体験価値も創り出す。

とにかく、見える表側は効率ではなく感動を最優先にしてやっています。一方で、感動創出にかける時間を増やすために、見えない裏側ではAIやSaaSを導入してDXを進め、できるだけ手間を減らすよう努めています。

短期的な数字だけでなく、「持続的な成長」がデータ活用の真価

───「感性マーケティング × データサイエンス」とは、具体的にどのようなものでしょうか。

南雲:マーケターは、自分の感性や直感を信じてお客さまの感情の裏側を見ます。生のお客さまの仕草、空気感、表情や実際の行動を見て気づくことってけっこうあります。

一方、それだけでは再現性が難しいので、データサイエンスも使う。データを深掘りすると、マーケターの気づきと同じ示唆になることもあれば、違う示唆が出ることもあります。この2つを組み合わせて、消費者の心を動かすインサイトを掴んで感動を創る。

再現性を高めたものは、丸亀製麺だけでなく、トリドール流の成功パターンとして他のブランドや、日本だけでなくグローバルでも展開できます。経験則ですが、この掛け算が一番成功の確率が高いと思います。

───丸亀製麺さんは「顧客体験価値(CX)ランキング」の上位常連企業ですが、データ活用において他社と異なる特徴としてはどういったところが挙げられますか。

南雲:他社さんも顧客データや購買データ、POSのデータを短期的な数字を上げるために活用していると思うんです。しかし、「持続的に成長するマーケティング」が我々のテーマです。そのためには、「キーサクセスファクター」と呼んでいる、業績につながる消費者の心が動くポイントを見つけることが大切です。

どのキーサクセスファクターが動くと数字がどのくらい上がるのか。お客さまを「新規と既存」や「目的来店と衝動来店」などに分けて指標を作り、だいぶ数値化ができるようになりました。精度の高さも検証で出ていますが、これを積み重ねてストック型にしているのは我々ならではだと思いますね。

短期的に成果を出すためのデータ活用も当然やりますが、我々は「中長期でブランドを強くする指標」も明らかにして、短期と中期の両立を目指しています。

───「KANDOドリブン」で創った感動は、どのように計測するのでしょうか?

南雲:NPS(顧客ロイヤルティを測る指標)も導入して数年活用していますが、飲食で感動を図ろうとした時に一番近いのは「食べた直後の感情」だと思うんです。これが測れれば感動に近づけるんじゃないか。2024年4月から全店で展開する予定ですが、直感的に評価をタップしてもらうなど、食後の感情や評価を指標化しようと考えています。「丸亀KANDO(感動)スコア」と名づけて、お店ごとにスコアを出せるようにします。

これを使うことで感動の測定ができるだけでなく、集計したスコアは翌日にはお店で見られるので、「昨日のお客さまは、うどんのおいしさのスコアがすごく高い」とか、EX(従業員体験価値)やモチベーションを高める効果もあるんですよね。

白井恵里氏(以下、白井):翌日にお店でスコアを確認できるというのは速いですね。「あのお客さまかな」と思い出せるくらいのレベルですよね。

南雲:そうですね。翌日にはフィードバックして、もし何かネガティブな声があっても、「みんなで改善しよう」というふうにモチベーションを上げる。スコア化することでEXを高め、CXを高めるというサイクルを作ります。

EXという観点では、我々は従業員一人ひとりの働く幸せも見ていこうと考えています。従業員の働く幸せが向上すると内発的動機づけがされて、もっと感動を創りたくなって、結果的にCXが上がり業績が上がるというサイクルが作れると思うんです。内発的に変えていかないと持続的に感動を創れないし、CXを上げられず、数字も伸びないと思います。

「お金をあげるから感動を創れ」と言われても、難しいと思うんですよ。一瞬はやるかもしれないですけど続かない。やっぱり「自分がやりたい」にならないと継続しません。

今やっている取り組みも、基本的に僕がやりたいと思っていろんな人の協力を得て、いろんな知見が集まってここまで来ています。内発的動機から知見が生まれ、それが外食ビジネスをもっと良くすると思っています。

丸亀製麺の「尖る」哲学

───丸亀製麺さんでは、南雲さんと山口寛社長でマーケティング戦略の意思決定をされているそうですが、お二人で「とにかく尖ることが大事だ」という話をされているとお聞きしました。多くの企業が「尖らせたい」と考えていると思いますが、尖らせるコツはありますか。

南雲:「選ばれている理由」というのがあると思います。我々で言うと「手づくりのうどんのおいしさ」や、「五感に訴える空間」などがそうだと思いますが、この強みをもっと尖らせる。弱みを改善するよりも、強みを徹底的に磨くほうがいいと思うんですよね。強みを尖らせると突き抜けることができます。

丸亀製麺は、麺職人が全店にいる状態を目指しています。今は1,500人くらいですけど、僕が入った当時は160人くらいでした。

白井:ほぼ10倍ですね。

南雲:僕が「全店に麺職人を!」と最初に言った時、多くの人から「そんなのできるわけないよ」と否定されました。でも、いずれ価値になるからやったほうがいいと伝えて、3年かけて取り組んできました。実際に麺職人を増やしたことでうどんに対する向き合い方が変わってきましたし、これから他にはない強い価値になってくると思います。

これは仮説ですけど、コロナ禍で人の温もりみたいなものが減りましたが、「人の手を介したおいしさ」って各国共通のインサイトだと我々は定義しています。注文が全部タッチパネルだったり、ロボットが配膳したり、人と会わない食事が増えているからこそ、逆に我々は「人の手を介す」でいこうと。コロナ禍が始まって「3年後の職人全店配置を目指そう」と言ってここまでやってきました。

一番は強みの種を徹底的に磨くということですね。あとは中途半端にしないこと。みんな尖ろう、尖ろうと言って守るんですよ。

白井:そうですね(笑)。

南雲:「尖ってないじゃん! 守ってんじゃん!」みたいな(笑)。僕とかはいい意味で、「ダメでもしょうがない。信じて徹底的にやるぞ」と進みます。当たるか当たらないかはわからないんですけど。

丸亀シェイクうどんは、最初ほとんどの人が反対しましたし、丸亀うどん弁当も半分以上の人が反対していました。でも僕と山口は絶対いけると。反対意見が多ければ多いほど自信を深め、「徹底的にいくぞ!」と言って実行しました。

白井:イノベーターですね。

南雲:いかに良い意味でリミッターを外せるか。我々もまだ不十分ですけど、腹を括れる環境を作るということですよね。最近は心理的安全性とよく言われますけど、部下の提案もいいと思ったら、梯子を外さず最後まで絶対に支える。自分でやる場合は信じる道をブレずにいくという腹の括り方な気がしますね。

意思決定を速めるポイント

───丸亀製麺さんの特徴としては「意思決定の速さ」も挙げられると思います。南雲さんも常々「スピードが大切だ」と言われていますが、意思決定を速めるコツはありますか。

南雲:意思決定が遅れる原因って、社内で稟議が通らないとか、説明で行ったり来たりするといったことが多いと思うんです。僕もそういう経験をしてきましたが、今はだいぶ早められるようになりました。

この間もある案件である部署の責任者をサポートして、翌日に感謝のメールをもらったんですが、「先にGIVEする」のが大切だと思います。日本人は、「いや〜南雲さんありがとう。じゃあ次に何かあった時は……」と思うじゃないですか。

そうすると、自分が「これは早く通したい!」という案件の時に、「ちょっと頼むね!」みたいな。ちょっとベタですけど、人間なのでそういうコミュニケーションはよくやりますね。今風ではないかもしれないですけど、けっこう効きます(笑)。

白井:とても大事ですよね。弊社もお客さまを外部パートナーという立場で支援するので、最初は警戒されてしまうんですよね。そこで何をするかと言うと、やはり最初にGIVEをします。

成果を出せば一定信用されて「あの人の言うことを聞いておこう」となるんですけど。その手前は、最初のステージに上がるためにこっちから何かを手伝うとか、「できることはないですか?」と積極的に言うようにしています。

南雲:僕が丸亀製麺に転職した時は、営業部の依頼はすべて受けようと言っていました。「ここを変えて」「翌日までにPOPを作って」といった無理難題も全部イエスで受けようと。

そうやって信頼を作ることで、「南雲は味方っぽいから信用してもいいかな」となる。それで結果を出したら、「南雲の言っていることをやったら結果が出そうだ」になったり。白井さんの言うとおりだと思います。

白井:人間対人間なので、まさにそのサイクルですよね。弊社も常駐サービスということで、お客さまの会社に入り、社員同様に動いてチームの一員としてデータ活用を進めるスタイルですけど、データの専門家である前に、まず一緒に働く相手としてお客さまから信頼されないといけない。なのでそこはすごく大事にしています。それができてはじめてデータの専門性を生かして、データ活用においても成果を出せるんですよね。

南雲:そのとおりだと思います。

未来を予測するための感性の磨き方

───取得したデータや数値は過去のものですが、そこから未来を予測したり、仮説を立てるためには意思決定者自身が感性を磨く必要があるのではないかと思います。南雲さんが、ご自身の感性を磨くために意識して行っていることはありますか。

南雲:僕はほぼ外食なんですよね。平日は100パーセントで、日曜は家で食べますけど、土曜日も外へ出ていろんな店を見て回ります。飲食だけではなく、違う業界の繁盛店にも行って、自分で体験する。「食べる」ことが中心ですけど、できるだけ見る、遊ぶ、体験するようにしています。

───話題になっている、人の感性が動く場所にご自身が行かれて体験すると。

南雲:そうです。これは(トリドールホールディングス)創業社長の粟田(貴也氏)は今でも積極的にやっていますけど、並んでいる店には必ず秘訣があるから、行列を見たら自分も並んで体験します。人気の秘訣を探る活動はけっこうやっていますね。

感動はいろんな業界にあるので、それを取り入れないといけないと思うんです。できるだけ自分で体験して、自分の感性を磨く。「これを我々の事業に置き換えたら、消費者は今こうだから、未来のインサイトはこっちのほうだな」と考えたり。

逆に、先ほどお話ししたようにみんながタッチパネルのほうにいくなら、逆張りで人の温もりをもっと出すなど、同質化しないほうに意思決定するとか。そうすると必然的に尖りますよね。みんながタッチパネルにいくなら、プレイヤーが少なくなってより響くので、逆張りするわけです。というのを見極める感じですね。