今のビジネスパーソンは読書機会が減っている?

堀内勉氏(以下、堀内):残りが短くなってしまいましたが、徳岡先生と議論させていただきたいと思います。

徳岡晃一郎氏(以下、徳岡):堀内先生、どうもありがとうございました。もう本当に、聞いてるだけで圧倒されてしまいます。

冒頭でも申し上げましたが、多摩大学の大学院のコンセプトは「イノベーターシップ」。教養が「パイ(Π)型ベース」として大きなベースになるということです。先生のおすすめの本もありますし、私も自分の授業の中で院生にはいろいろな本を読んでもらっています。

ある意味、みなさん方はえらい苦労してるということで(笑)。「いや、そんなに本を読んだことありませんよ」とか、そもそもそんなに量を読みませんよね。今のビジネスパーソンは、本当に月に1冊も読んでないんじゃないかというのが大方のところで、本屋さんも苦労されてます。

そういった中で本に親しんで楽しむのは、ある意味「クセ」みたいなところがあると思うんですよね。堀内先生の場合は、ご自身が「資本主義って本当に良いことなのか? このままでいいんだろうか?」というところから、ずっと深く(読書に)入っていったのだと思います。

例えば「中年の危機」という言葉がありますが、たぶん堀内先生も「中年の危機」に向き合って、本と出会って、そこからずっと読書の道へ入っていったところがあると思うんです。

そういった意味では、読書に没入することで教養が身についてくる面があるんじゃないかと思うんです。徹底的に本を読むことがないことで、教養にたどりつかないというか。

読書とは「教養を積み上げていくこと」

徳岡:本と教養の関係を、堀内先生的にはどういうふうに解釈されてますか?

堀内:「教養」って、例えばリベラルアーツのことを教養と言ってみたり、教養自体の定義はあまり定まったものはないんです。私は、今の自分の視点をずらして見てみる……もう少し正確に言うと、もうちょっと高い次元から物事を俯瞰して見ることが教養なのではないかと思っています。

ヘーゲル的に言うと「弁証法的に高みに上がっていく」という、ちょっと難しい話になってしまうのですが(笑)。要は、視点を高めていくと見える景色がどんどん変わってくる。

そうすると「何に自分は囚われていたのか」「何を自分は思い込んでいたのか」「どういう社会システムの中に自分は組み込まれていて、なぜそれに気がつかなかったのか」ということがわかってくると思うんですね。

ニュートンの「私が彼方を見渡せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に乗っていたからだ」という有名な言葉があります。巨人というのは、人類が今まで積み上げてきた知の体系のことで、その上に乗って立つから遠くが見えるんですよということを言っていて、まったく私もそうだと思います。

であれば、巨人の肩の上に乗るというのは、本を通じて教養を積み上げていくことにつながるんじゃないかなと。そんな感じに思ってます。

徳岡:なるほど。自分の囚われた世界だけで物事を判断するんじゃなくて、より広く・より高く視界を広げて見ることで、いろんな判断ができる。「本当に資本主義が良いことなのか?」ということまで考えられるようになる。そのためには、やはり土台が必要だよねということですね。

ある意味、人類の英知が詰まってる本について我々がアクセスしないのはおかしいんじゃないか? ということでもありますよね。

堀内:もったいない、ということだと思いますね。

100冊以上の書評を書いた『読書大全』

徳岡:今日は資本主義をベースにして、堀内さんの人生の歴史と重なってきたと思います。本のセレクションという意味では資本主義の話ばかりじゃなくて、堀内先生はいろいろな他のジャンルも読まれてるんじゃないかと思うんですが、「どういうふうに本を選ぼうかな」とか本を選ぶ基準はありますか?

堀内『読書大全』を書いた時に、最初は日経BPから「100冊の書評を書いてください」と言われて、「ぜんぜんお安い御用です。書評は100冊以上楽に書いてるから、それをバインドして本にするだけでいいなら簡単です」って安請け合いして(笑)。

それで並べてみたら(ジャンルが)けっこうランダムで。「あれ? じゃあ項目分けして整理してみようかな」と思って、結局、『読書大全』は章を7つに分けたんです。

資本主義・経済・経営から始まって、最後の7章が日本論。その間に宗教・哲学・思想、国家・社会、歴史・文明、教育・芸術とか、全部で7つになってるんですね。それを並べてみたら、けっこう偏っていて。やはり私はやたらと資本主義の本ばかり読んでいて(笑)。

100冊だと思ったら、100冊じゃとても人類を語り尽くせないなと思って、リスト自体は400冊ぐらい作ったんです。それで、最初は立命館の出口治明さんにリストを見てもらったんですよ。

「堀内さんの選書って、中東と中央アジアと西アジアと、それから中国もあんまりありませんね」と言われて、確かにそうかもしれないなと思って。文明発祥の地の中国とメソポタミアあたりの本がぜんぜんないなと思って(笑)。

徳岡:(笑)。

堀内:それで焦って読み出して。

堀内氏流・読書のコツ

堀内:やはり、自分の知は相当偏ってるなというのは自覚していて。『読書大全』で満遍なくいろいろな分野を見ていって「この辺りが欠けてるから、もうちょっと読んでみよう」とか、だんだん自分の知らなかった分野の知識が頭の中に埋まってくると、いろんなものが横につながっていくんですね。

(ヨーゼフ・)シュンペーターは、イノベーションのことを「新結合」という言葉で言いました。iPhoneなんかもそうですが、部品1個1個を見たら新しいものはないんだけど、組み合わせていくとまったく新しいものが生まれることがあるじゃないですか。そういう総合知がすごく役に立つというか、自分は良かったなと思ってますね。

徳岡:なるほど。そういう意味では堀内先生の読書のジャンルは自然と資本主義や、中国・メソポタミア以外のところにいったけれども、こだわるんじゃなくてジャンルは幅広く渉猟したほうがいいということなんですかね。

多摩大学の寺島(実郎)学長も「全体知」という話をされてますし、私は一橋の野中郁次郎名誉教授と懇意にさせていただいてますが、やはり先生も「学べば学ぶほど知らない世界が見えてくる」と、よく言われています。

自分でどんどん視界を開いていくと、ますます世界が広くなってくる。それで横の知識がつながってくると、さらにおもしろさが増すし、イノベーションのネタにもなっていくのかなと思いますね。

勉強すればするほど、自分の「無知」を実感する

徳岡:堀内先生は本をたくさん読まれてますが、(ジャンルが)多方面に広がった時のご自身なりの咀嚼方法というか……「これはどう理解したらいいんだろうか?」とか、ご自身なりの咀嚼、あるいはまとめ方、つなげ方のテクニックはありますか?

堀内:ちょっと難しい質問なんですが、さっき徳岡先生が言われたことに関連して前振りすると……やはり勉強して知識が増えれば増えるほど、世の中のことがわかっていくんじゃないかと最初は思ってるんです。でも、やっていけばやっていくほど、いかに自分がものを知らないかがかなり明らかになっていく(笑)。

これはいわゆるソクラテスの「無知の知」なわけですが、ソクラテスは自身を無知の知だと言ったわけじゃないです。ソクラテスは、ソフィストと言われていた弁論士たちを次々と論破していくんですが、「自分は『知らない』ということがわかってるだけ、あなたたちよりマシだ」というようなことを言うわけです(笑)。

徳岡:(笑)。

堀内:だから勉強すれば勉強するほど、さっき徳岡先生が言われたように、知の地平線がどんどん向こう側に遠ざかっていく。追いかければ追いかけるほど、向こうの遠ざかるスピードのほうが速い、みたいになっていくんですよね。

寺島学長も本に書かれていますが、寺島学長もものすごい読書家です。でも30代ぐらいの時に、あまりにも自分の知らない世界が広がってることがわかってしまって、「数年間、情報発信が一切できなかった期間がある」と言われてるんですよ。

そのあとにまたいろいろ自分の知を整理したり、だんだん情報発信できるようになって今に至ってるらしいんです。だから勉強していくと、最初は絶望的に何もわかっていないことがわかって「これはいったいどうしよう」みたいな感じになるんです(笑)。

徳岡:(笑)。

堀内:でも、その「どうしよう」を続けてると、なんとなく自分なりのものの考え方や筋道が見えてくる。

“自分なりの考え方”を身につける方法

堀内:哲学や思想の世界の(知識を得ると)「2500年前の人もまったく自分と同じように悩んでいたんだ。人間はこういうことに悩んだり、こういうことについて幸せに思ったり、2500年前の人もお金のことでずっと悩んでたり……」ということがわかってきて、なんとなく筋道みたいなものがうっすら見えてくるんですね。

さっき申し上げたヘーゲルが言っているように、Aという考え方とBという考え方が真っ向から対立した時に、もう1段高いCという観点から見てみたら、まったく新しい考えが出てくるとか。考え方のパターンや筋道がうっすら見えてきて、そこが蜘蛛の糸のように救いになって、自分の考えがだんだんできていく。

そうすると、だんだん自分の道が少しずつ太くなって、その周りに枝葉が広がっていく。そこに固定して思い込みを強めていくという意味じゃなくて……なんかこう、見えてくるんですね。ちょっとうまく表現できないですが(笑)。

スポーツもそうじゃないですか。最初は「やれ」って言われても、ギクシャクしてぜんぜんできないんだけど、やってるうちにだんだんとコツがわかってくる。知の世界もそういう感じだと思います。そうなってくると、もうどんどん楽しくなってきて、わからないこと自体を楽しめる感じになっていく気がしますね。

徳岡:なるほど。人間は、歴史の中でずっと同じような悩みを持っていて、そういった悩みを私たちもみんな同じように持つ。何が悩みなのかもよくわからないままいくのではなくて、「みんなこういうことに悩んできたんだ。それだよ、それだよ」と、自分で感じるようなものが見つかる。

そういったものが自分の柱になって、「やはり自分としては、これが解決していくべきことなんじゃないかな」というものがいくつか見えてくると、そこに問題意識が芽生え、いろいろ引っかかってくる。

自分の世界や自分の人生の課題感の落ち着きどころが見えてきて、それがすごく膨らんでくるとまた楽しい……みたいなところがあるんですよね。

堀内:そうですね。

読書における「ツルツルの壁」を乗り超えるには

堀内:哲学の世界でよく「ツルツルの壁」って言うんですが、いきなりカントだヘーゲルだとかって読まされると、壁がツルツルでぜんぜんとっかかりがなくて上に登れないんですけど(笑)。

徳岡:なるほど(笑)。

堀内:ちょっとずつ1ミリでも前に進むと突起が見えてきて、手をかける場所がわかってきて、少しずつでも上に登れる。そんな感じだと思いますね。

徳岡:確かに。ちょっと時間が来てしまいました。なにもなしで読書を楽しむというのもやり方としてあると思うんですけど、宣伝がてらですが大学院に来てもらうと、最初は本当にツルツルの壁かもしれませんが、授業で読まされちゃうので次第に本が読めるようになります。

それから先生の解説がつきますからね。だんだん自分の引っかかる突起が出てきて、読書が楽しくなる。そして人生が開かれて、教養も高まっていくのかなと思うんですよね。 せっかくなので最後に、私がこの冬に読んだ本ですごくおもしろかったものがあって。ちょうどさっき堀内先生から太平洋戦争に絡んだ『君たちはどう生きるか』の紹介がありましたが、これ(『多田駿伝』)です。

多田駿という陸軍大将は、石原莞爾と共に不戦派で「戦線を拡大しない」ということを盛んに唱えて東條英機に対抗して動いていた国際人なんですね。そういう人物がいた日本は、やはりすごかったんだなとすごく思いましたね。

僕は堀内先生の域にまではぜんぜんいきませんが、他の各先生もそれぞれの世界を築いていて、いろんな書籍を推薦してくれますから、ぜひみなさんもそんな世界に足を踏み込んでもらえたらなと思います。ということで、時間になってしまいました。堀内先生、どうもありがとうございました。

堀内:どうもありがとうございました。じゃあみなさん、読書演習でお待ちしております(笑)。よろしくお願いします。