『読書大全』著者が説く、人生をひらく読書力

司会者:本日は、多摩大学大学院特別講義にご参加いただきありがとうございます。本日の特別講義は、多摩大学大学院の堀内勉教授にご登壇いただきまして「ビジネスパーソンのための『人生をひらく読書力』とは?」というテーマでご講義いただきます。

特別講義の後半には、多摩大学大学院名誉教授の徳岡晃一郎教授をお招きし、「今、ビジネスパーソンに求められる教養とは何か」についてご対談いただきます。ぜひ最後までご参加ください。それでは堀内教授、徳岡先生、よろしくお願いいたします。

堀内勉氏(以下、堀内):ただいまご紹介にあずかりました、多摩大学大学院の堀内と申します。みなさん、今日はこのウェビナーにご出席いただきまして、どうもありがとうございます。

ご紹介にありましたように、本日は「ビジネスパーソンのための『人生をひらく読書力』とは?」ということで、前半は私のプレゼンテーション、後半は徳岡先生との対談をさせていただきたいと思います。

私は今、多摩大学の大学院でいくつかの科目を教えています。もともとの専門は金融だったので、コーポレートファイナンス、ソーシャルファイナンス、それから論文演習とかを教えています。この中の教養科目の1つとして、2023年度から「読書演習」というものを始めました。

私は本を書いていたり、書評家としての顔もあるので、いろんな本についてコメントしています。それを演習科目にしてもらえないかというリクエストがあったものですから、読書演習では本を題材に、みなさんとビジネスパーソンとしての人生について語り合っています。今日はその頭出し的なことをお話しさせていただこうと思います。

「イノベーターシップ」を構成する5つの要素

堀内:徳岡先生、よろしくお願いします。

徳岡晃一郎氏(以下、徳岡):堀内先生、ありがとうございます。私は、後半で堀内先生と対談を行います。私自身は、多摩大学で2006年に教授となり、2023年からは名誉教授をしております。

私は日産でずっと人事をやっていましたので、人事管理、人事戦略、インナーコミュニケーション、企業文化を授業でやっております。

みなさまご存じかと思いますが、多摩大学大学院は「イノベーターシップ」をキーコンセプトにしています。このキーコンセプトを元に講座体系を作っているんですが、その中核になるイノベーターシップという授業も私は担当しています。

今回のテーマの「ビジネスパーソンに求められる教養」に関して言うと、イノベーターシップには5つの要素があって。「未来構想力」「実践知」「突破力」「「パイ(Π)型ベース」「場づくり力」の5つです。

「Π型ベース」というのは、幅広い教養、それから複数の専門性。円周率の「Π」の字の一番上に乗っかっているのが教養で、下の2本が複数の専門性という意味です。そういったものが、これからイノベーションを起こしていくリーダーにとってはすごく重要じゃないかと提唱しています。

今日、みなさんにはΠ型ベースをぜひ磨いてほしいなということで、堀内先生といろいろとお話をしていきたいと思っています。では、私はいったんここまでということで、堀内先生、ぜひお願いします。

堀内:徳岡先生、ありがとうございました。

銀行、証券会社、不動産……堀内氏のこれまでの経歴

堀内:それでは30分弱ぐらい、「ビジネスパーソンのための『人生をひらく読書力』とは?」ということでお話をさせていただきたいと思います。

先ほど自己紹介で申し上げましたように、私は(キャリアの)前半はビジネスマンで、日本の銀行と外資系の証券会社、途中からはちょっと目先を変えて、大手の不動産会社でCFOを長くやっていました。それから独立して、今は大学の先生をやっています。ビジネスもやっているんですが、大学の先生がメインの顔です。

その中で、ビジネスマン時代からけっこう本を読んできて、自分でも本を書いたり、書評もいろんなところでいっぱい書いているので、「本に関する本を書きませんか?」と、いろいろなところから言われて書くことになりました。まずはそれについて紹介させていただきたいと思います。

2023年の12月に『人生を変える読書』という本を出しました。読書がビジネスパーソンの人生にとってどんな意味があるか、どれだけ役に立つかということが書いてあります。ただ、速読術や多読術みたいなテクニカルな話ではなく、もう少し深く人生と読書を結びつけるような内容になっています。

私は立命館アジア太平洋大学の出口治明さんと親しくさせていただいているので、帯の推薦文を書いていただきました。みなさんご存じのように、出口さんは「稀代の読書家」として有名です。本つながりでお付き合いがありましたので、推薦文をお願いしたら快諾していただいたので、書いていただきました。

働き続ける中でふと抱いた“素朴な疑問”

堀内:私は3年前(2021年)の4月1日に『読書大全』という本を書きました。表紙に書いてあるように、古典に限ったわけではないのですが、主に古典的な意味を持つものの書評を200冊まとめた本です。

前半には人類の知の進化について書いていまして、さらにそのまえがきの部分には、私の人生における読書体験を書いたんですね。そうしたら意外に読書体験のところがウケまして、「堀内さんの読書体験について、人生と絡めて話してほしい」という講演依頼がたくさん来ました。

自分の体験とまったく関係なく、200冊の本の紹介だけを羅列しても仕方がないから、自分の人生の頭出しを少ししたのですが、それがすごく評判がいいというか。「話を聞かせてくれ」という人が多かったものですから、じゃあその部分だけをまとめて本にしようかということで、『人生を変える読書』を作ったんですね。

『読書大全』は488ページありまして、机の上にバンっと立てておいてもそのまま立つので「鈍器本」と言われています。孫泰蔵さん、山口周さん、冨山和彦さんに推薦文を書いていただきました。

『読書大全』の「はじめに」と、『人生を変える読書』の中身の問題意識について。どうしてこういう本を書こうと思ったかということなんですが、先ほど申し上げましたように、私は金融と不動産を長くやっていて、まさに資本主義のど真ん中で人生の前半は生きてきたのです。

ただ、働いているうちに非常に素朴な疑問を持つようになりました。「なぜ永遠に成長し続けないといけないのか?」。ある意味、こんなことをビジネスパーソンが言い出すと「大丈夫か?」という感じになるのかもしれませんが、やはり長く働いていると、こういった根源的な疑問がふつふつと湧いてきて。なんか非常に不思議だなと。

みんな「対前年同期比何パーセントの伸び」と普通に言っているのですが、マイナスとかゼロと言う人はいなくて、本当に成長するのかわかってもいないのに、なぜか成長する前提でみんな働いていることに非常に疑問を持ちました。

人はなぜ働くのか?資本主義は人間を幸せにするのか?

堀内:金融機関で働いていた時のイメージは、下りのエスカレーターを全速力で駆け上がるとか、回し車の中をくるくる回っているというイメージで、ちょっと人生に悩んでいた時があります。

それは個人的な悩みなのですが、もう少し俯瞰して考えてみると「そもそも資本主義って何なのか?」「なんでバブルが発生して、バブルが弾けて、みんなが非常に大変な思いをするのか?」とか。

手数料の高い金融商品をご老人に売りつけている金融機関のような、詐欺まがいの話とかを見るにつけ、「そもそも金融は世の中の役に立っているんだろうか?」「資本主義はそもそも人間を幸せにしているのか?」と考えるようになりました。

こういうことを真剣に考え出すと、考えることがけっこういっぱいある。「そもそもなんで働いているんだっけ?」「なんで我々は資本主義の社会の中に生まれ落ちてしまっているんだろうか?」ということを考えるようになっていったんですね。

それで、資本主義の勉強をちゃんとしてみたいと思い、働きながらいろいろな人と一緒に勉強会をやったり、大学の先生と話したりして、資本主義の勉強を始めました。

資本主義の起源というのは非常に難しい議論なんですが、資本主義がいつ始まったのかというと、一応18世紀ですね。アダム・スミスが「近代経済学の父」と言われて、みなさんご存じの『国富論』を書いたのが18世紀の後半ですので、このあたりがスタートになるのかなと。ですから、アダム・スミスの勉強をしようと思いました。

『資本論』のマルクスが唱えた「人間疎外」とは

堀内:みなさんも聞いたことがあるかもしれませんが、社会学者で有名なマックス・ウェーバーという人が、20世紀の頭に『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』というものを書いています。

これはよく『プロ倫』と約されて言われますが、要は「プロテスタントの勤勉と蓄財の精神が資本主義の土壌になった」ということを言っている人なんですね。

アダム・スミスから近代経済学が始まって、『国富論(諸国民の富)』は英語のタイトルが「Wealth of Nations」なんですが、一国、それから多くの国にとって富とは何か? を論じた本なんです。

マックス・ウェーバーは「その富を蓄積していく経済人の精神はどこから出てきたのかというと、キリスト教の新しい一派のプロテスタンティズムだ」というところにたどり着くわけですね。

資本主義というと『資本論』を書いたカール・マルクスです。カール・マルクスは資本の研究をするわけですが、彼は19世紀の後半に『資本論』というものを書いて、これが共産主義につながっていくわけです。

「資本主義の成立と人間疎外」。私は「資本主義は人間を幸せにしているのか?」と申し上げましたが、人間疎外とは、まさにカール・マルクスが言っていたことです。

例えば、チャーリー・チャップリンの『モダン・タイムス』という有名な映画がありますが、これはチャップリンが工場労働者になって、工場の歯車のように巻き込まれていって、自分を見失ってしまう映画なんですね。ですから、まさにマルクスが取り上げた「人間疎外」がテーマになっている。

マルクスが「資本主義によって人間疎外が起きるから共産主義ですね」ということで、ロシアで共産主義革命が起きたわけです。

資本主義と共産主義の狭間で生まれた「全体主義」

堀内:じゃあ、共産主義の国ができて、それでみなさん幸せになって良かったですねということなのかというと、やはりそうではない。

(アレクサンドル・)ソルジェニーツィンの『収容所群島』という有名な小説があります。当時はソ連で発禁になった本ですが、いかに共産主義の体制の下でみんなが虐げられていたか、シベリア送りになって過酷な運命にあったということが書いてあって。これは確かパリで出版したんですが、大ベストセラーになりました。

じゃあ、資本主義が人間を阻害するから共産主義だといって、共産主義でみんなが幸せになったかというと、そうでもない。その資本主義と共産主義の狭間に生まれ落ちたのが「全体主義」です。

みなさんご存じの(アドルフ・)ヒトラー。資本主義から阻害され、共産主義と敵対し、その中から個人崇拝をする全体主義やヒトラーのナチズムが生まれてきた。

全体主義に関する書物はたくさんありますが、代表的なもので言うとハンナ・アーレントの『全体主義の起原』という本です。要は、共産主義もナチズムもみんな全体主義だということを言っている本です。

中国も共産主義です。みなさんご存じのように今でも共産党の一党独裁ですが、中国に伝播した共産主義が人間を幸せにしたかというと、やはりそういうことはなかったと。

生産性が上がっても、人間はなぜか暇にならない

堀内:ユン・チアンという実在する人物がいます。彼女も亡命して、確か今はロンドンにいるのではないかと思いますが、いかに中国の体制が悲惨だったかを書いた『ワイルド・スワン』という本があります。

有名な文化大革命がいかに悲惨な状況で、人々が大量に虐待されたり亡くなったりしたかのか、おばあさんとお母さんと娘という3代の人生を描いた本です。これも大ベストセラーになりましたが、今は中国では発禁処分になっていて、中国国内では読めない本のようです。

ですから、みなさんはいろいろな体制を考えてやってみるのですが、体制に依存して人類が平和になり、人類が幸せになったかというと、そういうことでもない。資本主義に対抗して「共産主義だ」「全体主義だ」といろいろ出てきたけど、結局生き残っているのは資本主義だったということで、資本主義は終わらないですね。

(ジョン・メイナード・)ケインズはだいたい100年ぐらい前の人ですが、ケインズが「孫の世代の経済的可能性」という論文を書いています。『説得論集』という中に入っている論文です。

ケインズはちょうど100年前に「経済が発展して生産性が上がっていくと、当然労働時間が減っていくはずだ。100年後には、すべての人は週15時間働けば食っていけるような社会になるはずだ」ということを予言したんですね。

ただ、同時にケインズは「人間というのは暇に耐えられないから、きっとその暇に耐えられないで、余計なことをするんじゃないか」とも言っているんです。

『ブルシット・ジョブ』という本も21世紀になってからベストセラーになりましたが、要は「今の現代人がやっている仕事のほとんどはブルシット・ジョブだ」と言っています。つまり、なくてもいい仕事を無理やり作り出してやっているということです。

ケインズの予言は当たったといえば当たったし、当たってないといえば当たってない。ただ、生産性が上がっても、人間はなぜか暇にならないということだけははっきりしてきたと思います。