フィードバックをしても部下に伝わらないのはなぜなのか?

篠田真貴子氏(以下、篠田):あともう1個、フィードバックの次の「聴く」の話ともつながるかなと思うのですが、実際にフィードバックに関して私たちが悩んでいることを一言で言うと、伝わらないから困っているわけじゃないですか。

櫻井将氏(以下、櫻井):はいはい(笑)。

篠田:自分は伝えたいし、伝えているんですけど、相手には伝わらないんですよね。この(伝える)ことと「聴く」という話が、どう関わっているんだろう。

櫻井:難しい質問をしますね。

篠田:私は「ここかな」というのがあるので、「いや、そうじゃなくて」という答えでもいいので、深めていただきたいんです。櫻井さんの本の中でも「聴く」ことを「あり方」と「やり方」に切り分けていますよね。あの「あり方」が共通しているのかなと思ったんですよね。

櫻井:なるほど、なるほど。

篠田:今日の講演の前半では、その場面における「聴く」と「伝える」の使い分けをたくさん言っていただいて。全部めちゃくちゃ大事なんですけども、その根底に共通するものがないと、(フィードバックを)受ける側からしたら気持ち悪いじゃないですか。上司がふだんフィードバックをくれる時の感じと、それ以外の時の感じがすごく違うとか。

『まず、ちゃんと聴く。』のメッセージとしては、相手の肯定的意図を信じるのが、「聴く」のあり方の根幹だと私は受け取っているんですけど。その肯定的意図を信じる態度と、今日お話ししてくれたフィードバックの話って、どう重なるのか。

櫻井:そうですね、僕も考えながらしゃべる感じになると思うので、うまく伝えられるかわからないんですけど。これはこの前の荒木さんのVoicyでお話ししたじゃないですか。

篠田:はい。『荒木博行のbook cafe』という音声メディアですよね。

櫻井:すごいおもしろいですよね。この前その番組に出させてもらった時に、荒木さんにも最初に言われたのが、「僕は講師をやってきたけど、この肯定的意図がないと伝えられない」と。ちょっと言葉は正確じゃないんですけど、ニュアンスとしてはそういうことを話されていました。

篠田:荒木さん自身が、それ(肯定的意図)を聴く側じゃなくて、(伝える側の)講師として大事にしてきたという。

櫻井:伝える側という意味で言うと、篠田さんの言われたこととけっこう近い話をされたのかなと思っています。

ネガティブな行為の裏にある、ポジティブな意図

櫻井:ちょっと肯定的意図の理解がないとこの話はわからないと思うので、サラッと説明します。「あり方とやり方とコンディションの掛け算で、聴く力が測れるよね」という話を本で書かせてもらっています。このあり方とやり方は「聴く技術」だと書かせてもらっていて、これにコンディションを掛けると、その場で力が発揮できる。

要はイチローのような選手が、あり方とやり方のスキルを持っていたとしても、試合の当日に風邪をひいていたらその力を発揮できないよね、というのが(スキル)× コンディションの話です。方程式にしているんですけど、このあり方のところに肯定的意図と書かせてもらっています。

心理学やコーチングを学んだことがある方はご存知かもしれませんが。NLPの共同開発者のお一人のロバート・ディルツさんという方が、「あるレベルでは、すべての行動には肯定的意図がある」と言っています。

例えば人を攻撃するという行動の背景には、実は「自分を保護したい」という意図が働いています。「怖い」という一見ネガティブっぽい行動や振る舞いの中には、「自分を守りたい」とか「安全でありたい」という意図が働いていたり、目的があるんじゃないかと。

怒りは境界線を維持する目的を持っているんじゃないかとか、一見ネガティブだったり反社会的と言われるような行為の中にも、その人なりにはポジティブな意図があるんじゃないか。英語だとPositive Intention、「ポジティブな意図があるんじゃないか」と捉えると、物事が解決しやすいのでは、という考え方です。

相手の意図や背景を汲もうとすると聴きやすくなる

櫻井:実は、システム全体の中で、自分が認識できたり自分と同一視している部分に対してのみポジティブな意図が働くので、社会的にネガティブというのは、要は自分という範囲が狭いんだと言っています。

なので故意に相手を傷つけたり、例えばヒトラーは彼が共感したシステムに対しては非常に肯定的な意図を持っているんだけど、そうではない人たちには攻撃的なことや暴力的なことをする。

もうちょっと柔らかく言うと、例えばお金を誰かから盗む人。盗む時に相手は傷つくわけなんですけど、自分のシステムの範囲の中では「自分が喜ぶ」というポジティブな意図があるので、盗むという行為をします。

なので反社会的な行為や非建設的な行為の中にも、「その人なりの背景や意図、正義があってやっているのではなかろうか」という前提に立ってコミュニケーションをすると、「聴く」ということがしやすいです。

先ほど「聴く」ってwithout Judgementと言ったんですけど、自分と意見が違うということには、つい反発したくなるんですよね。「お前おかしいやろ」って言いたくなるんですけど、でもその人にはやはりその人なりの意図や背景や正義やロジックがあるわけです。

これを聴きにいくことは、自分の判断を1回脇に置かないといけないんですが、その時に前提として肯定的意図という考え方があると聴きにいきやすいよねということです。

フィードバック以外のふだんのコミュニケーションが重要

櫻井:だからと言って、人を殺すとか、人のお財布からお金を抜くことが「良いことか」と言われると、意図があることと行動が正当化されることは別の話なので。この肯定的意図という話では、意図は受け取りにいくんだけど、行動の評価はちゃんとしましょうね、と言っています。

「意図と行為を切り分けて扱いましょう」という話が、もしかしたら、フィードバックに影響するんじゃないか。肯定的意図を持ってフィードバックをするか、「お前馬鹿なんじゃないの」「どうせわかってねぇな」と思ってフィードバックするか。そこはぜんぜん違うよねということを、篠田さんは言ってくださったのかなと。

篠田:そうなんですよ。特に先ほどのマトリックスで言うと、たまにしかやらない行動に対して「今日は遅刻しなかったね」って言うと。この肯定的意図を信じるというベーシックな態度がないと、わざとらしくなっちゃって、すごくやりづらさを感じるなと思ったんですよね。

櫻井:おっしゃるとおり。

篠田:日頃から肯定的意図を(持つ)。例えば櫻井さんが私の上司だとして、私の肯定的意図を汲もうとしてくれているな、と微塵も感じないのに、いきなりこれを言ってきたらびっくりしますよね。

櫻井:なんか裏があるんじゃないかみたいな。

篠田:「おぉ」みたいになると思うんです。

櫻井:なるほどな。

フィードバックと「聴く」ことを両立するための意識づけ

篠田:あと、この本を読んだ人や知り合いの人としゃべっていると、「なるほどね」と言う人と「いや、難しいね」と言う人に、けっこうきれいに分かれたんです。私の仮説は、後者の人は肯定的意図という感覚を概念として持っていないか、その思い浮かべた特定の人に対して、(肯定的意図を)持ちづらいと感じている。

櫻井:本当にそうですよね。遅刻の例で言うと、いつも遅刻してくる人に「こいつ、どうせ遅刻してくるやつだ」と思っていたら……。

篠田:「だらしないんじゃないの」と、人間性まで疑っているわけじゃないですか。

櫻井:そういうことですよね。「よく来てくれたね、ありがとう」と言っても、たぶん届かないというか。「いや、彼は何か理由があって遅刻しちゃっているだけだ」「できる人間であると信じている」という前提で、発生頻度が低いもの(遅刻しなかった時)を見つけて声をかけられると(いいですよね)。

だから、フィードバックをするときは、コミュニケーションのやり方ではなくて、あり方というところがけっこう大事だよね、と今言ってくださったんですよね。

篠田:そうかなと思って聴いていました。まったく同じ地平の上に「フィードバック」の話と「聴く」の話があると捉えると、楽になると言うとちょっとニュアンスが違うけども。バラバラの違うことをあれこれ覚えなきゃいけないのとは違う感じになる。

「同僚の肯定的意図を、今よりも受け取りにいく自分になっていこう」という意識づけが、「聴く」も「フィードバック」もできるようになるためのやり方なのかなと。今聴いていてけっこう納得感が上がりました。ありがとうございます。私たちが納得しているのをみなさんが温かく見守ってくださっている(笑)。

櫻井:ありがとうございます(笑)。

「聴く」ことの大事さを周囲にわかってもらうには

篠田:参加のみなさんの問題意識のほうに話を戻します。事前の質問や冒頭の質問でとにかく多かったのが、「この『聴く』ことの大事さをどうやって周りにわかってもらったらいいんですかね」ということです。これは共通の課題だなと思うんですよね。

いくつか拾った観点でいくと、その「聴く」とか対話することの重要性を、いかに理解してもらうか。「特に経営者とか上司にその認識がないんです」というコメントが複数あったと思います。一番それを端的に言い表しているのは、「結局それって目の前の売上にどうつながるのか」って問われた時に、どう答えたらいいですかと。

櫻井:これは逆に篠田さんに聴きたいな。

篠田:そうですね、やっぱりここまでの櫻井さんの話に、ヒントとかエッセンスがすごくあると思っています。どなたかもコメントで書いてくださいましたけど、特に経営層の、私のような世代は、やはり育ってきた環境に担保されていましたよね。

その方も、実はインフォーマルな飲み会とかで愚痴を言ったり聴いてもらっていたでしょ、ということが思い起こされる。でも今はそういう環境じゃないから、別のやり方で手当しないと、というのが、(聴くことの)大事さに気がついてもらう意味で1つあるのかもと思いました。

もう1個は、やはり部下育成という観点で、ここ半年かもっと前から、けっこう採用が難しくなってきた実感が私もあります。

現場だけではなくて、中堅以上の上層部の方も採用するようになってきて、より力のある方々に入って活躍してもらうという意味では、やっぱりコミュニケーションのやり方を変えないとですよね。大きく言うとこの2点です。

過去とやり方を変えないといけませんよという話と、今実際に人が採れない、あるいは定着しない。人数は揃っているかもしれないけど、自分たちが欲しいタイプの人が採れていないですよねという、このあたりかな。

櫻井:そうですよね。

篠田:それだとちょっと上位レイヤーすぎるのかな。

櫻井:いや、今すごく聴きながら考えていたんですけど、「構造で話す」ってやはり大事ですよね。「聴く」という話になった瞬間に、ちょっと感覚的な話とか、柔らかい話になりがちだなと。

企業の上位層は「自分は聴けている」と思いがち

篠田:たぶん上の方々は「自分は聴けている」って思っているんですよ。

櫻井:あっ、それもあるのか。

篠田:「えっ、みんな聴いていないわけ? それでどうやって管理職やっているわけ?」と。聴くことへの解像度が粗いが故にそうなっちゃうんだけど、そこで(相手に対して)「聴く」の解像度を上げるレクチャーはできないじゃないですか。

櫻井:「いや、『聴く』というのはですね」とは言えないですよね。「聴く」という振る舞いをインストールしないと、組織の構造として無理だよというのが、経営者にとってはすごく大事じゃないですか。

そこで、篠田さんが講演でいつも言っている、「聴く」ことが大事なんだというブロック塀と石垣の話がマッチするかなと思っています。あとやっぱり「聴く」ことのマネジメントの体験がなさすぎてわからないんだと思うんですよね。

自分もされてきていないし、今経営者ということは、おそらく上意下達っぽい「伝える」というコミュニケーションでうまくいった体験があるから上にいるわけなので。

その方々に理解してもらうのは非常に難しいだろうなと思うんですけど。僕は大企業の経営者の方とはそんなに多く話した経験はないけど、話していて思うのは、やっぱりどこかで聴かれているんですよね。

篠田:はいはい。しっかり聴いてもらった経験がある。

櫻井:そう。社内で聴いてもらっていないだけで、あるんですよ。

篠田:あるいは「すごく良い上司がいました」という方はけっこういらっしゃいます。

櫻井:あとは外部の同じような経営者に聴いてもらったりとか、違うところで聴いてもらっているんだけど、「自分の会社とは関係ない話だ」と思っているので、そこをつなげてあげるといいのかなと思っています。

実は役職が上の方は外の人と話す機会が多いので、話すことで言語化できて気づくということを散々やっている。部下は「上司がそれ(聴くこと)をやらないから悪いんだよ」って言うんだけど、そうじゃないというか。

自分が上司から「聴かれる」という体験をしてきていない人たちも、(外部で)聴かれた体験をしているので、それを引き出してあげられるといいなと思いました。

かつて理想とされていた、ブロック塀のような均一な組織

櫻井:もう1個あるとしたら、僕たちもエールで支援をさせてもらいますけど、ある自動車会社さんで、経営層のほとんどはぜんぜんわかってくれない状態だけど、1人だけわかってくれる常務の方がいらっしゃると。

そこで、まず400人とか500人ぐらいで実行して、結果を出して、成果を持ち込むようなアプローチがやはり多いんだろうなと。新しいものって基本的に反対されるし、批判されがちなので、どこかで小さく結果を出すしかないかなと思って支援をさせてもらっています。

もしかして石垣の話を準備してくれたりしました?

篠田:いや、その話をするか、もう1個質問をするかですごく迷っているんですよ。でもせっかくこの流れだから簡単に石垣のお話をします。組織の中の人間観とか、人間観をベースにした時の組織と人の関係が、過去の蓄積と、今行きたい方向でものすごく変わっていますよね、という話を時々私はさせていただくんです。

私が社会人になったばっかりの30年以上前をイメージしていただくと、やはりその頃の立派な会社って、いわゆるピカピカの工場みたいな、連続的に高品質な物がワーッて生産されるイメージでした。

そうするとそこで働く人は、いわば機械のように「正確に24時間365日働けたらいいな」という世界観で、要は人が均一であることが大事。その均一性を力に変える経営で成功してきたわけです。

これは漫画的に言うとブロック塀なんですよね。一方、今我々が直面している状況は、まったくこれとは違って知的生産で売っていくという話なので。同じような人が大量にいても、ぜんぜん生産性は上がらないんですよ。

むしろタイプが違う人たちが組み合わさることで、それこそ新しいビジネスモデルが生まれたり、新しいやり方が生まれます。これを例えて言うなら、ブロック塀ではなくて石垣を組み上げるように組織を作るやり方ですと。

「聴く」ことの必要性が高まっているわけ

篠田:ブロック塀の世界では、ブロックという正解があります。そして上司は、よりブロックとしての完成度が高いから上司になっているわけですよ。

だから上司は新入社員の篠田さんに、「篠田さん、大きさが足りない」とか「この角が出っ張りすぎている」とか、正解に対してフィードバックをするので、「伝える」というほうが大事。たぶん今の上層部の方々はこれで育ってきているんですよね。

でも、今の組織観とか人間観においては石垣なので、私は丸くてちっちゃい、櫻井さんは大きくて三角であると。櫻井さんと篠田さんは「石としてのサイズ感とか形が違うよね」ということを、まず自分が理解しないといけない。

そして相互にも理解しないといけなくて、「聴く」というコミュニケーション手法がないと、これはできない。「聴く」ばっかりをしましょうということではなくて、過去にはあんまり要らなかった「聴く」の必要性が上がってきているのが今なんです。

ここまでの構造変化があるから1on1が必要だし、有効になっているんだと。意外とまだ整理ができていないのかなと思って、よくこんなお話をします。

櫻井:上の方を説得できないというのは、篠田さんがいろんなところに呼ばれてしゃべるというのが大事ですね。

篠田:呼んでください(笑)。

櫻井:(笑)。

篠田:他にもみなさんからたくさんのテーマをいただいていて、お話ししたかったのですが、ここまででいったんこのパートは終わりにしようと思います。「フィードバック」と「聴く」ということの共通点だったり、その理解と上層部の方のギャップがどこにありそうか。そういった観点で、いくつか講演を補強するようなお話を櫻井さんから聴けたかなと思います。ありがとうございました。

櫻井:ありがとうございました。