自社におけるTo-Be像の描き方

井手伸一郎氏(以下、井手):コンサル出身の野本さん、いかがですか? 

野本周作氏(以下、野本):いやいや、大先輩からのすごいプレッシャーなんですが(笑)。あまりAs-Isは考えないんですよね。僕は基本的に落ち目な企業や伸び悩んでいる企業を上げていくので、新しい業界じゃないんですよ。DXもやっていますが、トラディショナルな飲食業やサービス業が多いです。

そもそもサービス業ではKSFなんて言葉は使わないですが「どうやったらこの事業で勝てるんだろうな?」「付加価値、もしくは差別化要因って何なの?」と考えた時に、これはやるべきだよねというTo-Beを考える。これは国や価格帯などによっても違います。

4次元のファクト把握を通じて、自分の中で整理する。新しい事業を担当した時には、だいたい2週間ぐらいでまずはTo-Beを固めます。ほかの仕事もやりながらで大変ですが、「超わかった」というよりも「だいたいわかった」状態でTo-Beを描いていきます。

これをAs-Isと呼ぶのかどうかですが、足元の状況と照らし合わせた時に「いや、これはさすがにワークしないな」と思うことは修正をしていく。だから本当にやるべきTo-Beを書いた後、実際実行の道筋を立てていく時にはちょっとずらしていくんです。

ただみなさんに忘れないでほしいのは「どのようにしたらできるだろうか?」という問いを立てること。「いや、これはできないよ」「その戦略は昔やったけど、ダメだったんだよ」と言って、これをやらない人が多くて。それはやり方が悪かったんだろ? と思いながら、いつも聞いているんですが(笑)。

「どのようにしたらできるだろうか?」を徹底的に考えることによって、To-Beをずらさずに済むんですね。自分の足元から積み上げていくと、おかしなことになっちゃうので。業界によって違いますから、「最初に書き切ること」と「その道筋を必死に考えること」の2つなんじゃないかなと思っています。

実行計画は「見える化」すると腹落ちする

井手:先ほど業界KSFというキーワードが出てきました。KSFなんて言わないんですが、やはり僕らコンサルの中でも、業界の特性や「どうすれば勝てるのか」はまず考えますよね。そこからスタートしないと……。

野本:そこからスタートしないと、ファクトから入らないと気持ちが悪い。

井手:だって、どうすれば勝てるのかがわからないと、その後が解けないですもんね。

野本:そうなんですよ。本当にそれもわからないと思った時は、仮説を立てるしかないと思うんですが、その順番をおろそかにしている人が、世の中のビジネスマンにはけっこう多いんじゃないかなと。録画されているので怖いですが、思うところです。

各務茂雄氏(以下、各務):本当に実行計画はフィージビリティですよね。

井手:まず「この業界でどうすれば勝てるのか」から真っ先に入りますし、後ほどあらためて聞きたいんですが、環境がものすごく変わっていく中で、そこに「変化する」ことが入っていくんですよ。

これまでのビジネスの流れの中で、各役員の方々も肌感覚でなんとなくわかっていても、文字化されたものはあまり見たことがない。それが文字化されて、変化がちゃんと図式化されて、「ここに行かないといけないんだけど、行けていない。こういう課題が社内にいっぱい溢れているんだよ」と、可視化してあげるのがすごく重要です。

野本:めっちゃわかります(笑)。可視化を(ローランド・)ベルガー流に言うと「見える化」です。コンサル出身者が事業会社に行くと「絵を描いてるのが仕事だと思ってんじゃねえぞ」と言われることが多いという噂を聞くんですがそんなことはなくて。

特に僕らの業界は、見える化してわかりやすく説明してあげることによって、腹落ち感が半端ないんですよね。これはエグゼキューションの話にはなるんですが、文字や言葉だけで言っているよりも、イラストだと「なるほど!」「絵にしてくれてよくわかったわ!」というのがめっちゃあるので。

経営者と従業員の間に生じる“温度感のズレ”

野本:なんか登壇席の両サイドで盛り上がってすみません。どうぞ。

井手:それで、中の2人(唐澤氏、津田氏)にちょっと聞きたいんですが。

唐澤俊輔氏(以下、唐澤):はい、中の2人です。

(会場笑)

井手:とはいえサステナも、国家や政府の何を目指していいのかわからない領域もありますよね。これはどうやってTo-Beを描くんですか? 唐澤さんからいきましょうか。

唐澤:はい。確かに両サイドがゴリッとしているので、ちょっとソフトめの話をしたいと思います(笑)。

(一同笑)

唐澤:これを講師が言っていいのかという問題はあるんですが、戦略を完璧に書くことはあまり意味がないなと思っています。結局、働くみんなが同じ方向を向いて進むためにあるわけなので、実は戦略自体が完璧であっても、実行が担保されて成果が上がるとは何も約束されていないんですよね。

目的に向かって組織は動くので、To-Beの話は僕もすごく重要だと思っています。先ほど野本さんが、悪い状態をプラスにしていく話をされていました。

事業成長には「0→1」とか「1→10」というフェーズの議論がありますが、変革とは「マイナスをプラスに転じる」という振れ幅がすごく大きなフェーズです。だから、生み出す価値も大きいと思っています。

でも「働くみんなは、今がマイナスと思っているのか?」を考えなきゃいけなくて。経営層には「これはやばいよね」とすごくマイナスに見えるんですが、(従業員は)「このままでいいです」と行っていたりして、意外とマイナスと思っていないじゃないですか。

たぶんここにいるみなさんがそう思っても、働く一人ひとりがそう思っているとは限らない。「今はマイナスである」、つまり「なにかに対して足りていないのである」ということを、まずはみんなが自覚する必要があると思っています。

まずは自社の課題を可視化する

唐澤:そのために「目指したい山、登りたい山はここで、ゴールはここだよね」「俺たちはこのためにあるんだよね」というパーパスがあると、「確かにそれに比べたら、まだ届いてないね」とギャップがわかって、「ここを課題にして議論しよう」と始まる。

じゃあ、その山をどうやって登るの? という時に、事業側では事業戦略を描き、組織側ではバリュー、ウェイなどを中心に据えるわけです。完璧なものを自分だけで作るより、みんなで作ってみんなのものになれば、みんなが腹落ちしているので、腹落ちのための作業はいらない。いかに巻き込みながら作っていくかがポイントかなと思って動いています。

井手:課題の見える化や、マイナスと気づいていないかもしれないけれど「ここまでいくとプラスになるよね」を理解してもらい、「これを登ろうよ」というHowのところは一緒に考えていく感じですかね。

唐澤:可視化がめちゃくちゃ重要なのはそのとおりです。何が起きているかは、モノが可視化されていないとわからないんですよ。昨日の最初のセッションにも「現状認識が最も難しい」とあったじゃないですか。リーダーですらそうで、現場の一人ひとりも当然そうなんですよ。見えている世界が違うからです。

だから、データはいろいろな意味で大事です。数字で見えると、確かに足りていないことはわかる。だからこそ使いようで、まずは可視化からデータを活用するのが基本です。いろいろと分析するのは、その先かなと思っています。

井手:なるほど。

会社のビジョンはぶらさず、仕組みで社員を後押しする

井手:津田さんのところはさらに柔らかいと思うんですが、どうですか?

津田恵氏(以下、津田):今の唐澤さんのお話にちょっと似ているかもしれませんが、私もコーポレートとして、各ビジネスユニットの戦略を書ききることはしないです。逆にビジネスユニットの人たちが、自然と向かうべき方向に進むためのドライブをどうやって書けるかというと、まずは大義を外さないことですよね。

日立だと「優れた自主技術と製品の開発で社会に貢献する」という会社の大きなビジョンは外さない。これはサステナビリティそのものなので。これをみなさんに腹落ちしてもらうためのいろいろなツールをお渡しすれば、あとはみなさんがドライブしていかれるんですよね。

じゃあ、そのために何をするか。例えばトップのメッセージもすごく大事。堀義人さんがあれだけ「LuckyFes」と言うと、もうみんなの頭にこびりついているじゃないですか。あれぐらいのレベル感で、上の人たちから「何が大事だよ」「こっちを向いていこうよ」と呼びかけていただく。

先ほども言いましたが、報酬制度に組み入れるのは、別にみんながお金が欲しいからじゃなくて。「これが大事なんだな」ということを何度も再確認して、「じゃあ実績はどうだろう」と、その数値を確認する。みんながそういうモードに入っていける、そんな仕組みでみんなを押し上げていくやり方をしています。

井手:なるほど、わかりました。

まずは「ファクトの整理」と「見える化」から

井手:みなさんは今、聞いていてちょっと混乱していますよね。2人は「戦略を固めろ」と言い、真ん中の2人は「いや、そこは固めなくていい」と。ちょっと構造的に整理させていただくと……。

唐澤:整理できるんだね。

野本:さすが先生。

(会場笑)

井手:共通して言えたのは、まず「ファクトを整理しなさい」「見える化をしなさい」ということ。「今起きている課題が何なのか」がスタートラインなんだと思いましたね。

良い状態を提示していくと、確かにみんなも「そうだよね」と言う。ここも4人に共有していた気がするので、これもやりましょう。このギャップをどう解決していくかのHowの手法には、それぞれ違いがあったんじゃないかなと思います。

1つのポイントは、業界的に少し枯れてるというか、その業界の昔からの方式がある。「こうやれば勝ちパターン」が見えている場合は、具体的な戦略に落としていきながら、「こうやるんですよ」をみんなに提示するというのもあります。

今、私がやっているコーポレートトランスフォーメーションは、全社共通のコンセプトで展開しなきゃいけないので、コンセプトは1回センターで書ききるわけなんです。

一方で少し草の根的に進めながら、みんなを巻き込み変革の輪を作っていく場合は、Howはお渡ししながら、本人たちにコミットメントしてもらう、能動的に動いてもらう。そういう演出をしているのかなと思ったんですが、合っていますかね?

唐澤:さすがです! ありがとうございます!

各務:さすがです!

(会場笑)

「日本の組織のムダな仕事のほとんどは会議」

唐澤:草の根的にやるし、当然ソフト面で人の気持ちを……ということはすごく大事なんですが、一方先ほど津田さんが言っていた個々の施策にメッセージを込めることも同時に必要です。

だからハード面でいくと戦略側だけじゃなくて、人を動かす時にもメッセージは大事です。それこそ報酬についても「100万円より150万円欲しいからがんばろう」ではなくて。「ボーナスでめちゃめちゃ差をつけます」というメッセージには、「そういう組織である」「だからこういう人が評価されるのである」という意味がある。

「今、作りたい組織はこうである」「今僕たちが目指したい山はこうである」ことに対して、個々の施策がメッセージとしてすべて一貫して伝えられることが、組織を一枚岩にするのかなとは思いますね。

井手:だから共通のメッセージを入れているってことですね。

唐澤:イエス、イエス。

各務:あと、やっぱり会社のOSのアップデートは大事じゃないですか。私が絶対に外しちゃいけないと思うのは、会議ですかね。みなさん、会議の再設計をちゃんとしていますか?

日本の組織のムダな仕事のほとんどは会議だから、会議をいかに良くするか。具体的にはコミュニケーションツール、チャットを入れるのは手段であり目的である。そこまで踏み込んでやっていくと、可処分時間が増えます。

そうすると、先ほど唐澤さんがおっしゃったことにも時間を割けるんですよ。頭を使える。今、日本企業のほとんどがそこに頭を使う時間がないので、ぜひ会議の再設計を徹底的にやってみてください。これは絶対です。

井手:いわゆるコミュニケーションの場をどう設計するか、ということですよね?

各務:そうです、コミュニケーション再設計ですね。そうしないと時間が作れなくないですか?

井手:今の話は、まさに最初に整理したエグゼキューション、実行のほうに入ってきた気がするので、もう少しそこを膨らませてみたいと思います。