今の学生が描く将来の夢は「やたら具体的」

田川欣哉氏(以下、田川):さっき三浦さんが控室でおっしゃっていた、最近インターンで入られた若手の方の人生ビジョンがめっちゃおもしろかったんですが(笑)。あれをちょっと紹介していただけますか?

三浦崇宏氏(以下、三浦):そうですね。AIはもちろんですが、これからの時代のことを考える時に、同じくらい「人生100年時代」とか、医療の発達によって何が変わるかということがポイントだと思うんです。

たぶんここにいるみなさんは、若い方や先輩もいらっしゃると思いますが、僕と年齢がそんなに離れてないと考えると、子どもの時の夢って、野球選手、社長、宇宙飛行士とかあったと思うんです。

僕はだいたい若い子に「あなたは将来どんなことをやりたいの? どんな夢を持っているの?」って聞くんですよね。最近うちに入ってきた二十歳の青学の学生にその話を聞いておもしろかったのは、やたら具体的なんですよ。

その子は青学の学生と同時に地下アイドルをやっていて、来年の4月には博報堂に入社が決まっているんですよ。なんとかうちに来させようと思って口説いてるんですが。

(その学生の)親が議員さんなので「博報堂に入って一生懸命修行をした後に、30歳手前くらいで地元の青森に帰って、政治家、市長になろうと思っています。市長を2期務めて、保育園改革をやりたくて。それをやったら、できた保育園の先生を一回やって、30歳前後で結婚してお母さんになって子育てをしっかりやって、その後はもう一回役者か何かで芸能の道に戻りたい」と。

(会場笑)

三浦:「最後は引退して、花屋をやって死にたい」みたいなことを言っていて。でも、元気な時間が長いから、できるっちゃできる気がするんですよね。自分の人生を1つの夢じゃなくてシナリオで語れるような、100年時代に対するリアリティってすごくすてきだなと思っています。

AIによってあらゆる作業スピードが早くなり、同時に寿命が延びるということで、こういうストーリーが持てるのは単純に希望だなって思いましたね。

若い世代は、成功者であることに対する嫌悪がある

田川:実はそこらへんは、今日の話のブランディングともつながっているのではないかと思います。共感の生み方や作られ方がだいぶ変わってきている。それは成功の仕方もそうで、「成功者であることに対する嫌悪がある」みたいな話もおもしろかったですけれども。

三浦:今の(学生が語った)夢の中に、一回も「お金持ちになりたい」は入っていないんですよね。全部プロジェクト型です。「どういう夢を叶え、どういう世界を作りたいか」という世界観でしかなくて、「金持ちになりたい」「偉くなりたい」みたいなことは、彼女は一言も言わない。

さっき遠山さんが話していた「『成功者になりたい』という夢の耐用期限が切れている」という話とか、今の時代のリアリティがありますよね。

遠山正道氏(以下、遠山):学生(向け)に講演した時に、今は安定志向だと言うから「成功か、安定か?」と聞いたら、7~8割が「安定」に手を挙げて。「いやいや、成功したら漏れなく安定は付いてくると思うんだけど」と言ったんだけど、話していたら結局納得しちゃって。

「安定がいい」というよりも、「成功に対する嫌悪」を感じているみたいなんですね。トランプ大統領みたいに、自分だけが良ければよくて、排他的で、何かを搾取することに対しては、「それ、何のためですかね?」「その利益は誰がもらえるのですか? 何のためですか?」みたいな素朴な感じです。

最近ユーグレナの出雲(充)くんがメディアでよく言っているんですが、「2025年にミレニアル世代が就業人口の過半を占める」と。(ミレニアル世代は)おおむねデジタルネイティブだけれど、ソーシャルマインドも高い。

サステナブルや、企業がもともと持っている考え方や意志をしっかり持っていないと、気がついたら彼ら(ミレニアル世代)がいなくなっていた、みたいなことも起こりえます。

「カッコいい金持ちが少ない問題」

遠山:だから私は、最近「ピクニック紀」なんて言っています。もちろんピクニックというのはメタファーではあるんだが、企業みたいにミッション・ビジョン・ゴールもなくて、スポーツみたいに勝敗もなくて、ただ自分と野っ原と仲間がいるだけ。

そういう状態で、一人ひとりがちゃんと幸せに自立できるかということに、価値観が置かれる。そういう幸福をどうやって実現するのか。そして、それをどうやってサポートしていくのかというのが、企業の価値になってくる気がするね。

三浦:「カッコいい金持ちが少ない問題」はありますよね。

田川:なるほど。

三浦:要は「憧れ」って、物語と親によって作られる部分がけっこうあると思っていて。僕が1個すごく良くないと思うのが、子どもの時に放映されていたドラマは、お父さんが仕事から帰ってきた時に「疲れた」という言い方をよくするんですよね。「やれやれ、仕事は大変だよ」みたいな。

でも、実際は仕事って楽しいじゃないですか。「仕事、マジ最高だったぜ。クソ楽しかったよ。帰ってくるのダルいんだよな。本当は明日まで帰りたくなかったよ」みたいな(笑)。そういうやつが描かれていたらよかったなと思うんですが。

(会場笑)

三浦:実際、今の表現やコンテンツを見ていても、我々広告業界が担っている責任もいくつかあると思うんですが、カッコいいスタイルを持って世の中に貢献できているお金持ちってたくさんいるんですよ。たくさんいるんだけど、そういう人が可視化されていないのは、ちょっともったいないことかなって思いますね。

50代・60代になっても「カッコいい、憧れる先輩」が増加

三浦:金持ちとしてはどうですか?

(会場笑)

吉松徹郎氏(以下、吉松):え? 俺、カッコ悪い(笑)?

三浦:いや。わからないけど、吉松さんはスタイリッシュな金持ちだと思いますね。

吉松:お金持ちかどうか、楽しいかどうかはわからないけれど、少なくとも明らかに変わったのは、50代・60代でカッコいい、憧れる先輩はすごく増えたよね。

自分は今年で51歳です。51歳というと、小学生の時の教頭先生と同い年なんです。自分とはぜんぜん違うことをしています。例えば青山フラワーマーケットの井上(英明)さんも、この間還暦になったところです。遠山さんは?

遠山:私は61歳です。

吉松:でしょう? 今、子どもがちょうど10歳なんですが、「大人になって年を取れば取るほど、友だちが増えていって楽しいよ」ということだけは言っているんです。

昔のように限られたコミュニティではなく、ネットワークというか接点がすごく増えている。たぶんここ(あすか会議)もそうだと思うんですが、年とともに価値観が近い仲間や友だちが増えていく実感は、リアリティを持ってみんな感じていると思うから、より幸せに向かっている感じはしますよね。

三浦:そうですね。

遠山正道氏「安定こそリスク」

三浦:今までは人間の成長モデルがヒエラルキー1個で、三角形のヒエラルキーをずっと上っていく(かたちだった)。

さっきの「複数の夢を持つ」の話に近いと思うんですが、係長の次は課長、課長の次は部長、部長の次は社長、みたいに組織内で偉くなる人よりも、いろんなコミュニティで信頼されていることが多い人のほうが、カッコいい感じにはなっている気がします。

会社でもみんなから信頼されていて、町内会でも頼りにされていて、自分の友だちグループでもリーダーをやっていて、地域のサッカー部もやっていて、すごく人生を謳歌している人。1つのヒエラルキーで偉くなるよりも、複数のコミュニティで信頼される人間のほうがすてきだなって思われる価値観は、けっこう変わった気がしますね。

田川:コミュニティの作り方の根本原理が変わってきている話かもしれないですね。日本ってすごく安定した社会なんだけど、サラリーマン社会で「ヨーロッパはこう」「アメリカはこう」という感じだと思うんです。

日本は終身雇用のサラリーマン型で、じゃあ次はどこに行くのかというのは、僕も仕事をしていてすごく考えるんです。遠山さんはどう思いますか?

遠山:まさに安定こそリスクだなって思うよね。1つの企業や役所だとか、「この数年は安定」と思われているようなところに、簡単に言えば依存していることが、後々すごくリスクになっていく。

せっかく今は副業などいろいろあるので、それこそ三浦くんが言ったみたいに、早くからいろんな社会関係資本をいくつか持つ。私も会社が4つか5つあって、コミュニティをやったり、ロータリークラブがあったり、北軽井沢へ行ったり。いくつかを組み合わせながら、自分なりの幸せやオリジナリティみたいなものを持っています。

“人生の後半戦”をどう戦うか

遠山:私は61歳だけれど、22歳から仕事を始めて、100歳までは一応しようかなと。それで、105歳ぐらいでぴゅっと死ぬ……みたいになりたいと思っているんだけど。

そうすると、今は100歳までちょうど半分の手前ぐらい? サッカーで言うとハーフタイムが始まったぐらいなので、ここから大事な後半戦。だけど大事な後半戦の戦い方は、今までのヒエラルキー型のモデルではない。

私は自分で作る作品のタイトルを「社会的私欲」と言っています。自分の好きをぐーっと掘っていったら、世の中とばんと通じるというか。禅で言うと「個即宇宙」「宇宙即個」みたいな。

小さくてもいいから、自分の表現と世の中・他者との関係性がそこから生まれていくものをいくつか持っていることが、私にとっては後半戦の楽しさかなと思っています。

田川:めちゃくちゃおもしろい。そういう目線で見ると、たぶんブランドとユーザー・顧客のつながり方もかなり変わってきますよね。

遠山:私は絵の個展をやっていて、自分で発意して見てもらって直接評価を得ることが楽しくなったので、スープストックトーキョーを始めたんです。私の中で、絵と起業は根っことやることがすごく一緒です。

それは今後も同じで、たぶん俺はいろんなことやっている。また作家としても活動しているんだけれど、なんか同じなんですよ。「またビジネスというフィールドで、もっと広くアプローチしたいな」と思う時が来たら、またビジネスのフィールドをやったらいい。

純粋にコミュニティとか、表現と関係性とか、それを1つのブランディングというならばいろんな手段があるよね。根っこは一緒だと思います。

「社長になるか、平社員になるか」という時代ではない

久志尚太郎氏(以下、久志):今の話に乗っかっていいですか?

遠山:どうぞどうぞ。

久志:ちょっと昔は「社長になるか、平社員になるか」のように選択肢が少ない時代でしたけど、今はそういうことではまったくなくて。これだけテクノロジーが発展していて、Generative Alがあって、たくさん選択肢があって、本当に何でもできる時代じゃないですか。

僕も今の会社を作る前は、宮崎県で塩職人として塩を作っていたんですね。自給自足の生活をして、月3万円ぐらいのお金で暮らしたこともありました。では、それが今の仕事に役立っていないかというと、めちゃくちゃ役立っているし、それが「人生を豊かにしていく」ということだと思うんです。

僕は世界を2年間ほど旅していたことがあります。「いろんなものの視点で世界を捉えている人たちがいる」ということを知れることが、旅の最高の楽しさですよね。でもそれって実は、旅をしなくてもできるんですよね。

例えば「塩職人が見ている世界は?」「政治家が見ている世界は?」とか、いろんな世界のものの見方を集めて理解し活用していくことが、これからの時代に必要だし、それが楽しさなのかなと。例えば遠山さんみたいな人を見た時に、僕たちはすごく憧れたり、カッコいいなって思うわけですよね。

Generative Alの話にもつながるんですが、「私はクリエイターにはなれない」と思ったら、一生クリエイターの世界が見えない。だけど、ちょっとやってみるだけでその世界が見えて、自分の人生を豊かにしてくれたり、遠山さんみたいな人になれる一歩目につながっていくと思います。

数字にも言語にもできない“思い”の重要性

遠山:この間、絵の個展をやって。「なんか水色がつるつるしてかわいい」と言って自分の作品を買ってくれる人がいるんだけど、表現できないんですよね。それで気づいたんだけど、人って言語化がすごく難しいんだなって。

例えば「ラーメンがうまいね」と言っても、「うま!」ぐらいしか俺も言えない。あるいは「ずっと好きだったよ」と言っても、どの程度(熱量を)言えているのか。

だから、「水色でつるつる」も「うま!」も(本来思っていることの)5パーセントぐらいしか言えていなくて。95パーセントは言語化できてなかったり、自分自身も認知できてない、すごく大事な領域。

ビジネスってみんなが共有しなきゃいけないので、誰でもわかりやすい数字に寄っていっちゃうんだけれども、自分でも言語化できない95パーセントを何らかのかたちでうまく伝えていく。

音楽だったら、拍手やハグも(表現する手段の)1つかもしれない。言語化したり、表現できることを一生懸命考えていったら、すごい価値観になると思う。

「どういう人が偉い」とか「(どういう人が)カッコいい」みたいな時に、その95パーセントを表せる人は、「世の中にあらかじめあるものを価値化できる」っていう、すごいポテンシャルだと思うんだよね。そこに出会いたい。

アートをやっていておもしろいのは、やっぱり「言語化できないから描いている」「よくわかんないから作っちゃった」といった感じで表現できることです。それは表現手段を探る1つの入り口かなと思っているんだけど。

これからは「テンションやバイブスが合う」人を選ぶ時代

遠山:今後は「ピクニック紀」と言っていますが、これからは村人みたいな、価値観が共有できる人たちが集まる、ヒッピーカルチャーができるんじゃないかなと思う。

そういう時に誰が選ばれるかというと、料理や音楽とかもいいけれど、「詩人なんです」と言われたら「ぜひ来て」みたいな。コストが要らなくて、ちょっとうなっていただくだけでうっとり、みたいな人ではないかと思います。

あと、ネコみたいな人っていいんじゃないかなと思っていて。ネコってワンちゃんみたいにしっぽすら振らなくて、ただいるだけなのに、人間が餌や居場所を与える。会社という仕組みの中だと「いやいや、働いてよ」みたいになるからネコじゃダメだよね。だけど、「ただいるだけでなんか幸せ」という価値観とか。

クリエイティブの人はわかりやすくて、その取っ掛かりがあるのですが、普通のおじいさんだろうがサラリーマンだろうが、何かしらの価値を間違いなく提供できている人の言語化が、これから楽しみだなと思っています。

田川:一緒に仕事をする人や仲間にする人の基準として、偏差値やできる・できないという話もある。だけれど、やはり「どんな世界を実現したいのか」「一緒にいると心地いいよね」「テンションやバイブスが合うよね」というところで、もっと選ばれなきゃいけないんだと思うんですよね。

だけど一般的な大手の組織の採用や、高校や大学の入試も、基本は上から順に並べるじゃないですか。個性がなくて、数字で並ぶ。そこの未来を先取りしているところと、まだすごく古い構成で残っているところとのギャップに、けっこうみんな悩んだり、摩擦があったりするんじゃないかなと思うんです。