成果に関する「ファスト」と「スロー」の考え方

野村恭彦氏:原田(宗彦)先生からこういう(スポーツ共創の)環境をどうやって作っていくのか、都市の中にこういった場をどう埋め込んでいくかというお話をいただいたかと思います。このヒカリエも、私自身にとってはすごく思い出深い場所なんですけども。

東日本大震災の後、日本中にたくさんのフューチャーセンター(立場や所属組織の異なる多様なステークホルダーが集まり、未来志向の創造的な対話によって中長期的な課題解決を目指す場)が必要であると背中を押されて、会社を辞めてフューチャーセッションズという会社を作りました。

それで最初は、フューチャーセンターをどんどん作っていこうという活動をやっていました。やはり空間ができてファシリテーターがいて、みなさんが集まって対話して……今日みたいな誰も対話しない場は、私からすると許せないんですけど(笑)。

(会場笑)

野村:結局、私はSlow Innovationというもう1つの会社を立ち上げて、今そこの代表をやってるんですけれども。こうやってみなさんが集まって交流して、ここから何を生み出していこうかといった時に、イノベーションに対する考え方を根本的に変える必要があるんじゃないかというところに今たどり着いたので、そのお話をさせていただければと思います。

震災後、まさに真の共創っていったい何かということをずっと考えてきましたが、今それをどうやって進めていこうかということをみなさんにご相談したいと思います。

ファストとスローという言葉を比較として使うことはあるかと思うんですけど、一般的にはファストという言葉はすごく良いことで、スローはのろい・良くないというふうに考えることはあると思います。イノベーションも、ある意味ではファストな成果を求められることがすごく多いわけですね。

例えば、共創を一生懸命やっている市の担当課長の某Y氏と話した時に「成功する共創はほとんど、あらかじめ座組みが決まっていた」と言ってたんですよね。ゼロからボトムアップで作っていく共創というのは、やはり何年もかかっちゃうんですね。

そうすると、本当に大事なことよりもできそうなことを共創するのが、実は成果を出すために非常に重要になってしまう。そんなことがあるわけですね。

ファストイノベーションとスローイノベーションの一番の違い

野村:デザイン思考などを使って、とにかく小さくイノベーションを起こしていこうぜというのはすごく良いことなんですけれども、一方でファストに解決できない問題はどんどん先送りになっていく。

この数年「スローイノベーション」という言葉を使い始めてから、僕がすごく感じるのは、ソーシャルイノベーションの領域がすごくファスト化してるということなんですね。

いろんな企業がESG投資などを意識して、すごくソーシャルイノベーションをやりたいと。ソーシャルイノベーションのイベントに企業の人がパンパンに入って、いかにファストに解決できるソーシャルイノベーションはないかを探していると感じるんですよね。

ファストとスローの一番の違いは何かというと、ファストは「やれそうなことをやる」、あるいは「誰かから依頼されてるからやる」「成功しそうだからやる」。だけどスローは「自分自身が本当に大事だと思うからやる」というところなんですよね。

特に今回、嬉野市長もいらっしゃって。自治体がフューチャーセンターあるいはイノベーションをやる時に、企業があるターゲットに対して何かを目指していくような、そういうイノベーションが本当に求められてるのかというと……。

どちらかというと、一人ひとりの市民が「私は本当にどういうふうに生きたいのか」「この町をどうしたいのか」ということを真剣に考えて、自分の心がその地域とつながって仲間と一緒に取り組みを進めていくような共創なんじゃないかなと思います。

じゃあそういった共創を進めていくために何ができるのかということを、今日はみなさんと一緒に考えたいなと思います。

ビジネスはファスト、自分の暮らしはスローという揺らぎ

野村:スローの始まりは、みなさんご存知の「スローフード」なんですけども、今ちょうど“スローフードの母”と言われている、アリス・ウォータースさんが日本に来ていて。たぶん今晩ぐらい、虎ノ門あたりで講演してるんじゃないかと思うんですけど(笑)。金・土、アリスさんとご一緒してたんですね。

彼女の『スローフード宣言』には、ファストフード文化・スローフード文化というふうに分けて書いてあるんですけど。ファストフード文化のところに、一見良さそうなことが書いてあります。

「便利である」「いつでも同じ」「あるのが当たり前」「安さが一番」「スピード」「多いほどいい」……こういうことがファスト社会のKPIになっているので、これを守っていこうと思うと小さな文化は潰していってしまう。特に食の世界はそれが顕著なわけですね。

それに対してスローフード文化は「美しく~」とあるわけですけれども、これを考えるためにビジネスリーダーたちが京都に集まって、一緒に2日間の体験セッションをやっていました。

みなさんおっしゃるのが、ビジネスはファストでやらざるを得ないのでやっていますと。でもコロナが明けて、自分自身の暮らしとしてはスローが大事だなと思って、スローをやっていきますと。だけどなにか行ったり来たりしてるんですよね。

我々のビジネスもこのスローの考えに則ってできないだろうか、というのが大きなテーマだったんですね。もちろんこれは、答えのないテーマで進んでいくわけですけれども。

便利なだけで心が貧しい社会を変えていくには

野村:スローライフというのが単に、自分自身の暮らしがスローライフというだけなのか。それとも我々の社会のOSをスローに変えていって、本当に一人ひとりが自分らしく生きるためのサービスを生み出したり、ただ単に便利で心が貧しいのではない、豊かな社会を作っていくために何ができるのか。

スローファッションもそうですよね。そしてメディアも、バッドニュースばかりを急いで流すのがファストメディアと言われるわけですけれども。急がずにしっかりと大切なことを伝えていくメディアもあります。またツーリズムも、マスツーリズムに対してスローツーリズムという言葉を使います。

僕は今、京都に会社を移して、スローツーリズムのゴールは「100年後にもっと美しい京都を残す」と据えてるんですよね。別にこれは1つの答えがあるわけではなくて、わかりやすいようにちょっと書いてみたんですけど。

例えば観光公害を削減することももちろん重要だし、あるいは京都の文化や街並みの再生、つまりリジェネラティブなツーリズムを作っていくことも非常に大きな目的であると。こういったロジックモデルを共有していくことによって、それまでバラバラでやっていた活動がすべてどこでつながっていくのか。

特に行政で言うと、観光の話と脱炭素の話とゴミ問題、それから街並みの問題。全部別の部署が担当してるので、なかなか一緒にやれないんですね。そこをどうやってつないでいくかをすごく意識して活動しています。

京都のカフェの「コーヒーかす」から農産物を作る試み

野村:例えばこれは、我々が実際に主催してやっているんですけど。ゲーリーさんという方は、完全にボランティアで自分でいろんなカフェを回って、コーヒーかすを回収して農家さんに届けるということをずっと続けています。

こういう取り組みに参加してくれるカフェはだいたい素敵なカフェで、そういうところを彼が早朝(コーヒーかすを集めに)回ってるのを、みんなで自転車でついていくというツアーを作っています(笑)。

なるべく彼の仕事を邪魔しないように、彼が本当に出かける時間に合わせて、みんなで今出川駅に6時集合というふうにやって、一緒になって烏丸通を自転車で走るようなことをやってるんですけど(笑)。

こうやってZero Waste Marketの所で出しておいてもらったり、オリックス系のホテルで回収することもあります。Sentidoというのは烏丸御池駅のおいしいコーヒー屋さんなんですけど、こういった所をみんなで回りながら、通り道にある神社にちょっとだけ寄ったりしながら帰ってくるようなことをやってるんですよね。

これが実際にコーヒーかすを栄養素として作られたヒラタケなんですけれども。彼らは、コーヒーかすをそのまま廃棄するのではなくて使っていくことで、逆にコーヒーかすブランドの農産物を作るようなこともやっています。

例えば自分たちが「ツーリズムやるよ」と言った時に、「ツーリズムでどうやって儲けるの?」「何人でいくら?」「富裕層?」という話になりやすいんですけれども。

先ほど原田先生が、スポーツ共創はスポーツを手段にして、どうやってもっとより良い社会や街を作るかというお話をされていたんですが、ツーリズムもまったく同じだと思います。

“短期間で結果を出すこと”を目的としたイノベーションの限界

野村:私が伝えたいことは、こういった取り組みがすばらしいということ以上に、ツーリズムも手段で、それによって何を成し遂げるか。その時にファストな考え方を持っていると、ゴールを決めて短距離でそこに行こうと思うので、どうしても経済的なゴールを設定しやすいわけですね。

それに対してスローは、自分自身の心の声として「こういうことが大事だと思う」「この地域でこのことを残したい」「これをもっともっと応援したい」と思うようなことや、周りの人の声にも耳を傾ける。

そして、結果よりもつながりの質。つまり共創を手段としてとらえて、何かゴールを達成するものと思うとどうしても曲がってしまう。僕は、良い共創をすること自体を哲学にすることが一番重要だと思うんですね。

良い共創をしていれば、その関係性はいつでもアクティブにあるので、何か新しい課題が生まれた時に、共創によってまたその問題を解決できると。

つまりプロジェクトのために共創があるのではなくて、共創のための実践共同体があって、そこにさまざまな課題が持ち込まれてきて、次々解決していく。そういう長期的な関係性を作っていくことが非常に重要だろうと思っています。

じゃあスローイノベーションを起こそうと思うと、極端な話、自分の人生の中で結果が出ないようなことがいっぱいあるわけですよね。やはりファストイノベーションの良いところは、結果が自分の成果として戻ってくるんですけど、本当に自分の大事なことに取り組むと解決しないかもしれない。けれども、それに取り組む人をどう増やしていくかということで。

ちょっとフレームワークで示すと、一般的なリーダーシップをあえてファストリーダーシップと呼ぶと、ゴールを示してみんなを巻き込んで結果を出すのがファストリーダーシップなんですよね。

ゴールがわかりやすい時代は、これはけっこう機能してたと思うんですよ。けれども共創しないとできないようなちょっとややこしい課題になると、このファストリーダーシップは効かなくなるんですよね。

「結果がすべて」ではない、スローリーダーシップの重要性

野村:じゃあ何を掲げればいいかといった時に、単純に「私が信じていること」というのを徹底的に追求する。加えてほかの人にピッチして説得するんじゃなくて、その人が考えていることも徹底的に聴いていく。

つまり、ここに集まるステークホルダーみんなが、本当に自分にとって何が大切かということを自覚し合うようなプロセスを作っていくと、その先に「ともに変わる」という奇跡が起きてくる。そういうことを信じるリーダーシップが、スローリーダーシップだと思っています。

スローリーダーシップは結果がすべてではなく、自分とつながるということ。そして課題の解決をゴールにせずに、共創的な関係性(を作っていく)。たぶん嬉野市みたいな所ですと特に、一つひとつの問題を別のリソースで解決するほどリソースがたくさんあるわけではなくて、同じようなメンバーがまた集まってくるんじゃないかなと思うんですよね。

そうした時に、その人たちが本当に共創的な関係性を作れるか。そのつながりをどんどん広げていって、関わる人すべてが担い手となっていく。つまり極端な話、共創によってたくさんの問題を解決したかどうかよりも、町の中に共創的な関係があるかどうかのほうが、クオリティ・オブ・ライフに直結するんじゃないかなと思います。

そういったスローリーダーシップを発揮できる環境を作ることが重要だと思います。旗を立てて、聴ききって、ともに変わる。その結果として共創的な関係性を作るということが、真の共創を目指す上で重要であると。つまり結果を重視しないことが非常に重要だと思います。

結果が出ないと評価されないこの社会の中で、市長にとっては非常に難しいことだと思いますけど(笑)。いかにスローにやっていくかということが、すごく難しいけれども重要なことだと思います。

「相手を操作しよう」という考え方を排除する

野村:旗を立てるというのは、自分の信じていることを大切にすること。「これが正しいんだ」と言うのではなく「自分は何を信じてるんだ」と。

そして(我々が置かれているのは明確な答えが出せないような)曖昧な状況ですよね。「それでどうするの?」と。「嬉野フューチャーセンターを作って何が解決するの?」と聞かれて「うーん……わからないけど大事だと思う」というようなことを言えるかどうかがすごく重要です。

そして「僕が何ができるか」じゃなくて「あなたはどうしたいんですか?」「あなたは何を信じてるんですか?」「この街をどうしたいんですか?」と聞いていくリーダーシップを発揮すること。相手をコントロールしようとしたり、「これはこういうのがいいんです」と言ってしまった途端に、相手は心を閉ざして主体性を失うので。

まさにフューチャーセンターのリーダーシップというのは、一人ひとりの主体性を引き出しながら……カール・ロジャーズのカウンセリングの理論でいくと、アドバイスをすればするほど本人は変わらないと。

けれども、その人の話を最後まで聞ききって、相手に完全に共感してもらった時、初めて自由に考え始める。そして主体的に自分の成長を始めると言うんですね。

この原理が共創の中において、それぞれの間に生かされる必要があると思っています。相手を変えようとするのではなく、リーダーもぶれないんじゃなくて、自分もともに変わる、自分自身が進化していくことを目指す。ともに変わろうとすればするほど、自分とか相手を操作しようとはならなくなるわけですね。

つまり共創、コ・クリエーションの中には、「相手を操作しよう」という考え方をどうやって排除していくか。「自分が言っていることが一番正しい」という前提を外して「自分は信じているけど、あなたはもっと違うことを信じてるに違いない」と。そういうことをどれだけ作れるかが重要じゃないかなと思います。

大学の授業で実践されている「本当の共創の社会」の作り方

野村:このロジックモデルですごくおもしろいのは、例えばこれは京都工芸繊維大学の1・2年生の授業でやってるんですけど。「世界一大学生が活躍している街の、実現のロジックモデルを書いてみましょう」と言うと、みんないろいろ考えるわけですね。

例えば「大学生の起業率が高いといいんじゃないか」「大学生の発想を活かした街の実現が必要なんじゃないか」。でも、もし大学生の発想を活かした街の実現をするんだったら、いつも自分は関係ないバイトばっかりしてるけども、街(づくり)の仕事に参加したほうがいいんじゃないか。社会課題解決と自分の住まいがつながっていたほうがいいんじゃないか。

こうやっていろいろ(なアイデアが)出てくるわけですね。こういうことを学生に書かせると、自分じゃできないことがいっぱい出てくるわけです。「これは自分1人じゃできないよね。じゃあ誰が一緒にやってくれたらできるの?」ということを想像させるわけですね。

熱心なテック企業や不動産屋がいたり。「この人たちとどうやったら会えるの?」というのが置き石なんですけれども。例えば熱心な不動産屋に会いたかったら、そういう施設の運営者のコミュニティを自ら作っていこうと。

「メディアを立ち上げてインタビューに行きなよ」というふうに、ロジックモデルに自分の夢を書いたら、「いったい誰と一緒にやればいいの?」ということを当てはめて、「その人とどうやったら会えるの?」というふうに考えていくわけですね。

つまり、すべての人がこういう発想をした時に、何か唯一の答えがあるという今までのパラダイムから、地域の未来を一人ひとりが自分ごとで考えて、「自分はこういう未来を作りたい」というロジックモデルを作って、誰と一緒にやるかを考えていく。それが本当の共創の社会じゃないかなと思います。

ファストとスローの先にある4つ目の選択肢

野村:最後に、このNモデルだけちょっと紹介したいんですけど。ファストとスロー、そしてルーチンとクリエイティブという、ちょっと曖昧な言葉が4つあります。これは自分自身の人生の軌跡でもあるんですけど、最初に仕事に就くとファストルーチンで仕事をこなしますよね。

だんだん仕事ができるようになってくると、クリエイティビティを発揮して結果を出したりと、お金を稼ぐ仕事がモード2で待っているわけですけれども。モード2をずっとやってるとどんどん忙しくなってきて「あれ? 俺こんなことやるために生きてきたんだっけ」と思って、スローライフがしたくなって移住したりするわけですよね。

そして「よりよく生きる」「丁寧な暮らしをしよう」みたいなスローのルーチンに行く。最後にモード4があるんじゃないかなと思い始めるわけです。特にモード2を知っている人は、モード3に行くとモード4が欲しいなと思うんですね。そこがまさに、スローを社会の仕組みにするエリアなんですよね。

だから我々は自分の暮らしをスローにするだけではなくて、今までトップダウンでファストでやっていた仕事、あるいは街づくりみたいなものを、本当にみんなでスローの延長としてクリエイティブにやっていく。

ともに変わるモード4を作っていくことが、スポーツ共創の中でできたらいいんじゃないかなと思って、これで終わりたいと思います。ありがとうございます。

(会場拍手)