強い企業ほど、戦略的に組織文化を作りこんでいる
入山章栄氏(以下、入山):よく「入山先生は『両利きの経営』とかイノベーションとか言うけど、うちはそういう組織文化になってないんですよね」と言われるんです。
でも、組織文化は自然にできているわけじゃなくて、戦略的に作りこんでいくものなんですよ。世界中の会社が組織文化づくりをしていますし、一番気合いを入れてやっているのはGoogleやAmazon、Netflixなんです。だから強いんです。
そして、組織文化を作るには、行動習慣が必要なんです。先ほどのダイエットの話でいうと、実は僕は去年の秋頃からパーソナルジムに行っているんですね。忙しかったり外食も多かったりで、本当は週2回行かないといけないところを週1回だけなんですけど、習慣づけています。
習慣化って2種類あるんですね。そのジムでは基本3ヶ月集中で、トレーナーさんがついて連絡もしてくれる。気がついたら、「あのトレーナーさんが言うなら」「応援してくれるこの人のためにがんばりたい」というふうに、なぜかトレーナーさんのためにがんばっていたりするんです。
庄司啓太郎(以下、庄司):(笑)。
入山:ただ課題としては、3ヶ月で終わった後、モチベーションが下がって一気にリバウンドしちゃうことがあるんですね。そこで、リバウンドせずに続けられるように低価格で継続できる自主トレのジムがある。
いずれにしても、「習慣化」って楽でないとできないんですよね。だから、スタディストさんがやろうとしているのは、“変革の習慣化”をすることなんだろうと思っています。
ムダがなく付加価値の高い会社になるための仕組み
庄司:そのとおりだと思います。ダイエットもそうですけど、短期的だと結局つらいですよね。習慣は「長期にわたって続ける」ということを意味すると思うんですけど、長期の目標をちゃんと見据えつつ、負担を下げてやり続けられる状態を作るのはとても大事だなと思います。
それを1人で乗り越えられるタフな方は本当にごく一部なので、会社にしても個人にしても、外部の力が必要なところはあるのかなと思います。我々も立ち位置の1つとしては、ジムのトレーナーさんのように、企業のダイエットを支える存在になりたいと考えていますね。
当社は、「リーンオペレーション」という考え方をキーコンセプトにしようと2023年に決めたんですが、企業にとってのありたい状態を「リーン(筋肉質な状態)」というふうに表しています。ムダがなく付加価値の高い、筋肉質な会社になるための仕組み化です。
この図は「洗練された企業の状態」を表しているんですが、課題を抱えている企業の多くは、この①〜⑥を裏返したような、ネガティブなことをおっしゃるところが多いんです。
例えば「現場のミスが減らないんです」「人がなかなか定着しないんです」「プロセスが決まってないんです」とか。でも、これらを全部裏返しにすると、望んでいる姿になれるんですね。
「永続的な生産性向上」を実現するためのステップ
庄司:会社も人の身体と同じで、腰が痛い原因が背中の歪みにあったりと、原因と症状は必ずしも同じ場所には出ないんです。①~⑥の矢印には因果関係があって、「現場でなぜミスが起きるのか?」をたどっていくと、実は「プロセスが決まってないからだ」ということがよくあります。
『結果が出る仕事のムダ取り』という本に書かせていただいたのも、組織が“ダイエット”をする上での「可視化」「標準化」「単純化」「徹底化」「価値を高めていく」というセオリーに立ち返るというものです。今は表を直列に並べていますけど、おおよそステップ1〜4をやりながら、ステップ5を並行してやるのがあるべき正しい姿かなと思っています。
我々は、「リーンオペレーション実現のフレームワーク」と呼んでいますけど、まずは前提となる会社の「ありたい姿」をちゃんと描きつつ、それになぞらえてやっていくことが大切です。細かく言うと可視化や標準化、単純化の観点などがありますけど、これを続けていくための体制を整えることで、会社の生産性向上が永続的に進んでいきます。
一つひとつのマスの中で「うちはここがちょっと手薄だな」と思ったら、たぶんそこができていないので、ある種のチェックシートみたいに見ていただければと思います。
例えばスーパーやホームセンターで有名なベイシアさんという会社も同じように手順を標準化していて、もともと会社全体で愚直にやられていることをマップに置いていくと、このとおりになるなというふうに見ています。
我々がいろんな会社さんを見てきて思ったことは、濃淡はあれど「目指したい姿」はどこもそんなに変わらないということです。「ゴールはこれで、そこまでの経路もステップもこれですよね」と、おおまかにフレームワークとして示せればと思っています。
具体的に何をやるかは各社で違っていいんですけど、全体観がないのに、闇雲に施策を実行したり、システムを導入してもうまくいかないですよということは、すごくお伝えしたいなと思っていますね。
組織を変えるには、一部ではなく全体を見直すべき
入山:ダイエットも「あれ? 急に2キロ減った」というふうに、最初に成功体験があるとすごくテンションが上がるんですね。スタディストさんが扱っている現場でも、「うまくいきはじめたからもっとやろう」ということは起きるんですか?
庄司:そうですね。マニュアルの改善でいうと「今まで30分かけて教えてたのに、5分とか10分で終わった」という実体験が生まれて、「これなら他でもうまくいくんじゃないか?」というふうになっていくと、サイクルが早く回るようになっていきます。
入山:なるほど。僕もダイエットについて学んでわかったのは、ランニングは大敵なんですよ。少なくとも僕くらいの年齢になってからのダイエットは、走るとぜい肉は減るんですけど筋肉も減ってしまう。やらなきゃいけないのは筋肉をつけることなんですよね。
さっき庄司さんが「こっちを変革しようとしたら、原因は実は別のところにありました」とおっしゃってたように、例えばみんな⑥の付加価値創出をやりたいんだけど、それには実は①や②が大事ということがある。
会社はいろんな要素がうまくかみ合っているから全体が回るんだけど、だからこそ逆に、どこか1つだけ変えようとしてもダメなんですよね。当たり前ですけど、全部がつながっているから、全体を変えていかないとしょうがない。
そういうものを経路依存性というんですけど、全体を変えていくために、まずは可視化して「こういう構造なんだ」とわかった上でやっていくことが大事なんだと思います。
ワークマンの最初の改革は、社員の給料平均100万円アップ
入山:庄司さんのお話でベイシアさんが出てきましたが、僕もベイシアグループのワークマンの土屋(哲雄)さんとよくお話しするんですよ。ワークマンはよく「Excel経営」と言われたりして、世間では「Excelでデータ分析をやればどうにかなる」という印象もあるかもしれませんけど、ぜんぜんそんなことなくて。
土屋さんがワークマンに戻ってきて、まず最初にやったのは「社員の給料を平均100万円上げる」ってことなんですよ。本当にすごいなと思いますけど、給料を100万円上げられるくらいのキャッシュが余っていたわけですよね。そしてExcelでデータ経営をやる前に、もともと強みだった現場の標準化をさらに強化して。
でも、標準化をさらに進めるには現場にやってもらうことも増えるし、権限委譲もしないといけない。権限委譲されると現場の負担や責任も増えるから、昔のワークマンなら嫌だって思う人はいっぱいいたんだけど、給料が100万円上がってるから誰も文句を言わないんですね。
庄司:(笑)。
入山:そこで標準化が進んでからExcelを入れてるんですよ。データ経営って当然、現場の標準化ができていないと回らないので。まず100万円昇給でモチベーションアップ、権限委譲して標準化したから、Excelを入れてデータ経営ができるという仕組みなんですよね。
土屋さんの場合は、まさに庄司さんが見せてくださったようなマップを、彼1人で描いて進めていたんだと思います。ただ、すべての企業に土屋さんのような方がいるとは思えないので、このフレームワークを使って整理していくとすごくいいんだろうなと。
結局、現場を変えようとする時に大事なのは本当は社員のモチベーションで、報酬体系を変える必要があるのかもしれないし。経路依存性もありますし、やはり長期で変革することが重要になってくると思いますね。
最初に立てたKPIは、間違っていることもある
庄司:まさに、依存し合っているところをちゃんと面でとらえることが大事です。あと、このマップで、みなさんがよくはまる落とし穴があるんですけど……ステップ1、2、3、4、5とありますよね。
あえてこう書いてるんですけど、実はステップ0が、この「ゴールをちゃんと定める」というところにあるのを見落としがちなんです。
例えばラーメン屋さんを営んでる人が、お店をもっと良くしたいと思った時に「全国300店舗のラーメン屋」なのか「めちゃくちゃうまい高級なラーメン屋をこの街に3店舗」を目指すのかで、やはりゴールはぜんぜん違います。
このどうなりたいかという解像度が低い会社さんがけっこう多いんですよ。「良いラーメン屋になりたい」ぐらいで、ビジョンや「何店舗でいつまでに」というKPIの設定が曖昧なままだと「これをやって痩せるのか太るのか、どうなんだっけ……」と(笑)。
入山:おっしゃるとおりですね。僕も日本の会社はビジョンがないのが問題だと言ってるんですけど、一方でビジョンを持ったらまず行動して、本当に必要だと思ったらKPIも考え直して「やっぱりこっちだな」というふうに変えることも大事かなと思います。
庄司:そこを変える勇気を持つのは大事ですよね。
入山:はい。やる前のKPIって、やはり間違ってたりするんですよ。
庄司:あります、あります(笑)。
入山:僕もジムに通い始めた時に「どうなりたいですか」と聞かれて、わからないから「15キロぐらい痩せたいです」とか言っちゃったんですよ。それで、実際にやってみたら「そんなに痩せなくていいな」ということに気づいたんです。
つまり、引き締まった体になりたいなら筋肉も増えるから、KPIは体重じゃなくて体脂肪だったんですよね。それで計算してみると、そんなに落とさなくてもよかったと。
庄司:むしろ15キロ落とすと痩せすぎというか(笑)。
入山:そうなんですよ。そういうふうに実際に取り組んでいくうちに、より腹落ちして見えてくるんですよね。
事業継承がうまくいきやすい企業の条件
庄司:KPIの見直しというところだと、よく老舗企業で伝統を守るのか変えるのかというところで、ある種のKPIをガラっと変える勇気が必要になることがあるんですよね。弊社も二代目、三代目社長になって相談に来られるお客さまが多いんです。
中小企業は特にそうですけど、私も父親がいわゆる団塊世代で、私のような団塊ジュニア世代が社長になった時に初めて「会社の方向性をどうしようか」と悩まれる方が一定数いらっしゃる。会社には役職上は部下だけど、親父の代からお世話になった上司がいたりして、余計に身動きが取れなかったり。
入山:それですごく差がつきますよね。僕も事業承継は専門のテレビ番組も持っているので、とてもよくわかります。事業承継がうまくいく会社の条件は2つですね。
1つは「お父さんがむちゃくちゃ良い人」。要は、お父さんが口を出さないのが一番うまくいきます。息子に任せきって、株も全部渡しますと。もう1つは僕が見たパターンだと、後継者である息子や娘が「そもそも後を継ぐ気がない」。
そういう人たちは継ぐ気がないから、家業とは関係のないベンチャーやコンサルみたいな遠い世界に行って、何かの理由で本業に返ってくる。まさに『両利きの経営』でいう、知の探索をやってるんですよね。だから、もともと会社にはなかった着想を持って変革することができるんですよ。
僕がお子さんへの事業承継を考えておられる方に絶対に言うのは、「取引先に修行に行かせるのだけはやめてください」ということです。それだと知の深化しかできないので、うまくいったパターンはほぼ見たことないです。
庄司:そうですね。余計にこじれるというか、「前例は正しいものである」という感じですよね。
───経路依存が強化されてしまうだけということですね。
入山:そうそう。そうするともう変化マインドを身につけられず、帰ってきても同じやり方で凝り固まってしまうので、厳しいですね。
社内の経営改革がうまくいかない理由
───もしスタディストさんが、そういった凝り固まった会社さんを立て直すとしたらどうされますか?
庄司:(笑)。そうですね……何か「このボタンを押したらすぐうまくいく」というものはないんですけど、結局我々が外部からできることは、本当に客観的に状況をちゃんとお伝えすることだと思っています。
まさにさっきの入山先生のように「体重を15キロ落としたい」と言われた時に「なりたい姿がそれでしたら、体脂肪率を落としたほうがいいですよ」とちゃんと言うことだと思いますね。
ヒアリングも誤解されがちですけど、お客さまの言葉を鵜呑みにするんじゃなく、本当に求めていることが何なのか、正しい翻訳をして伝えることが大事なのかなと思っています。
表面的に見ると「体重じゃないです」と否定しているように見えるかもしれないですけど、まずは外部から必要なことを正しく客観的に伝えることが大事だと思います。これを内部でやろうとすると、社内で反乱のようになってこじれたりするので。
社内で経営改革がうまくいかない理由はやはり、そこで起きている事象に対して、人の名前や感情が絡まっちゃうところなんですよね。内側では「Aさんがやっているあれ」とか「こうするとBさんがこう思うに違いない」というふうに全部ひもづいているんですけど、外部の人間はまったく気にならないので。
不具合がたくさん起きているという事実があった時に、それを解消するにはどうしたらいいかということに、ある意味ドライにフォーカスできることが、外から関わることの強みだと思います。
「まずやってみる」ために、失敗と成功の定義を問い直す
───最後に、これから生産性向上、付加価値の創出に取り組もうとする企業さまにアドバイスをお願いします。
入山:僕はもう「まずやりましょう」ということですね。とにかく結果は気にしないで、まず小さいことでいいからやる。うまくいったら続ければいいですし、いかなかったら変えてみる。とにかく変化を常態化させることですね。そのためには、実際に取り組みを始めてみないとしょうがない。もうほぼそれに尽きるかなと思います。
庄司:私も今日のお話をうかがってきて、本当にそうだなと思いました。「まずはやってみる」ことと、もう1つは失敗の定義・成功の定義を問い直すこと。スポーツの世界なら、打席に立とうとしているバッターに「成功するの? 失敗するの?」と聞くのってめちゃくちゃナンセンスですよね。
でも、ビジネスの世界では「今から打席に立つからには絶対打てるんだろうな」「絶対ホームランを打って帰ってこいよ」みたいな変なプレッシャーをかけられたり(笑)。三振して帰ってきたらベンチで怒鳴るようなことをやってるので、失敗と成功の定義を1回見つめ直すのは大事なのかなと思います。
当社も、社内で新規事業を立ち上げるためのプロジェクトラインとレポートラインは分けています。原石は磨いてみないとわからないということで、「GENSEKIプログラム」と呼んでるんですけど、起案してやってみた結果うまくいかなかったとしても学びの機会ですし、事業上そんなに傷を負うこともないので。
企業が「イチローの8,000本の凡打」から学べること
庄司:そういうチャレンジと本当に収益を取るための事業は、別の評価軸に乗せないといけないんですよね。一番良くないのは、稼ぎ頭の事業の評価軸で新しいチャレンジを評価することです。
「ほら打てなかったじゃないか、やめたほうが良かったじゃないか」と言われる組織では、誰も2打席目に立たないので、もう絶対にうまくならないですよね。
私は野球が好きなので、イチローの引退会見がすごく記憶に残っているんです。彼は世界で一番多い4,000本以上のヒットを打ったんですけど、「自分のキャリアの中で誇るべきは8,000本の凡打と向き合ったことです」と言っているんですよ。
入山:逆に考えれば、4,000本ヒット打って、8,000本の凡打で済んでるんだから、やっぱりすごいですね(笑)。
庄司:そうですよね。普通はもっと低い打率でやってるんですけど(笑)。日本だと「なんだお前、8,000本も凡打しやがって」とすぐ言っちゃうんですけどね。そういう保守的なマインドになりがちなのが、やはり閉塞感を生んでるなと思います。
失敗しちゃいけない評価制度と風土を変える、人事と経営の役割
入山:失敗するとキャリアに傷がつく理由は、2つなんですよね。1つは評価制度が「失敗しちゃいけない評価制度」になってしまっている。僕は「日本のカギは人事部です」とさんざん言ってるんですけど、それこそチャレンジを評価するような制度に変えていかなきゃいけないんですよね。
もう1つも人事部に関連するんですけど、まさに風土ですよね。「チャレンジした人が失敗しても絶対に怒らない」ということを行動規範に入れて、周りにあれこれ言われないように、徹底してやらなきゃいけない。
だけど、こういった人事変革って時間がかかるんですよ。だから、やっぱり社長がちゃんと責任を持って、10年とか20年単位でやらないといけない。本当の意味で改革をするためには、長期経営が大事なんです。日本は雇用が長期なだけで、経営はまったく長期じゃないんですよ。
庄司:8,000本の凡打を打つ覚悟で、長い目でがんばってみようと。
入山:本当におっしゃるとおりですよね。
───生産性向上も付加価値創出も一朝一夕ではうまくいかないけれども、だからこそまず実際に行動を起こすことが大切ですね。お二方ともお話ありがとうございました。