「働きがいのある会社」に選出され続けているヤッホーブルーイング

入山章栄氏(以下、入山):てんちょ、今のお話はどうですか?

井手直行氏(以下、井手):チーム作りをやろうとした時に、ちゃんと教科書(になるような本)にも「会社の大事にするミッションやビジョンをきちんと設定して、同じ志を持つ仲間を作る」と書いてあるんですね。ただチーム作りをしている一方で、社長になった段階で、経営理念がなかったんですよね。

なんとなくの雰囲気はあったんですけど、(明文化されたものは)ぜんぜんなくて。それを経営理念という括りの中で設定する時に、5つの様相があるんです。「ミッション(使命)」「ビジョン(目標)」「組織文化」「ルール的な価値観」「ファンが支持する理由」といった5つを明文化して、「ここに共感する人だけ一緒に働こう」と。

先ほどのお話にあったような、採用してすぐに辞めていった人は、「ただビールが好きだから」とか「近所だから」とか「定時で帰れるから」とか、ぜんぜん違う理由で入ってきた人だと思います。そこでいきなり私がチーム作りの中で大事なミッションやビジョンを1個1個作っていったら、「俺はそんなの聞いてない」となりますよね(笑)。

そんなので、合わなくなって辞めていったんですけど、いきなり全員辞めちゃうと事業が成り立たないので、そこを見ながら......ぎりぎり創業できるメンバーでやっていきました。

入山:なるほど。

井手:やっぱり、同じ志を持った人を集めて一緒に運営していくことが大事です。結果的に、当時20人くらいいた中から半分ちょっとが辞めていってしまいましたからね。そうすると、採用する時にはそこ(会社のミッションやビジョン)に共感している人しか採らないから、だんだん中身が濃くなってくるんですよね。

うちは「働きがいのある会社(Great Place To Work® )」で、6年連続ベストカンパニー(2022年時点)に選ばれて、中規模クラスで年々ランキングが上がっているんです。

入山:有名なやつですよね。すごいですね。

井手:それだけを見ると、すごく応募があるんですよ。でも、ホームページでも採用説明会でもいつも言うのは、「働きがいのある会社に選ばれているけど、全員にとって働きがいのある会社じゃないからね。うちの会社に合う人はめっちゃ幸せだけど、合わない人は来たらダメ。お互いに不幸になるよ」ということです。これは何度も言っていて、会社の色がどんどん濃くなってきています。

入山:めっちゃおもしろいですね。

ビジョンを浸透させるためには、人事評価が重要

入山:そういう意味で、西崎さんにおうかがいしたいことがあります。今のてんちょのお話は本当にそのとおりで、すばらしいなと思います。一方で西崎さんの場合は、それがクライアント企業じゃないですか。具体的なビジョンを作るのは本当に大事だと思っているんですけど、最後は腹に落ちていないとしょうがないんですよね。

西崎康平氏(以下、西崎):そうですね。

入山:腹落ちや共感性を持ってもらうことが大事だし、まさにてんちょがやられているように、自分のビジョンを信じ切って、それを常に周りに伝えていかないと濃くならないじゃないですか。

つまり西崎さんは、自分じゃなくてお客さん(クライアント企業)なので、そこで止まってしまう可能性があると思うんです。

西崎:でも、うちのメインのサービスで、ビジョンマップというものがあるんです。ビジョンを経営陣だけで作り込まずに、社員を巻き込みながら作っていくのが、まず1つですね。

目的の部分はリーダーが決めてもいいと思うんですよ。「いい会社作りをしていこう」「おもしろい会社作りをしていこう」という時の失敗例なんですけど、「全社員の意見を反映させよう」みたいなパターンって、ぜんぜんおもしろくないかたちになってしまうんです。

入山:丸くなってしまって、つまらないものしかできないですよね。

西崎:どこの方向に行くかを決めるのは、リーダーの仕事だと思います。その行き方、手段を社員を巻き込みながら作っていくと、自分ごとになっていきますよね。

もう1つ大事な軸があると思っているのが、人事評価です。どれだけいいミッション・ビジョン・バリューを掲げたとしても、それに即した行動が評価されないと、誰もやらないですよね。

これもうちの失敗があります。特に最初は営業会社からスタートしたので、人事評価の軸が粗利だったんですよね。会社に対してどれだけ利益を残したかが、給与や昇給・昇格の基準だったんです。

入山:「売上-経費」ということですよね。

西崎:そうですね。そうすると、当然のことながら、「おもしろい会社を作ろう。大阪で一番おもしろいことをやろう」と言っていても、社員が目指すのは粗利になってしまうんですよね。

トゥモローゲート西崎氏が明かす、人事評価の3つの軸

入山:そうですよね。西崎さんの場合はどういう評価にしたんですか?

西崎:僕らの人事評価は、大きく3軸あります。まずはマインド評価です。会社のミッション・ビジョン・バリューですね。「どれだけ価値観を体現したアクションを取れているか」が1つ目の軸です。

2つ目の軸はスキル・評価です。例えば営業だったら、顧客の課題を引き出す力とか、引き出した課題に対して解決策・企画を作る力とか、提案する力、技術の部分です。3つ目の軸はパフォーマンスで、「個」が利益ですね。

入山:なるほど。

西崎:とはいえ、企業経営をやっていく中で利益は必要なので、職種とかに応じて配分が変わっていきます。だいたい3分の1ずつの評価になるんですけど、これで人事評価をしていきます。

入山:てんちょ、どうですか? すごくうれしそうな顔をして聞いていますね(笑)。

井手:根本は同じなんですけど、表現の仕方で違うところがあります。うちは売上とか利益とか、一応気にはしているんですけど、ここ数年言っているのが「売上なんか見なくてもいいよ。売上はあとからついてくるから」ということです。

僕らは行動評価なので、「こういう行動をしたら評価できるよ」と。いろいろ分析して、そのようにしているんですけどね(笑)。

入山:西崎さん、どうですか?

西崎:本質は、まさにそのとおりですよね。ただ僕らは、仕事柄というところはあると思います。

入山:それはそうですよね。いわゆるコンサルティング業みたいなものだからね。

西崎:そうなんですよ。お客さまの企業ブランドを作るというのは、単純に「いい会社にしましょう」ではなくて。「生産性が高い」というのには利益も含まれますし、採用の部分もそうです。数字ならコミットメントが求められるので、うちの社員は数字に厳しい目を持っているかもしれませんね。

入山:でも、いいですよね。お二人のお話を聞いていると、人事や文化、組織とかチームの作り込み方って、1個の正解はないなと思います。

西崎:その会社の企業文化だと思いますので、良い悪いではないのかなと思いますね。

マネジメント層に求められるリーダーシップ

入山:とてもおもしろいですね。タガエミちゃん、どうですか? お二方に質問はありますか?

田ケ原恵美氏(以下、田ケ原):レイヤーとしては、経営者が決めている制度とかMVVがある前提のお話かなと思っています。

入山:MVVはミッション・ビジョン・バリューですね。

田ケ原:それを担うのは、中核のマネジメント層かなと思っています。評価制度がある中で、組織を作っていくのはその方たちですよね。

入山:いわゆる管理職層ということでいいですかね?

田ケ原:はい。そういう方たちに求めるリーダーシップは、どういったものなのかなというのはあります。

入山:なるほどね。お二方がいい感じのリーダーなのはよくわかったから、マネージャークラスのみなさんに、どういうことを求めているかということですね。

西崎:わかりやすく言えば、どんどん僕がしゃべらなくてもいい状態にしていく、みたいなところがありますね。

その会社の判断基準や価値観を、次の役員、マネージャー層がいかに同じ軸で判断できるかとか。今度は、そのマネージャー層がメンバー層に対して、いかにそれを落とし込んでいけるかみたいな。できるだけそこが薄くならない組織作りを、すごく意識してやっていますね。

入山:なるほど~。

井手:私は、「強いリーダーの典型」みたいな感じだったんです。

入山:昔はね。

井手:チーム作りをやっていく中で、それはよくないなと思って。うちは「管理」という言葉があまり好きではなくて、管理していないんですよね。自分で考えてやってもらっているので、役割上はリーダーがいるんですけど、その人たちに求めているのは、いいチームを作る力、チーム作りのファシリテーションの力があることです。

あとは、「その人の強みは人それぞれだから、その強みを活かしてチームに貢献してね」と。この2つくらいしか言っていません。

最初の頃はいろいろなミッション・ビジョンを全部私が決めていたんですけど、今年になってすごいことが起きたんです。僕が作った組織文化に異を唱えるスタッフが出てきて、「組織文化、今はこうだけど、こんなのがうちに合っていると思うんです。こうします」と言っていて、「俺のよりもいいわ」みたいな状況です。

イーロン・マスクの経営の仕方をどう見るか

入山:てんちょは今、実際、仕事は何をしているんですか?

(会場笑)

井手:僕は戦略がすごく得意なんです。

入山:戦略はてんちょがやるんですね。「やることがなくなっているな」とびっくりして(しまいました)。

質問者1:お話を聞いていて、「井手さんが3年間やって組織文化を変えようとしているのは、イーロン・マスクさんが、人も半分いなくなっている中でTwitter(現X)を3ヶ月でやろうとしているのと同じことなのかな」と思いました。

そういうのって、井手さんはどう考えているのでしょうか? また西崎さんだったら、Twitter(現X)にどういう提案をされますか?

入山:おもしろいですね。今のTwitter(現X)とイーロン・マスクをどう見るかですね。

井手:僕はひどいと思って見ていますけどね。

(会場笑)

入山:(笑)。今やっていることはけっこう近いですよね。

井手:僕らは「辞めて」とは1回も言ったことがなくて。ただ、「こっちの方向が僕らが目指すところだ」と言い続けると、必然的に辞めていっちゃった感じです。「クビだ」みたいなのは、僕らの会社の文化としては相反する感じなので、「ああいうやり方ではない企業の再建の仕方をしてほしいな」と思ったところです。

入山:なるほど。西崎さんはいかがですか?

西崎:すみません。僕はイーロン・マスクのやり方はめっちゃおもしろいなと思いましたね。

入山:(笑)。

西崎:テスラをあそこまでできた人だから、Twitter(現X)も今後変わっていくだろうなというのが、いろいろな意味ですごく勉強になったという感覚です。ただし自分がやるかと言ったら、そういう経営のやり方はしないですね。

入山:なるほど。

いいチーム、強いチームを作るためのポイント

質問者2:チームビルディングをして、いいチームを保つために心掛けていることがあったらおうかがいしたいです。

井手:いっぱいありすぎるんですけど、ただ1個だけ、手軽(なこと)で、心掛けていることがあります。僕らは毎日、朝礼で30分くらい、仕事に関係のない雑談をするんです。

難しい話をしたいからこそ、日頃の雑談、例えば人となりとか、心の距離感を縮める活動を絶え間なくやっていくのがすごく大事です。難しい議論をするためにも、雑談を含めて日頃のコミュニケーションの量をたくさん取ります。

いまだに十何年、8時間労働の30分は無駄話をしているのは、塵も積もって信頼関係を作るためです。これは誰にでもできるけど、続けるのが難しい1つの取り組みだと思います。

入山:西崎さんはどうですか?

西崎:僕は「手段ではなくて目的を伝える」ことをすごく大事にしていますね。ビジネスって基本的には同じことが起こらないので、何をやるかを教えても再現性がないんですよね。  「なぜこの判断をするのか」とか、「なぜ自分たちはこの事業をやろうとするのか」とか。学生団体でも同じだと思うんですけどね。それを発信して伝えることによって、そこに共感する仲間を集める。つまり、リクルーティング=採用がめちゃくちゃ大事だということですね。

その目的に共感して仲間を集めないと意味がありません。目的を伝えたところで、共感できなければ、「私はそれと違うし」となって、強いチーム作りができないのかなと思います。目的を伝えて、目的に共感する人を集める。手段ではなく、目的を伝え続けるところをすごく大事にしています。

入山:井手さん、西崎さん、ありがとうございました。たがえみちゃん、お二人のセッション、刺激的だったね~。

田ケ原:はい。特に井手さんが、「うちには合う社員と合わない社員がいる」とはっきりおっしゃっていたのには、すごく驚きました。

入山:お二人とも共通していることで、強いチームを作るのは時間もかかるし方向性もはっきりしなきゃダメだということだよね。生半可なことじゃないけど、それを本当に信じて作っていると、強いチームができてくるというのがわかったよね。