「流行」が広まるメカニズム

伊達洋駆氏:(「流行の流行り廃り」の)2つ目のステップは「発信」です。生まれた新しいトレンドが少しずつ拡大されていくプロセスです。例えば供給側、つまりHR事業者側が新しい考え方や新しいトレンドを広げていったり、あるいは需要側、すなわち人事側が自分たちの取り組みを概念化、そして広めていきます。

例えば「Web面接」という言葉も概念化されてますよね。「こういうツールを使って、こんな感じでやってください」という実践を一言で概念化していく。そうすると、広まる素地が出てきます。

需要側・人事側が新しいトレンドを生み、そして供給側、HR事業者側がそのトレンドの中から選択・発信をしていくことによって、どんどん明確になっていく。

そして3つ目のステップが、爆発的に普及が進んでいく「伝播」です。新しいトレンドを支持する人を見てどんどんと支持が雪だるま式に増えていくフェーズに入っていきます。

こうしたプロセスを「バンドワゴン効果」と呼びます。例えばオンライン採用で言うと、新型コロナウイルス感染症の影響は、バンドワゴン効果が生じる一因になりました。

コロナ禍において対面の面接が難しくなった。そうすると「オンラインで面接する方法やサービスがあるらしい」「ふだんオンラインでミーティングに使っているツールを使えば、オンラインで面接できるんじゃないのか」と、オンライン採用が連鎖的に導入されていきます。

このように流行というのは、一時期にがっと広まっていく性質を持っています。ただ、流行が本格化していくプロセスの中では紆余曲折があるんですね。

流行を広めるのは、3種類の「マネジメント・グル」

有名な「ハイプ・モデル」というものがあります。流行が本格化する中で紆余曲折があることを説明するために、2つの段階があることをお教えしたいと思います。

1つが「幻滅の谷」です。みんなが熱狂する、いろんな人が「オンライン採用は良い」となる一方で、「十分に惹きつけができないよね」など失望も広がります。

他方で、新しいトレンドを取り入れた初期の活用者が利益を経験し始めると、今度は「良いですよ」と推薦の言葉が出てくる。そして「啓蒙の坂」と言って、再び流行が軌道に乗っていきます。こうした紆余曲折を経ながら、新しいトレンドが広まっていくんですね。

また、伝播のプロセスの中で、「マネジメント・グル」と呼ばれる人たちがトレンドを広める役割を担うことになります。マネジメント・グルとは、一言で表すのがなかなか難しい言葉なんですが、「大御所」とかですかね。

大きくは3種類のマネジメント・グルがいると言われています。「アカデミック・グル」というのは研究者ですね。HR業界でも有名な研究者の方がいますよね。そういう研究者の方が、「新しいこのトレンドが良いですよ」と言うことによって広まっていきます。

2つ目が「コンサルタント・グル」です。HR事業者の方々の中にも有名な方がいらっしゃいますよね。そういう方が広める役割を担っていきます。

そして「ヒーロー・マネージャー・グル」は、今度は人事側です。そういう方が主導し、一気にトレンドが伝播していく。伝播には人も関わってるんですね。

一度廃れた流行が再生することも

そして4つ目のステップです。爆発的に伝播した後にどうなっていくのかというと、大きく2つに分かれます。1つは、流行したものがきちんと保持されて、定着していく。

もう1つが、流行の熱が冷めてしまって収束する。そしてトレンドが消えるということも起こり得ます。大きく分けると「定着するか」「収束するか」。まさに4つ目のステップが「定着/収束」というステップです。

例えばオンライン採用で言うと、新型コロナウイルス感染症が5類に移行したことは、日本の文脈の中では1つの分岐点だったのかなと思います。それによって、対面の面接や説明会が復活してきましたよね。オンライン採用が下火になってきたととらえることもできます。

ただし、一方で定着した領域もあります。例えば都市部の大企業の選考の初期においては、オンライン採用が定着したと言ってもいいですね。

5つ目のステップも興味深いんですが、流行は一度消えてしまったとしても、未来永劫現れることはないかというと、そういうわけではないんですね。「再生」を遂げることもあります。

同じ言葉ではなく別の言葉が当てがわれて、再び流行することも生じます。考え方自体は従来からあったものの、新たな用語が与えられて広まっていくということです。こういった現象を、「古いワインを新しいボトルに詰める」と批判的に見ることもできますが、流行という観点で言うと、再生が果たされているわけです。

ということで、流行は誕生してから定着したり、廃れていく。そして最後には再生する可能性もあるというプロセスについて説明をさせていただきました。

“流行りやすいトレンド”とはどういうもの?

3つ目のパートです。今、説明したプロセスなんですが、すべてのトレンドがこのプロセスに乗って最後までいくかというと、そういうわけではないんですね。あまり広まらずに終わってしまったトレンドもあります。

どんなトレンドであっても確実に伝播するのかというと、そういうわけではないんですね。流行しやすい性質のものもあれば、そうではないものもあります。

では、気になってくるのが「どういうものが流行しやすいのか」です。実はいくつかの条件があります。この条件に当てはまってくると、マネジメント・ファッションとして流行しやすいですよ、というものです。

1つ目が「パフォーマンス向上を約束している」トレンドであること。例えばエンゲージメントという概念が広まる際に、「エンゲージメントは企業のパフォーマンスを高める」ことが、同時に広まりましたよね。

少し要注意な知見ではあるんですが、このようにパフォーマンス向上を約束する流行は伝播しやすい特徴があります。

2つ目が「有名な成功企業の存在」です。有名な企業が取り入れていると広まりやすいものです。例えば、心理的安全性という概念が広まる上で重要な役割を果たしたのは、Google社です。

Google社がプロジェクトアリストテレスを行った結果、「パフォーマンスを高める上で、心理的安全性が重要だ」ということを発信しました。

“曖昧さを残したもの”は流行しやすい

3つ目が「普遍的な適用可能性の強調」です。「ある(特定の)ところでしか使えませんよ」と適用可能性が限定されていると、どうしても伝播は弱くなります。「いろんな企業にあまねく当てはまりますよ」「これはみなさんの会社も関係してますよ」というものは広まりやすいんです。

その意味で、例えば、ダイバーシティ&インクルージョンは業界・職種を問わず当てはまります。こういった概念は広まっていきやすいです。

4つ目が「タイムリーで革新的で未来志向」という印象を受けるものは流行しやすい。例えば「AIによる分析が含まれています」と言うと、イノベーティブな印象も感じますよね。

流行しやすいものの条件の5つ目が「解釈の余地が残っている」ことです。この点は興味深いので、もう少し掘り下げてみたいと思います。流行しやすいものを見ていくと、「いろんな解釈ができる」ことが重要なんですね。つまり曖昧さが大事なんです。

曖昧さを残した状態で普及させていけると、流行しやすくなります。なぜなら、いろんな活用の仕方ができるからですね。いろんな目的の下で、そのトレンドを活用できます。逆に明確に定義があり、「正しい手続きはこうだ」「これ以外はあり得ない」となると、活用できる企業が限られます。

マネジメント・ファッションの研究の中で、「ビジネスプロセス・リエンジニアリング(BPR)」の例がよく取り上げられます。「ビジネスプロセスをリエンジニアリングする」と言っても、ビジネスプロセスが何なのかは明確ではありません。

あるいは「リエンジニアリング」もいろんな解釈があり得るわけです。そしてさまざまな企業がさまざまな解釈の下、BPRを行っていくんですね。

人事の領域で言うと、エンゲージメントは解釈の幅が大きい。「うちはエンゲージメントサーベイを実施しています」と言っても、満足度や忠誠心を測定しているケースもあるわけです。エンゲージメントという大きな風呂敷の中に、いろんな解釈が詰め込まれています。

同じようなことが人的資本についても言えるかと思います。「人的資本」も、本当にいろんな意味合いで使われていますよね。

公式の方針と実態がかけ離れていることも

4つ目のパートです。このあたりからは、流行に対して冷静に距離を取って話を進めていきたいと思います。流行しているものをよくよく見てみると、実は「言葉」なんですよね。ジョブ型雇用やエンゲージメントもそうですし、言葉で語ることができると広まっていきます。

しかし、言葉がはやったとしても、それが組織の中で実践されるかというと、必ずしもそういうわけではなく、言動が不一致になることもあります。流行は広まっているんだけれども、実践とは切り離されていることを、学問的には「脱連結」と呼びます。公式的な方針と実際の慣行がずれている状態です。

例えば、会社が公式的には「テレワークを推進していきましょう」と言っている。他方で仕事の中身としては、対面でのすり合わせがどうしても必要になってくる。そうすると対面ですり合わせを行いますよね。

公式的に言われていることと、実際の慣行がずれていることが起こり得ます。このようなことが脱連結と呼ばれます。脱連結という現象がなぜ生じるのかというと、ある意味でそれが合理的だからなんですね。公式的な方針をきちんと掲げると、その会社がちゃんとしている会社のように見えます。

例えば「うちはテレワークを推進してますよ」と言うと、働き方の柔軟性があって、先進的な会社のように聞こえます。このようにトレンドを言葉として取り入れることは企業にとって有益なのです。

方針どおりできない施策が“舞台裏で処理”されることも

他方で、方針がそのまま現場に適用できるかというと、なかなかうまくいきません。そのような場合、組織としてはどういう対処をするかというと、舞台裏で非公式に「実践には落としません」ということが起こります。

公式的な方針を示す、すなわち「新しいトレンドを取り入れる」と言葉として表明すると、正当性を獲得できるんですね。「この会社はちゃんとしている、だから安心だ」「大丈夫そうだ」と思われるわけです。

その結果、組織はさまざまな資源を動員することができます。「組織の中では実践されてません」というケースでも、流行を取り入れることによって、経営層から信頼を得られるかもしれません。求職者を惹きつけることができるかもしれません。

マネジメント・ファッション研究の中では、脱連結が発生することが検証されています。マネジメント・ファッションを実践していない企業もあるんですね。

ただし、「うちはこの考え方でやってます」と伝えることによって、その会社の評判は高まり、それを宣伝した人の報酬も高まることが明らかになっています。

例を挙げてみましょう。マネジメント・ファッション研究の中には、「Total Quality Management(TQM)」の事例があります。

TQMの詳細は省きますが、統計的な手法を含んでいる1つの品質管理の手法だと思ってください。TQMを導入しようとすると、統計的な手法が難しい。そのため、マネージャーが実践しようとしないんですよね。かつ社員もTQMのトレーニングに対して「今のやり方のほうがぜんぜん良い」と抵抗を示します。

とはいえ、一部の人はやるわけです。その中からうまくいく職場も出てきます。そして、うまくいった事例が経営層に伝達されます。すると経営層は、「うちはTQMを導入したことによって、こんなにうまくいっている」と、社内外にアピールします。「TQMを導入したことで生産性が上がった職場があります」と言っていきます。

それを聞いた他社が「おお、TQM良いじゃないか」と思って導入を決める。ただ、導入をしていくと、またマネージャーや社員が難色を示す。このようなことが、実は人事の流行をめぐっても起こり得ます。