親が何枚も紙に書いた情報を先生が再入力するというムダ

中村龍太氏(以下、中村):みなさん、「家庭環境調査票」って聞いたことありますか? 今回、推計530時間、日数にすると20日間以上の先生の事務作業時間を減らすことになった1つの業務です。これに取り組んだのが前田さんたちになりますが、これは前田さんから話してもらえますか?

前田小百合氏(以下、前田):小学校や中学校に入学する時、子どもや保護者の名前、住所、電話番号などの情報を必ず学校に提出しますが、だいたいみなさん紙で書かれるんですね。

中村:前田さんも保護者の立場で、どれぐらい書いたんですか?

前田:三島市は6枚と書かれていますが、私もそれぐらいあったと思います。名前と住所と電話番号はセットで、「何回書くんだろう」というぐらいいっぱい書かなきゃいけないんですね。「さっきも書いたのにな」みたいなのがたくさんある。

あと、「保健調査票」というのもあります。

小さい時にいつ予防接種を打ったかとか、おたふく風邪の予防接種を打っているかとか、そういうのも紙に書くんですけど、これがけっこう大変です。母子手帳を取り出して、何年何月何日に打ったかとか、何回目はいつ打ったかというのを書くんですけど、それを入学式の前までに準備しないといけないので大変なんです。

「ほんと嫌だな」と思いながら、保育園で書いて、小学校で書いて、中学校で書いて、この間は娘の高校でも書いて。提出先が違うので、紙を変えながら毎回書かなきゃいけないことが本当にストレスでした。

これは入学の時に書くんですが、学年が上がると、例えば緊急連絡先が変わったりするので、紙が戻ってきて、更新してまた返すみたいなやりとりもあります。大事なことですけど、けっこう大変なんですね。

中村:保護者が紙に書いたものを受け取るのは先生ですか?

杉山慎太郎氏(以下、杉山):先生ですね。校務支援システムというのがあるので、受け取ったものから必要な情報をそこに打ち込む。

中村:それは先生が入れるんですか?

杉山:はい。

中村:うわぁ、大変だ。そして、その情報が教育委員会に伝わるということですか?

杉山:伝わりはしないですね。

中村:伝わらないんですか。

杉山:それぞれの学校で運用していくものです。

中村:そういう仕組みなんですね。

杉山:紙は鍵の掛かるところに保管しておくという。

学校と教育委員会のチームワークを生み出したワークショップ

中村:学校の先生の働き方改革というのは、ほとんどできていない感じがしました。教育委員会が学校の現場にどう寄り添うか。学校と教育委員会の両者のチームワークを生み出したのがこのワークショップです。

前田:これは私からお話しします。2年前の2月にワークショップをやりまして、参加いただいたのは三島市の教育委員会の方と学校の先生の方々、私たちサイボウズのパートナーである三島市のアイティエスさん、そしてサイボウズで、(スライドのように)「どんな仕事がありますか?」というのを付箋に書いていきました。

向こうにいる黒い服の方が教育指導主事の先生で、「指導主事はこんな仕事があります」と書いて、黒いマスクのアイティエスさんの方が、「じゃあこんなIT化ができそうですね」みたいなことをやって。こういう机が4つか6つぐらいあって、みんなで棚卸しをしていきました。

サイボウズやアイティエスさんからすると、「学校業務ってこんなことがあるんだ」という理解がすごく深まった場所でした。たくさん出たものを右の写真のように、「難易度が高い・低い」と「取り組みやすいか」の2軸で整理をして、「どこなら取り組みやすいかな」というのを見ていきました。

中村:サイボウズでよく使っている、横軸が「難易度」、縦軸が「効果」で、効果が高くて簡単なものをやるのが一番いいよという話ですね。

前田:そうですね。この時にすごく印象的だったのは、杉山さんが、例えば難易度が高くても、「どれに取り組めると先生たちが楽になるんだろう?」ということをみなさんに投げ掛けてくれて、出てきたのが家庭環境調査票でした。家庭だけでなく学校にとっても大変な業務の1つなので、「これに取り組んでみたいね」という話が出たのを記憶しています。

中村:この時、杉山さんはこのワークショップにどんなふうに関わっていらっしゃったんですか?

杉山:僕もこのテーブルの中に入っていました。最後の付箋貼りの時に、指導主事の1人が言った「これをやると先生たちは楽かも」の一言で、家庭環境調査票をやりましょうとなりました。

難易度の高い個人情報を含む書類もデジタル化

中村:家庭環境調査票の次の保健調査票はどういう経緯でワークショップに出てきたんですか?

杉山:家庭環境調査票の一連で集めるのが6種類あって、その中に保健調査票もあったという流れですね。

中村:やはり保健の先生が待望していたということですか?

杉山:そうですね。養護教諭さんが使うものがどの学校も全部一緒だったので、「ちょっと難易度は高そうだけど、これもやってみよう」みたいな感じです。

前田:保健調査票は個人情報が入ってくるので、やはり難易度が……。さっきの修繕の依頼などは個人情報が入らないのでいいんですけど、個人情報が絡んでくるので、できるかどうか。そういうのは、教育委員会さんもやりたいけど取り組めないということですよね。

杉山:そうそう。修繕だと個人情報はないので、すぐできるからまずやった。(保健調査票は)国が個人情報保護法の改正を進めているという話を聞いていたので、そこを目がけてやってみようという感じでした。

中村:すごいチャレンジですよね。そこで「びくともしない」みたいな。

前田:(笑)。

中村:多くが「個人情報の問題でこれは難しいんです」と言うんですけど、それを進めたのはすごいですね。

保健調査票について、具体的にkintoneでどうやったのかというお話は、前田さん、お願いします。

前田:保健調査票は、家庭環境調査票と同じように入学時に保護者から集める情報の1つになります。左が紙のイメージですが、書く項目がたくさんあって、これをIT化したいと考えました。

ただ、kintoneのアカウントを全員に配るのは保護者のハードルも高くなるので、モバイルで入力できるWebの画面を準備しようと思って、連携サービスを組み合わせて提案しました。

例えば左にある「緊急連絡先」は、家庭環境調査票にも入っている情報なので、どっちにも入っていると、「どっちが最新なの?」みたいな話が出てきちゃうので、こっちは抜きましょうとか。

健康状態についても、1年生の時、2年生の時と、毎年記録を追加していくかたちでしたが、「これは本当に必要なのかな?」ということを養護教諭の方とお話しして、「最新情報で更新していくことにしましょう」となりました。

あとは、紙のレイアウトから、縦にスクロールするスマホで書きやすいレイアウトに整えないといけないので、養護教諭の方と対話をしながら項目を少なくしたり、見やすいものにしていきました。

紙ではできない、「kintoneだからできる」機能

中村:紙の項目を単純にフォームにしたわけではなく、要るもの・要らないものを精査していったと。先の長い仕事をよくやり遂げたなと思うんですけど、杉山さんもそこには関わっていただいたんですよね。

杉山:そうですね。家庭環境調査票って、学校ごとに集めるデータがまったくバラバラで。

中村:あらららら。

杉山:「それを統一しないとできないね」というところがあって、「じゃあ学校と調整します」と言って、僕はそっちに注力して統一させました。

中村:よく統一させましたね。

杉山:はい(笑)。

中村:実際に保健調査票はどんなアプリですか?

前田:Web画面に入力したものがkintoneのアプリに連携されて入ってきます。

左のように、項目がどんどん増えていく感じですね。「こういう画面で見えますよ」ということも、養護教諭の方に丁寧にお見せして対話を進めてきました。

あと、kintoneだからできることもけっこうあります。例えば紙だとアレルギーの子どもを知るために何百枚も紙を見てアレルギーの項目を確認する必要があり、養護教諭の方が大変でしたが、kintoneだとチェックを入れればアレルギーの子だけがキュッと出てきます。

また、年度の初めに紙を配って保護者から回収しますが、未回収の場合は担任の先生がその子に声をかけるなど、けっこう大変なんですね。これもアプリで、未回答の方だけを絞り込むことができるので、確認作業を養護教諭の方も含めて手伝うことができます。

もちろん使い勝手が変わるので、養護教諭の方も少し不安になるところはあったと思うんですけど、「こんなことができますよ」ということも併せてご提案しながら一緒に進めていくことで、すごく前向きに取り組んでいただけたなと思っています。

杉山:そうですね。養教さんは特にメリットを感じていただいていると思います。

約530時間を削減し、1万枚超のペーパーレス化を実現

中村:「すべての保護者がITを使ってスマホでできるの? だから紙でやるんだ。ITはやらない」というのがよくある話ですけど。そのへんは、杉山さんはどうやっていったのかなと。普通だと、紙でやる人を優先して、デジタル化は無視みたいな状態になるんですけど。

杉山:一番大きかったのは、GIGAスクール構想(児童・生徒に1人1台の端末を配布してICT環境を活用した学びを進める文部科学省の取り組み)で、先生にも1台ずつ端末が配られているので、先生たちにアレルギー反応がなかったというのがあります。

中村:なるほど。保護者は何割ぐらいが対応できないとか……。

杉山:紙のほうがいいと言う人もいると想定して、入学説明会の時に「紙で希望する人は用紙を持って行ってください」と案内したら、ほとんど持っていかなかったのかな。

中村:そうですか。

杉山:スマホの所有率を見たら、「恐らくそうだろうな」というところはあったんですけど、ただそういう結果になったことは良かったなと思います。

中村:やはり時代は変わって、ほとんどの保護者の方がスマホを持って入力できる状態になっていたことが実証された事例かなと思いました。ありがとうございます。

結果的に、推計530時間、20日間ぐらいの事務作業時間が減り、1万枚以上のペーパーレス化に成功した。

カーボンニュートラルに大変貢献しているんじゃないかと思うんですけど。どこの教育委員会もこれを真似してほしいと思うほどの驚きだと思います。

教育現場のデジタル化を進めるポイント

中村:この事例ができてから、私たちもいろんな教育委員会にお話をしに行くんですけど、なんとなく「文科省がどうたらこうたら」「総務省がどうたらこうたら」というお話になって動かないんですよね。

昨日、杉山さんとお話をした時に、文科省や総務省の動きを逆手に取って、「これを利用したほうがいいんじゃないか」というアイデアをお聞きしたんですけど。

杉山:なかなか難しいですけど、一番のハードルはやはりお金なんですよね。予算をどうやって取るか。本来、「未来の教室」の実証事業は、2022年の3月までだったと思うんです。すでに予算編成が終わっているので、今から予算要求しても無理で、たぶん固まっちゃうんじゃないかなと。自治体の予算要求の流れは9月、10月ぐらいから始まって……。

中村:今ぐらいみたいなね(笑)。(※2023年11月8日から9日にかけて開催されたイベントです)

杉山:まさに今(予算要求が)されていて、そこに向けてどう持っていくかと考えると、3月に提案されても無理なんです。

中村:そうですね。

杉山:(三島市のケースでは)「(無償での実証事業を)1年間延ばしてくれませんか」と無理なお願いをしたら(サイボウズ側が)快諾してくれて、「9月までに家庭環境調査票のプロトタイプができれば、予算要求しますよ」という流れでいき、(予算を)取れたという現状なので、提案する時期を考えたほうがいいかなと思います。

中村:なるほどなるほど。個人情報の話でいくと、総務省からのお達しもだいぶん変わっていると思うんですけど、うまく使えるネタはありますか?

杉山:個人情報保護法が変わって、クラウドに個人情報を保存することが容易になっていると思います。今までは、各自治体の個人情報保護条例に基づいて審議会にかけてというプロセスがどうしても必要でしたが、そのプロセスが要らなくなったので楽になったと思います。

中村:でも、今までどおりのプロセスがあると誤解をしている教育委員会さんも多いんですよね。

杉山:そうですね。あると思います。

中村:そこは私たちがお教えしたりする必要があるのかもしれないですね。ありがとうございます。

関係性を持ち、対話をすることの重要性

中村:あと4分ぐらいですが、働き方改革の中身の中で、今後お二人が「どうしたいか?」というお話を聞いて終わりにしたいなと思います。まずは杉山さんからお願いします。

杉山:今回の取り組みでいろんなところから問い合わせをいただいています。たぶん持っている課題はどこの教育委員会も一緒だと思うので、この取り組みがもっと横展開されて、アプリなどがもっと洗練されて、価格ももうちょっと下がるといいなと思います。

そして、kintoneの使い方というよりは、(中村)龍太さん等がやってくれたような対話の組織文化はもっと根付いてほしいなと思います。活用に関しては、やはり現場で作るところにもう少し取り組んでいきたいですね。

中村:ありがとうございます。この三島で作ったアプリは横展開できるように公開されていますので、みなさんダウンロードをして実際に見ていただければと思います。前田さんはこれからどんなことをしたいですか?

前田:たぶん今日来ていらっしゃる方もそうだと思うんですが、ITの方々はけっこう学校や教育に関心があって、教育は子どもたちだけではなくみんなのものだと思うので、「取り組みたい」という方はけっこういらっしゃると思うんですよね。なので、関係性を持って対話をしていく。「提案する時期がすごく大切だ」というのはとても大事なノウハウだなと思います。

今は自治体や学校の業務で「個人情報が」と言われると、ベンダーが一歩を踏み出せなくなるところもあると思うんですけど、ここも対話をしながら、「どういうことならできそうだな」というのを探っていけるといいのかなと思います。学校や教育委員会だけにお任せするのではなく、みなさんでできることから始められるといいなと思います。

中村:そうですね。ちょっとリークっぽいですが、サイボウズも「もっとできることはないかな」ということで、文科省(の定める楽校基本法第一条)には準拠しないかもしれないですけど、サイボウズでも2023年の終わりか2024年頭に学校を作りたいと思っていまして、時期が来たらそのお話もしたいと思います。

このスライドのように、真ん中に子どもたちがいて周りに公立の学校やフリースクールみたいな学校などいろんな学びの場があって、それぞれを選べる世界観です。

公立の学校が提供する学びと私たちが提供とで役割分担ができるといいなと思っていますので、乞うご期待でございます。

前田:もしサイボウズが作る学校に関心がある方は、この会場の入口にQRコードがありますので、ぜひそちらでご確認いただきたいと思います。

中村:では時間にもなりましたので、杉山さん、前田さん、どうもありがとうございました。

杉山・前田:どうもありがとうございました。

(会場拍手)

中村:みなさんも長い時間ありがとうございました。これからもサイボウズを応援していただければと思います。今日はこれで解散です。ありがとうございました。