木村石鹸が「自己申告型給与制度」を導入した理由

木村祥一郎氏(以下、木村):この「自己申告型給与制度」は、基本的には「評価」ではなく「投資」と位置づけてます。過去の結果に基づいた評価じゃなくて、未来の価値や未来の提案に対して投資をする。投資なので、わからないというのが前提なんですね。

その人が提案してきている内容が、実際に価値があるのか、その人がやるかどうか、ようわからへん。わからないけど、投資ってそういうもんじゃないですか。

倉貫義人氏(以下、倉貫):そうですね。返ってくるかどうかがわからないから投資ですね。

木村:わからない。でも、そこに必要なのって覚悟しかないなと。だから「適当に提案してくるなよ」と言っていて、従業員も提案をしてくる時に「本当にこの仕事にはこれぐらいの価値がある」と思って提案してくる。

それに会社が「じゃあ賭けてみるか」とお互い納得したら、覚悟の交換ができたということで給与が決まる。いろんな指標を作るよりも、そういうかたちのほうがシンプルだし、お互い納得感もあるんじゃないかと。

仮に社員が提案してきた内容をぜんぜんできなかったとしても、社員が悪いだけじゃない。投資している側も、それで投資したんだろうという話なんですよね。だから、投資した側も悪いですよ。

倉貫:そうですね。投資だと、まさしくそうですね。

木村:達成できないと思ったら、投資しちゃダメなんですよね。達成させるために、会社側としても働きかけをする。

どっちかがどっちかを一方的に評価して、「あなたはこの給与です」と決めるよりは、「お互いに納得し合ったから、覚悟を持ってやろうよ」という関係のほうがぜんぜん健全なんじゃないのかなと思って、こういう制度を作っています。

倉貫:おもしろい。

経営者として“投資家目線”で社員に投資をする

倉貫:ここで言う「投資」って、いわゆる事業家と投資家の関係ということですよね。

木村:そうです。

倉貫:普通に株式投資をやろうとかっていう話じゃなく。

木村:そうではないです。メタファーとして。

倉貫:メタファーの文脈としては起業家や事業家がお金を調達してくる時の感じで提案をするし、それに対して投資家も「これならこの投資に見合うんじゃないか」と投資する。

これが本当に投資家の関係だとしたら、事業家と投資家って応援する関係になると思うんですよね。投資側からすると、投資したらうまくいってほしいから、本当の事業家だったら人脈を紹介したり、組織のアドバイスをしたり。事業のアドバイスまでしていくというのは、同じ方向を向けるからいいですよね。

木村:そうなんですよ。だから、うまくいかないケースも当然あるんですよね。提案した内容でやろうとしたけどうまくいかなかったら、事業家はピボットしてでも投資した分を活かそうとして動くじゃないですか。

倉貫:そうですね。

木村:それを投資家も応援するじゃないですか。会社と社員の関係もまったく同じで、与えられたことができなかったから「はい、終わりです」ではなくて。

自分が提案した内容で、「これはうまくいかないな」と思ったら、社員も「それに替わる価値をどうやって提案・提供しようか」と考えるし、会社としても「なんとかして投資分を回収しよう」という考えで、一緒に同じ方向を見られるかなと思って。

仲山進也氏(以下、仲山):おもしろい。

倉貫:おもしろいですね。

仲山:全員が起業家ということですもんね。

倉貫:そうですね。それは自律型になるよね。

制度導入後、若手などが主体的に動くように

木村:実質、全員が経営視線になっているわけではないと思うんですが。ただ、自分の持っている能力や価値を「どこにどういうかたちで提供すると一番価値が高いか」を自分で考えないといけないし、それを説得しないといけない。

会社側が納得したら、徹底して応援して、なんとかして投資を回収しなきゃいけないという関係は、評価して評価される側の関係よりはすごく前向きだし、未来志向で健全だなって。決まったことをやるわけでもないので、不確実性にもすごく強いですよ。

仲山:ピボット可能ですもんね。

木村:はい。この制度を導入してからは、特に若手から中間層がかなり主体的に、会社をよくしていく提案や動きを自分たちで取ってくれていて。

部門や職種が違う人たち同士を連ねてプロジェクトをしたり、価値を高めていく活動を引っ張っていくのって、実際はけっこう難しいじゃないですか。なので、そういう(ことができる)人がリーダーやマネージャーになったりしていくと思うんですが。

この制度を入れてから、自分の能力を高めて「こんな価値があります」と提案していくと、限界がすぐに見えるので(笑)。

例えば、スピードを上げるとかお客さんの数を増やすだけじゃなくて、周りを巻き込んでいく提案のほうが、自分の価値を提案しやすいと(社員は)思うので、そういう提案が増えるんです。

そうすると、会社が指定して「お前はリーダーなので、このメンバーでプロジェクトを引き受けてやってくれ」と言うんじゃなくて、自分から手を挙げて「部門横断のプロジェクトをやります」と言う。

それは会社としてすごくウェルカムで、そういう取り組みがすごく増えたので、会社全体最適できる。問題に対して全体最適でアプローチしていけるものが、すごく増えました。

倉貫:おもしろいな。

仲山:おもしろい。

投資するかどうかの判断は「人間性」や「情熱」

倉貫:例えば若い人たちから出てくる提案と、中間層やベテランとかで、提案の内容は違ってくるというか。質、粒度、規模もぜんぜん変わってくるのかなと思うんですが、そこも投資を判断する期間の中で見ていく感じなんですか?

木村:そうですね。投資の判断は、結局「えいや!」なんですよね。ロジックがあるわけでもないから、そいつの人間性や情熱とか、全体を見て「こいつに賭けよう」「賭けられるな」となるので。

倉貫:なるほど。

木村:「なんでこれはいけて、これはダメなんですか?」ってなっても、「わからん」しかない。

(一同笑)

仲山:確かに。

木村:ただ一応、グループ単位のリーダー全員が全社員の提案を見て、「この提案がどうか」と議論する場を作っていて。うちの中では、それがけっこう経営会議に近いんですね。

社員から上がってくる「こういうことしようと思っています」「この半年はこういうことをやりたいです」というのは全部未来の話なので。さっき計画がないと言いましたが、社員から上がってくる「これをやろうとしている」を集めると、未来のことになるので、それが経営会議で計画になっちゃう感じです。

だからガチガチに縛られはしないけど、一応そういうかたちで動き始める。もちろん、途中でどんどん変わっていくんだけど。どっちかというと若手はプレイヤーとしての提案が多くて、中堅からベテランになってくると「どうやって全体最適するか」という提案が増えてくる。

倉貫:そうですね。

品質管理の担当者から上がってきたアイデア

木村:事例としてすごくおもしろかったのは、品質管理の担当の子がいて。その子がもともとやっている仕事は、最終製品が上がってきたやつを検査して、その検査記録を残しておくことなんです。

お客さんからクレームが来た時に、検査記録から調べてチェックをしたり、交渉したり。基本的には受け身の仕事だから、この仕事の価値を高めてもっと給与を上げていこうとすると難しいですよね。

倉貫:そうですね。リアクションの仕事ですからね。

木村:品質管理って、上がってきた結果だけを見ていても品質は上がらないので、営業から開発、製造までのプロセス全体の品質を上げるプロジェクトを作らないといけなくて。

その子が提案してくれたのは「自分が最終的に品質をチェック・記録する時にいいものができていたら、そもそも問題ない。そういう取り組みをしたほうがいい。その取り組みのリーダーになって、全体の品質をアップする品質管理のチームを作ります」いう提案をしてくれたんです。これはもうめちゃくちゃウェルカムだと。

倉貫:確かに。

木村:これは「じゃあ投資しよう」と。自分の仕事のパフォーマンスを上げるだけじゃなくて、横断的に全体で何とかしようという取り組みの提案が、けっこう上がってくるようになりました。

倉貫:その仕事だけではなくて、視座が上がった提案になりましたね。それを求めることで、視座が自然と上がってきている感じがします。

最終段階では全社員に提案内容が共有される

倉貫:ちなみに具体的な話なんですが、社員からの提案はペーパーで来るもの? それともプレゼンしてもらうんですか?

木村:直属のグループのマネージャーの担当には、ペーパーと提案で1回受けます。そこでの吟味は一切ダメで、基本は聞くだけ。聞いたものを全部持ち寄って、グループリーダーが一人ひとりのやつを全部発表する。紙に書いてあるものがあって、それを全員で吟味するということですね。

倉貫:じゃあ、マネージャーが集約しているという感じなんですね。

木村:そうです。

仲山:そうすると、誰が提案をしているのかは、全社員で共有される状態になるんですか?

木村:最後に全部が決まった段階で、全社員の提案内容が全社員に公開されることになっていて。プラス提案内容の中でも、グループ単位で分けられるような似たものが出たり。

例えば品質管理でも、同じように営業でも品質管理的なことをやろうとしている人がいたら、その人たちをまとめてマネージャーをつけて、そのマネージャーがグループ単位で支援をする。同じような提案をしている人たちで、一緒に問題解決に当たるやり方をしています。

倉貫:おもしろいですね。

仲山:給与額まで共有されるんですか?

木村:給与は共有していないです。

倉貫:なるほど。そうですね、そのほうがいいですよね。

木村:最終的には給与も共有できたらいいんですが、ベテラン社員も多いし、もともとのベースが違ってたりするので。

社員の給与に対する不満が発生する原因

倉貫:(給与を)共有しても誰も得しないし、誰もうれしくないんですよ。数字になっているものだけを共有しても、そこからいろんな情報がこぼれ落ちてしまうので、数字だけの比較になっちゃう。これは一番やりたくないことなはずなんですよね。

最初に「評価が難しい」とおっしゃっていたのは、結局はデジタル化できないものがいっぱいあるから。「なんかわからないけど、あいつがいることで会社がうまくいっている。でも数字の成果は出していない」みたいな人がいる時に、数字化することで居づらくなることはある。

それと一緒だし、評価しづらくなること避けていることを考えると、結果の数字だけの共有はしないほうがよいんじゃないかなって、僕も話を聞いていて思いましたね。

木村:社員の給与に対する不満って、「なんであの人はこの額なのに、私はこうなんですか?」「自分の給与はなんでこの額になるんですか?」「友だちは同じ年代でこれくらいもらっているけど、なんで私は」という比較が生まれるじゃないですか。

倉貫:そうですよね。

木村:この制度は、基本的にはまず自分発信で提案するので、他の人は関係ない。「あなたはいくらほしい?」「そのいくらっていうのは、どんな価値を提供しようと思っているのか」というのを、けっこう痛烈に問いかけるところからスタートしているので、「他の人がいくらです」とか、他人はあまり関係ない。

倉貫:本当にそうなんですよね。

他人と比較することは不幸の始まり

木村:「先輩がいくらです」とかはぜんぜん関係なくて、「あなたはじゃあどうするの?」というほうにもっとフォーカスして考えてくれと。周りを見て「自分がいくらだろう」と考えるよりも、自分はいくらほしいのかとか、自分が何をするか(を考えること)からスタートしましょうと言っているので、公開しないほうがいい。

倉貫:そうね。比較をするって不幸の始まりですよね。他者との比較って、自分が自分じゃなくなっちゃうので。会社の規模や数字とかも、そんな立派な成績を出していないと、ちょっと「うっ」となるけどね。でも自分たちはうまくいってるからいいかな、という気持ちでいるしかないんだけど(笑)。

最初の話に戻ると、僕らも「キャリアプランはないです」って言っていますが、キャリアプランを用意するより、この機会があるほうがよっぽど自分のことを考えるから、会社としては機会を提供しているなと感じましたね。

木村:一応、そのつもりではいて。でも、もともとは、社員でやりたくない人はやらんでいいよということでスタートしています。

工場のメンバーとかで、「言われたことをやっていたい」「自分は別に提案とかないし」という人も当然いるので、「やりたくない人はやらんでいい。そのかわり会社が決めたことには文句は言わないでね」ということで最初はスタートしました。

倉貫:そうですね。

木村:最初は3人くらいやっていなかった人間がいたんですが、結果的にやらんかった人たちも「やります」と言って手を挙げて、今は全社員がやってくれています。周りもやっているから、「やったほうがいいんだ」と思ってくれて。

倉貫:(笑)。それこそ「文化」ですよね。文化が作られた。

全社員が“フリーランスマインド”を持てる環境を作る

木村:今は半年に1回、提案の機会があるんです。半年に1回でも、自分のことや価値とか、どうやってそれを会社に貢献するかを考える。自分を見積もる機会って、フリーランスじゃないとないじゃないですか。

倉貫:そうですね。すごくいいですね。

木村:キャリアプランじゃないけど、それはそれですごくいい経験になるだろうな。

倉貫:とてもいいですね。転職する時くらいしか、そんなことしないので。

木村:そうですよね。

倉貫:それを定期的に、会社で機会として提供する。おもしろすぎて、第2回の録れ高としては十分すぎるほどです。

仲山:おもしろい。

倉貫:この話はもうちょっと続くのかなと思うんですが、話がおもしろ過ぎて、がくちょのコメントをあまりもらっていない。

仲山:(笑)。

倉貫:がくちょのコメントをもらっておかないと。がくちょファンから(怒られる)。

(一同笑)

仲山:自律型組織にしたいといっても、一人ひとりが自律型人材で、いろいろなコラボをしながら価値を生み出していくことでしかないよなと、お話を聞きながら思っていたところでした。

だから全員が起業家というか、全員がフリーランスマインドを持っている環境を設計していることで、自律型組織が成り立っていることにも直結しているんだなと思いながら聞いておりました。

倉貫:いやぁ、すごくおもしろいですね。引き続き、お話をしたいなと思います。ということで、今回はこのへんで。