起業家・事業家・経営者のスコープの違い

権田和士氏(以下、権田):先ほどの「ARR500億円になる」というゴールの解像度。「こんな会社になりたいんだ」で終わっちゃう会社もあるんですけど。登って行く道筋が5年後10年後はわからないですけど、直近2~3年ぐらいの道筋がかなり解像度高く進んでいるところは、會田さんがずっとやっていることなんだろうなと。

會田武史氏(以下、會田):そうですね。演繹的思考法で僕はマクロが好きなんで。

権田:本当そうですよね。

會田:Gen AI(生成AI)の登場と地政学リスクの高まり、あとは中央銀行の金利で今そこの時間軸が相当短くなっていますね。

だから1年とかしか見れていないですけど、それ以上見ても「あまりしょうがないでしょ」と思っているので。今、僕がスクラッチで起業したら、5年も見ないかもしれないですね。「意味ねぇじゃん」という。

技術トレンドと技術的に何が本質かについては見ると思いますけど、GPT5で何が起こるのか。本当にAGI(汎用人工知能:人間が実現可能なあらゆる知的作業を理解・学習・実行できる人工知能)が来るかもしれないという前提に立つと、3年の時間軸で見てもあまり仕方ないのかも。一応見ておくんだけど、経営者としてはいろんなパターンを想定しておく。

一番最悪のリスクを想定した中で、どう戦術を取るのかを、1年で見ていくでしょうね。

権田:逆に半年とか1年間という期間の中の解像度を上げにいくんですかね?

會田:めちゃくちゃ上げに行きますね。「何でそんなことするの?」みたいな話で言うと、日本の公安の人の話を聞くとか。(イスラエルとハマスの武力衝突に)イランが入り込む蓋然性がどこまで高いかで、相当マクロマーケットの環境が変わってくるので。

「今のところ、半年は大丈夫そうである」みたいな時に、じゃあ半年後にマーケットがクラッシュして、第三次世界大戦になるリスクがあるよねという前提に立った時に、BSの右サイドのさっきの資金調達の話じゃないですけど、エクイティサイドとデットサイドのバランスをどうするのかというのは、今のみなさん、僕もそうですけど難しいですよね。

権田:うん。

會田:WACC(加重平均資本コスト:資金を1円調達するのにいくらのコストがかかっているかを示すもの)で考えると絶対デットを引いたほうがいいんだけど。でもここのマクロマーケットの環境、台湾の侵攻リスクならびにイランの参戦でいうと、台湾の侵攻リスクは今回習近平がアメリカに行っていますけど、イランの参戦の蓋然性はイエメンの動向とかを見ると、けっこう高まっているので。

そうするとWACCとかではなく、エクイティサイドをちゃんと積んだほうがいいよねという話になるという。これ、キリがないんですよ。

権田:キリがないというか、いきなり商社マンの會田さんが顔を覗かせる。これがだからもともとのベースの會田さんで、ここに起業家、事業家を乗せていっている感じがありますよね。

會田:そうですね。グローバルマーケットに対峙している経営者というのは、たぶんこういうリスクを考えて、じゃあ今のBSの絵姿はどうなんだっけというのがあると思うんですよね。

だけど起業家ってそこまで考えずに、もうちょっとスコープを小さくするわけじゃないですか。だからどこまで見るかというのは、けっこう起業家、事業家、経営者みたいな話で言うと、すごくあるのかなとは思いますね。

投下資本1に対して、収益1.5が理想

大島周氏(以下、大島):Go to Marketの中期の部分もザっとできればと思うんですが。先ほど、最初はマーケコストを掛けず、徐々に徐々に掛けていったら、途中でうまくいかなくなったみたいな話があったかと思います。

例えばグローススピードを考えた時に、一般的には「ユニットエコノミクスで見るよ」とか、「何倍だ」みたいな話がよく出る中で、會田さんはどういったところを見て、どこを譲らずにやってらっしゃったのか。成長と効率のバランスみたいなところは、どう見て拡大されたのかをうかがいたいと思います。

會田:BSキャッシュフロー経営なんで、あまりトップラインのパーセンテージだけを見るというのはしていないですよね。投下資本に対してどれくらいのリターンがあるんだっけというのは気にします。

よくグロースVCなどは、「投下資本1に対してARRグロース1がキャピタルエフィシェント(資本効率)だ」みたいに言いますけど、僕は1に対しては1.5というのが理想なので、1に対しての1.5をしっかり積んでいこうと。

GP(ゼネラル・パートナー)だから投下資本1に対して、GP1.5というのが理想ですよね。そうするとすごくキャピタルエフィシェントになるので。しかもGPが高いという前提でという感じですかね。そこはすごく見ていた。

権田:すごいですね。商社マン発想、ROIC(投資資本利益率)の世界ですね。

會田:そうですね。ROIC、WACCの世界ですよね。

権田:その発想でスタートアップをやるとこうなるんだなというのを、あらためて聞きながら思っていました(笑)。

會田:そうですね。本当にエクイティファイナンスが、「すればするほど偉い」みたいな世界に対してのアンチテーゼがすごくあるんで。

権田:確かに。

會田:「デットでレバレッジかけてなんぼでしょ」という感じですよね。

権田:2022年から始まったスタートアップのクオリティグロースみたいな文脈に対して、めちゃめちゃ會田さんのファウンダーフィットは高いですよね。

會田:そうですね。2021年まではいろんな投資家から批判されていましたけど。だってつまるところ、将来キャッシュフローでしかないんです。

権田:(笑)。

會田:つまるところ、DCF(合理的に投資するため、現在の投資金額に対し将来どのくらいお金が戻ってくるかを予想して比較する方法)でしかないので。

創業者が突破口を開け、開けた穴を広げるのがメンバーの仕事

會田:話がデータ寄りになってきちゃったんですけど、初期マーケットからどのようにセグメントを……ごめんなさい。セグメントの定義ってなんですか?

大島:最初、HR業界に絞って見てらっしゃったところから、業界を広げられるタイミングがあったのかなと思ったんですけど。

會田:それはもう初期から広げていました。業界特化でHRに行って、大手3社が取れたんです。3社取れたらもう行けるっしょと。

「あとはよろしく」で任せて、次はどこに行くか。SaaSだよねと。SaaSで有名どころを取れて、これも行けるっしょと。次に不動産に行ってこれも取れて、あとは行けるでしょと。3個くらいインダストリーカット(業界毎に専門コンサルタントを配置する制度)の事業ドメインがあると、立派なホリゾンタル(水平)になっていて。

ホリゾンタルSaaSも絶対バーティカルに攻めるべきだと思うんですけど。ファウンダーとか一番解像度の高い人が、3つくらい主要なプレイヤーを見つけてくれば、そのマーケットに対するマーケットフィットは絶対にある。ストーリーもできているはずなので。

バーティカルに攻められていないんだとしたら、型化ができていないだけなんですよ。あとは型化をしてあげればよくて。3つ型化すれば、あとはこの3つの共通項。3つあると、共通項が、最大公約数が見つかるので、そうすると違うインダストリーでも、「この共通項からするとここじゃね?」というのが見つけやすくなるので、自分でやらなくても良い状態ができる。

権田:今、會田さんが言ったことはめちゃめちゃ重要で、穴を開けることと、穴を開けたあとに広げることって、エネルギーの掛け方ぜんぜん違う。

會田:ぜんぜん違うんですよ。

権田:穴を開けることを現場のメンバーにやらせようとすると。

會田:無理無理無理。

権田:めちゃめちゃさっきのROICとか資本効率が下がっていくんですよ。なので、會田さんは穴を開けることを任せない。穴を開けるのは自分でやって、広げること、オペレーティブなところに関しては現場のメンバーが広げていく。ここの役割分担は確かにそうだなと。

會田:そうですね。SaaStrのジェイソン・レムキンが、「めちゃくちゃ伸びている、めちゃめちゃ成功している創業者で、ARR10億円まで自分が売らないという創業者は見たことがない」言っていましたけど。すなわち、10億円くらいまでは絶対に創業者が売っているんです。

権田:そうですね。

會田:解像度がめちゃめちゃ高いので、モメンタムさえできれば「あとはよろしく」の世界なので、仕組み化できるでしょと。

業界別のARRの比率

権田:日本でもスタートアップの経営者はほぼ全員営業をやっているんですけど、3社開けて「じゃああと任せたよ」と、次の3社を開けに行くという移行はなかなかせず、ずっと同じ業界とかでやっちゃうんですよね。會田さんはここの切り替えをやっているんだなという。

バーティカルSaaSでずっと止まらず、T2D3(ARRをTriple=3倍、Triple、Double=2倍、Double、Doubleと成長させていくモデル)みたいにするために、次の業界をバーティカルに攻めるというのを適宜やっていく。そういうことをしないと、その成長率にならないと。それを意識的にやっているんだなと聞きながら思いました。

會田:そうですね。ドタ勘で言うと、ARR10億円の時に3つのインダストリーに関わって、ARRの比率でいうと5:3:2みたいな感じじゃないですかね。最初に攻めた、一番いいと言われる業界の売上が5、次に攻めたのが3、最後に攻めたのが2あると、極めて美しい。

権田:なるほど。それ、わかりやすいですね。

會田:ARRとしては。

権田:確かにそうかもしれない。

大島:お客さまから1つ質問が来ています。「会話という非構造データを使われるマーケットは、今後膨大に拡大していくと考えられるので、今はまだ市場の大きさはそれほど気にしなくても良いのではないでしょうか」というご質問と言いますか、感想ですね。

會田:そうですね。市場、TAMの解像度に関しては、そこまで上げなくてもいいと思うんですよね。四則演算でこれは間違いないよね、プラス矢野経済研究所とか経産省とかいろんな統計データが出ているので、そこから1兆円みたいなのが担保できていれば、それ以上、コンサル屋さんみたいにそんなに解像度高くやらなくてよくて。

だからそこまで気にしなくていいというのは、おっしゃるとおりだとは思いますが、ただ、pond(ここではマーケット)がどれくらいのサイズなのかをザックリ把握しておくのは超重要だとは思います。

大きな実績を残した起業家・経営者が宇宙に関心を持つ理由

大島:ありがとうございます。最後に、今日ご視聴いただいているみなさま、およびこれからGTMと呼ばれるフェーズを迎える会社さんに向けて、ぜひ會田さんから、「ここはちょっと注意をしてやったほうがいいよ」「ここは重要だよ」みたいなところをお話しいただけますでしょうか。

會田:なんかちゃぶ台ひっくり返しみたいになっちゃうんですけど、この間、衝撃のエピソードがあって。アメリカに行った時にサム・アルトマンとイーロン・マスクのどっちにも投資している人に会ったんですよ。

「武史はbig pictureだからいいね」みたいなことを言われたんですけど、「俺のことはどうでもいいから、イーロンとサムの思考プロセスについて教えてくれ」って言ったんですよ。「いい質問だね」とか言われて。

まずイーロン・マスク。彼を突き動かしているのは何かと言うと、「もっとホモサピエンスは太陽エネルギーで生きるべきである」と。これを事業に落とし込むと、スペースXになるし、テスラになるし、ニューラリンク(Neuralink)になる(笑)。

これを聞いて、自分のちっぽけさに驚愕しましたね。だって、奴らは太陽系とか、もっと言うと銀河系で考えているんですよ。僕は地球なんですよ。なんか「めちゃちっぽけやな」という。ジェフ・ベゾスもそうだし、稲盛さんとかもみんな宇宙に行くんですよ。「スコープをとにかく広げまくろう」みたいなのは、めちゃくちゃ重要だと思ってて。

とにかく目の前の戦略・戦術も重要ですけど、「めちゃスコープ広げようぜ。それ以上に広がらないから」というのは、やはりあらためてお伝えしたいところですね。

権田:今の話に乗っけると、スコープを広げる人って、アントレプレナー含めてそれはそれでけっこういるんですけど、會田さんの場合は、さっきのランチェスター(戦略)じゃないですけど、スコープを広げた上で、現在からちょっと先までの道筋を立てられ人だから、なおさらスコープの世界に挑んでいこうという話になるのかなと思います。

會田:そうですね。それができないんだったら、リブ・コンサルティングさんにお願いするというのが結論ということで、おあとがよろしいようで(笑)。

権田:おお、なるほど。

會田:戦略・戦術の得意、プロですから、ぜひこちらに(笑)。

権田:思わぬ返り討ちというか。

會田:(笑)。

大島:ありがとうございます。怒涛の1時間でしたが、第1回のグロースセミナーは以上で締めさせていただきます。會田さん、権田さん含めて本日はありがとうございました。

會田:ありがとうございました。楽しかったです。

権田:ありがとうございました。