「GPTネイティブ」の学生は成長スピードが早い

細野康男氏(以下、細野):橋本先生はデジタルハリウッド大学の教員でもありますし、尾原さんもいろんな学校で教えていらっしゃるとお聞きしました。

それぞれのご縁がある学校で、AIの活用などについて、今の学生の反応はどのように捉えていらっしゃいますでしょうか? 課題とか、「むしろこれはチャンスだな」という、何か具体的な事例も併せて教えていただければ。

尾原和啓氏(以下、尾原):そうですね。僕は今、シンガポールに住んでいて。東南アジア、特にベトナムやマレーシアの大学でゲスト講師をさせていただいたり、日本でもゼミの中でおうかがいしているんですが、明らかにアフターGPTのGPTネイティブな学生と、GPTノンネイティブな学生ではモードが違いますね。

授業でこっちがしゃべっている間に、並列でこっちがしゃべっていることをGPTの解説で聞きながら、「このテーマで最新の論文を20本拾ってきて、それの要約をマップしてください」みたいなこともやるし。

GPTは今のところ並列で使えないので、マニアックな学生に至っては、アカウントを10個ぐらい持っているんですね。ブラウザを切り替えて並列に質問を出すわけです。

それを答えながら聞くみたいに、横に知恵の神がずっと付いて教えてくれることが前提で学んでいる子たちと、そういう学び方をある種「カンニングだ」と言われて制御されちゃっている子たちでは、ぜんぜん成長速度が違います。

結局、課題解決に時間がかかり過ぎると、課題設定やコンセプトメイクという一番大事なところがおろそかになるんです。逆に言うと今の若い方たちは、そこに集中ができるところがすごいかなと個人的に思いますね。

「教員のAI化」は進むのか

細野:橋本先生、いかがでしょう。

橋本大也氏(以下、橋本):私が最近考えているのは、教員のAI化という話です。

尾原:おお。

橋本:先生は要らなく……はないんだが。「要らない」と言うと、自分が否定されてしまうというのがあって(笑)。例えば先日、杉山学長を使って実験したんです。

杉山学長はいろんなところでデジタルハリウッドのビジョンのメッセージを出されているんですよね。「あるべき世界を自ら構築できるチャンス。必要なことはクリエイティビティだ」「デジタルハリウッドの教育はこうあるべき」という論をいろんなところに書かれているんです。

これらを3,000字ほど収集してきて学習させようと思い、「下記の文章の特徴を分析してください」「キーワード、頻出する表現、口癖を抽出してください」と(GPTに質問しました)。

そうやっていくと、だんだん「杉山学長が言いそうなキーワードは『クリエイティビティ』『デジタルコミュニケーション』とか、口癖が「今や」「デジタルコミュニケーション」とか。「デジタルコミュニケーション学部」と付けたくらい、言葉としてデジタルコミュニケーションが好きなんですね。

こうやって大量に学習させた後に、マインドマップで「杉山学長のメッセージの本質は何?」と聞くと、グラフで整理されました。学長で、設立者で、テクノロジーのエキスパートで、社会貢献。

個人の特性として、先見の明や革新的思考、デジタルへの情熱とか、学生への深い理解と支援が感じられるというのがメッセージから読み取られている。「どんな人物でしょうか。詳細な性格分析をしてください」と言うと、学長の性格や役割の分析が行われていくんです。

自動生成AIを使えば“それっぽい”スピーチ原稿も作れる

橋本:あと、「杉山氏に長い称号を与えるとしたらどんなものになるでしょうか」と聞くと、1回目に出たのはちょっと月並みだったので、「月並みな感じですね。もっとキャッチーで創造的で先鋭的な表現で長い称号を作ってください」と言いました。

そうすると、「デジタルの魔術師、教育界の革命児、未来を創造するビジョナリー、デジタルハリウッド大学学長 杉山知之」「21世紀のサイバーパイオニア」と言い出すわけです。

これぐらいやると、スレッドで杉山学長に関して学習が進んだので、この段階で「学長が大学設立20周年の記念パーティで挨拶するスピーチ原稿を書いてください」と言うと、それっぽいことを言い始めるんですよ。

この時に「HeyGen」という映像化プラグインを呼び出して、「このスピーチを映像化してください」と頼むと、数十秒でデジタルハリウッド大学成立20周年記念パーティの映像をダウンロードというリンクが出てくる。

尾原:すごい。

橋本:ダウンロードすると、こういう映像なんですね。

(映像が流れる)

橋本:最後は「ありがとうございました」で、最後まで破綻なく、本当に学長が言いそうなスピーチで終わるんですね。先々週、経済同友会で一部上場企業の社長さんたちに「こういうことができる」と、この例を見せたら、みんな社長でスピーチが日常茶飯事だから「これは欲しい」と(笑)。

だから人間は、あとは当日に起きたことや自分っぽいユーモアを一言付け足せば、十分使える話ですよね。そしてHeyGenで杉山学長の映像とかをアップロードすれば、杉山学長の姿になるんですね。杉山学長の今のAIを、私はすでにGPTストアに登録していて。

尾原:じゃあ、これはもうGPTで使えちゃう。

橋本:そうそう。杉山学長のAI、もうすぐ売れるんですよ。私が儲けちゃうんだけど。

尾原:結局、GPTって汎用な知性で、全般的な可能性の中のまっとうなところを返すだけのツールなので、逆に「杉山さん」という偏りを提供すると、杉山さんという偏りの答えが出る。

橋本:「偏り」。確かに。

必ずしも「正解を出すこと」だけが教育ではない

尾原:僕が京都大学に入学した時に学長に言われたのは、「うちの大学は迷うところだから、せいぜい迷子になりなさい。所詮学校の先生は、自分のエッジの中でしか物を語らないから。いろんなエッジの光が当たることによって、いろんな方向から光が当たったら、『意外と自分ってこっちの角度の光で輝くもんだよ』と気づくものだ」と。

そういうことを言われて、「あ、迷っていいんだ」と。僕の場合はその日から学校へ行かなくなるんですけど(笑)。

橋本:ははは(笑)。

尾原:でも、教育っていろんな側面があるから、そういうのをちゃんと見ていくことは大事だと思いますよね。必ずしも正解を出すことだけが教育じゃないから。

橋本:あともう1個、「D-ID」というAIとくっつけてやった実験があって。

(橋本氏が英語で講義する動画が流れる)

尾原:大也さん、英語がうまくなりましたね。

橋本:そうそう。映像でGPTとD-IDを組み合わせると、何語でも講義ができちゃうんですよね。

先日、「英語はChatGPTでモノになる」という1時間の講義をしたんです。けっこうたくさん人が来てくれたんですが、その講義の内容の1万7,000字をログミーさんが全部書き起こしてくれて。

尾原:それをもう一回英語にして放り込むとかね(笑)。

橋本:そうそう。それを放り込むと、私の1時間の1万7,000字分の情報がAIになるので教えてくれるんですよ。今は2人分のAIを作りましたが、本学は100人ぐらいの教授がいて、それを全員分作っちゃえば、デジタルハリウッド大学という大学AIができるかなと。

尾原:GPT-4だって2兆パラメータと言われているけど、実質的には2,500~2,800億ぐらいのパラメータが8つ並んでいる。『エヴァンゲリオン』のMAGIみたいなかたちで、一つひとつのAIにエッジがあって、その組み合わせによって回答精度を上げているという噂もありますからね。4という説と8という説があるんですが。

だから実は偏ったものの固まりのほうが、いいクリエイティビティを出すということはあり得る話だし、もしかしたら今日追い出されたサム・アルトマンの結論は「今のところそうだった」みたいな話かもしれないですからね。

橋本:そうですね。個性は偏りなんですね。

細野:ありがとうございます。

技術速度が速すぎるAI、教育に与える影響は?

細野:お二方から「教育への影響」ということでお話をどんどん深めていきましたが、今日はリアル会場にお越しの方が30、40人ぐらいいらっしゃいます。

尾原:ありがたいですね。

細野:大学、専門学校、高校の先生がけっこう交ざっているようです。いくつか事前にご質問いただいた先生もいて、知り合いの先生もいたので勝手に当ててしまって申し訳ないんですが。

尾原:お、リアルでご質問を受けるんですね。ありがとうございます。

細野:会場からのご意見をベースにお話を深められたらと思うんですが、実際どうですか? 「教育×AI」で、先生のお困りごとや悩んでいらっしゃることがもしあれば。

質問者:先ほどから話に出ているようにすごいスピードで(AI技術が)進んでいて、実際の現場でのスピード感と教育を、学生たちにどういうふうに併せて教えていけばいいのか。そういうところがやっぱり知りたいなと思いましたね。

尾原:そうですね。AIの技術速度が速すぎて、その速度感と実際に教えることのズレをどうするかというご質問ですね。

僕自身が思っているのは2つです。本質から逆算で考えて、「こっちの方向に変化すると、後から技術が追いついてくるから、まずは先を教えちゃおうよ」というほうに行くのか。もう1つは、とはいえ黎明期だからこそ、万能人になれるという話はむちゃくちゃ大事だと思っていて。

GPTが登場する以前・以後の“学び方”の違い

尾原:大也さんも僕も、なんでAIとデータのことを語れるかというと、その業界の黎明期からプログラムコードを書いていた。僕に至っては大学へ入ったら、「尾原、まずは基礎からやるんだ」といって、パンチカードのコンピューターからやらされて(笑)。

橋本:パンチカード(笑)。

尾原:「ニーモニック」と呼ばれるような、機械に直接指示する言葉から全部やっているから。結局、最新のテクノロジーはこういう原理の積み重ねでできているから、「今回はこっちに使えて、こっちがダメなんだな」みたいなエレメントがわかる。この2つが大事だと思うんですね。

あと、もう1個大事な話が、テクノロジーに対してオプティミストになるのか、ペシミストになるのかです。

最近よく使っているスライドがこれです。「AIはカンニングに使われて、人が学ぶのをやめる」という話について。今の教育の階段が粗すぎるから階段が上れなくなって、みんな1段を上がるのにヘトヘトになって、カンニングというブースターを使うんでしょと考えています。

でもAIがあると、その人が登れるちょうどのサイズの補助階段がどんどん勝手に作られるわけですよね。

そうすると、実は学ぶことがしんどいと思っているのはビフォーGPTの人で、自分に合った階段を提供する中で、「楽しかったら勝手に高みに登っていくよ」というのがアフターGPTの学びかもしれない。こういうゲームチェンジを先にお話ししたほうがいいんじゃないかなと、個人的には思いますね。

AIに仕事を奪われる領域とは

尾原:大也さん、どうですか?

橋本:そうですね。たまたま英語学習の本を書いたばかりだから英語の話をするんですが、TOEICって点数化しやすいんですよね。TOEICのハイクラス・ミドルクラス・ロークラスといった時に、DeepLという最高精度と言われる翻訳エンジンが、今はだいたい900点のラインにあると研究者が言っているんですよ。

このDeepLラインを超えていると、スーパーマンになれる気がしていて。ここは仕事をまだ奪われないというか、だんだん今は自動翻訳やAI翻訳の間違いを正すこと、監督することが(人間の)仕事になってきているから。

尾原:なるほどね。

橋本:だからこれを超えているといいんだろうなと思うのですが、たぶん割りを食っちゃうのが、今まで下訳とかの作業をやっていた人たちです。実はこれが要らなくなってきて、今は産業翻訳とかはかなり食われてきています。

ただ、一番下(ロークラス)はもともと(英語が)わからなかったんだから、AIでわかるようになるので、プラス効果かなと思っています。基本的には学ぶ必要がなくなったんじゃなくて、「より高度なAIラインを超えないと仕事はないよ」ということなのかなと思ったりしています。

細野:ありがとうございます。

「人間が先生をする一番の意味」とは何か

細野:ちょうどご質問が来ています。

尾原:オンラインもたくさん来てくださっているんですよね。

細野:「教員もAIに置き換わる可能性を示唆されましたが、人間が先生をする一番の意味は何だとお考えでしょうか?」。橋本先生、お願いします。

橋本:やはり人間性はより重要になっていくかなと思っています。要は「この人みたいになりたい」とか、そう思わせるのは生身の人間で、面と向かったからそうなる。これは今後も変わらないだろうと思います。

あと、AIはやはりどこまでいっても偽物で、それを上回る「人」がいる。だからさっきの話も、杉山学長という本物がいるからAIを作れるのであって、本物がいないとAIも作れないですからね。本物という意味では、今後も(人間の役割は)重要。

というか、お金を出すのはそこだけになっていくんじゃないですか? だからAI先生はタダで配られて、本物のデジタルハリウッド大学は高いよみたいな。

細野:なるほど。

動画を使った教育のほうが人間的

尾原:これ、動画の時もまったく同じ議論があって。動画が出てきた時に、「ただ動画だけを見ると堕落していくんじゃないか」「動画は教育に害か?」みたいな話があったんです。

ちょうどこれも10年という話なんですが、反転学習ってご存じですか? 動画が出てきた時に、「動画って教育の害じゃん」という話があった。でも2007年に、サルマン・カーンという人が「いや、何を言っているんですか。今の教育こそ非人間的で、動画を使った教育のほうが人間的なんですよ」と言ったんです。

例えば、今で(イベント開始から)45分経つわけですが、みなさんは僕らの話を聞いているだけじゃないですか。これって非人間的じゃないですか? だってもしかしたら、僕や大也さんのお話をすでにある程度知っている人だったら、動画ならスキップできますよね。理解力が早い人だったら、倍速で聞けますよね。

でも今、みなさんは等倍速にみなさんは縛られているわけですよ。でももっと非人間的なのは、わからなかった時に「今のところ、もう一回教えてもらえますか?」と、今の雰囲気だと聞けないですよね。それは学校も同じで、だけど動画だったら何回でも巻き戻して聞けるし、そのほうが理解レベルを合わせて授業に来られる。

AIがあることで、むしろ人間らしさを取り戻せる

尾原:じゃあ授業では何をやるんですかといったら、「このテーマでディスカッションしようよ」とか。例えばうちの娘はバリ島のグリーンスクールにいたんですが、「水源確保のために、バリにはいくつのダムを作らなきゃいけないか考えてみようよ」みたいなプロジェクトラーニングをする。

そして先生は、どの生徒はできて、誰が詰まったかがデータでわかるわけですよね。だったら、わかっている生徒には「彼は詰まっているから、ちょっと教えてあげなよ」と言って、詰まっている子には「あの子に聞きにいったらわかるから、ちょっと勇気を出して聞いてみなよ」と、背中を押すことが大事な仕事なのかなと思うんです。

Googleチャイナのトップをやっていたカイフ・リーは、中国で最大のAIを作って起業家をされていますが、実際に4年前のTEDで彼も同じように「(AIによって)人間らしさを取り戻せる」という話をしていて。

どうしてもAIって、リピート可能な人間の作業を置き換えるんだけど、もう1個軸があると言っていて、それはコンパッションなんですね。「あの人に言われるから、俺やるわ」「あの人が見ている夢だから、私も追いかけたいわ」と、まさに大也さんが言った軸があって。

縦軸のコンパッションがあるものは、たとえ作業自体がリピートのものだろうとしても、老人介護の方やウェディングプランナーの方だったり、「憧れを伸ばす」ものや「勇気を振り絞らせる」ものは、やはり人間に残るものだよねというお話があったりしますね。