佐久間宣行氏の仕事観を変えた、AD時代のある仕事

大熊英司氏(以下、大熊):ちょっと今の話にも通じるかもしれないんですけども。新しいメンバーがやりたいこともあるでしょうし、でも現実はちょっと違う仕事をお願いしたりすることもあったりとか。そういう中で部下のモチベーションをどうコントロールしながらやっていくかが次の質問なんですけど。

佐久間宣行氏(以下、佐久間):そうですね。「この仕事が何につながっているのか」をちゃんと共有することがけっこう大きいと僕は思います。それは僕の体験からもそうなんですけど、ドラマのADをしていて「ADの仕事って本当につまんなくて嫌だな」と思ってた時期に、ドラマの小道具で「女子高生のお弁当作ってこい」って言われたことがあって。

大熊:え、佐久間さんが弁当を作るってことですか?

佐久間:はい。深夜ドラマでスタッフがまったくいなくて。本当にふざけんなよと思ってたんですけど。でも作らなきゃしょうがないから、大学時代アルバイトしてた居酒屋の厨房を借りて作り始めたんですけど、それってサッカー部のマネージャーが先輩に告白するためのお弁当だったんですよ。

その時に、よく考えたら自分の作ってるお弁当が、「これ、サッカー部のマネージャーが作る弁当じゃないな」って途中で思って。作ってるものを1回やめて、もっとかわいいお弁当にして。台本にはないんですけど、サッカーボールのおにぎりを作って現場に持っていったら、監督がそれを見て台本を変えてくれたことがあったんですね。

「この弁当いいから、この弁当中心にここのシーン変えようよ」ってことがあった時に、どの仕事も自分の好きな、やりたかった演出につながってるって気づいたんですよ。それから僕はADの仕事への態度が変わったんですけど。

こういう経験をどのスタッフにも話します。あなたがやっているこの仕事は、この部分にテレビで寄与してて、この番組のここの部分の能力を磨くのに近い。結果、君がやりたい、例えばこのお笑いバラエティのここの部分に伸びてくると。

例えば、あなたが今接してるエキストラみたいなお笑い芸人さんの中に、僕が出会ったおぎやはぎみたいな子もいたんだよって言うだけで、その時のエキストラへの接し方も変わるし。知らないだけってのもあるんで。どの仕事も最終的につながってるっていうことがわかってもらえるだけで、モチベーションの部分はけっこう整理されていく。

あとは、その1個ずつの仕事、「一見関係ない仕事もこっちは見てるよ」って伝えるだけでも違うなって思いますね。

「自分の仕事が組織にどうつながっているか」を意識させる

大熊:どうですか、髙倉さん。

髙倉千春氏(以下、髙倉):いや、もう、ますます人事の方かと思っちゃう。

(一同笑)

佐久間:人事の方では(笑)。

大熊:(こういう人が)いてほしいですよね。遠心力と求心力って話がありまして。多様な人材が必要ってことになってくるじゃないですか。それは、これだけ世の中変化が激しいから、経営の視点から言うと、いろんな人を抱えたほうがいいよねと。

でも、佐久間さんの話の中でやっぱり求心力って、「何をやりたいのか」みたいなコアな部分。それから権限委譲って、最初のセッションで「Z世代は権限委譲を求めてます。(そうしないと)成長しないです」とかなんですけど。権限委譲って何をやってもいいわけじゃなくて。

佐久間:そうですね。

髙倉:やっぱりその方向性をちゃんと共有して、最初のとこだけ細かく入るんだっておっしゃる。そうじゃないと「教えてください」になっちゃって、ぜんぜん育成にならないからと。そこの部分もすごくミソだなと思ったんですよ。

それからもう1つは人事界でOKR(Objectives and Key Results:目標と主要な結果)って頭文字で言ってたんですけど、これは何かと言うと、今や「自分の仕事が組織にどうつながってるか」を意識しないと、一人ひとりが活きなくなっちゃう。例えばGoogleさんがそれを出してるんですけど、この「あなたのお仕事は、こういう経営の中のここを占めてるんです」っていうことを常に意識させる。

佐久間:なるほど。

髙倉:それが、今の佐久間さんの……。

佐久間:え! 今、俺、自然にOKRの話してたの!?

(一同笑)

大熊:本当につまんない仕事というか、雑用だけやってるわけじゃなくて、やっぱり何かにつながってるってわかるとやり方が違ってくるとちゃんと今(おっしゃっていました)。

佐久間:へぇ~。すごい。

重松裕三氏(以下、重松):人事界に来ていただきたい。

佐久間:人事界!(笑)。

(一同笑)

仕事への憧れを抱いて入社した人ほど、すぐ辞めてしまうわけ

大熊:重松さん、今のお話はどうですか。

重松:まさに同じ話をしようと思ったんですけど。みんな会社のビジョンに共感して入社してきているはずでも、「自分のやってる仕事ってなんなんだろう」って思う人は今めちゃくちゃ多いと思うんです。

それはやっぱり上司の責任だとは思うんですけど。あなたの仕事ってここにつながってるんだよと、その意味を持たせてあげる。ちゃんとわからせてあげるのが大事なんで、目標設定とかも大事ですし。それがOKRという手法を使ってやると、よりそのツリー上で自分の役割はどこに位置してるのかがわかるんで。まさにおっしゃってることがもう完全に人事だなと。

髙倉:完璧に。

佐久間:完全に人事だったんだ。

(一同笑)

大熊:でもやっぱり自分のやりたいとこにいける場合もあるってことですよね。

髙倉:そう、ある。

大熊:そうですよね。でもやっぱり佐久間さんの下に来たら「あの番組やりたいんです!」「『ゴッドタン』やりたいんです!」って来る人も多いと思うんですけど。そういう場合は「じゃあ『ゴッドタン』、ちょっとADからやってみないか」っていう感じなんですか。

佐久間:いや、今までの経験上ですけど、番組に憧れてきた人は、夢と現実の折り合いがつかないで早めに潰れるんですよ。それを最初に言います。

「今はその憧れの番組にすぐ入るんじゃなくて、その番組で通用するようなスキルを磨ける番組にいったほうがいいよ」って言います。その番組で一番下っ端につくよりは、そういう楽しい番組は、「仕事は仕事」って割り切ってくれるぐらいの子のほうがうまくいったりするんですよね。

だから「夢を目標に格下げしたほうがいい」とよくADに言います。例えば「僕みたいになりたい」とか「こういうことやりたい」という夢を1回(下げて)、現実の中で、3年後には担当回を持てるディレクターになっておく。じゃないと、この番組の中で活躍できないから。だったら「そこの3年は別にこの番組じゃなくていいや」とかって考え方が出てくるじゃないですか。

部下の育成のために、上司に求められる2つの視点

佐久間:例えば、僕のやってる『あちこちオードリー』をやりたいって言われても、『あちこちオードリー』ってフリートークの番組なんで、ADさんの仕事って準備するものが少ないからそんなに変わんないんですよ。

ということは、1年目から3年目までここの番組にいても、やることがないというか。他の番組でスキルを身につけた子が入ってきたらいいけど、1年目から「『あちこちオードリー』やりたかったんです」って言って2年いても、たぶん他の番組で通用するスキルが身につかない。だから他の番組でちゃんと(スキルを)身につけてディレクターで入ってきたほうがこの番組は楽しいよ、とか。

それが夢を現実に、目標に格下げするってことなんですけど、相談された時にそれを言う感じですね。

髙倉:なるほど。ごめんなさい。もうぴったり人事界の考え方とシンクロしちゃうから言っちゃうと。今タレントマネジメントとか言うんだけど、上司力が問題になってるんですよ。

人を育成しましょうって言うんですけど、やりたいことをやらせればいいって問題じゃなくて、育む目と貫く目、この2つがいると。

この佐久間さんの話聞いてると、やっぱり「その人をどうやって育ててあげようか」っていう気持ちと、もう一つ、「この人は現段階だとここじゃないよね」っていうプロのキャリアビジョン上を貫いて見てらっしゃるじゃないですか。これが今必要な上司力ということになっております。

佐久間:なるほど。

大熊:さっきの行きたい部署に行けないとかって話もそうですけど。でも、「今行くよりもここを経験してからいろんなことをやって、ここに行ったほうが絶対いいよ」っていうのをどう説明するかは、会社としては難しいんじゃないですか。

髙倉:どうですか、重松さん。

重松:これは難しいです。正直答えはないとは思いますが、やっぱりちゃんとそれを懇切丁寧にどれだけロジカルに説明できるかに関わるのかなと思います。上司の力って言いますけど、そこに人事のサポートがもちろん入ってもいいと思いますし。長期的にどういうキャリアを描いていくのかは、人事がしっかりサポートして考えていくところなのかなと思います。

佐久間氏がリーダーとして心掛けていること

大熊:佐久間さんってすばらしいリーダーだ……っていう感じになったんですけど。

佐久間:そんなことはないです。

大熊:「リーダーとしてこういうことを心がけてる」みたいなものはありますか。

佐久間:そうですね。でもリーダーとして心がけてるのは、仕事とは別で。とにかく最初は仕事を楽しそうにしてるのと、あとは常に「これは何のためにやってるか」だけは共有する。

佐久間:僕、大きいじゃないですか。だいたい放っとくと怖そうに見える。

大熊:体が大きいんで威圧感はありますよね。

佐久間:だから基本的にはご機嫌でいるという(笑)。

(一同笑)

大熊:不機嫌でいると、ちょっと近寄りがたいと思うんですよね。

佐久間:まあ今はラジオもやっているから、なんとなく僕がそんなに気難しい人間じゃないのはわかってもらえるけど、やはり最初は怖いと思われてたんで。だからご機嫌でいるようにするというのはありますね。

大熊:でもそれはプロデューサーの時もそうだし、佐久間さんは自分で作ったりされるんでディレクターの部分もあるし、今は出るほうにも。それぞれの仕事を楽しんでいることを見せる感じですか?

佐久間:そうですね。それぞれの仕事で、まずリーダーが一番「このミッションを楽しんでいる」というのが、すごく大事だなって思います。困難であったり負け戦に近ければ近いほど、「ということはここの部分は新しい発見ができるよね」とか、そのミッションに対してのプラスの側面を探すことがけっこう多いですね。

例えばテレビの場合、常に裏環境的にほぼほぼ負け戦だなみたいな番組もあったりもするじゃないですか。

大熊:そうですね。裏があまりにも視聴率高くて、何をやってもたぶん勝てないだろうなというのはありますよね。

佐久間:そういう時は、作りながら「この芸人のここの部分だけは世の中におもしろいと思ってもらおう」とか、あとは僕らのチームだと「もっと違う、これだけは作れたな」というもので「ここの部分の評価を狙おう」ということだけは常に言い続ける。

大熊:もう負け戦だから何でもいいやというわけではなくて。

佐久間:そうですね。

メンバーとの信頼関係を築いていくためには

大熊:昔とちがって、今は違う時間にあらためて見られたりするじゃないですか。

佐久間:そうそう。

大熊:だからそういうこだわりのあるものを作っておくと、また違う評価をされる場合もあるということですよね。

佐久間:そうなんですよね。こればかりはわかんなくて、例えば「新しい学校のリーダーズ」が3年前の2020年に作った曲が、今年バズった曲だと言われている。だからもういつ発見されるかわかんないから。そうなると1個ずつ真摯にやっていくしかないみたいなところはあるんですけど。

髙倉:なるほど。

大熊:でもそうですよね。テレビの世界も変わってきている部分もありますし。重松さん、今の理想のリーダー像はどう考えますか?

重松:やはり現場のみなさんが、ちゃんと信じてついてきてくれるところが、リーダーにとって求められるのかなと思っています。先ほどからずっとお話しされていますけど、「ちゃんと見ているぞ」とか、評価してあげるとかフィードバックとか。そういうところで信頼関係を作っていくことで、初めて現場のみなさんがついてきてくれるんで。やはりそういう関係値をいかに作っていくか。

ビジョンを共有するとか、負け戦でもどうやったら戦っていけるのかとか、ここに価値を出そうとか、ちゃんと仮説を共有して、ある程度現場に裁量を持たせて動いてもらいつつ一緒にやっていくのが、リーダーにはすごく求められるのかなと思います。