BtoCは「いかに感動を与えられるか」が重要

井上和幸氏(以下、井上):結局立ち返るところはそこですよね。今日のキーメッセージだと思うんですけど、常にお客さまや現場(の視点)で考える。よくマーケティングで「ドリルを売っているんじゃなくて、穴を開けることに対するソリューションを売っているんだ」という例えがありますが。

田尻望氏(以下、田尻):最近その話の続きをさせていただくんですよ。マーケティング上、ドリルを買いに来た人は穴の開いた板が欲しい。

「ん? 本当にそう?」という話なんですけど。本当は「なんでそれが欲しいんだい?」ともう一段聞かなきゃいけない。穴の開いた板は物なんですよね。BtoCの場合、これがキーポイントです。BtoCの場合はすべて感動がメッセージなんです。

「なんで今回、穴の開いた板が欲しいの?」「ちょっと聞いてくれる? いや、実は息子が夏休みの宿題をちょっと手伝ってって言っているんだよ。親が多少なりとも手伝う以上、喜んでもらわないと」「なるほど。それならちょっとあっちに行きましょう。穴が開いたやつもあるんですけれども、こっちのほうがいいです」とDIYのほうに連れて行く。

「いやぁ、このへんを作ったら息子さんは喜ぶんじゃないですか」「えっ、めっちゃいいじゃないか」と買って帰ったとすると、いくら使って帰るのでしょうか。

井上:確かにね。

田尻:そう。この人は何が欲しかったのか。「えっ、パパすごい! こんなのを作れるんだ!」「パパ、ありがとう。あれを出したら、みんなが『〇〇君すごい』と言ってくれたんだ」と言われたいんですよね。

そのために穴の開いた板が欲しかったんです。ドリルが欲しかったんですよ。感動はすべて人間関係で起こるんですね。「息子に誇りに思われる親でありたかった」「かっこいいパパでありたかった」、そのために数千円、数万円払っちゃうわけです。最高の体験ができたと。

井上:そこに持ち込むという言い方がいいかわからないんだけど、今、田尻さんがおっしゃったシチュエーションに持ち込んだとして、機能だけを見ていたらその価値以上はたぶん払いたくない。

僕らは原価まで知らないですけど、例えば何百円か何千円かの原価で作られているなら、それに多少利益を乗せたとしても、数千円、万単位に乗るぐらい。でも大きな感動を与えてくれたり死活問題に関わるようなお困りごとを解決してくれるなら、原価じゃなくて別軸で数万円、もしかしたらもっと上の価値を感じて払っていただけるということですね。

田尻:おっしゃるとおりです。

顧客を逃してしまう、やってはいけない伝え方

井上:田尻さんの本の中に結婚記念日の時のエピソードが出ていましたね。「(価格が)これだけしちゃうんですけど」となんで言うんだという……。

田尻:やっちゃいけないやつですね。ちょうど私のスイート10(10周年)の結婚記念日にあった話です。みなさんもぜひ「うっ」となっていただければと思うんですけれども。なるかもしれないし、ならないかもしれないですが。

私は子どもが3人いますから「結婚記念日の夜は無理だな、昼のデイユースで行こう」と思ったんですね。原点回帰で、結婚式を挙げたホテルでお祝いをしようと。本当はイタリアンじゃなくて和食が良いと思ったんですけど、電話でまずはイタリアンの値段を聞きました。

そうしたら1人当たり5万円だと。「でもな、スイート10だしな」と思って「ちなみに和食かフレンチだったら?」と聞くと、「いや、田尻さま、すみません。そちらはちょっと高くなっておりまして、16万円するんです」と言われたんですね。

「なるほど、やめとこう」と思いました。スイート10だったので、妻からいろいろリクエストがありまして指輪を買っていたので、もうその時点で7桁を超えていたんですよ(笑)。

7桁を超えていたので正直なところ16万円、17万円は別に高いと思っていませんでした。「何かおすすめがあるかな」と思って、良いおすすめを提案いただいたら買うつもりでした。それなのに「少し高くなっておりまして……」と言われたのでやめました。これがもう本音です。

多くの営業パーソンが見落としている視点

田尻:これは絶対みなさまにも気をつけていただきたいんですが、高いか安いかを決めるのはすべてお客さまです。売り手が決めるなという。ちなみにお客さまよりも高い価値感を持って、「いや、これはお買い得ですよね」と言うのは良いです。でもけっして自分の感性で「これは高いですね」と言ってはだめです。

良かれと思って言われたんだと思うんですけど、特に今回の場合だと「あなたの結婚記念日に16万円を出す価値はない」と言われた気がしてしまうわけですよ。

井上:(笑)。

田尻:失礼ではないですか?

井上:ね(笑)。

田尻:高級車のレクサスを買いに来たお客さまに「燃費がいいので、こちらの車のほうがいいですよ」とは言わないですよね。

つまり、売り手側がお客さまの価値観を勝手に判断して、「あなたはこのほうがいいですよ」と低い価値観で言うことは失礼なんです。でも多くの営業パーソンがそれをしています。「今回の新製品、ちょっと高いんですよ」と。「高いと決めるのはお客さまなんだぞ、お前が決めるな」という話です。ちょっと声が荒くなってごめんなさい。でもそういうことなんですよ。

お客さまが価値を決めるので、絶対にその観点をこちらが教えちゃいけない。ちなみにその話を弊社のコンサルタントパートナーに話したら、「田尻さん、私だったら田尻さんに50万円は使わせます」と。

「おぉ、本当ですか。どうやって使わせるんですか」と聞いたら、「私だったら田尻さんがこの10年間、奥さんに苦労をかけてきたことを全部聞くじゃないですか」「はい、みそぎです」と。

「その全部を聞いて、これから田尻さんと奥さんとご家族が10年間、20年間ずっと幸せにいられるように、その日のすべてを彩らせていただきます。これまでの10年間のすべてを奥さんが許してくれて、これからの10年間が楽しみになるようにお部屋もホテルのスタッフの接し方も、全部プロデュースします。どうします?」と言われたら、「それは50万円払うかもな」と。

もう文脈が変わっているんですね。僕はランチだと言っているのに、その人はプチ結婚式をしようとしてくれているんですよ。

井上:いや、でもそういうことですよね。

田尻:そう、同じ時間ですよ。

井上:まさしくどこまでかは田尻さんが選ぶわけなので、できること全部提案してくれたらいい。田尻さんだったら50万円と言わず、もう数倍払う可能性はありますよね。

田尻:本当におっしゃるとおりです。

エルメスのトップセールスが「100パーセント断られる」わけ

田尻:実は私の知人にエルメスのトップセールスだった方がいらっしゃるんです。その方がおもしろかったのは、断られるまでずっと売り続けるから、100パーセント断られるんですよ。

井上:なるほど。

田尻:パンツを買いに来た人に「いいですね」と言いながら、「でも、これも買ったほうがいいんじゃないですか」とジャケットも買わせて、「でも、ネクタイも買ったほうがいいんじゃないですか」「サングラスもいるんじゃないですか」「ハットも」と言って、「ハットはいらんわ」みたいな。どこかで「いらんわ」と言われるまでずっと提案し続けるという。

井上:すばらしい。

田尻:これがお客さまへ提供できる価値の最大値をずっと探り続けるということです。みんな、本当に欲しがっているものを買わせてあげていないんですよ。もっと買わせてあげたほうがいいと思いますね。

井上:ありますね。ちょっと話が違う方面にいっちゃうかもしれないんですけど、ちょっと前にファンマーケティングの話を聞いていた時、(今と)同じ話をしていたんですよね。

みなさんにとって身近かどうかはわからないんですけど、みなさんもいろいろ推していたり、好きなことがあったりすると思うんです。例えば僕は本がすごく好きで、そうすると田尻さんが本を出したら買うわけですよ。田尻さんに本をどんどん出してほしいんですよね(笑)。

好きな方が好きなメッセージを出してくれたり、小説もマンガもそうですけど、好きな世界観を提供してくれる時は買いたい。お金の限界はありますけど、ファンであれば新作をどんどん出してほしいという気持ち。

その時ファンマーケの方が「ファンの触れるものがなくなっちゃうほうが罪だ」とおっしゃっていて、「あっ、確かに」とピンときたんですよね。やりすぎて飽きられるのはだめだとは思うんですけど、でもせっかく待っていてくれるのに新しいコンテンツが出てこないのは逆に罪だという話をしていたのを、今思い出しました。

キーエンスの理念を行動に落とし込む、ある問いかけ

田尻:確かにそうですね。今年も先月この本が出て、来月にあと2冊出るのです(笑)。

井上:今日の参加者も含めて待っている方がいっぱいいらっしゃいますよ。

田尻:でもありがたいことに私はキーエンスマニアで、キーエンスの先輩方マニア、経営マニアで学習マニアなので、書いても書いてもまだ溜まっていくという(笑)。

井上:すばらしい。興味深いテーマもあるので、みなさんもぜひ楽しみにしていただきたいと思います。また当社の切り口に近い本も出されるので、年明け頃に田尻さんにはまた別の角度からお話をいっぱいうかがえればと思っています。

みなさんも興味があるんじゃないかなと思ってうかがいたいのが、なぜキーエンスの方々が高付加価値型の動きができるのか。プロ人材の話という観点で新刊にも書かれていたと思うので、ちょっとそのへんのお話をいただいてもいいですか? 

田尻:もちろんです。前提としてキーエンスは最小の資本と人で最大の付加価値をもたらすことを考えています。

そこに対してどういう考え方を持っているのか。私の感じたことを、この本にも書かせていただいたのでけっこう参考になるんじゃないかなと思います。この本に書かせていただいています「高い業績を上げる強い意欲と情熱を持っているか」「自分の強みと課題を理解しているか」は私が学んで大切にしている前提になります。

今度はプロの必須条件を見ると、「売上と経費削減につながる企画を出しているか」「最小の時間と費用で進めることを常に意識しているか」「判断は市場原理と経済効果に基づいているか」など、業績をあげていくにあたって重要なことがしっかりと問われているんです。

おもしろいのが全部問いなんですね。「〇〇すること」ではなく「〇〇か」と書いてあるので、常に意識させられるんですね。

それも非常に重要なポイントだなと思っています。最小の資本と人で最大の付加価値を上げる理念だけじゃなく、そこからいわゆるミッション・ビジョン・バリューという行動指針まできっちりと落とし込めているかが重要だと思います。

井上:いや、すごいですね。この本を事業部長以上の全員に配布されているんですか。

田尻:半強制的に(笑)。ただ良い本ですよ。

井上:良い本ですよね。

付加価値を作り収益力を上げるためのポイント

田尻:正直ちゃんとこの本を読んでこのとおりに試した1年後には、仕事では勝てないですね。「ChatGPT×その人」になると普通の人は勝てないんですよ。もちろんChatGPTを使える人は別に負けないかもしれないんですけど。私もこの本を読んだ1年後「あっちはAIを全部使えるけど、こっちはAIを使えない、まずい」と思っちゃいますね。

井上:ChatGPTを副操縦士という位置づけにしているのは、僕は「なるほど」と思ったんです。「頼もしいサポーターとして使えばいいじゃん」という話ですよね。そっか、ちゃんと事業部から「これを見ろ」と指令が出ているんですね。

ちょっとチャットをいただきまして、「歯科医院を経営しています。今1人当たりの生産性が1,350万円ほど、粗利は80パーセント。ChatGPTの本を熟読して、業種での限界はあるかと思いますが、付加価値の作り方と患者さんの日常生活での困りごとを追求してまいります。生産性を上げてからニーズを増やすという観点は勉強になりました」ということで、すごいですね。

田尻:ありがとうございます。

井上:取り入れていただくと、さらに収益力は上がるでしょうね。

田尻:そうですね。歯科医院ではないんですけど、鍼灸整骨院さまがクライアントにいらっしゃって、いわゆる保険治療から自費治療へ。

もちろん1,350万円いっている歯科医院ですと、絶対に自費治療をバリバリやられていると思うんですが、そこの成約率、単価、マーケティングにおけるたくさんの方々に来ていただくところを、いかに順番でやっていくかがキーポイントになるんだろうなと。

そこを型化して、みんなでアップセルして紹介を募って、喜びの声をサイトにあげて、また新しい人たちが来るという連鎖がしっかりできていくといいかなと思います。

その時ポイントになるのが「歯が白くなりますよ」「きれいになりますよ」だけじゃなくて、その後の人生がどう変わっていくのかという中長期な未来の感動です。それが全員でできると、さらに生産性が上がるかと思います。

井上:なるほど、ありがとうございます。ちょうどお時間もきたので、あと15分ぐらいご質問をいただきながら進められればと思います。ぜんぜん脈絡はなくてかまわないので、ご質問や聞きたいことがあったら、ぜひ書き込んでいただければと思います。