キーエンス出身の田尻望氏が登壇

井上和幸氏(以下、井上):今日はカクシンのCEO田尻さんをお迎えしてお届けいたします。(田尻さんは)工学部出身でエンジニアとしてキーエンスに入られました。

キーエンスさんは以前からセールスで注目をされていて、OBでセールス系の本を出版されたり、そこから経営者になったりと活躍されている人が多いと思います。

それに対して田尻さんはセールスメインというよりは、エンジニアでやっていらっしゃったので、その視点がまた新しい情報として僕らに届いていると思います。

先日もいろいろとお話ししながら教えていただいていたのですが、(田尻さんは)今コンサルタントとしてご活躍されています。コンサルティング先さまの業績をものすごく伸ばしていらっしゃって、ぜひ当社(経営者JP)も見ていただきたいです(笑)。

みなさんもご興味があると思いますので、どうアドバイスされているのかも含めて今日はお話しいただこうと思います。相手役は私、経営者JPの井上が務めさせていただきます。

本日(のプログラム)は「高付加価値経営を実現する付加価値とはどういうものなのか」から始まり「真の顧客ニーズの見つけ方が付加価値につながるんだよ」ということや「組織としてどう取り組めばいいのか」について。

さらに今日のお話では「マーケットイン(購買層をベースにして生産や販売を考えること)」がすごくポイントになるんですが、「顧客のニーズをしっかり捉えていくとはどういうことなのか」を中心にお話いただきます。

臨機応変にいきますので、ちょっと派生してお話を進めるかもしれませんが、ぜひご容赦いただければと思います。ではあらためまして、田尻さん、今日はよろしくお願いいたします。

田尻望氏(以下、田尻):はい、よろしくお願いします。

仕事で利益を出すためには「付加価値」だけでは不十分

井上:まず最初にご著書(『付加価値のつくりかた 一番大切なのに誰も教えてくれたなかった仕事の本質』)のタイトルにもなっていますが、田尻さんなりの「付加価値」「高付加価値」の捉え方から教えていただければと思います。

田尻:はい、かしこまりました。よく付加価値の捉え方として「キーエンスはどんな会社か」を言ったりするんですね。売上高7,552億円、営業利益4,180億円、営業利益率55.4パーセント。

井上:とんでもないですよね(笑)。

田尻:めちゃくちゃです。この会社が2022年にはこうなるんですよ。(売上高)9,224億円、(営業利益)4,989億円……。実はこれはキーエンスのおもしろいデータの1つなんですけど、こっち(資料右側)が年で、こっち(資料左側)が人(の数)です。実はこれだけ売上・利益を上げておきながら、社員数は連結でも1万人ぐらいしかいない。

今回、「付加価値の捉え方」についてお話するのですが、そもそも仕事で使える付加価値とは、実は付加価値だけじゃだめなんです。実は利益を出すためには、付加価値と差別化なのです。

付加価値についてはのちほどもお話ししますが、付加価値とは「御社は、あなたの役に立ちますよ戦略」です。付加価値戦略でないものは特長戦略なんです。

「うちの機能はこれです」「私たちの会社の歴史はこれです」と言われても「それで?」という話です。でも「この機能があると、御社の生産性をこう上げますよ」「コストをこう下げられますよ」となると、これが付加価値になる。価値の戦略ですね。差別化の戦略は「他社とは違います戦略」ですが、このどっちかしかやらない会社が多いんですよ。

井上:なるほど。

田尻:どっちかしかやらないとどうなるか。付加価値戦略で「この商品は御社でこう役に立ちます」「ふーん、役に立つんだ、ありがとう。でもね、ほかの会社も役に立つと言っているんだ、値引きしてくれる?」と言われる。

差別化戦略では「この商品は他社にはないんです」「他社にはないんだ。でもね、この機能は使わないよね、いらない」と。どちらか一方だけだとお金にならない、お客さまが買うことにつながらないんです。

「付加価値×差別化」が非常に重要

田尻:つまり「この商品のこの機能は御社でこう役に立ちます。しかもこの機能はうちしかないんです」と言えば「これはいくら?」となる。まずこれが1つ目の大事なところです。付加価値の捉え方の中で、付加価値だけ捉えても実はだめで「付加価値×差別化」がまず非常に重要だということ。

トップセールスや経営者の方であればわかるかもしれませんが、商品の企画者、マーケ、営業の企画者、営業一人ひとりに至るまで、これを一気通貫でできているかを見る。すると会社として改善するところが必ず出てくるんです。

先ほど私のクライアントのみなさまが成果を上げられている話がありましたが、まず私がこの点から見るんですね。付加価値の差別化が一気通貫になっているかどうか。ほぼすべての会社がさすがに一気通貫じゃないんですよ。ちゃんとほころびがあるんです。

キーエンスだって習熟度が高いだけでほころびがあります。そのほころびを直していく。 では、本題の付加価値(成果)の捉え方の話をします。実はこの図(資料)は、私が7年か8年前からずっと言っているものです。

利益が出ない会社は、「過剰スペック」に走ってしまう

私の感覚値では、日本のみなさまがこれをきっちりと理解すればGDPが変わります。価値軸はこっち(左)、コスト軸はこっち(右)、お客さまのニーズがここにあって、原価がここにあった時、付加価値(成果)はどこにあるのか。

利益が出ない会社はここ(お客さまのニーズより上の部分)と言ってしまう。でも実はここがムダ。これはわかりやすく言うと「お客さまのニーズを超えて、より良い製品を、もっともっと良い機能を提供しなければ…」という話です。

井上:過剰スペックですか?

田尻:過剰スペックです。わかりやすいのが、日本製のパソコン、スマートフォンの中に入っている初期アプリはほぼ全部がこれです。

井上:iPhoneが出てきてさんざんばかにされても、今もそんなに変わっていない気が……。ある意味日本製品は「ボタンがいっぱいありすぎだろ」というやつですよね。

田尻:そうなんですよ。まさに井上さんがおっしゃるとおりで、そこが一番のキーポイントなんです。僕は価値とは「すべてお客さまが感じるもの」だと思っています。これが究極です。私たちが感じるのは価値ではなく仮説であって、お客さまが感じるものが価値。

前提としてこの真実から逃げちゃいけない。「これは役に立つだろう」はすべて仮説です。お客さまが役に立ったと感じるかどうか、その真実から逃げているとずっと役に立たないものを作り続けることになってしまう。実は高付加価値化を捉える時、まずそこが大切です。

高付加価値は「潜在ニーズ」にある

田尻:じゃあ本当の付加価値はどこにあるのか。付加価値はこっち側(お客さまのニーズの下)に1個目があります。

原価に顕在ニーズが乗った部分(お客さまの期待)が付加価値です。では高付加価値はどこにあるのか。ニーズの裏のニーズ、つまり潜在ニーズにあります。お客さまも気づいていないニーズを叶えた時、これが高付加価値(より深い付加価値)になります。

なぜここが高付加価値になるのか。これにはお客さまの原理があるんですね。顕在ニーズと潜在ニーズでは、お客さまが取れるアクションが違います。それは検索できるかどうかです。顕在ニーズは検索できるので比較ができるのです。

「僕が欲しいのはこれとこれ」「あっ、でもこっちのほうが安い」「じゃあこっちも値引き」「こっちも安い」「こっちも値引き」となっちゃうんですよ。つまり、顕在ニーズを叶えるだけだと高付加価値化ができないし、価格訴求にも負けてしまう。

実はキーエンスが狙っているのは潜在ニーズです。例えば工場が相手だったら、工場長との話の中で「今、御社では生産性アップが求められていますね」「求めています」と。「御社の工場ラインに、こういうセンサーとカメラを置いていただくと、今までよりも人数を減らすことができる上で、ライン速度が上がるので、生産性はこれだけ上がります」「おぉ、確かに」となります。

「今回私たちのカメラの機能は業界初で、特許出願中状態なんですね」「なるほどね」「価格はいくらです。いかがでしょうか?」と話が進みます。これでおもしろいことが起こるんです。今の流れで話していくと、お客さま側が相見積もりを取れなくなるんですね。

井上:確かにそうですね。

本当はあったはずの価値がゴミ化してしまうパターン

田尻:そうすると価格の維持が起こります。いかに高付加価値を作ったとしても、最終価格が維持できなければ、正直なところ儲かりはしません。

でも高付加価値に気づかせた上で、最後に差別化まで加える。「業界初特許出願中」という差別化を加えることによって価格が維持される。ここまでできるとそのまま収益性がアップする。これが高付加価値化の1つの考え方です。

井上:とにかくこれを徹底的にずっとやり続けていらっしゃるのが、キーエンスさんなんですよね。

田尻:はい。もちろんこれだけではないにしても、これはみんなが徹底してやっています。(キーエンスでは)商品企画段階からやっているんですが、商品の企画段階だけでやっていても意味がないんです。お客さまが気づかなければ、潜在ニーズは潜在したままだと、ゴミなんですよ。

井上:確かに(笑)。

田尻:だから「これってこうしたらこうなりますね」「あっ、本当だ!」と。この「本当だ!」となった瞬間に初めて価値になるんです。商品企画者としては、その「あっ、本当だ!」を狙っているにも関わらず、特にBtoBだと営業の方がそれに気づかせることができずに、本当はあったはずの価値がゴミ化しているんです。

この潜在ニーズに気づかせる力が、いわゆるコンサルティングセールスになります。これは会社の中でみんなで鍛えていったほうがいいと私は思います。

井上:なるほど、伝えるところの重要性ですね。そういうものを提供したいと思っていらっしゃる企業さまはいっぱいあると思うんですが、ただ、できない。どうやればいいんだろうと。

キーエンス流「顧客のニーズ」の見つけ方

井上:キーエンスさんでは、ニーズを発見するためにお客さまのところにけっこう出向いて、徹底的にヒアリングする話も聞きますが、発見の段階はそういうことですか? 

田尻:はい。まず1つ目としてキーエンスでもそうですし、私もできる限りそうしています。ニーズとはお客さまの現場、利用シーンの中にある困りごとだからです。

そのきっかけをヒアリングで見つけていく。僕は「百聞は一見にしかず」の次が好きでして、本当はこんなことは言っていなくて僕が言っているだけなのですが、「千見は一体験にしかず」と。

井上:なるほど。

田尻:YouTubeのライブを1,000回見ようとも、1回のライブに行くことには敵わない。例えば自動車メーカーの工場でどれだけいろいろな知識を学ぼうとも、お客さまからヒアリングしようとも、机上の空論じゃだめなんですよ。実際に現場に行ってみてください。

あの油臭さやズドーンという音が響く現場、あの機械に挟まれたら本当に死にますからね。それがわかっているからこそ、セキュリティカーテンの大事さがわかるんです。

例えば卸や商社の方が「あぁ、そんなことが現場で起こっているんですね」と話を聴くだけの状態だったら、潜在ニーズは絶対に見つかりません。やはり現場で起こっていることをリアルに体験することが大切で、これは急がば回れだと思います。

井上:なるほどね。そこを怠けちゃいけないということですかね。

田尻:はい。怠けてはいけないなと思いますし、私もできる限りお客さまとそのように接しようと思っております。

井上:確かにそうなんだよなぁ。どういう業種業態であっても、今お話しくださったことをまずは実際にやれているかなんでしょうね。

法人セールスでも、「消費者のニーズ」が重要

田尻:そうです。けっこう「うちの会社はBtoBtoCなんですけど、どうしたらいいんですかね」という相談も受けるんです。「いや、これはキーエンスは関係ないでしょ」と思うかもしれないですけど、セオリーは一緒なんですよ。BtoBtoCでもBtoBtoBtoCでもいいんですが、Cに強くならなきゃいけない。

例えば美容商材の卸の会社さまがスーパーさんや美容院さんに卸しています。この卸は、美容院の成功に強くならなきゃいけない、スーパーの成功に強くならなきゃいけない。スーパーの成功とは商品を仕入れることじゃないですよね。売って粗利益を得ることが成功になってくるわけです。

例えば「このトマトはすごく甘いんですよ」という特長のトマトがあります。あるファミリーがスーパーに来て「あっ、これはすごくおいしそう」と子どもが食べてくれたとしたら、これは価値があると思うんですよ。

子どもが「パパ、これが食べたい」と言ったトマトがあれば、(甘い)トマトが100円だとしても、(子どもが食べたがっている)200円のトマトを、「こっちだな」となっちゃうじゃないですか。

井上:はい(笑)。

田尻:子どもが食べるトマトも、甘いトマトも別に原価は変わらないんですよ。でも、こっち(甘いトマト)は100円、こっち(子どもが食べるトマト)は200円。同じ仕入れ額の70円だとしたら、こっち(子どもが食べるトマト)は粗利を100円取れる。「あれ? こっちのほうが原価率が高いのに」となるわけですよ。

卸の方はスーパーさんに対して強いほうがいいんですけど、実はエンドユーザーにも強くならなきゃいけない。エンドユーザーが喜んでくれると、スーパーさんが喜んでくれて、あなたも喜ぶ。この連鎖は市場の原理ですから、それをいかに知っているかです。

法人セールスに強くなるための心得

井上:なるほど。この(田尻さんの)新刊のChatGPTの本(『「キーエンス思考」×ChatGPT時代の付加価値仕事術』)にはBtoBセールスのお話が書かれていて、僕もあらためて「確かにそうだよな」と思ったんです。

田尻:ありがとうございます。

井上:法人セールスに強くなることは、その企業のtoCを知らなきゃいけない。お客さまのお客さまを知ることなんでしょうね。

田尻:おっしゃるとおりです。これまでだったら仮説を立てるのにいろいろ書物を読んだり、ネットで調べたりしなきゃいけなかったんですけど、最近はChatGPTで調べれば教えてくれるので、これは時間短縮できるチャンスだなと思います。

井上:確かに。そういう使い方もあるということですよね。一方でなるべくリアルなものに触れるという意味では、BtoBのビジネスなら、お客さまであるBの先にいるCを見に行くということですかね。

田尻:はい、おっしゃるとおりですね。

井上:先ほどの卸さんのケースだったら、我々自体が生活者だから自分ごととして考えることができるかもしれないですよね。