遅刻した部下に怒るのをやめてみたところ……

丸茂喜泰氏:(「気持ち」が育つまでは部下の問題点を指摘しない、という話を聞いて)1週間、2週間したタイミングで、本当にたまたまうちの社員が遅刻したんですよ。

ちょうど研修の当日で、待ち合わせ場所に着く前に留守番電話が入っていて、電車を降りて聞いたら「すみません、今起きました」。

今までだったらどうしたかというと、当然ですが折り返して「何やってんだ! こんな日に遅刻するなんてどういうつもりだ」という話をしてたんですが、折り返しをする時にふとその話を思い出したんです。

なので、怒るのをやめようと思って電話を掛けたら、向こうもバッと出て「すみません!」と言うので、「今、留守番電話を聞いた。気をつけて来るんだよ、焦らないでいいから」と言って切ったんです。

いつもブワッと怒る私がそんな冷静に言うもんですから、たぶん彼はますます怖かったと思うんですよね。そのあと、本当に汗だくで登場しましたからね。汗だくで来た時に「なるほど」と思ったんですよ。「今まで自分がどうしてたか」ってことに気づいたんです。

自分の感情のままに「叱る」という行動を取っていた

まず最初に本人に言ったのは、「今までごめんな、バーッて言っちゃって」。「いいか、遅れたのはいいとは言わないけど、取り返せ。以上」と(言って説教を)やめたんですよ。今までは「ちょっと来い。こんな日に遅れるなんてどういうつもりだ」と言っていた。寝坊ですから、どういうつもりもないんですよ(笑)。

「昨日は何やってたの? 何時まで起きてたの? 酒でも飲んでたの?」というのは問題追求ですよね。起きられなかった原因はあるかもしれないけど、そんなことを言ってもしょうがないんですよ。

なんで私が今までは「どういう意識してんの?」「ちょっと意識が足りないんじゃない?」と言ってたかというと、彼を反省させなきゃいけないって考えてたわけです。じゃあ反省した状態ってどんな状態かといったら、(指摘を受けた)そのあとに右手と右足が一緒に動くような状態です。

萎縮しきった状態の彼を見て、初めて彼は反省したなと。その時に、私は一言「遅れたぶんを取り戻せよ」と言うわけです。右手と右足が一緒に動くぐらい打ちひしがれてる時に、「よし、やるぞ」ってなるかというと、絶対にならないんですよ。私自身、そのことに気づかされたんです。

だから「いつも怒っちゃっててごめんな」と。「遅刻はいいことだよ」「よく来たね」とはさすがに言えなかったので(笑)、「遅刻がいいとは言わないけど、取り返せ。以上だ。だからもう前向きにがんばれ」って言ったら、彼はめちゃくちゃがんばったんですよ。

それを見た時に、「叱る」と言いながらやっていたことは、自分自身が立場を踏まえて、ただ怒りのまま言っていたことに気づいたんです。本当に彼が自分から「やろう」って思うには、本当の意味で反省をして、自分から行動するしかなかったのに。だから、自分自身の関わり方を失敗したなと思ったんです。

「行動したい状態」を作れば、自ずと人は動き出す

今回のケースで私が学んだことは何かというと、シンプルに「人がどんな時に自ら行動するか」という感覚なんです。そもそも人が行動したい時ってどんな時かといったら、想像すればわかると思うんですが、「私はやれそうだな」と思って自信に満ち溢れてる時なんですよ。

周りのみんな、職場のみんなが応援してくれて、期待してくれて、すごくサポートしてくれてる。この感覚があると、人って自ずと「やりたい」と思うんです。

逆に行動したくない時はどんな時かというと、「自分はダメだな」「自分はぜんぜんできないな」と思ってる時。また「お前は本当にぜんぜんダメだ、なにもかもがなってない。どうしようもない」と、出来事ではなくて人格否定をされている時。

もしくは誰かに言われてなくても、「ダメだな、ダメだな」って自分の中で思いこんでしまってる時。この時に「がんばれ」といっても、人間の心理として行動しにくいんですよ。なので、今回押さえてほしい重要なことは、「行動したい状態を作れば自ずと人は動く」ということです。

余談ですが、「いやいや、いくらモチベーションを上げても、そもそも仕事に対する価値観や意識が低かったらやらなくないですか?」という方がいるんですけど、それは違う議論ですからね。それは、ちゃんと教育を通じて、会社の仕事の仕方や仕事に対する価値観を教えてないことが問題です。

誰も彼もがモチベーションを上げたら勝手に行動として高い次元になるかというと、教育しなきゃだめです。ただし、そもそも「前向きにやろう」という状態があれば、言われたことだってやるようになるってことなんです。

気持ちの充実度は自己肯定感から生まれる

気持ちの満足度が高ければ、人は自ずと行動します。気持ちの満足度が低ければ、そもそも行動したいと思いませんよ。ということで、(スライドの)左の状態を目指しましょう。

そのために重要になるのは、行動を決めるのは気持ち、心の部分です。木で言うと、人から見えてるところと見えてないところがありますよね。根っこより上は人から見えていて、下は見えてない。この見えてるところが行動で、見えてないところが気持ちなんですよ。

なので、まずは見えてない気持ちを満たせば、自ずと上の木々は大きくなって行動は良くなる、という考え方なんです。自ずと行動が良くなるという原理を働かせるためには、気持ちの充実度が大事なわけですよね。じゃあ、気持ちの充実度はどうやって測るかといったら、2つあります。

このままの言葉をとらえてほしいわけじゃないので、感覚的に聞いていただきたいんですが、1つ目は「私には能力がある」。「私はすごく才能に溢れてる」って意味じゃないですよ。

「私は大丈夫」「今は成果が出てないけど、私だったらこの職場でがんばっていけそうだ」「私だったら前向きにやれそうだ」という、自分に対する感覚を持つのがまずは大事なんです。「自己肯定感」なんていう表現をしていただいても別にいいかと思います。まず「自分は大丈夫だ」って状態を作りましょう。

“問題指摘型の教育”はこれからは通用しづらい

そしてもう1つ重要なのが「職場にいる人々は仲間だ」という感覚です。上司や同僚、社長、部下も含めてですが、周りにいる人たちは仲間だっていう感覚なんです。

(スライドに)「所属している感覚」とあるんですが、最近ですとラグビーのワールドカップがあったかと思います(イベント開催は2023年10月20日)。またアジアの水泳の大会があったり、陸上競技があったりした時に、応援してるチームがありますよね。日本を応援したいとか、例えば福岡ダイエーホークスを応援してるとか、チームがあると思います。

応援しているチームがあって、例えば一緒に応援席で見てたら、周りにいる人たちは「同じチームを応援する仲間」の感覚になりますよね。この感覚なんですよ。みんな息を揃えて「がんばれー!」ってやって、勝ったらなぜか知らない人同士でハイタッチしたり、点が入ったらみんな笑顔で喜んだり、そういう感覚なんです。

これを仕事に置き換えると、職場のビジョン、また目的に対して目標があったりすると思うんですが、「今期の目標に対してみんなで追う仲間だよね」という感覚が作れてるかどうかなんです。

さっきのGoogleさんの話を思い出してください。「ここで自分が発言したらバカにされるんじゃないだろうか」「こんなことを言ったら嫌われるんじゃないか」という感覚があるうちは、周りの人間は仲間じゃないんですよ。応援者じゃなくて自分を傷つける方々、自分にとっては脅威な人たちなんです。

その人たちと良い仕事ができるかというと、これは難しいですよね。そういう感覚なので、2番もすごく重要になります。なので、1、2の2つが揃えば、自ら適切な行動に移ります。

「行動に働きかけることは避けましょう」という考えなんです。ここは大丈夫でしょうか? だから良くない行動があったとしても、その人の気持ちが育ってないんだったら、まずは気持ちを育てる努力をしていきましょう。

「いやいや、そんな悪い行動を放置なんてできないよ」という方もいらっしゃるかもしれませんが、問題点を指摘する教育の仕方は、これからはなかなか通用しにくいという考え方のもと、この考え方があることを押さえていただければと思います。

「心理面の目標」と「行動面の目標」の設定

では、もうちょっと進んでいきたいと思います。みなさんの会社の従業員さんは、満足した所属感を持っておますでしょうか? もし感じているとするならば、もっと安心して仕事をしてもらうためにはどうすればいいでしょうか? 

(所属感を)感じていないように見えるならば、「私には能力がある」という感覚や「人々は仲間だ」という感覚が整っていないのではないかということで、2軸を見直す必要があるかもしれません。

ぜひこのあたりは確認していただければと思うんですが、メンバーに聞いてもなかなかストレートには(本音は)出てこないことがあります。「俺にものが言いにくい?」と部下に聞いて、「言いにくいです」って言う部下はいないですから。

そういう時は必要に応じて、弊社など外部を使っていただいてもけっこうですし、うちじゃなくてもできるかと思いますので、外部機関を考えていただくのも1つ(の手)かと思います。

今お伝えしたのは(スライド)下の「心理面の目標」なんですが、心理的な目標だけがあればいいわけじゃなくて、当然ですが「行動面の目標」として、業績目標を追うことは変わらずあります。「行動に対して指摘しない」と言ったんですがあくまで目標達成のために修正することは指摘する必要があるんですよ。

ただそうじゃない部分で、遅刻がいいとは思いませんけど、例えば提出物がちょっと遅れてしまうとか、それを厳密に指摘する必要性はあとに回しましょうねというイメージだと思ってください。

ここまでお伝えした内容は「心理面の目標」です。ただ、心理面の目標を追うからといって、行動面の目標、その人が抱えている仕事の目標を追わないわけではないということだけ押さえておいていただければと思います。

社員の「気持ち」を育てていくためには?

では、どうすれば「気持ち」が育つのかについて、ここから少し触れていければと思います。その前にちょっとブレイクです。休憩時間を設けます、という意味じゃございません。みなさんやってみていただきたいんですが、お手元にペン、もしくはメモをパソコンで打たれてる方は打ってみていただきたいです。

今から1分間、今みなさんがいらっしゃるお部屋の中の環境ついて、気がついたことをできるだけ多くメモしていただけますでしょうか。ではいきます。よーい、スタート。

……はい、ご記入いただけましたでしょうか。何個か書いていただけてると、のちほどやり取りする際に考える参考にはなるかと思います。あくまでこれは休憩なので、このあと出てくるものが書いた内容と当たるか・当たらないかはあるんですが、お楽しみにしていただければと思います。

何も書けてない方がいらっしゃったら、1つでも気づいたことを書いておいていただけると、のちほどの楽しみにはなるかと思います。では、進めていきたいと思います。

今お伝えした「行動の前に気持ちを育てましょう」というのがありました。気持ちを育てるためには「自分は力がある」「自分はがんばっていけそうだ」という感覚と、「職場にいる人たちは仲間だ」「味方だ」という感覚が大事だと言いました。

じゃあこれをどう育てていくのかについて、ここから考えていきたいなと思うんですが、その話をさせていただく前にもう少しだけ、私の話をさせていただければと思います。

自分からあいさつをしない同僚に何度も指摘

サラリーマン社長を踏まえて、そのあと自分で独立したのが約9年前です。同じ教育業界とはいえ、人生で初めての独立だったので、けっこう不安があったんですよね。

教育会社ではない時代、先ほど言ったチェーンビジネスのご支援をしてる時の仲間が当時上場企業にいたんですが、その会社を辞めて手伝いたい、うちで一緒に働きたいということで来てくれたメンバーがいました。

すごくありがたいなと思いながら、仕事を始める前に決起会じゃないですけど、初日の夜に飲みに行って。「2人からのスタートだけど、大きくしていこうね」なんて話をしながら、研修会社ということで「些細なことだけど、自分からあいさつすることもすごく大事だから、まだ習慣としてなければ意識的にやっていってね」なんて話をして。

若い彼なのですごく吸収していただいて、「ありがとうございます。わかりました」なんて話をして、食事を終えた帰りに彼からメッセージが来て。「今日はありがとうございました。明日からがんばっていきますので、ぜひよろしくお願いします」「こちらこそありがとうね」なんて送って。

翌朝、会社でパッて会ったら「おはよう」と言ったのが私からだったんですよね。なので「自分からあいさつするようにしてね」という話をまたそこでして、「すみません、わかりました」と。

またその翌日か翌々日、私からあいさつして、そのあとに向こうからあいさつが返ってきて。「ほら、言ったとおり自分からしないとダメだよ」なんて話をして。何度も同じあいさつの件で「自分からしてね」と指摘する機会が増えてしまったんですよね。

指摘を続けた結果、ダメなところばかりが目につくように

その時に私がどう思ったかというと、まず1つは起こった事象は何か。「できなかったらどんどん指摘をしないといけない」ってよく言うじゃないですか。さっき、「遅刻はその場で指摘して繰り返すことで改善をしよう」ってありましたよね。

だから私は、あいさつができるようになってほしいので、繰り返し繰り返し、会った瞬間に「あいさつができてないよ、ちゃんとしてね」「元気ないよ、元気出してね」と、都度都度言っていったんですよね。

その結果何が起こったかというと、約1ヶ月ぐらい経ったタイミングで、明らかに私にあいさつをすること自体に緊張してる空気を感じるようになったんですよ。

もっと重要なのは、たぶんみなさんにとってもそうだと思うんですが、あいさつって難しいことでしょうか? きっと難しくもないし……重要だとは思うんですよ。かといって、売上にそのまま直結する内容でもないし、重要かどうかは別にしても、普通に考えるとあいさつって決して難しい内容じゃないんですよ。

「自分からしてね」と何度か言ってるのにできない彼を見た時に、私はどう思ってしまったかというと、約1ヶ月ぐらい経った時に「あいさつすらできないの?」という色眼鏡で見るようになっちゃったんですよ。

これは今日の研修とは違いますが、「パラダイム」なんて言葉があります。私は「あいさつすらできないの?」という色眼鏡で見てしまったがために、「あれもできない、これもできない」「やっぱりこうだ、やっぱりダメだ」と、ほかのこともできないものやダメな点ばっかり目に映るようになっちゃったんですよ。

そういうふうに見てる自分も本当に嫌で。(会社を)辞めて、せっかくがんばろうと思って来てくれてるのに、すごく残念な気持ちにさせていく自分が情けないなと思って。

職場のリーダーが“上からものを言う”時点でNG

それで、先ほどお伝えをした仲間の会社の、アドラー心理学をお伝えしてる担当の方に会いに行ったんです。

会いに行って話をして、「実は今、こんなふうに感じてるんです」と話をしたら、「丸茂さんは社員の方をスペシャルシートから見てらっしゃるんですね」と言われたんですよ。

スペシャルシートって何だろう? と思ったら、プロ野球の試合で言うと、ガラス張りになってる、ちょっとお偉い方が見る席が上のほうにあるんですけど、そのシートから見てますねって言われたんですよ。

「職場のリーダーはあくまでベンチシート、同じベンチで横並びで座ってる立場なんですよ。だから上からものを言う時点で、明らかにそれは勘違いなんです」と言われて。「いや、そんなつもりないです」と言ったら、「丸茂さんは、社員さんのことを支配されたいんですね」と言われたんですよ。

支配なんてしたいと思ってるつもりもないのに、他人から見るとそう見える行動を自分がしていたんだなと思って、言葉も出なくて、ものすごく悔しい思いをしたのを今でも覚えております。

その際に「じゃあ、私はどうしていったらいいんですかね?」という話の中で、「丸茂さん、その人の良い面や『良いな、すばらしいな』『会社のためにこんなふうに貢献してくれてありがとう』と思える面を、5分間でいくつ書けるか、考えて書いてみてください」と言われたんです。

逆に悪い面は「本当に何やってんだ、会社にこんな損害を与えて」とか。でも、あいさつができたか・できないかって、損害云々じゃないですから。そうじゃなくて会社に損害を与えるような、厳しく叱らなきゃいけない、物理的に問題が起こってる点はどれぐらいあるかを書いてみてくださいと。

「まずはパーセントでもけっこうですから、出してみてください」と実際に言われて、その場ではまずパーセントを出すことからやったんです。