「きつい・汚い・危険」新幹線の清掃の仕事

丸茂喜泰氏:もしかすると、「うちはIT企業じゃないから関係ないんだけど」という方もいらっしゃるかもしれないので、もう1つだけ違う角度の事例です。JR東日本テクノハートTESSEI、通称「テッセイ」と呼ばれる会社があります。聞かれたことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、新幹線の室内の掃除を行う会社です。

このテッセイについて、ハーバード大学の助教授は「上司による管理やマネジメント、金銭的な報酬ではなくて、スタッフがやる気になっている。これはなかなかない稀有な例だ」と発信されていて、ハーバード大学でもこの会社を取り上げた授業が行われるほどでございます。

どんな内容なのかと言いますと、新幹線に乗られたことある方はご存じだと思うんですけど、室内の掃除は到着して素早く対応しなきゃいけないですよね。なので、きつい・汚い・危険な仕事と言われています。

7分間ですべてを終わらせなければならないわけですから、文句なしに「きつい」です。仕事は掃除ですし、その過程で汚物を扱うことも少なくありませんから「汚い」。そして、新幹線という何百トンという巨体を相手に仕事をするだけに、いつ事故に遭うことになるかわからない「危険」な職場です。

そんな仕事に対してやる気を出してもらうために、この会社のトップが考えたのが、職場(現場)で働く人に仕事への「誇り」と「生きがい」を持ってもらうことだったんです。

「なんだそんなことか」と思うかもしれませんが、ご高齢の方がお仕事されていることが多いので、「やりがい」ではなくて「生きがい」という表現を使われているのかと思います。

社員の誇りと生きがいを生み出す「行動承認マネジメント」

「誇り」と「生きがい」を持ってもらおうと思って、この会社は取り組みました。その結果、どんなことが起こったか。あるパートの方が社員になる面接の話です。

パートから正社員への試験を受けて、面接で社員になりたい動機を聞かれ、「お掃除のおばさん」として働いていることを親類に隠していた話や、少しずつ仕事に誇りを持てるようになった話をして、こう締めくくりました。

「私はこの会社に入る時、プライドを捨てました。でも、この会社に入って新しいプライドを得たんです」。役員の方たちはにっこり笑って、うなずいてくださいました。まさに、仕事への誇りとやりがいを持って、新たなチャレンジをしているということが感じられる内容ではないでしょうか。

では、このような状態を作るために、この会社のトップが行ったことは何なのか。それが「認める」ということだったんです。

今回のテーマは「行動承認マネジメント」です。なので、この「認める」というキーワード、そして先ほど挙がった「心理的安全性」という組織の作り方の2つを、あらためて確認をしていただく機会にしていただければと思っております。

では、みなさんの会社の従業員さんはいかがでしょうか? 誇りとかやりがいを持って働けていますでしょうか? 「周りから認められている」という実感は持てていますでしょうか? シンプルですが、ここが持てていれば確実にモチベーション高く仕事ができていると思います。

お金で動いた人間は、次もお金によって動いてしまう

みなさんはそう思わないかもしれませんが、こういう話をすると「いや丸茂さん、そうは言っても今は若い子がすぐ転職しちゃうじゃないですか。だから、給料が高くて働く環境が良くないと辞めちゃうんですよね」と言われることがたまにあるんです。

それも別に否定するつもりはないんですよ。でも、じゃあ「『他社に負けないお給料を払えます、他社に負けない職場環境、福利厚生があります』ということで競われたらいいんじゃないですか?」と言うと、「いや、でもそれはできないんです」と言うんです。だからこれ(行動承認マネジメント)をやったほうがいいんですよ。

そこで勝負できるんだったらそこで勝負すればいいんですけど、そもそもお金で動いた人間はまたお金で動くというのは、マネジメントの学術的にも出ている答えです。

そうではなくて、仕事への誇り、やりがい、価値、それから周りから認められてやれる環境がなんで大事なのかというと、人間関係で辞める人が仕事の5割って言われるぐらい影響するわけですから。

あらためて、さっき言ったことを思い出してください。中部地区の上場企業さんは、10人辞めて2人しか入らない。上場企業ですから、お金や会社のネームバリュー的にはありますよ。でも転職するのはなんでかというと(原因は)人間関係です。

そう考えたら、確かに今は転職市場の話が出てきていますが、お金云々の話をするんだったらお金を上げればいいだけだし、そうじゃないかたちで勝負するんだったら、今日の内容を参考にしていただけるのではないかなと思っております。

人の行動を変える方法は2種類

ではあらためて、「誇りを持ち、周りに認められることで行動が変わる」ということを押さえていただければなと思います。真逆のことを言って恐縮なんですが、そもそも、誇りを持ってなくて周りから認められてなくても、人は行動が変わります。

なんでかというと、人が行動を変えるのは2種類だと思ってます。1つ目が「恐怖」よって動くんです。恐怖という言い方はちょっと大げさですが、人は指示・命令で動きます。組織の役割として、上司が部下に対して立場でものを言えますから。

リーダーシップというのは、「立場でものを言う」と「背中で見せる」と「人間力で見せる」と、大きく3つあると思ってます。もっとたくさんあるかもしれませんが、大きくは3つあると思っています。

「私が課長になったので、これからみなさんにいろいろ(指導を)やっていくんですが、私の方針を聞いてくださいね」というスタンスでいくのは、立場で人を動かしている。嫌々だろうがなんだろうが(部下は)動きますよ。

もう1つが、今回のテーマにしている「自ら行動をする」なんです。今日のテーマは「人を動かすこと」がテーマではないですからね。自分から動く人材になることがテーマなんです。

ただ人を動かすだけだったら、PDCAをマイクロマネジメントするとか、ちょっと語気を強めて、ハラスメントとは言わないまでも「上司が怖いから」というマネジメントをするとか、いろんなのがあると思います。

今回はそこじゃなくて、「どうすれば自分からがんばるのか」というテーマでお話しさせていただきますので、「いや、そんなことやらなくても人は動くよ」と思われる方は、自分から動かない部下を動かそうとした時に、今日の手段がどうかを考えてください。

「声が大きなマネージャー」が組織にいる際の注意点

ちなみに「恐怖」と書いてますけど、指示・命令で人を動かす問題点は、「続かない」というのが大きいです。短期的に、1ヶ月、2ヶ月、数ヶ月の間でPDCAを回すためや、新入社員において「こういうことやっていってね」と指示・命令をしていくという観点においても、ベースで伝えていくのは大事な要素ではあるんです。

ただ、結局ずっとそれが続くわけではないので、ちゃんと自分から考えて行動する人材にしていくためにも、今日の要素は活かしていただけるといいなと思っております。

もしみなさんが今後、これを社内でお話しする際の注意点なんですが、特にプレイヤーとして成果を出してこられた「声が大きなマネージャー」が組織にいらっしゃる場合、今日の内容はなかなか通りにくいと思います。自分の成功体験がめちゃくちゃあるので。

きちんとその方に理解させていかないと、いくら言っても「自分のやり方のほうが正しいでしょ」という感覚で、失敗するまで気づかないことがありますから、ぜひ伝え方を工夫されたほうがいいかなと思います。

話を戻していきたいと思いますが、あらためて今回のテーマについて。ただ行動すればよいわけじゃなくて、大切なことは「人はどんな時に自ら行動するのか」という観にを確認していただきながら、お話を聞いていただければなと思います。

本を読んで出会った「アドラー心理学」の考え方

この話をさせていただく前に、少しだけ私について紹介させていただければと思います。私はシンプルプランという会社を立ち上げて9年目でございます。

もともと私はFCEトレーニング・カンパニーという、今も新宿に会社がございますが……『7つの習慣』という本をみなさんご存知でしょうか? 7つの習慣を研修として教える会社の会社の代表を、5年間ほど立ち上げでやってまいりました。当時、サラリーマン社長をしていた経験がございます。

またその前には社員教育研究所といって、どちらかというと昔で言う「厳しい研修」というかたちで、静岡の富士宮で行っている研修会社があるんですが、20代の頃にその会社の最年少講師として研修講師をさせていただいておりました。

なので教育業界だけでいくと、たぶん今は20年弱ほどですね。16、17年、研修業界で勤めてきた人間です。私自身が体験したことで、こんな話があります。

研修の仕事以外にも、フランチャイズ事業を通じて全国の経営者さまの事業を拡大していくことや、経営相談に乗って事業展開のお手伝いをする仕事をさせていただいた時期がございました。その時代の同僚が、ある山陰地区でサービス業の社長をしておりまして、その人間と非常に仲良くさせていただいていたんです。

当時、サラリーマン社長として研修会社の社長をしていた時に「久しぶりに会いましょう」ということで、新幹線に乗って彼の元に会いに行ったことがあったんです。彼の会社も数百億のけっこう大きな会社ですが、そこに向かう途中で私は本を読んでたんですよね。それが『嫌われる勇気』というアドラー心理学の本でした。

読んでいて、この本はすごく良いなと思って、彼とお会いした際に「実は今日この本を読んだんですけど、すごく良かったんですよね」って話をしたら、その彼が「丸茂さん、実はうちの会社はアドラー心理学の考えを元に会社を運営したらすごく変わったんです」という話をしてきたんです。

社員の気持ちが育つまでは問題点を指摘しない

彼のところはサービス業と言ったんですけど、私と彼は、先ほど言ったようにフランチャイズという形式ではありますが、企業さんの事業展開の1つとして、サービス業で事業をどんどん広げるチェーンマネジメントを指導したり、教育したりしてお手伝いをしてきた人間です。

なので、少なからずチェーンマネジメントやマネジメントの大切さは、そもそもの知識としては持ってたわけです。手前味噌ではございますが、当時で言うと、4,000店舗ほどの事業展開のお手伝いをしてきた会社ですので、さまざまなノウハウを持っている状態でした。

その彼が実家に帰って、自分の会社のサービス業の展開を自分でやり出した際に、当時学んだことがなかなか思うように通用しなかったと。そこで取り入れたのがアドラーの考え方で、結果的に会社がすごく良くなったと言うんですよね。

それは私としてもすごく興味深いと思いまして、「どうやってやったんですか?」と聞いたら、「うちのこういう人間がやりました」ということで、その人に会わせてくださいと言って、後日お会いさせていただいたんですよ。

そこで「どんなことしたんですか? ぜひ教えてください」って聞いたら、「本人の気持ちをどう育てるかが大事です」と言われました。「なるほど。気持ちは大事ですし、モチベーションは大事ですもんね」「いえ、気持ちが育つまでは指摘をしません。問題点があっても、そこに指摘をしないんです」と言うんですよね。

ちょっと良くないんですけど、私は当時も研修会社の人間ですから「問題があったらその場で指摘をしないと、人の行動は変わらない」という、私の中のベースの考えがあったので、それがちょっと出てきたんですよ。

「問題があった際に、気持ちが育ってない時は指摘しないということだったんですが、問題があったらその場で指摘しないと行動は変わらなくないですか? そういう考えを持ってるんですけど、どうなんでしょうか?」って聞いたんです。

そうしたら「問題があった時に気持ちが育ってなくて、その場で指摘したら行動は変わりますか?」って、逆に(質問が)返ってきたんですよ。「いや変わらなくないですか?」と、なんか禅問答みたいな感じになったんです。

問題指摘型の教育は限界を迎えつつある

例えば、遅刻した人がいるとしますよね。その人は気持ちが育ってない。なんか元気じゃないけど遅刻してるという時に、気持ちが育ってないからって指摘しないんですか? って聞いたんです。そうしたら「しません」と言うんです。

「じゃあどうするんですか?」「『遅れても来てくれてありがとうね。これからがんばってくれればいいよ』という感じで返します」と言うんですよ。私は「これ、ちょっと眉唾だな。ヤバい話だな」と思って(笑)。

「だってそれをやったら、周りの人は『なんであいつだけ許されんの?』って思いません?」と聞いたら、「そんな社員さんがいるんですか?」って返ってくるんです。「ダメだこの人、会話にならない」と思って、私は「もうけっこう、わかりました」と帰ったんですよ。「なんかちょっと怪しい話だったかな」とか思いながら。

その時に言われた一言が「ただ丸茂さん、なんでうちはこれをやってるかというと、問題指摘型の教育にはもう限界があると思ってるからなんです。これ以上、問題指摘型の教育で世の中が良くなると私は思いません」って言われたんですよね。

なんとなく(その言葉が頭に)残ってたんですが、研修会社の人でもないし、しょうがないなと思って戻ったんです。