米澤氏と武井氏の共感ポイント

坂東孝浩氏(以下、坂東)先ほど武井さんが「すごく同じ考え方なんだ」と言われていて、僕もを拝見して、本当に重なっているところが大きいなと思うんですけども。武井さんから見ての米澤さんの「ここは特におもしろいな」みたいに思うところってあるんですか?

武井浩三氏(以下、武井):でも俺が米澤さんと会った時には、もうその会社を手放されて次の活動をしていたタイミングなので。

坂東:ああ、なるほど。

武井:そう。僕は新しい取り組みのほうしかリアルタイムでは見ていないんですけど。でも、いろいろ試行錯誤した結果、このやり方に戻ってきているというか帰着しているというか。

よくベンチャー企業とか新しい会社だと、奇抜な社内制度を作ってニュースに取り上げられるみたいに、話題性でいろんな制度を作る会社もあったりしますけど、そういう浮いた話じゃなくて。

本質を突き詰めて、合理性を突き詰めて、一人ひとりの幸せを突き詰めている。俺も本当に人に命令されるのは嫌だしするのも嫌ですが、何周かしたら、「もうこれしかないでしょ」と、そこに戻ってきている感じが共感しかないですよね。

坂東:なるほどね。

武井:「だってそのほうがいいに決まっているじゃん」というすごく単純な感じ。でもそれをまた米澤さんなりに、おもしろいメソッドとかやり方とかで作られているのが僕はいいなと思っていますね。

共に働くことで「文脈」を一緒に作る

坂東:本を拝見しても、メソッドがけっこう具体的に書かれていて、それがユニークだなというか。

たけちゃんは前にダイヤモンドメディアという会社を経営していた時は、数字や情報はめちゃくちゃ見える化するけど、「あとはそれぞれでやっていこうよ」みたいな感じに見えたんですけど、そうじゃなかったんですか?

武井:「それぞれで自由に」と言っても、何もないところから始めるわけじゃないので。

坂東:確かにね。

武井:「この会社がなぜその事業をやっているのか」とか、文脈から外れるとその会社でやる必要性がないわけなので。

坂東:そうですね。

武井:だからけっこうここは勘違いされやすいポイントというか。

坂東:なるほど。

武井:「やりたいこと、何をやってもいいんですよね? 僕、ラーメン屋をやりたいです」とかって言われたら、「いや、そしたらラーメン屋さんに行きなさいよ」という話だけど、「何でもやっていいって言ったじゃないですか」って、そんなアホみたいな議論があった時期もあるし。だから「手放す」とか「指示ゼロ」とかって本当にそうなんだけど。

坂東:(笑)。本当にそうなんだけど。

武井:文脈を一緒に作っていくというものが理解できないと一緒に働く意味がないので。慣れだとは思うんですけど、けっこう慣れるまでが大変。

だって本来はみんな、日常生活とか学校の中で一緒に何かしたり、家族もそうですけど、自然と一緒に暮らして役割分担を自然とやっているわけで。なのに、急に仕事となると、「利害関係が」「お金が」となる。だから結局一番僕が悩んだところは、お金の扱いだったかなと究極的には思いますよね。

坂東:お金の扱いね。

武井:うん。お金が絡むと、「オフィスが汚いからみんなできれいにしようよ」「でも、きれいにしたって売上は上がらないじゃないですか」と言うやつも出てくるし。

坂東:なるほどなるほど。

武井:「でも、やっぱりきれいなほうがいいから」と言って、自分の時間を割いてやってくれる人もいるし。じゃあその人の報酬を上げようかとなった時に、「それズルくないですか」となったり。

自律分散の難しいところって、お金が絡むと利害関係や報酬体系とかも一緒にチューニングしていかないといけないので、これがほとんどの場合できないんですよね。

坂東:確かにね。

なぜ採用で賃金を目玉にするとダメなのか

武井:けっこうこのへんは超リアリティが出るところだと思うんですけど、米澤さんはどんな案配でやっていましたか?

米澤晋也氏(以下、米澤):武井さんがおっしゃるように、お金の話になると「なんでこんなに人が変わっちゃうの?」ということって多いんです。しかも新聞屋さんはお金に困って来るという人が多いので、そこのところってものすごくシビアです。どうするかは、正解がないと思うんですけど、採用を変えなきゃいけないと僕は思っていて。

坂東:入り口ですか。

米澤:入り口です。新聞屋さんって、賃金で釣らないと人が来ないと僕はずっと思っていたんですよ。だけど、賃金を目玉にすると、それに関心が高い人が集まってくる。そうすると、お金になることはやるけど、お金にならないことはやらない。

お客さまとの関係性を作るというのは、要するにお客さまから「好かれる」「信頼される」「共感される」ことだと思うんです。そういう関係性ができていれば、新聞が売れなくなっても違うものが売れるじゃないですか。

坂東:なるほど。

米澤:もう新聞屋さんは、そういう商いに転換していかなきゃいけないわけです。関係性を作るということは、すぐにリターンがあるわけじゃないから、お金に動機が偏った人はやらないじゃないですか。

坂東:確かに。

米澤:だからお客さまと関係性を作るという行為を楽しめる人を採用しないといけないと僕は思ったんです。

武井:なるほど。そうですね。

目の見えなくなった高齢女性がそれでも新聞を取り続けた理由

米澤:で、どうやって採用したかというと、プロトタイプを作るしかないと思ったんですよね。そうしたら、本当に優秀な人がいて、作ってくれたんですよ。

この人がちょっと変わった方で、ふだんは酒屋さんを経営しながら新聞配達のアルバイトをしてくれているオサダさんという人なんですけど。(スライドの)手に持っているものは、お客さまの90歳のおばあちゃんからもらった感謝の手紙なんです。

「なんで新聞配達で感謝の手紙をもらえるの?」って思うじゃないですか。何があったかと言うと、この方は若い頃から熱心に消防団をやっていて、新聞を配りに行くと、独居老人宅で前の日の郵便物が抜かれてないこととかがある。中で倒れているかもしれないんですよね。この人は毎日毎日安否確認のパトロールをしながら新聞を配って、3人の命を救っているんですよ。

坂東:マジっすか! すごいですね。

米澤:でね、このおばあちゃんの手紙がすごいんですよ。「私は90の老女です。もう目が見えなくて新聞は読めないんだけれども、オサダさんが配ってくれているうちは、私は新聞を止めません」と書いているんです。

坂東:マジっすか! もう新聞を買っていないんですね。

米澤:そう。「お客さまっていったい何を買っているのか?」と僕も思ったし、価値創造ってメーカーじゃなくて現場の人がしているんですよ。

坂東:すご。

米澤:これがプロトタイプで出ると、「これ、いいからみんなでやらない?」と社員に声を掛けます。だって、前の日の郵便物をチェックするだけでできるじゃないですか。そうすると、「みんなでやろう」という話になっていくんですよ。

それで、10年ぐらいやったらどうなったか。ホワイト企業大賞のアンケートに、「休日明けに出勤するのが楽しみかどうか」という設問があるんですよ。どの会社もそこは必ず低いんですよ。だけど、うちの新聞配達員は1年で一番休みたい元旦の朝。元旦の朝って一番新聞が分厚くて配達が大変なんですよ。

坂東:確かに重たい。

米澤:酒を飲んで寝てたいじゃないですか。だけど、朝2時に出勤してくれと言っているのに、みんな楽しみで1時とかにぞろぞろ来るんですよ。何が楽しみかと言うと、お客さまのポストのところに、応援メッセージが付けられているの。

武井:ええ、すげえ。

坂東:すっげー。

米澤:(スライドの)これ。「しんぶんやさんへ いつもありがとう かぜひかないで がんばってください」って、まみちゃんが書いてくれるんですよ、これ。これは楽しみでしょう?

坂東:「まみは4さい」と書いてある。

米澤:4歳ですよ。こういうふうにお年玉をくれるんです。

武井:すげえ。

「おひねり」をもらえる経営

米澤:僕は今回、賃金の本というけっこう阿漕な本を書いたじゃないですか。

坂東:(笑)。いや、めちゃめちゃ具体的に載っていましたよ。

米澤:何が言いたいかって、先ほどのPDSの三角形のところに斜めの線が入った状態は、社長に「お前はこれをやれ」と言われたことをやっている。それって、お駄賃だと思うんですよ。

そういう会社って「お給料は誰からもらっていますか?」と言うと、「社長からもらってます」と言うんですよね。でもこの斜めの線がない状態でもらうお給料っておひねりなんですよ。

坂東:なるほど。

米澤:ニュアンスがわかりますか?

坂東:会社からの給料がおひねりになるということですね。

米澤:そうそう、一応会社を通しているだけで。

坂東:なるほどなるほど。

米澤:そうなんです。自分たちの芸でお客さまに喜ばれる。(スライドの)この人が言ったんですよ。この1,000円に対して「やったー。おひねりもらった」と。

坂東:そうですか。

米澤:だけど、彼らはふだんもらっている給料に対してもおひねりだと思っているんですよね。

坂東:それはすごいな。

米澤:だから賞与の時は僕が一人ずつに渡すんですけど、以前は「ご苦労さまでした」と渡すと、社員さんは「ありがとうございました」と受け取っていたんですよね。でも、いつしか僕が「ありがとうございました」と言って、社員さんは「どういたしまして」と受け取るようになっていたんですよ。

坂東:(笑)。

米澤:これって僕、おひねりだと思った。

坂東:なるほど。

米澤:だから、ちょっと阿漕っぽい名前の本ですけど、要するに僕はこの本で「おひねりをもらえる経営にしましょう」と伝えたかったんです。

坂東:なるほど。

米澤:そういうふうにして関係性資本ができると選ばれるからちゃんと業績が作れると思うんですよね。それでおひねりをもらえるという。

採用の時からそういう考え方に共感してくれる人を集めているので、うちは賃金の仕組みってそんなに工夫をしていないです。評価システムもないですし。

坂東:だから、おひねりをお客さんからもらうのか、会社からもらうのかという、もらい方の違いだけだってことですよね。

米澤:そうですね。目の見えない人が新聞代を払ってくださって、それが自分たちのお給料になっているという実感があり、そういう文化ができると、「なんでこんなお金にならないことを私がやらなきゃいけないの」ということはなくなっていく気がします。

坂東:労働の対価としてお金をもらえるのではなくて、それが別のものに変わるわけですよね。

あんなにおひねりとか手紙をもらえる新聞屋さんって、僕初めて聞いたんですけど。

米澤:あんまり新聞配達員にね、感謝の手紙って書かないと思うんですよね。

坂東:へえ。

武井:俺もあの写真1枚で涙が出てきましたね。

坂東:(笑)。本当に。

武井:すごい。