識学に近い組織運営をする日本の大企業

司会者:本日は「ティールと識学はまったくの別物? 水と油と思われがちな2つの理論を徹底検証!」というタイトルで、お二人の第一人者にお越しいただき、テーマごとにお話を進めてまいります。

さっそくご登壇いただくお二人をご紹介します。まず、ティール組織に関して、NPO法人 場とつながりラボhome's vi代表理事で東京工業大学特任教授の嘉村賢州さまにご登壇いただきます。嘉村さま、ご挨拶をよろしくお願いいたします。

嘉村賢州氏(以下、嘉村):よろしくお願いします。今日はすごく楽しみに来ました。いろいろな話ができることを楽しみにしております。

司会者:ありがとうございます。もう一人は、弊社株式会社識学の代表取締役社長の安藤です。では安藤社長、ご挨拶をお願いいたします。

安藤広大氏(以下、安藤):識学の代表の安藤です。今日はバチバチ議論できればと思いますので、よろしくお願いします。

司会者:ありがとうございます。では、さっそく対談テーマに進めさせていただければと思います。まず最初のテーマは「国内外の企業を見た時に、自社の理論に近い形で運営されている企業は?」というものです。

実際の理論と具体例との結び付きからお話しできればと思います。こちらは最初に弊社代表の安藤よりご回答させていただきます。

安藤:僕らのお客さんは、当然識学の組織運営を目指してやっておられる会社が多いので、そういった意味では、識学導入後は理論に近いかたちで運営されている会社が多いと思うんですけど。

初めから「ここは識学っぽいな」と思った会社としては、私がもともと携帯電話業界にいたこともありまして、わりと早い段階でソフトバンクさんと契約させてもらったことがあります。ソフトバンクの会社全体が識学に近いというよりは、上層部の統括部長から役員クラスまでのところはすごく近いと思っています。

何が近いかと言うと、しっかりしたピラミッドで運営されていること。識学で、例えば部長と課長と他のメンバーがいて、部長が課長を飛び越してメンバーに指導すると「課長の機能が死んでしまうのでダメです」と言っている部分とか、結果を握ったらプロセスは部下に任せるところとか。

そういうところが非常に似ていて、だから強い組織なんだろうなと思った印象があります。

米国No.1鉄鋼企業のニューコアや仏ミシュランもティール

司会者:嘉村さまはいかがでしょうか? 理論に近いかたちで運営されている企業さまはございますか?

嘉村:ティール組織という観点から少しお話しさせていただこうかなと思います。(本が出たのは)2014年なので、もう10年ぐらい前ですね。フレデリック・ラルーというベルギー人が書いた本なんですけども。

100名以上の組織規模で今までのヒエラルキーとは少し違う組織運営をしているところが世界中に点在していて、その事例の共通項をくくって「ティール組織」というかたちでまとめ上げたのがスタートポイントです。

海外のほうは出版からかなり時間が経っているので、その本やそれに近いいろいろな影響を受けながら、ティール組織の考え方がだいぶ広がってきているなというところですね。

かなり大手さんの事例も増えていて、アメリカの鉄鋼業No.1である社員数3万1,000人のニューコアさんとか、中国の家電メーカーであるハイアールさんとか、みなさんご存じのミシュランとかも。

今までのやり方からもうちょっと新しい、ボトムアップでもない分散型でやっていきたいと大変革を遂げているかたちで、海外では広がってきているなと。

一方、日本はどうなんだというと、そもそもティール組織って、しっかりと勉強しないと見様見真似で簡単にやれるものではまったくないので。

安藤:そうですよね。

嘉村:けっこう「自称ティール組織」がいっぱい増えてしまった現状があって、そういうところを心配しているんですけども。

安藤:なるほど。

嘉村:しっかりと勉強すると、最低でも3年から5年はかかるものですので、「ちゃんと勉強して日本で実装しました」というところは少ないと言わざるを得ないと思います。

日本にもある、ティールに近い企業

嘉村:ただ、もともとフレデリック・ラルーも、何か理論を作ってから当てはめたわけではなく、自然発生的に生じた共通項をまとめたという意味では、日本でも創業当初のソニーさんや、BtoBの冷蔵系の機械を作っている前川製作所さんとか、かなり似た形態で運営されている組織がちょこちょこあったりしますね。

最近の組織でも、例えばガイアックスさんというちょっとユニークすぎるところもあるんですけども。ティールに近いところとしては、異動したかったら上司に相談なく異動することができると。

安藤:(笑)。

嘉村:相談するプロセスをとおしてしまうと絶対言えないから、相談なしで異動できる仕組みを作って、要は「上司が人間性豊かにちゃんとマネジメントできていかないと、勝手に離れていかれますよ」という構造を作ることによって上司力も磨かれる、そんな組織構造ですね。

安藤:その発想自体はティールなのですか?

嘉村:ティールときちんとくくれるわけではないけど、ティールに近い感じではあると思います。

安藤:なるほど。

嘉村:そういう上下関係で、上から流れてくるかたちではない組織は、日本でもいくつか見られてきているなと思いますね。

安藤:なるほど。いくつか質問しながら、質問だけで進んでいきそうなんですけど(笑)。

嘉村:(笑)。ぜひぜひ。

「自称ティール組織」の足りないところ

安藤:日本の企業はうまくいかなくて海外がうまくいっている理由は、どういうところにありそうですか?

嘉村:日本がうまくいかなくて海外がうまくいっているというよりも、日本はまだしっかりと勉強してスタートしていないだけかなという感じはありますね。

安藤:日本の勉強が足りない部分って、例えばどういうところになるのですか?

嘉村:安藤さんの識学の本をいくつか読ませていただきましたけど、階層構造がある組織って山ほどあるわけじゃないですか。だけど、属人化していたり、悪い権利のようなものがはびこっているというぬるま湯化。あるいは、説明責任を果たしていないことがあって、うまくいかないことがあると。

それと同時に、階層構造じゃない「自己組織化」と呼ばれる新しい組織形態も、仲良しクラブでもないですし、ルールとか階層がまったくないわけでもない。

安藤:なるほど、なるほど。

嘉村:ヒエラルキー組織よりはかなり少ないんですけども、ルールと構造、プロセスがちゃんと発明されているんですね。それを勉強せずに「ノー階層、ノールールがティール組織だ」「信頼をもとに自由に任せればそれは動くんだ」といった理解で突入してしまうと、うまくいかないですよね。

「安心安全」だからチャレンジできる

安藤:僕はちょっとした仮説があって、日本は労働基準法が強すぎて、労働者が守られすぎています。要は「一人ひとりがコミットしなくても働き続けられる」という中でティールのようなことをやろうとすると、ただの仲良し集団のようなゆるい会社になっちゃうリスクが高いんじゃないかと思ったんですけど。そのあたりはどういうご見解ですか?

嘉村:ティールとはちょっと違うんですけど、ネットフリックスみたいな自由な組織というのは、優秀な人たちが「自由の反面、権利があるんだ」という感じでかなり自由な組織を作っているんですけど、ネットフリックスもティールの枠組みには入ってこない感じです。

ティールはどちらかというと本当の「安心安全」なので、守られていてもぜんぜん問題ないというか。逆に守られているからこそ、忌憚なくチャレンジしていくことができるので、ティール自体は(日本で労働者が守られていることは)あまり足枷にならずに、むしろ追い風として使えるなという感じはありますね。

やはり、「一言間違えれば、次の日からクビを切られるかもしれない」という恐怖と戦いながらやらないといけないところがありますから。

司会者:それはティール組織を成立させるための条件ではないということですか?

嘉村:ないですね。そこには不安と恐れが常に付きまとってしまいますので。安心感を持つと仕事に集中できるわけです。そしてちゃんと対立できるというところにつながってきます。

安藤:なるほど。識学理論では、恐怖か希望かという2つの軸に分かれて意思決定される時に、恐怖側を使わずに組織統制を図る……。統制は図らないのか?

嘉村:言いたいことはわかります。

安藤:コントロールしないということですよね。

嘉村:コントロール、いわば統制とか上から状態を図ることはないんです。人体が体温調整するように、自己調整機能が働くようなプロセスは作るので。

司会者:最初から白熱した議論をありがとうございます。