なぜ、仕組み化なのか?

後藤翔太氏(以下、後藤):「なぜ、仕組み化なのか?」ですけど。組織をより良くするための手法として、一人ひとりが自由な発想を持って、それぞれが協力し合って目標に向かうような、ティール組織とかいろいろな考え方があるかと思います。

理想的なことを言っているように思いますが、それがあらためて難しいという考え方ですかね?

安藤広大氏(以下、安藤):そうですね。それぞれが違う常識や違う価値観を持っているので、やはりぶつかってしまうんですね。ぶつかってしまうし相違が起きてしまう。その時にある程度責任者が決定する仕組みがないと、無限に納得し合うための話し合いが続いて、前に進むことが難しいということです。

自由な発想や協力することを否定しないですけど、「自分がどこまでのエリアで自由な発想を持っていいのか」や「この会社における協力とはどういうことか」は、しっかり定義されていないといけないと思います。

後藤:あらためて『とにかく仕組み化』という本を読み進めていくと、最初に「性弱説を前提に考える」と「組織は属人化する」と書いています。

人が自分に都合よく考えてしまうとか、カリスマ経営者がいることで成り立っている組織もあると思うんですけど。それだと持続的なパフォーマンスが難しいということはありますか?

安藤:そうですね。「性弱説」という言葉を使っていますけど、人間は弱いものと言ってしまうとちょっと語弊がありますが、人間は自分に都合よく考えてしまう。

よくよく組織の利益を考えると本当はそうでないほうがいいのに、自分に都合よく、「これがいい」と思い込んでしまう。一定の規制が掛かる仕組みや目標をしっかり置いておかないと、それぞれの「良かれ」がぶつかって、組織の最適解に向かっていきません。

仕組み化の反対は「属人化」

安藤:僕は仕組み化の反対を「属人化」と言っています。カリスマ経営者だけでなく、プレイヤーの中でも属人化は多く出てしまう。聞いていただいているみなさんの会社でも、容易に想像ができると思うんですけど、「この人しかわからない」とか「この人しかできない」という仕事ができてしまう。そうすると再現性がなくなって、組織の拡大が止まる原因になってしまう。

あと「属人化」の一番恐ろしいところは、属人化した仕事を持っている人間が強くなってしまうことです。属人化で自分の既得権益を獲得した人間が強くなり、ともすると会社や上司よりも強い存在になってしまうと、会社を評価したり上司を評価するようになる。識学では「位置」と言いますが、位置の関係が逆転して統制が効かなくなってしまう。

属人化することで、その人がいないと動かない組織になるというのが1つです。さらに属人化することで位置関係が狂い、ルールが機能しなくなってくる。やはり属人化は防いでいかなければならないですね。

後藤:仕組み化することで、一人ひとりが傑出していくのではなく、「弱さ」を克服し、組織としてのパフォーマンスを向上させることが可能だということですね。

安藤:そういうことですね。

後藤:仕組み化とは、ルールや役割、目標を定めて、それを元に運営していくこと。至ってシンプルだと思うんですが、この仕組み化で運営できていない組織がたくさんある。

安藤:「仕組み化」を一言で言うと、「①ルール、役割、目標を定める」と「②運営する」ですね。もっと一言で言うと、ルールで運営することだと思います。

責任より権限のほうが大きい状態が「既得権益」

後藤:本では、仕組み化をする上での必要な要素として、最初に「責任と権限」のお話があります。「いい権利」と「悪い権利」があるということですね。責任に対して同等の権利、権限が付帯されている状態が「いい権利」ですよね。

一方、「悪い権利」は、「既得権益」のような、責任よりも多くの権利・権限を持って、位置関係がずれるような権利は、「悪い権利」かなと考えています。その理解で大丈夫ですか?

安藤:そうですね。責任を与えてそれを部下がしっかり実行していくにあたり、責任に対する権限が与えられていないと、物事をうまく進行できません。「責任と権限は常に同等にしましょう」と言っています。

本の中では、責任より権限のほうが大きい状態を「既得権益」と言っています。これは悪い権限であり、こういうものがはびこっている組織では、悪い権限を行使する人たちの処理に、莫大な時間を使ってしまうと言っています。

一方で気をつけないといけないのは、責任と権限で「権限のほうが少ない」と部下が認識するパターンです。その状態では、部下は責任を果たせなくてもしょうがないと認識するので、部下の中で責任と権限が合致しないといけない。

部下には「この責任を果たす上で権限が足りないと思うのであれば、いつでも言ってきなさい。その権限を与えます」ということですね。

後藤:なるほど。

安藤:部下が権限を獲得しにきた際に、上司が取る方法は2つ。1つはしっかり権限を与えて言い訳をなくすのが1つ。もう1つは、とは言え会社はリソースが限られていますので、「今ある権限で、この責任を果たすことをあなたに求めていますよ」と明確に伝える。

この2つの作業をして、しっかり部下の意識上で責任と権限を合わせる必要があります。

後藤:この責任と権限のバランスがずれると、今みたいな問題が起こると思うんですけど、これを確認する仕組みとしては週次会議などで責任と権限のバランスをチェックしていくようなかたちで……。

安藤:それは責任が足りていない場合だと思います。既得権益のほうは、例えば会議で、既得権益を持って、まったく関係がないのに変な発言をする人たちがいる時には、「どの責任に基づいてその発言をしているんですか?」と釘を刺す。こういうのも1つの仕組みかなと思います。

「ルール」の考え方

後藤:ここでルールについておうかがいしたいと思います。例えば識学という会社は、最初から識学の観点でマネジメントされているので、ルールが設定されていることに何も違和感がないと思うんです。

しかし、今までルールのなかった組織で、仕組み化が必要だと考えられている方がたくさんいらっしゃる。そういう会社でルールを設定して運営していこうとした時に、いきなり「今からルールを定めるよ」と言うと、少しハレーションが起きる可能性もある。

そういった時に、どんな観点でルールを設定するとスムーズに仕組み化が進むのかについておうかがいしたいと思います。

安藤:僕が、ルールがあまり明確になっていない組織にコンサルで入って、初めに進めてもらうのは、識学で言う「姿勢のルール」です。

「姿勢のルール」とは、例えば挨拶をするとか、「できる・できない」が存在しないこと。それを3つくらい明文化し、みんなに提示して全員がしっかり守れる状態を作るところから、スタートしてもらっています。

後藤:みなさんもおうかがいしたいところかもしれないんですけど、識学実践者として安藤社長が最初に設定した「姿勢のルール」はどういうものでしたか?

安藤:挨拶も当然やりましたし、あとは日報の提出とかですね。

後藤:環境が変わった時のルール変更も、リーダーの責任や権限としてやる必要がありますよね?

安藤:ルールは、会社を勝利に導くために設定するものなので、勝利に直結しないのであれば変えていかないといけないですね。

例えば弊社の例で言うと、昔は自分より役職上位者が入室してきた際は立って挨拶をするというルールがあったんです。役職上位者の人数が少ない時代は良かったんですが、従業員数が50〜60人になってくると、課長職の人数もそれなりに増えてくる。一般社員からすると、何人も課長が入室してきて、その度に立たないといけない。

プレイヤーの立場からすると、毎回立っていると自分の仕事が追いつかなくなると提案できる権限がありますので、実際にそういう提案があったんですね。それはそのとおりなので、立って挨拶をするのはその時からやめました。

みなさん識学と聞くと「トップダウンで下の人間が無条件に従わないといけない」とよく勘違いされます。実際は、部下の責任も明確になっているので、自らの責任を果たす上での権限としての提案は、大いにやってもらっていますし、むしろやらないとその責任を果たせないわけですから。なのでそういうのは逆にどんどん上がる組織になりますね。