30歳目前で、アパレル業界からエンジニアに転身

鈴木宣彦氏(以下、鈴木):パート2のトークセッションに移りたいと思います。ではここからは、かっぴーさんとG’s ACADEMY学校長の山崎大助さんにお越しいただきます。お願いいたします。

かっぴー氏(以下、かっぴー):よろしくお願いします。

鈴木:では最初に山崎先生、自己紹介をお願いいたします。

山崎大助氏(以下、山崎):みなさん、こんにちは。G’s ACADEMYの学校長の山崎です。実は僕も30歳手前で業界を変えた1人なんですね。28、29歳くらいまではアパレルをずっとやっていて、そこで限界を感じたというか、「自分の居場所はここじゃないな」と思ってエンジニアを目指してなっています。

今は50歳なんですが、(エンジニアになる前の)最初の28年、29年がすべてムダだったとは思ってなくて。その経験値・失敗から、いろんなことを一生懸命やったことがすべて今につながってるなと思ってます。

かっぴーさんの記事を見て、似てる部分もあるなと。ぜんぜん成功のアレは違いますが(笑)。今日はよろしくお願いします。

かっぴー:(笑)。お願いします。

鈴木:お願いいたします。

(会場拍手)

漫画家への道を踏み出したきっかけは“Twitter漫画バブル”

鈴木:ではさっそく、私からお二人に質問を投げかけつつ、トークさせていただければと思ってます。今、山崎先生からもお話があったんですが、お二人とも30歳付近で新しい道に進まれたという共通点がございます。

一般的には、年齢的に少し遅いと言われることもあったかもしれないんですが、30歳付近で新しい道に踏み出すことができた理由などがあれば教えてください。かっぴーさんはいかがでしょうか?

かっぴー:今は漫画家としてやっていますけど、正直(会社員を)辞めた時は「ちょっとやってみよう」という感じだったんですよね。「よく勇気がありましたね」とか、そういう美談として言ってくれる人がけっこう多いんですけど、ぜんぜん覚悟は決まってなかったですね。

常に計算するタイプなので……当時2016年で、5年間ぐらいは絶対に広告漫画バブルがあると思ったんですよね。Twitter漫画というか、SNSでバズる漫画が描けることで絶対に仕事はある。(広告漫画バブルは)たぶん5年ぐらいしかない、でも5年間は荒稼ぎできると思って(笑)。だから、ちょっとやってみようと。

それで漫画家として軌道に乗らなかったら、別に代理店に戻ればいいし。代理店というか、カヤックとか広告業界に戻ればいいしと。

「なつやすみ」という会社名に込められた思い

かっぴー:「30歳でよく」って言われますけど、逆に僕は30歳までキャリアを積んでたからできた決断という感じですね。22、23歳とか、新卒2年目、3年目だったら逆にできてないと思います。怖すぎるじゃないですか。そんな低キャリアでは戻れないじゃないですか。

僕はちゃんとキャリアを積んで、戻れるスキルがあると思ったから辞められた感じですね。だから会社名が「株式会社なつやすみ」なんです。終わるかもしれない、でも休みの間は楽しいっていう意味です。

いつまで続くかわからないけど、俺にとっての夏休みということで、「なつやすみ」という名前でやってます(笑)。

鈴木:そうなんですね、ありがとうございます。ちゃんと(社会人)経験が活きてきてるというか、それで踏み出せたということですね。山崎先生はいかがでしょうか?

山崎:僕の場合は……(かっぴー氏と)似てると思ってしゃべっちゃうんですが、当然、100人いれば100人が違うので、違う部分もあるなと思っていて。

僕の場合はアパレルをある程度やり尽くして、もう努力の限界を超えてやりきって。お客さんが来ないと売れない世界なので、そこから「なんか違うな」っていうものが見えたんですよね。

なのでどちらかというと僕の場合は、「自分の適正はほかに何かあるんじゃないか?」と、次の新しい道を探しました。

職種は変わっても、自分の中の“軸”はぶれない

山崎:30歳でこの(アパレル)業界の限界を見たというか(笑)。やりきって、次は自分だけにしかできない仕事を探そうと思って、死に物狂いで探したタイプですね。

かっぴー:広告業界もありましたけどね。僕が入社する前ぐらいからずっと「インターネットで広告はもうダメになる」って言われてたんだけど、なんとなくまだ続いてるというか。

インターネットと広告は未来があって、漫画家という立場だったら、SNSでバズる漫画を描き続ければ、それはインターネットで広告をやってるとも言えると思って。

だからそういう意味でも、キャリアチェンジした今のほうが、俺は広告クリエイターとして優れてると思っていて。あんまり(職種を)分けて考えてないかもしれないですね。広告の未来のためにやっている。

鈴木:なるほど。そこの軸はずれてないというか。

かっぴー:そうですね。

心の中にある「何者かになりたい」という欲求

鈴木:『左ききのエレン』でもかなり出てくる「何者かになりたい」というキーワードというか、光一がずっと抱えてる「何かにならなきゃ」という思いがありますけれども。この「何者かになりたい」という欲求と、実際に向いていること・求められることとの折り合いをどうつけるべきか。

今回、視聴者の方や来場された方の事前の質問でも、けっこうこういう質問がございました。こちらはいかがでしょうか。山崎先生からお願いできますか?

山崎:この質問、めちゃめちゃ良いですよね。僕のさっきの話で、まさに僕は彼(『左ききのエレン』の光一)だったなと思ってるんですよね。

30歳になっても結局何者にもなれてなくて、世の中に僕の代わりになる人はいっぱいいる。アパレルの店長なんかいっぱいいるから、何者かになりたかったんですよね。それで見つけたのがこのエンジニアの世界だったんです。

実際に(エンジニアを)やってみて、正直最初の3年くらいは「向いてないな」って思っていて。先輩たちからは「お前、なんでこんなのもできねぇの?」と、毎日延々と言われ続ける中、どうやったら自分が成長できるだろうとか、自分で選んだ道だからなんとか見返してやりたいというか。

ずっと3年くらい修行して、「山崎先生じゃないと仕事をお願いしたくない」とか、そういった者になりたいと常に思いつつがんばっていたのはあるんですよね。

長年やっている仕事でも、いまだに「向いてない」と思う

山崎:結果的には10年くらいかかって、フリーソフトを作って、それが世の中に出てたくさんの本に載ることになって初めて知られていきました。

その時もいろんな人に言われたんですよね。「そんなの作って誰が使うの?」「そんなのどこにでもあるんじゃない?」とか。でも、出したかったんですよね。世の中に出して、答えはユーザーが決める。周りのみんなが決めるわけでも、僕らのちっちゃい島の意見でもなくて、日本中の人や世界の人の意見を聞きたくて出したんです。

そうしたら、それがたくさんの本に載ることになってヒットして、やっと自分の作品ができたというか、やってきたことが報われたなって。だから本当に一朝一夕では何も得られないし、だけど向いてるかと言われると、そんなに向いてるほうではないんですよね。

鈴木:「向いてないな」って、いまだにそう思われるんですか?

山崎:向いてないなと思いますね(笑)。向いてないけど、これだけやってこられたのは、やはり好きだったんでしょうね。おもしろいと思ったんですよ。プログラミングって、スポーツとかみなさんの勉強と一緒で、やればやるほど、積み上げれば積み上げるほど絶対にできるようになるものなんです。

別にスーパーな人がすべて作れるわけではなくて、ある程度普通の人でも、がんばれば世の中にあるようなソフトは誰でも作れます。楽しいからやれてるというか、作ってるのが楽しいんだと思うんです。

かっぴー:そうですね。

「仕事」と「成功」を結びつけるからしんどくなる

かっぴー:やはり、仕事と成功を結びつけるからみんな不幸になるんじゃないかなっていう気がしていて。俺の友達の話をすると、今で言うFIRE的なことをしていたんです。

お金はそこそこあって、仕事しなくてもまぁ食っていけるぐらいになったんですね。別にお金持ちって感じじゃないですが、経済的には自立している。

そんな彼がこの前うちに遊びに来た時に、三十何歳で「最近ピアノ始めたんですよ」と言っていて。普通、俺らが何かを始める時って、キャリアに関係するとか、海外で仕事したいから英会話を学ぼうとか、プログラミングを学ぼうとか、いろんな成功のために学ぼうとしてるわけじゃん。

成功を「お金」と言い換えてもニアだと思うんですが、成功とかお金のためにみんなキャリアを積み上げて、がんばってやっている。でも、それから解放されて普通にピアノ習い始めたやつがいるので、そこを目指したほうがいいんじゃないかなって。

別にFIREをしようって意味じゃなくて、稼げる方法がほかにあるんだったらそれで稼げばいいと思うんですよね。「稼ぐこと」と「世の中に認められること」と「やりたいこと」を全部1個にしようとするから、わけがわからなくなる気がしていて。

それと、やはり「自分の作品で世の中が変わらないと我慢できない」という考えもあるんですよ。それは僕の達観できてない感情です。だから前者の理屈だと、「じゃあ宝くじが当たったら、趣味で漫画を描けばいいじゃないですか」ってなるんですよね。でも、それだったら俺が漫画を描く意味がないんですよ。

(自分の描いた)漫画で誰かが変化しなかったら、やはり描く意味はないんです。そこのせめぎ合いですよね。

デビュー時から変わらない「200万部」という目標

かっぴー:そこのせめぎ合いの中で、自分好みのバランスとして今やっていけてるのは、普通だったら読者って多いほうがいいじゃないですか。だから、1,000万部とか2,000万部とか高いものを目指すのは普通だと思うんです。

だけど僕は、デビューした時から200万部を目標にしてたんです。それは謙遜でもなくて、当時は200万部といったらけっこう叩かれるぐらい上のことを言ってたんだけど、『ONE PIECE』とかと比べたら謙遜じゃないですか。

だけど別に本当に謙遜じゃなくて、200万部ぐらいが俺が一番気持ちいいと思ってたんですよね。それ以上上を目指そうとすると、描きたくないことを描かなきゃいけなくなる。

だから「やりたいこと」と「向いてること」で言うと、俺はこういう漫画が描きたいから、「売れるためにはここをもっとこうしたほうがいいよ」とか言われたくないし、直したくないんですよ。

だけど世の中にマッチしようとしてないんだったら、そりゃあ『ONE PIECE』は描けないよ。でも、かといって誰も読まなくていいとは思ってないんです。そこで俺は、200万部を目標にしようと思って。

お金のための仕事ではないが、無視されていいわけでもない

かっぴー:200万部を下回ったら、さすがに「自分が趣味でやってるだけじゃん」みたいな。部数的に言ったらそんなことないんだけどね。

別に10万部でもすごいんだけど、200万部を基準にして、その代わり俺は1,000万部いかないことに悩まないでおこうと思ったんです。だって俺は、1,000万部にいく振る舞いをしてない。だからそこで折り合いがついてるんですよね。

現在は300万部を越えてますが、そこのラインをちゃんと自分で納得できる数字にしてたから変に悩まないし、「今が恵まれすぎてる」みたいに思えるのは、やはり数字が具体的だったから。だから、両方の視点を持っていてほしいですよね。

お金のためとか、成功のために好きなことを仕事にしてるわけじゃない。だけど、誰からも無視されていいわけでもない。じゃあどのへんを狙うんだ?って考えていくことが、たぶん幸せになるコツだと思うんですよね。

目もくらむような大成功を収めようと思ったら、たぶんやりたくないこともやらなきゃいけない瞬間が出てくると思うんですよ。そういうふうに思ってます。

鈴木:ありがとうございます。お聞きしていてすごく勉強になります。