新規事業において、数をいっぱい出すことの重要性

井上和幸氏(以下、井上):僕も経営者の方からよく、社員みんなが自律してほしいとか、クリエイティブになってほしい、活性化してほしい、みたいな相談をいただきます。

それで、例えば「提案制度みたいなものを入れたんだよ」と。ただ、入れたんだけどぜんぜん提案が上がってこないと。これについては小杉さんはどう思われますか?

小杉俊哉氏(以下、小杉):新規事業提案制度とかをやってもぜんぜん提案が上がってこないのは、前にサイバーエージェントがすごくそれで悩んでいました。(執行役員の)曽山(哲人)さんとかが「ジギョつく」にしたという有名な話がありますよね。

「ジギョつく」のジギョは事業のジギョですが、それをカタカナにして、「つく」、新規事業を作り上げるのをひらがなで「つく」としたら、たくさん提案がくるようになった。しかも計画書もいらない。タイトルだけでいいと。そうすると数がいっぱい出てくる。大事なのは、まず数をいっぱい出すことです。

リクルートもRing(同社の新規事業提案制度)とかね。New Ring、またRingに戻りましたけど。言い方はよくないかもしれないですけど、生物界の多産多死。魚だってすごい数の卵を産むから、そこから生き残ったものが成魚になるんですね。

多くの卵はなかなか魚にはなれないという自然界の掟があるわけで、たくさん産まない限りは、良いものは出てこない。その仕組みがすごく大事だと思いますね。

それには言ったものが損をする環境だとまず駄目です。やってみて駄目だったものは「良い学びだったね」というスタンスで見守る仕組みも必要です。

一方、先ほどのサイバーエージェントでいうと、「このビジネスのアイデアはおもしろいね」と認められた人に、事業計画を作る専門部隊をつけて、サポートする。

3ヶ月やったら見極めをして、駄目ならそこですぐ撤退する。リクルートのRingは3ヶ月ごとに撤退条件をつけて、駄目ならそこで終わりとやるじゃないですか。だんだん予算が増えていく。あれはまさに多産多死モデルですよね。

新人の案も否定せず、派生モデルを増やす仕組みづくり

井上:今思い返すと入口は意外と玉石混交で、全体的にいうと、強制的にエントリーさせられるところもあるんですよ。「何か出せ」みたいな(笑)。それで何チームか組んで、中には本気な人たちが当然いて、それでいいんだろうなと思っていましたけどね。

小杉:その玉石の石のところが、実はおもしろいものになったりするかもしれないんですよね。

井上:そうですよね。会社として見れば大したものではないもののほうが多かったと思いますけど、でも今そういうものはネタのマイニング(採掘)みたいになっているところもあると思うんですよね。

確かに「やりたい人だけやればいいよ」というスタンスもありかなと思うんですが。ふと思い返すとリクルートもそれだけではなくて、意外と綿で締めるような感じで「出さないなんてのは許されねぇぞ」「本気でやらなくてもいいけどエントリーはしろ」みたいな(笑)。そういうのを組み合わせていたところがうまいんだろうなという気もしますね。

小杉:「数打ちゃ当たる」はけっこう本当だろうなと思いますね。例えばIDEOという全世界的なデザイン・デザインコンサル会社は、クライアントから設計の提案を受けると、最初に100個案を出すと決めるわけです。

100個だから、独立モデルではなく、派生モデルをいっぱい出すわけですね。全部否定せずに、おもしろがって、そこから派生的なものをいろいろ作る中で、だんだん絞っていってプロトタイプを作って、最後に1個に絞る。

あるいはどうしても最後が決まらなかったら2個にして、クライアントに提案する。やはり数を打たないと当たらない。良いデザインはできない。「デザインシンキング」を流行らせた会社ですけど、そんなところにも真理があるのかなと思いますね。

井上:そうやって場を作ることと、数をみんなが出す機会を作るみたいなことは、全員が完璧なる自律型にならなかったとしても、そういう要素を各人が持つ機会になるんですかね。

小杉:これも本の中で紹介していますけど、慶応のSFC出身の3人が作った面白法人カヤックという上場企業。あそこもブレストは経営の根幹と言っていて、「準備しない」「思いつきでいい」、そして「人のアイデアに乗っかって派生モデルを」みたいなブレストをしきりにやるわけです。

普通の会議だと駄目出しをされるじゃないですか。「それは予算に見合うのか」とか「それで本当に顧客つくのか」とか「どのぐらいの市場性があるのか」とか。経験の浅い人は、そういうことを突かれるといきなりシュンとしちゃって、自分の意見を言えなくなる。

井上:そうですね。

小杉:逆に経験豊富な人は上にウケそうな、通りそうな提案を置きにいく。

井上:なるほどね(笑)。

小杉:そうすると現状の延長上にあるような無難な案しか出てこなくなるわけですよ。それを避けるために、普通の会議とは別にブレインストーミングをやる。とにかく拡散、発散をする。いっぱい出すためのミーティングを、必ずやるわけですよね。

醍醐味は、やらなくてもいいところに足を踏み出すことにある

小杉:新人とか、他社から入ってきたばっかりの人のほうが自由におもしろいアイデアを言えるわけですよ。なぜなら経験がなく、固定観念がないから。

そうすると、自分の話をよく聴いてくれて、その話にまた乗っかって「じゃあこうしたらおもしろいんじゃないか」とか「これとこれをくっつけてみたらおもしろいんじゃないか」と盛り上がる。すごくうれしいし、チームワークも良くなるじゃないですか。

井上:そうですね。

小杉:社員が自分の目の前の仕事だけではなく、自分ごとにして、会社としてこういうことをやったらおもしろいんじゃないかとか。会社は鎌倉にあるんですけど、こうしたら地域にもっと貢献できるのではないかみたいなことを常に考えるようになる。

まさに自律を促す、一人ひとりがリーダーシップを発揮するのを促す、めちゃくちゃ良い仕組みだと思いますね。

井上:そういうところは、ある面、会社や経営が、どう社員の方々に自律を助成してほしいと思うか、に起因するところもありますよね。

小杉:まさにそうですね。先ほど、必ずしもみんながボランティアで提案していたわけではないという、昔のリクルートの話もしていただきましたが、もちろんそれぞれが、やらないといけないことをやらないといけない。

これを私は「マストの領域」と呼んでいるんですけど、給料をもらっている以上はやらないといけない。でも、やらなくてもいいところに足を踏み出すことに、醍醐味があるわけじゃないですか。

そんな人を少しでも増やしていくには、放っておいたり、締め付けたらそうならないので、そういう場を用意することが上司や経営者の役割ではないかと思いますね。

社員のモチベーションを急落させた経営幹部の発言

井上:そういう場を、強制も足し入れながらちゃんと作る。やって「何だったんだ」みたいになると、参加している方々もしらけてしまったり、意味がないみたいになってしまうけど、ちゃんと結実するかたちをとっていたからこそ仕組みとして続いていると思うんですよね。

Ringとかもそうだし。今もやっていると思うんですけど、各部門ごとにグッドジョブみたいなものをミニ論文にして提出させることをリクルートはよくやるんですけど、それなんかは、書いている時はだいたいみんな泣きながらやっているんですよ。

でも、いろんな受注ストーリーもそうだし、バックオフィスでのプロジェクトの取り組みとかも、結果として良い話がいっぱい出てくるので。それが表彰されたり、共有されると「そういう取り組みがあるんだな」みたいな反応は周りからもあるし、本人も「辞めてやろうと何度も思ったのを乗り越えてよかったです」という感じに、結実しますのでね。

小杉:そういうのも、ちゃんとそれをすくい取るというか、その熱い思いをちゃんと認めてあげるというか。みんなで共感してまた承認するのはすごくうまいですよね。

ある大企業では、若手社員に「組織風土改革委員会」とかを作っていろいろ提案をさせていた。彼らはそれなりに一生懸命がんばっていたんですけど、ある時経営幹部が、「あれは従業員のガス抜きだから」と言ってしまったのがなぜか、社員たちに知られてしまったんですよ。

最悪ですよね。「そう経営幹部が思っていたんだ」「あれ、はけ口としてやらせているだけなんだ」「自分たちが真剣に議論しているのは何なんだ」と、一気にモチベーションが落ちた事件がありました。

井上:そういう位置づけでやっていたんですかね。

小杉:いや、わからないですね。でも、もしそうではなかったとしたら……。

井上:その人はそう捉えていたんでしょうね。

小杉:罪ですよね。それがどれだけのダメージを与えたか、計り知れないですね。

井上:確かに。昭和の日系大手企業あるあるみたいな感じもしますね。

小杉:本当にそうですね。

井上:でも、大なり小なりそういうことって今もあるかもしれないですよね。

小杉:あるかもしれないですね。