新規事業と日本の企業文化の「相性」の悪さ

白川克氏(以下、白川):(新規事業の立ち上げにおいて)「この検討はこれ以上深掘らなくていい」という見極めってめちゃくちゃ難しいじゃないですか。

我々はふだん変革プロジェクトをやり慣れているので、「このフェーズでは、ここはこれ以上掘らなくていい」ということを日常的に気にしているんですけど、変革プロジェクトに慣れていないお客さまの話を聞いていると、調査を適度なところで切り上げること自体がすごく不慣れなんですよ。

偉い人って必ず「もっとここを調べろ」と言うじゃないですか。本当に優秀な上司じゃないと、「これに関してはこのへんで切り上げていい」とアドバイスしてくれないんですよ。だからずっとはまっちゃうという構造もあると思います。

小高祥子氏(以下、小高):そうですよね。新規事業は未決定なことばかりですし、検討しようと思えばいくらでも深く検討できてしまうから難しい。

白川:「『解決=切り上げ』というわけじゃないんですね」というコメントはまさにその通りで、我々が言わないといけないことを代弁されています。完全決着をつける必要はないんですよ。

ふだんのお仕事では、基本的に「不明確なことはちゃんと明確にして、着実に進んでいこう」と叩き込まれていると思うんですよ。でも、新規事業の場合は不透明なことが当たり前で、大事なのは今の段階で最低限どこまで見えるようしておかないといけないかという話です。

つまり、「脆弱な急所であるうちは掘っていけ」と。掘っていくと、「あ、だいたい見えたな」となるので。先ほどの例で言うと、「動画がこのぐらいで作れるかは、だいたい目途がついたな」となった瞬間に、もっとやばいところが他にあるなら、そっちに移らないといけないんですよね。だから「見切る」のはとても大事です。

これは日本企業のこの30〜40年の組織文化と極めて相性が悪いんですよね。コメントにありますが、「品質を100パーセントまで高めよう」というのが染み付いている方が多いので、どこまでも掘っちゃうんですよね。でも、新規事業でそれをやるとハマるよという話です。

「脆弱な急所」がすべてのキモ

白川:ちなみに、我々と一緒に新規事業の立ち上げをされたお客さまが、振り返りの場でこんなことを言っていました。

コメントに書かれたことと共通するところがありますが、「検討しないといけないことが無限に出てくる」と。今ないビジネスだから、そうなんですよね。

円卓も10個ぐらい数があったじゃないですか。なので、「あれも考えないといけない、これも考えないといけない」で、手当たり次第にやっていたら終わらないんですよ。何を、どこまで、いつ検討するか(の判断)が難しいですよね。

例えば、先ほどの動画の工数なら、「3人日なのか、10人日なのか、30人日なのか。そのぐらい目途がつけばいい」と言いますし、お客さまにも、「調べる必要がありそうですが、(正確に)いくらかまでわからなくていいです。100万円か、1,000万円か、1億円かがわかれば、いったん今の段階では十分です」みたいなアドバイスをします。

たいていの場合、ビジネスの設計って100万円か110万円かで変わらないですよね。なので、「調べすぎなくていいですよ」と言っています。

(スライド)2段目の「ケンブリッジは『きっと将来困るだろうなー』というところを先に潰してくれる」というのは、今日のセミナーの言い方で言うと、「脆弱な急所となりそうなところを指摘して『そこを調べましょう』と言ってくれる」と翻訳できると思います。

(スライド)最後の、「それが『最も脆弱な急所』という概念だと聞いて、腹落ちした」は、ビジネスプランができたところでお客さまと振り返り会をやった時に、「我々はこういうことを考えてファシリテーションをしていました」とか、「『もうそこはやらなくていいですよ』というのは、『脆弱な急所』という概念を使って判断していたんです」と種明かし風にお話ししたら、「ようやく腹落ちしたよ」と言ってくださいました。

なので、今日お伝えしたいのは、「脆弱な急所」がすべてのキモということです。円卓型なので、何を検討していくかはケースバイケースだということと、「今一番脆弱な急所はここ」というのを見極めて、潰しながら順番に検討するスタンスが大事です。これが今日一番お伝えしたいことです。

「壁打ち相手」には新規事業の立ち上げ経験者がよい理由

白川:今日は1時間コースなので、あまりお話しできなくて、「『脆弱な急所を議論しろ』というのはいいんだけど、今々どこが脆弱な急所なの?」というのが、次の問題になると思うんですよね。

それをやるためのステップを5つぐらいに分けてお話ししているんですが、全部はお話しできないけど、小高さん、せっかくなのでもうちょっと中身に入れるかな?

小高:もう少しいける気がします。

白川:じゃあ、「脆弱な急所の見極め」について、触りだけ話しちゃいましょう。

ちなみに、この完全版の動画も公開するので、もっとちゃんと知りたいという方は、そちらを見ていただければと思います。今日は一番大事な「脆弱な急所の特定」だけ、ちょっとお話しします。

また身も蓋もないことを言うと、これもわかる人にはわかるんですよ。私はどっちかと言うと「今そんなことを議論していてもしょうがないよね」というタイプです。

先ほどのケースで言うと、「『AIを使ってどういう業務プロセスを組むか』を議論してもしょうがないよね。『そもそも食わすデータがあるかないか』が脆弱な急所でしょ?」と、パッとわかっちゃう人もいます。ただ、それっていろいろ引き出しがあるからなんですよね。

よく「新規事業を立ち上げたことのある人を壁打ち相手にするといいよ」と言われるのは、そういう人は脆弱な急所を見極めるのが得意で、「そんなことをやっている場合ではなくて、こっちを検討しないといけないんじゃないの?」とアドバイスをくれることが多いからですね。

脆弱性を見つける注目ポイント

白川:という、すごく身も蓋もない話がまずあります。ただ、それだけだとあんまりなのでちょっと考えると、わからない人が脆弱性を見つける注目ポイントはあると思っていて。「箱と矢印に注目する」という話です。

箱は、先ほどから(スライドに)出ているこの黄色い四角です。この箱が「何なの?」というのをチェックしていきます。

例えば「学びをアウトプットする仕掛け」と書いてありますが、「『学びをアウトプット』って具体的に何をやることなの?」とか、「それって生徒さんに『やって』と言って、すぐにできるものなの?」みたいに、怪しかったり具体化できていないところがいっぱいあります。

あと、矢印は(スライドの)これです。(当初は)「学びをアウトプットする仕掛けを学校で用意したら、学校に来てくれた人が現場に持ち帰って実践できるようになる。それが大事だよね」と話していました。

でも、「本当に学校で学びをアウトプットする仕掛けを用意したら、みんなが現場に持ち帰って実践してくれるんだろうか? 学校と現場って環境に差異があるし、イチ平社員だったらやりにくいし。ここは思っているより簡単につながらないんじゃないの?」みたいになった。

この図の中では「矢印が勝手につながっているけど、実はすごく脆弱だよね。ここがつながらなかったら、この事業のストーリーは全部崩壊するよね」という感じです。

こんなにきれいじゃなくてもいいんですけど、(このように)事業の構造を絵に描いて、「この箱ほんと? 具体的には?」とか、「ここ、本当につながるの?」というのをチェックしていくと、脆弱な急所が見えきます。

脆弱な急所を指摘するのが得意な人って、ビジネスプランを聞くと頭の中にこんな図っぽいものができて、「だとしたら、こことここがつながらないんじゃないの?」というのが処理できる人です。

でも、そういうのが得意じゃない人のほうが多いと思うので、こういう図を書いて「ここ、大丈夫かな?」と、一個一個地道にチェックしていくことで、脆弱な急所を見極められるという話です。

検討を切り上げるタイミング

白川:「円卓型は議論する順番が決まっていない難しさがあるよ。なので、脆弱な急所から議論しないといけないよ。箱や矢印で(見た時に)弱いところや具体的じゃないところがだいたい急所だよ」というのが、今日お話しした内容です。すごく駆け足でしたけど。

小高:(笑)。そうですね。

白川:みなさんに伝わったかな?

小高:コメントを見ている限り、けっこうみなさんに伝わっているかなと思いました。あと、いい質問だなと思って取り上げたいんですけど。

「急所の見つけ方までお聞きしましたが、急所が急所でなくなる瞬間に気付くコツはありますか? めっちゃ難しそう」とか、「急所の優先順位が2位になったら(検討を)切り上げる感じですか?」とコメントされている方がいます。

白川:基本的にイエスですね。そういう議論を、先ほど紹介した(スライドの)これでやっていたんですよね。

小高:「もうこれじゃないよね。次に移っているよね」というのを、急所一覧を見ながら話す感じですよね。

白川:そうそう。それを新規事業の立ち上げメンバーで、明示的に話すのがむちゃくちゃ大事です。どこが急所かは人によってけっこう違って、新規事業立ち上げチームがばらばらになりやすいのはそこです。

例えば、既存のビジネスの業務改革だったら、「これが課題だよね」と比較的合意しやすいんですよ。ただ、新規事業だと、今ないものをみんなの頭の中で勝手に思い描いているので。

「急所は動画でしょ」と思っている人もいれば、先ほど言ったように、「いや、生徒さんがちゃんと自分の職場で実践してくれるかどうかでしょ。それってすごく難しいし。でもそれがなかったら、単なるお勉強の場になってしまう」みたいに、人によって急所だと考えているところが違うんですよ。

ここがすり合わないままだと、「あいつ、なんでこんなことを調べるのに時間を使っているの?」とか、「私はここが大事だと思うのに、リーダーはどうでもいいと思っている。あのリーダーはおかしい」と、だんだん仲が悪くなって喧嘩をし始めちゃうので。

「俺はここが急所だと思うよ」とか、先ほど小高さんが言ったように、「ここまでわかったんだから、もう優先度を下げていいんじゃないの?」みたいのを明確に話すのがめちゃくちゃ大事です。

小高:そうですね。「2位に落ちた時点で」というのもけっこう大事だと思います。「ああ、箱と矢印のつながりが確かめられた」とか、「ここまで調べれば、他の要素に影響しないな」という段階までくれば、(検討を)切り上げていいんだろうなと思います。

急所の議論によって得られること

白川:急所じゃなくなったというのも大事だけど、議論したアイデアがどんどん肉付けされるんですよね。先ほどの話だと、「学校に来てくれた人が、自分たちの現場でちゃんと実践するために」というテーマで議論する。

そこで「だとしたら、こういう仕掛けを取り込んだらいいんじゃないか?」というのがどんどん肉付けされると、学校の品質が上がることにつながって、「あ、いい学校をつくれる気がしてきたぞ」となっていくんですよ。

なので、「急所を潰せ」と言うとちょっとネガティブに聞こえるかもしれないけど、潰しながら実際には、その時々で一番大事な肉付けをやっているので、だんだんできる気がしてくるというのはあります。

あと、急所を「やばそうだね。これで成り立つの?」と議論していくと、成り立たないことがわかることもあるんですよね。

小高:はい(笑)。残念ながら。

白川:先ほど言ったように、「AIが一番のキモである」と言いながら、「でも、AIに食わせるデータがないからムリだね」となっちゃうんですよ。そうすると、それに依存していたビジネスプランのすべてがおしゃかになるということがあります。

そういう時にどうしたらいいかと言うと、2種類あります。1つはスパッと諦めることですね。だって、それに依存していたビジネスプランなんだから。むしろ、大々的にPoCをやる前の検討段階で筋が悪いことがわかって、コストをかけずに捨てられたことは新規事業を考える時に極めて大事なことです。なので、「深入りする前にダメなことがわかって良かったね。次行こう、次」という話です。

もう1個は、さっきのAIのケースでは、「AIでオペレーションを最適化することはできないとわかったけど、むしろこういう工夫をすることで勝てるビジネスを作れますよ」というのを見つけられたんですよ。

「AIでがんばります」というふわふわしたものではなくて、もっとずっと地に足のついたビジネスプランを作ることができたんですね。そのビジネスはすでに動いていますけど、とてもいいストーリーだなと思いますね。

質問はだいたい大丈夫ですかね。

司会者:はい、大丈夫ですね。みなさんご参加いただきありがとうございました。またセミナーの場でお会いしたいと思います。講師のお二人、そしてみなさんありがとうございました。

白川・小高:ありがとうございました。