日本だけでなく世界でもある、退いた創業者の社長復帰

田ケ原恵美氏(以下、田ケ原):今回のテーマは「事業継承と社長交代」です。2023年春、トヨタ自動車を筆頭にいろんな企業で社長交代が行われていますよね。でも中には、社長交代してもしばらくして元の体制に戻ることもあるわけです。それはどういう原因があるんですか?

入山章栄氏(以下、入山):そうなんだよね。例えば日本だと話題なのは、日本電産(現:ニデック)という会社があって、これを作ったのは永守重信さんという方です。その方が長らく社長をやっていて、後継者を見つけて別の方に社長を譲ったんだけど、やっぱり途中で永守さんが戻ってきて社長や会長をやられました。

他にも、ユニクロをやっているファーストリテイリングもそうなんだよね。もうだいぶ前ですが、柳井(正)さんが「自分は退任する」と言って、別の若手の方を社長にされたんだけど、やっぱりその後に柳井さんがまた戻られている。

これは日本だけじゃなくて、世界でも一度退いた社長が戻ることがあって。例えばスターバックス。ハワード・シュルツという人がスターバックスを作ったんだけど、実は一度後継者に譲ってるんだよね。

田ケ原:そうなんですね。

入山:だけど、やっぱり後継者に納得できなかったのか、ハワード・シュルツが戻ってきている。

DELLはマイケル・デルという人が作ったんだけど、あそこも一度マイケル・デルが人に(社長のポジションを)譲ってから戻ってきているんですね。だから、社長を次代に譲る事業継承はいかに難しいかということだよね。

田ケ原:そうですよね。でも、外から見ていると会社自体は何も変わらない。それこそスターバックスというブランドがちゃんとあるので、そんなに影響はないというか、うまくいっているように見えるんですが、この原因は何かあるんですか?

入山:もちろんいろいろな理由があるんですね。一概には言えないけど、僕は経営学者だし、実際にいろいろな事業継承の現場にも関わってるので、その視点から言うと、ポイントになってくるのが「譲る側」なんだよね。

田ケ原:なるほど。

入山:特にこの会社が絶対にそうというわけではないんですが、共通点は、どこも初代の創業者がトップを譲っているパターンでしょ。

田ケ原:確かに。

創業者が「復帰」する3つの理由

入山:正確にはファーストリテイリングは違うんだけど、基本的に事業を大きくされた大功労者の方がまだ社内にいて、その方が譲って、でもまた戻ってくるパターンじゃないですか。

そういう方の特徴の話をしてみたいと思うんだけど、理由は大きく3つあります。1つ目は、こういう方にとっては会社が人生そのものなんですよ。

ゼロから自分で(事業を)始めて、何十年もそれをやっているから、会社はもう「自分の人生」でしょ。我々外部の人間から見て、「もう年齢的にはいいお年なんだから退任してください」と言っても、簡単にはやめられないんだよね。

田ケ原:ライフワークですもんね。

入山:うん。だから1回後継者に譲っても、自分の体の一部だっていう気持ちがあるから、ついつい戻ってきたくなっちゃう。もう我慢できなくなるんですよ。

田ケ原:確かにそうですよね。

入山:そして2点目も今のと関係していて、あえて言葉を選ばないで言おうと思います。これは別に、永守さんや柳井さんがそういう人だってわけじゃなくて一般論としてですが、こういう創業者の方は部下がバカに見えるんです。

田ケ原:おお、なるほど。そうですかね。

入山:バカに見えることが多いのはなんでかと言うと、やっぱりそういう方って立派なんですよ。ゼロから会社を作ってきた人だから目線も高いし、とてつもない経験をしてきた。そして何より結果を残してきたわけじゃないですか。

何にもないところから、下手したら何百億円、何千億円という会社を作ってきたわけだから、「自分はとてつもないことをやってきた」というそれなりの自負があるわけです。そういう人にとっては、他の部下は同じことはやってないから、どうしても物足りなく見えちゃうんだよね。

田ケ原:じゃあ、譲るのにはちょっと物足りないというか。

入山:そう。「俺はここまでやって、こんな視点を持ってきたのに、なんで後継者のこの人は自分のような目線が持てないんだろう」って思っちゃうんですよ。でも、これはしょうがないことなんです。後継者は後継するのが仕事で、ゼロから何百億、何千億円の事業を作るのが仕事じゃないわけですから。

田ケ原:確かに。

入山:わかっちゃいるんだけど、なかなか我慢できずに物足りなくなっちゃう。

会社の意思決定に影響を与える創業者の持ち株の多さ

入山:そしてもう1つは、こういう会社は往々にしてカリスマ経営者が多いでしょ。やっぱりトップが強いから、一般的にカリスマ経営者の周りってイエスマンが集まるんだよね。

田ケ原:確かに。そう言われるとそんなイメージもあります。

入山:トップが言ってることに、「はい! そうですね! おっしゃる通りです。すごいですね!」と言って、トップのビジョンを実行する人が重宝されるんです。

逆にトップに対して「いや、そうではないんじゃないですか? その考え方や戦略、違いませんか?」と言う人が仮に出てくるとすると、だいたい排除されるんですよ。だって、トップが一番権力を持ってますからね。

田ケ原:そうですね。

入山:これがトップの悩ましいところです。後を継いでほしいから、本当は自分を脅かすぐらい飛び抜けて優秀で、自分に文句が言える人が出てきてほしいんですよ。だけど仮にそういう人が出てきても、優秀で自分と違うことも言うから、トップにもの申すでしょ。

本来はそういう人が来るのを期待してたのに、トップは「こいつは俺に反発してるな」「いつか自分の地位を追い落とすんじゃないか」と考えちゃって、我慢しきれなくて排除しちゃう。結果的にイエスマンしか残らなくなるんですよ。

そうすると、イエスマンはイエスしか言わないから物足りなくなって、言い方が悪いけどバカに見えちゃう。けっこう矛盾してるんですよ。

3点目は月並みなんですけど、いわゆる企業統治。よく「ガバナンス」と呼ばれるものです。まだ創業者が強いベンチャー的な会社だと、多くが上場企業じゃないわけですよね。

田ケ原:そうですね。

入山:株式会社の場合が多いですから、そうすると会社で一番最後に誰が意思決定をできるかというと、株を持っている人が意思決定できるわけです。じゃあ株は誰が持っているかというと、そういう会社はだいたい創業者の社長が持っているわけです。

田ケ原:社長が株を持っている割合が高いですよね。

入山:そうすると、自分が「戻りたい」と思ったら戻れちゃうわけですよ。これが本当に難しいところで、これが上場企業になると、本来は社外取締役という人たちがいます。

一度辞めた社長さんに対しては、「いやいや。ちょっともうやめてください」「一度退いたんだから、戻らないほうがいいんじゃないですか?」と言って、辞めた社長さんが持つ株の比率がそんなに高くないなら、反対して止めることができるかもしれないわけです。

だけど、それほど文句を言える社外取締役ってけっこう根性がいります。残念ながら日本だと、こういうことができる社外取締役が多いとはまだ限らない。仮に文句を言っても、株を持っているほうが強い場合は戻ってきちゃうということです。

このへんが、日本だけじゃなく世界で事業継承がなかなか難しいことの理由の1つです。だから、こういう問題はこれからも起きるんだろうなと思うよね。

なぜジャパネットたかたの事業継承はうまくいったのか?

田ケ原:結局、うまくいくには何が必要なんですかね?

入山:うまくいくには何が必要か。いやぁ、いい質問だねぇ。今日のテーマは「社長交代と事業継承」だから、世代交代や継承をテーマにしたアニソンを聞いてからにしようかな。

そういう意味では、孫悟空、孫御飯、孫悟天と世代を超えて描かれる物語の代表格、アニメ『ドラゴンボール』から、オープニングソングの高橋洋樹『魔訶不思議アドベンチャー!』。

『ドラゴンボール』は、もう説明不要ですよね。作者は鳥山明さん。『週刊少年ジャンプ』の連載は1984年から1995年まで。単行本の売上は世界で2億5,000万部。アニメやゲーム、漫画などの総売上は日本円で2兆4,000億円以上です。

田ケ原:すごいですね。

入山:あらすじは有名ですね。7つ揃えるとなんでも願いが叶うドラゴンボールを巡って、最初の主人公の孫悟空が、仲間と出会って強敵と戦いを繰り広げるという漫画でありアニメなわけですが、とてつもなく人気がありました。

田ケ原:はい。そんな『ドラゴンボール』と、先ほどまで話していた事業継承がうまくいくためのポイントを解説していただけるようなんですが、ここには何があるんでしょうか?

入山:大きく言うと4つあると思うんですが、まず1つ目。これは親子で継承する場合が典型的で、親子じゃなくてもそうなんだけど、先代はだいたいお父さんやお母さん、親ですよね。事業継承がうまくいくポイントは、その先代が「めっちゃいい人」ってことです。

わかりやすいですよね。さっきのお話であるように、事業継承がうまくいかないポイントは先代が我慢できないことなわけです。後継者が自分より優秀に見えないから我慢できなくて、「自分のポジションを返せ」というふうになるわけじゃないですか。

だとすると、先代がもともとめちゃめちゃいい人だったり、人間的に腹が据わっていたら、まったく問題ないんです。僕がこれで一番思い出す代表はジャパネットたかたさんですね。通販のジャパネットたかた、あるでしょ。

田ケ原:はい。有名ですよね。

入山:ジャパネットたかたは、甲高い声のお父さまの髙田(明)さんがいらっしゃって、今は息子さんの高田旭人さんに継承されているんですね。

旭人さんはすごく優秀です。でも、お父さんも最後にちょっと踏ん切りがつかなかった時に、あるプロモーションで「意見が違ったから2人で競争しようぜ」ってなったんですよ。

田ケ原:すごい。社内コンペみたいな。

入山:社内コンペ。2つの場所で、旭人さん組は旭人さんのやり方で、お父さまのほうはお父さんのやり方で通販をやって、同じキャンペーン期間中にどっちが売れるかっていう勝負をしたらしいんですよ。

田ケ原:へぇ。すごいですね。

入山:結果、旭人さんが圧勝して。

田ケ原:おお、すごい。しかも圧勝。

入山:それでお父さまはスパッと辞めたという、かっこいい話があって。

田ケ原:確かに、そこで潔く退けるのはすごいですね。

入山:そうね。お父さんに勝てる息子さんもすごいし、そこで納得してスパッとやめられるお父さんのような方がいるところは、事業継承がうまくいくってことですよね。こういう例はなかなかないので難しいですよ。

田ケ原:そうですよね。難しいですよね。

銀行などの周辺企業に求められる役割

入山:2つ目の例はあんまりいい言葉じゃないんですが、譲る側の先代の方が病気になられたり、あるいは仕事ができなくなる状態になってしまった場合。これも日本ではけっこうあることです。

そういうふうになると、もう跡を継ぐしかないじゃないですか。なのでそういう場合は、比較的うまく息子さんや娘さんがスムーズに跡を継ぐことが多いパターンです。当然、病気になるのは望ましくないことなんだけど、結果として事業承継がうまくいくことがある。

3つ目はサポートする組織です。繰り返しですが、その会社の中だけだと、一番権力を握っているのはだいたい株を持っている先代じゃないですか。だとすると、周りで文句を言える人たちが「いや、ちょっとおかしくないですか?」「そろそろ後継者に譲りませんか?」って言っちゃったほうがいいんですよ。

じゃあ、誰がこの権力者に文句を言えるのかというと銀行です。企業はだいたい銀行からお金を借りているわけですよ。ということは、その銀行に文句や苦情を言われたら、ある程度聞かざるを得ないわけですよね。

実はこの考え方を教えてくださったのは、あの星野リゾートの代表の星野(佳路)さんなんですよ。僕は星野さんと交流があるんですが、ある時にお話しさせていただいたら、「もっと銀行がしっかりすべきなんだ」とおっしゃって。

例えば融資の条件で、「ちょっと長く社長をやりすぎじゃないですか?」「次の事業承継を考えてますか?」ということを、なんで銀行が言わないんだと。なるほどなと思いました。こういうことをやってる銀行はほとんどないです。

田ケ原:そうですよね。なかなか言えないですよね。

入山:だからそういう意味では、銀行みたいな周りのプレイヤーがそういうことを言っていくのも役割かなと思いますね。例えば地方銀行なんて、これから事業承継で会社に成功してもらわないと困るわけです。融資先がなくなっちゃいますからね。

田ケ原:なるほど。銀行のあり方も変わるべき、というところがあるんですね。

家業を伸ばし成功する後継者の共通点

田ケ原:そしてその3つに加えて、最後に4つ目があるんですよね。

入山:はい。4つ目はこの曲を聞いてからにしましょう。……ということでタガエミちゃん、ここまで来たら何を引き継ぐかってもうわかるよね~? あれに決まってるよね?

田ケ原:え、何にもわからないんですが。

入山:何言ってんの!? 引き継ぐって“あれ”しかないじゃん! 戦士の銃に決まってるでしょう! ということで、みなさんお聞きください。アニメ『銀河鉄道999』のテーマ曲、ゴダイゴで『銀河鉄道999』。もうこれは日本のアニメソングの歴史を代表する曲ですよね。

田ケ原:そうですね。

入山:『銀河鉄道999』の原作は松本零士さん。つい最近(2023年2月)ご逝去されまして、僕もとても残念だったんですが。『999』は、フジテレビ系列で1978年から81年まで放送。あらすじは、体を機械に変えることで人が永遠の命を手にした未来です。

少年・星野鉄郎が、機械の体をタダでくれる星へ向かう銀河鉄道999に憧れている一方で、母を機械伯爵に殺されてしまい、アンドロメダに行って永遠の命をもらって、機械伯爵への復讐を果たすことを誓う。そして999号のパスを手に入れ、謎の美女メーテルと共に地球を出発して宇宙を旅するという話ですよね。

田ケ原:事業継承のポイントで言うと、そこに関連性があるということだと思うんですが、最後はいったい何なんでしょうか?

入山:(事業継承のポイントの)1つ目は、とにかく先代がいい人。2つ目は、先代がなんらかの事情で急に退かざるを得なくなること。そして3つ目は、銀行や周りのプレイヤーがきちんと苦言を呈してあげること。

4つ目の成功のポイントは、実は「継ぐほう」のポイントなんです。跡を継ぐ人がどういう人だと、継いだ後により成功しやすいのか、会社にイノベーションを起こしやすいのか。

これは僕が個人的に言っているんですが、うまくいくパターンのだいたいは、そもそも継承者が会社を継ぐ気がない人の場合。これ、けっこう逆説的でしょ。

田ケ原:そうですね。

入山:でもね、僕はこれがすごく重要なポイントだと思っています。別に、本当は継ぐ気はあってもいいんです。ただ、継ぐ気がないと家業から離れるでしょ。そうすると、その人は家業とまったく関係ないことをやったりするわけです。

例えばベンチャーをやるかもしれないし、もしかしたら留学するかもしれない。そういった、家業の本業とはまったく関係ない離れたことをやっている。

家族が跡を継ぐファミリービジネスで成功した企業

入山:僕は経営学者としてよく「知の探索」という言葉を言うんですが、イノベーションって離れた知と知の組み合わせで生まれるんです。ということは、離れた経験をしてることって大事なんですね。

離れた知見を持つ方が後を引き継ぐと、本業の会社が持っている連綿と続く技術・伝統的なあり方と、新しい外の知見が、まさに「知と知の新しい組み合わせ」になるのでイノベーションが起きるんです。

田ケ原:なるほど。

入山:日本は97.7〜97.8パーセントがファミリービジネスで、事業承継に悩んでる会社が多いんです。こういったかたちで事業承継をやっていくと、一見「古い」と言われてた日本の中小企業やファミリービジネスから、実はどんどんイノベーションが起きるんじゃないかなと思っています。

例えば日本だと、こういうことを推し進めるベンチャー型事業承継という財団法人があるんですね。僕はここの顧問としてサポートもしてるので、こういったところに日本の未来を感じています。

田ケ原:実際にうまくいった事例とかはあるんですか?

入山:いっぱいあります。たぶんタガエミちゃんが知ってる会社の名前だと、エアウィーヴ(airweave)。枕とかベッドの会社、知っているでしょ?

田ケ原:もちろんわかります。

入山:あとはタニタ。

田ケ原:えぇ!? タニタもなんですね。

入山:そうですよ。それからスノーピークもそうですね。スノーピークは、山井(幸雄)さんという方が家業を継いであそこまでにしたんですね。そして何よりも代表格は星野リゾートです。

田ケ原:そうですよね。先ほどもエピソードをお話しされていましたもんね。

入山:そして、先ほどから話が出てきているファーストリテイリングも、実は柳井さんは初代の創業者じゃなくて、ご家業を継いであそこまでやっているんですね。他にも、それほどメディアには出てないけど、有機精密や西村プレシジョンとか、いくらでも知っています。

田ケ原:すごい。

入山:こういう会社がどんどん出てくることが、日本のイノベーションになる。そう考えると、日本で事業継承をうまく考えて、今日言った課題を乗り越えていくことが、結果として日本全体のイノベーションになるんじゃないかなと考えてるんだよね。

田ケ原:なるほど。事業継承をきっかけに、日本でさまざまなイノベーションが起きるといいですよね。