元自衛隊メンタル教官が語る、ワーママの大変さ

司会者:では今日のスペシャルゲスト、下園壮太先生です。

下園壮太氏(以下、下園):はい、よろしくお願いします。

司会者:今日ご参加いただいている方は下園先生のことをご存じの方も多いと思うんですが、NPO法人メンタルレスキュー協会の理事長ということで、もともと陸上自衛隊初の心理幹部として、隊員の方のメンタルケアにあたられてきました。現在は講演や執筆業など、幅広くご活躍されています。

まずは基調講演ということで、お話しいただきたいと思います。では下園先生、お願いいたします。

下園:はい、ありがとうございます。今ご紹介いただきました下園です。今日は講演ということで今回の本でつたえたいことを中心にお話しさせていただこうと思います。

今回の『ワーママが無理ゲーすぎてメンタルがやばいのでカウンセラーの先生に聞いてみた。』という本は、たくさんの方にご協力いただきながらまとめてきたんですけれども、最初は時事通信出版局の新井さんがこういう企画を持ってきてくれました。

『ワーママが無理ゲーすぎてメンタルがやばいのでカウンセラーの先生に聞いてみた。』(時事通信社)

私は先ほど紹介いただいたように、10年前まで自衛隊におりました。早期退職ということで、普通の方より定年が早いんですが。自衛隊ではメンタル系の仕事をずっとしてきました。

退職したあとは、「メンタルレスキュー協会」というNPO法人でプロのカウンセラーを育成しながら、うつや悲惨なできごとを経験した多くのクライアントの支援を続けています。クライアントの中にはワーキングマザーの方もたくさんおられるのですが、そうしたワーママの方々の悩みを聞くにつれて、「これは本当に大変だな」と私自身がずっと思っていたんです。

私が若かった頃は妻が子育てをしていた。まさに今の言葉でもわかるように、「夫が仕事をして、妻が子育てをする」という価値観の時代でしたよ。

その概念でずっといたので、クライアントのワーママさんのお話を聞いていくと、本当に話を細かく聞けば聞くほど、大変だなと思うようになったんです。

ワーママの日常のストレスは“戦場並み”

下園:先ほど私の背景をお話ししましたが、私は自衛隊でいろんなところでカウンセリングをしていました。例えば今回、記憶に新しいかもしれませんけども、自衛隊の射撃場で乱射事件があったじゃないですか。

司会者:あったあった。

下園:あれで何人かがお亡くなりになったり、けがをしたりした。そういった方々のところに行っていろんなケアをしたり、自衛隊内で自死とかいろんなことがあった時に、応急のメンタルケアをしていくのが、私の仕事だったんですね。

その人たちのお話を聞いている私が、いろいろワーママさんのお話を聞いて、「いや、ひょっとしたらワーママさんの日常のストレスというのは、戦場並みじゃないかな?」と感じたんですね。

一方で、実はワーママさんすべてがそういう状況に置かれているかというと、そうでもないんですよ。恐らく子育てで「大変だな」と思う人の総和が、昔はこれぐらいだったとしてください。今は「大変だな」と思う人が、かなり増えているんだろうと思います。

そういう実感を持ちながら、今度はカウンセリングの中で、ママさんだけじゃなくて男性の方々も含めて「いや、今度子どもが生まれるんですよ」という話もまたよく聞くわけです。

「良かったじゃない!」「いろいろ大変だね。準備してる?」と言ったら、けっこう無防備で、何も準備してない方が多い。ちょっと私はショックだったんですね。楽しいこと、すばらしいこと、いいことだからそこに行くんですけども。

例えば、最近外国の方が旅行のついでに富士山に登るらしいんですよ。軽装で、サンダルで登るんです。そして「ご来光を見よう」とか言って。そりゃムリですよ。富士山の近くに自衛隊の学校があって、僕も何回も登っているんですけど、「それはちょっとムリだよね」と思うんですね。

同じように、子育てがむちゃくちゃ大変というわけじゃないんだけど、ちゃんと今の子育ての強度を把握した上で、ある程度準備をしていかないと、あまりにも軽装で入っていくと、先ほどの子育ての総和の中の、「大変だな」という子育て時期を過ごすことになるのではないかなと思ったのです。

司会者:なるほど。

今の子育てがなぜ大変なのか、意外と大きい「晩婚化」の影響

下園:そこでこの本をまとめるにあたって、なぜ私の若かった頃と比べて大変になっているのか。理由はいくつかあると思っています。

1つは、出産する年齢が高くなっていること。要するに晩婚化。みんな若くて充実している今の時間をしっかり使いたいということです。

私は今64歳ですけども、私の時代はまだ「早く結婚しないと生活が立ち行かない」という時代だったんですよ。生活のために結婚するような印象があったんです。

今は違うじゃないですか。1人でも生きていけるんですよ。1人で生きていく中で、子どもを作ったり結婚をしたりというところに、自分で選択していくとなった時に、どうしても時期が遅れてくる。「晩婚化」という言葉がいいのかどうかわかりませんけど、そうすると出産の時期もだいぶ後ろにずれていく。初めての出産が5歳か6歳ぐらいずれていくというようなデータもあるようです。

これが案外大きいんですよ。自衛隊でいろいろやっていると、歳を重ねると体力がどうしても落ちてくるというのは否めないんですね。オリンピック選手を見てみても、やはりピークは20代前半じゃないですか。

司会者:うん、確かに。

下園:30代になってくると、やはり体力が落ちてくるんですよ。出産・子育ては大変体力を消耗する。負荷がかかるのは出産だけじゃなくて、その後の子育てもいろんなことをやらなきゃいけなくて、睡眠不足になって、そういうイベントなんです。

核家族で身内の支援がない環境の差

下園:これが20代前半、下手をすれば10代の後半ぐらいにそういう経験をしていた時代に比べて、今は30歳を過ぎてから、もしかしたら35歳ぐらいになってからということになると、どうしても母体にかかる負担はむちゃくちゃ大きくなっているような気がします。

これがなくても、仕事でも大変な時期なんです。30代といったら、男女共にいろいろな悩みを聞く時期なんですよ。

司会者:そうですね。

下園:昔は親族の支援が得られた。今のように保育園とかもそんなにないですよ。だけど、やはり身内の支援を受けられるのがけっこう大きかった部分がありますよね。

核家族で、ちょっと子どもを見ている誰かがいるといないでは大きな差があるじゃないですか。ちょっと買い物に行く、トイレに行くのも心配ですね。身近に誰かがいる。こういう環境がなくなったことは、すごく大きい影響があったんだと思います。

「35歳クライシス」は誰にでもあるんですけども、その他の仕事で大変とか、核家族だとか、このあたりは個人差がいっぱいありますよね。だから、大変だと思う人と大変じゃない人は、このあたりが環境として差があると思います。

自分の子育てに満足せず、自責のサイクルに陥り「うつ」になる

下園:もう1つだけ言いたいのが、今のワーママさんたちが、どうもご自分の子育てに満足していない。僕から見たら、ご自分の子育てに対して非常に厳しい評価を無意識にしている。「私はダメなんです。ダメな母親なんです」とか「ダメなママなんです」とか、子どもに対しても過剰に心配をする傾向がある。

「これはなんでかな?」といろいろ考えてみたところ、やはりご自分のお母さんと比較をしてしまうんです。例えば私たちの世代は、今私がお話しした環境の中での子育てだったので、そんなに苦労をするというものでもなかった印象があるわけです。

だけど今は大変なんですよ。なのに「子育ては大変じゃないのに、私はうまくいかない」と、自分を責めちゃっているところがある。

人間はうまくいかない時に、いろいろ努力をします。今の私たちは検索をしますよね。検索したらYouTubeとかいろんなものでいろんな情報が入ってくる。それを努力してやろうとするんですよ。それでだんだん、うつっぽくなってくるんです。

実は「うつ」は「疲れている」ということなので、休まなければならない。なのにいろいろ検索すると、やることがいっぱい目に付くんですよね。それをやれてない、自分はやっていないって、また自責のサイクルになる。

さらに他の人たちを見たら、ショーアップされているすばらしい子育てが見えて、どうしても自分と比較してしまい、落ち込んでしまうという方がけっこう多かった。

子育ては、うまくいかなくて普通

下園:そこでこの本で伝えたいことです。本という媒体が個人カウンセリングとちょっと違うのは、私が個人でやる場合は、「あなたが今できそうなことはここですよ。あなたの環境でこれはムリかもしれないけど、ここだったらこのぐらいは改善できるかもね」という、いわゆるオーダーメイドのアドバイスをすることができるんです。でも本はムリなんですよ。

なので本では、もちろん私のいろんな経験から「こうしたらいいですよ」「こういうふうに考えたらうまくいきそうですよ」というハウツーはいくつか提示してありますが、私が本で一番伝えたかったことは、「うまくいかなくても普通ですよ」ということなんです。

「ワーママさんは大変なので、自分のお母さんとか他の人たちの子育てと比べないで。あなたは本当に十分にがんばっているよ」と。そして「子どもって、まあまあいろいろトラブルはあるけども、なんとか普通に育っていくものだよ」という、今のお母さんたちに、まずは自己肯定感を持ってもらいたい。

その上で自分を責めずに、「そうなんだ。うまくできなくてもいいんだな」と思った上で、「じゃあここだけ改善しよう」というところが、1個でも心の中に火が灯れば、それが私のお伝えしたいことなのかなと思います。ちょっとコンパクトでしたが、私のお話はとりあえずここで終わりたいと思います。

司会者:下園先生、ありがとうございました。心に火を灯すようなお話ですね。私はまだ結婚はしてないんですけれども、とてもタネになるようなお話でした。

時代背景も然り、30代のお子さんを持たれる年齢が体力的にも落ちてくる時期だったり、いろんな要因が重なって、今「無理ゲー」と化しているワーママ子育て環境を、どう乗り越えていくか、どう自己肯定感を持っていくかというお話をしていただきました。ありがとうございました。