HRTech導入で「企業価値が向上した」と言えるのか?

堀越勇雄氏:近年HRTechの進化は目覚ましく、2023年現在では1,038個のサービスがあります。その数は、わずか5年で5倍以上に増えている状況です。

国内のHRTech市場も昨年は785億円に達しました。これは毎年、130パーセント以上の高い成長率を維持し続けています。さらにグローバル市場は驚異的で、年間31兆円という膨大な規模に達しています。

このデータを見ると、HRTechの進化は目覚ましいと思う一方で、日本の市場は海外に比べて、今の時点では0.2パーセントくらいしかないことにも驚きを感じてしまいます。

とはいえ今、HRTechは豊富な選択肢が取れるようになっています。みなさんも、自社で何かしらご利用いただいているのではないかと思っていますが、こうしたHRTechが企業価値向上に貢献できていると断言できる方は、意外に少ないのではないかと思っています。

実際には、導入効果はあったけれども、企業価値向上とまで言えるかという点には疑問を抱かれる方も多いのではないかと思っています。そこで今回は、企業価値向上という視点で掘り下げてみたいと思います。

日本企業の従業員エンゲージメントは、世界でも最低水準

昨年8月に政府から策定された人的資本の可視化指針には、企業の収益性を示すROEの逆ツリーが掲載されています。この逆ツリーでは、ROEを向上させるための財務指標と戦略が左側に表示されており、右側にはそれに関連する人的資本などの非財務指標が表示されています。

例えば売上を増やすためには、従業員一人ひとりの価値創造力の向上が必要であり、そのためには社員のエンゲージメントが重要とされています。また、新たな事業や新製品の展開には、従業員の研修の参加時間や、従業員1人あたりの研修投資額が重要な要素となります。

つまり、企業価値向上において、エンゲージメントや研修に関するKPIが重要であることが示唆されているわけです。

日本の現状を見ていきたいと思います。みなさまもご存じのとおり、日本のエンゲージメントは変わらず、世界129ヶ国中128位と、残念ながら最低水準となっています。働き方改革などによって労働環境は非常に良くなっているのですが、働き手の充実感や達成感、働きがいはまだ高まっていない状況です。

研修のほうも見てみたいと思うのですが、日本企業の人材投資は諸外国と比較すると最も低い水準で、米国と比べると約20倍も差があると言われています。さらに、社外学習や自己啓発を行っていない人の割合が半分以上いるということです。「企業は人に投資せず個人も学ばない」といった言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるかと思います。

まずは、企業価値向上における指標が、日本は諸外国と比べるとなかなか厳しい状況にあるのではないかということをご覧いただきました。

企業価値向上に関する、企業側の課題感

一方、企業価値向上をいろいろと考えていくと、各企業の中でも課題があるかもしれないと思っています。例えば、中期経営計画において、グローバルビジネスの重要性が言及されている一方で、人材に関しては国内本社しか把握できないという事情があります。

また、事業の多角化やグループ間のシナジーを目指しているにもかかわらず、グループ企業の人材はグループ会社任せにせざるを得ない。

また、各企業で異なる評価制度があるため、人材の選抜や異動において、公平な視点で検討ができないとか、制度や運用から変えるためには、時間もコストもかかるので、目の前の課題に注力せざるを得ない。

もしくは、エンゲージメント調査はしているものの、改善活動まではなかなかリソースが回らなくて、手が回らないといった状況もあります。

こうした個々の企業事情もあると思いますが、さらに人事部門では、現状に対処するだけではなく、10年後、20年後の環境変化を見据えていく必要があると思っています。

みなさま周知のとおり、働き手の不足が深刻化して、新しい優れた人材を獲得することは、当然困難になります。また、人材の流動化が増える中で、人材の留保や引き留めに取り組む必要が出てきます。

イノベーション創出により、事業の淘汰や再編も進んでいきますので、社内でどのようにイノベーションを起こしていくかも考えていかなければなりません。こうした変化はすでに起こっているものですし、今後も加速することは周知の事実かと思います。

自社の人材もどんどん変化していっておりますが、これまでは男性中心で新卒一括採用から定年まで勤め上げるという働き方で、同質性の高い人材が主流でした。これからは、中途採用の方や女性、外国籍の方など、多様な人材が頻繁に出入りするオープンな環境に変化しています。

多様な人材を受け入れて成長していただき、パフォーマンスを最大化していく環境が求められてくるわけですが、現状の課題もたくさんあります。今後の人事の役割も大きいわけですが、HRTechが企業価値に貢献していると言い切るためには、やはり課題解決をサポートできるかどうかにかかっているのではないかと思っています。

「人的資本の開示」の先にある取り組み

それでは、ここからは企業価値向上を実現するための方策を見ていきたいと思います。今日は経営の視点、現場の視点、人事の視点から、弊社のテクノロジーの活用シーンをご紹介したいと思っています。

まずは、人的資本の開示や社員情報の見える化、人事業務の効率化といった点は、みなさまもすでに多く取り組んでいただいているところかなと思っています。

さらに「企業価値向上につなげよう」という観点でいくと、ここからさらに1歩、2歩進んだ取り組みが必要になってくると思っています。

例えば、人的資本の開示だけではなく、データの分析をして改善につなげることが求められてきます。また、リスキリングをしていくための進捗管理も必要になってきます。

現場の視点では、社員情報の見える化だけではなく、社員一人ひとりをしっかりと理解して成長を促すことや、組織内の壁を越えた社員のコラボレーションも必要になってきます。

人事の視点では、人事業務の効率化をしっかりと追求することが大事だというところはありますが、さらに社員の成長をサポートし、従業員の入社から退社までのライフサイクルを改善することも求められてくるかと思います。こうした1歩、2歩進んだ取り組みが、企業価値向上の中に入ってくるのではないかと思っています。

人的資本の開示が推奨される、11領域の状況を一目で把握

それでは、まずは人的資本の開示イメージと、どのように分析し、リスキリングを進めていくのかという実現イメージをご紹介していきます。

こちらは、年内にリリースを予定している人的資本のテンプレートです。このテンプレートでは、「ISO30414」で開示が推奨される11の領域について、代表的な自社の人的資本状況を一目で把握できるようになっています。

領域ごとに、代表的な数値を2項目ずつ掲載しています。前回から数字が悪ければ赤、良ければ緑になっていますので、何がうまくいっていて、何がうまくいっていないかが一目でわかります。

このテンプレートは、弊社の人事ソリューションの「SAP SuccessFactors」や、会計システムである「SAP S/4HANA」などと接続することで、常に最新のデータを取得できるようになっています。また、Excelデータを取り込むこともできるので、多くのお客さまにご利用いただけるようになっています。

それでは、女性管理職比率が赤色になっている部分がありますので、ダイバーシティの領域を深掘りしていきたいと思います。

AIを活用して、組織のボトルネックを可視化する

詳細画面では、ダイバーシティの各項目を確認できます。男女ジェンダー比率、5年間の経年推移、地域や部署、役職などの多軸分析、年代別の比率、障害者雇用比率、新卒と中途の採用比率など、人的資本の各項目の詳細情報を確認できます。

例えば女性比率を見てみると、現在は39パーセントです。経年グラフを見ていくと、女性の数が徐々に増加していることがわかります。しかし、女性管理職比率は下降傾向にあり、一方で管理職候補の比率は上がっていることがわかってきます。

もしかしたら、管理職候補から管理職への登用について、何かしらの課題があるのかもしれませんので、AIを活用して、女性管理職比率の傾向を見ていきたいと思います。

女性管理職比率の数値の8パーセントを選択してAIを起動します。すると、AIが自動で傾向分析をしてくれるわけです。中を見ていくと、中途の方と新卒の方で比較すると、中途の方のほうが圧倒的に多いという傾向や、年齢で見ると40代の方が圧倒的に多く、若手の方がまだまだ少ないことがわかります。

今度は、候補人材もAIを起動して傾向を見ていきたいと思います。候補人材の年代を見てみると、やはり40代が多いですが、30代と20代もたくさん出てきていることがわかってきます。今後は、こうした方々が管理職になれるところにハードルがあるかもしれないので、若手の候補の育成に注力する必要があるかもしれないことが見えてきます。

このテンプレートを活用いただくと、人的資本の状況を簡単に把握して、分析や対策に取り組むことができます。また、AIを活用することで、効率的に洞察を得られるようなかたちになっています。

計画の立案や現状把握、ギャップを埋める人事施策のヒントに

リスキリングの状況も確認していきたいと思います。こちらはリスキリングダッシュボードとなっていますが、この会社では、DX人材の育成をリスキリングの一環として積極的に取り組んでいます。

現在、社内で100人程度のDX人材を育成中であり、平均レベルは5段階中2.19という状況です。推移を確認していくと、2021年から徐々に人数もレベルも上がってきていることがわかります。

1番右の黄色いバー、2023年度の目標人数に対しても、徐々に近づいてきていることがわかります。さらに、部署ごとのDXスキルの育成状況も一目でわかるようになっています。

ここでは、IPAのDXスキル標準のスキルアセスメント結果をサマリーで出しているのですが、順調なら緑、うまくいっていなければ赤というかたちで、今どこの部署が困っているのかがわかるようにしています。

それから年齢や職位、職歴、社歴などの要素を分析していくと、比較的若手で社歴の浅いメンバーが中心であることがわかるので、今後は、管理職や社歴の長いメンバーのDXスキルの習得に力を入れていかなければならないことが見えてきます。

また、現状把握だけではなく、目標設定も当然重要な要素となってきます。こちらは計画の画面になっていますが、計画の画面からデータ活用の中にある「データ・AIの戦略的活用」というスキルについて、目標を設定したいと思います。

まず、レベル3を5人、レベル2とレベル1を3人ずつという育成目標を設定します。この赤いバーが、現在の人数と目標値とのギャップを表しているので、特にギャップが大きいところに関しては、社内で育成するコンテンツを用意する、もしくは選抜をする、それから、社外から採用することを考えていく必要があるところになります。

ギャップを見えるようにすることで、どんな研修が必要かといったことも見えてきますので、具体的な計画の立案や現状把握、ギャップを埋めるための人事施策が、このダッシュボードの中で見えるようになっています。

まずは、人的資本の多角的な分析と、AIによる効率的な傾向把握、DXのリスキリングプランの実行イメージをご覧いただきました。