学問の道ではなく、就職を選んだ背景

アマテラス:まず、濃野さんの生い立ちについてお伺いします。現在につながる原体験のようなものがあれば、教えてください。

濃野友紀氏(以下、濃野):幼少期の思い出で一番印象に残っているのは仕事に打ち込む父の姿です。大学教授をしていた父は、いつも論文を書いて成果を発表したり、学生たちの指導をしたりと熱心に活動していました。

子どもの頃は、父がやっていることをよく分かっていませんでしたが、ひたむきに研究を続けるその在り方をずっと尊敬していました。父の影響があったからか、高校の頃から物理が好きで、大学も工学部に進学しました。

特に興味を持っていたのは、量子力学をはじめとする、エネルギー関連の分野でした。いわゆる核融合とか人工太陽を創るといった話です。そういった分野に関心を抱いた背景として、世界の多くの争いは食糧とエネルギーが源泉になっているという考えがあります。

どうせなら研究するなら、社会に対してインパクトを与えられるようなことがしたい。そんな思いから、大学ではエネルギー問題を根本的に解決できる手段として、原子力などを研究する量子系の専攻を選びました。

研究自体は非常に楽しかったですし、そのまま研究の道を進んでもきっと楽しかっただろうと思います。ただ、研究の成果をより意義あるものにしていくためには、ビジネスという要素が不可欠だとも認識していました。

なぜなら、どんな技術であっても、それを多くの人に広め、継続的に使い続けてもらえるようにするためには、「仕組み」が必要だからです。そのためにもまず、ビジネスを経験したいと考え、学問の道ではなく就職を選びました。

会計に興味を持ち、働きながら公認会計士の資格を取得

アマテラス:大学卒業後はNTTデータに入社されたわけですが、どういった基準で就職先を決められたのでしょうか。

濃野:さまざまな業界や企業を検討する中で私が軸の1つにしていたのが、技術に立脚しながら価値を創っていきたいという思いでした。たとえばコンサルティングや投資銀行のようにビジネスに全振りするような業界ではなく、何らかの先進技術に関われるような業界を選びたいと考えました。

そこで、注目したのがNTTデータです。「ITが世の中を変える」という当時主流だった考え方も良いと思いましたし、システムエンジニアとして自らプログラミングもしつつ、技術ありきのビジネスができるという点が魅力的でした。

NTTデータには5年ほど在籍し、会社の基幹システムなどに携わりました。会社の基幹システムを作る場合、必然的にコア機能として会計が重要になります。そうして会計の考え方に触れ始めると、複式簿記や仕訳にどんどん興味が湧いていきました。

やると決めたことは極限までやりきりたいタイプなので、そこから会計に関する学びを深めていった結果、最終的には働きながら2年間で公認会計士の資格も取得しました。新たな学びに対して、もともと好奇心が強い気質なのだろうと思います。

最初の転職を決めたわけ

アマテラス:その後、電通コンサルティングへと転職されたわけですが、新たな環境に飛び込まれた理由は何だったのでしょうか。

濃野:NTTデータで働く中で、売上を追求するマーケティング領域についても学んでみたいという思いが徐々に強くなっていきました。そこで、思い切って業務内容も社風も180度異なる電通コンサルティングへと転職することにしました。

電通コンサルティングで働いてみてわかったのは、マーケティングやブランディングという手法は決して万能ではないということでした。会社の売上増や組織の成長を実現するにあたって、マーケティングやブランディングが非常に重要なファクターだというのは間違いありません。

ただ、企業の命題である永続性を築くためには、多くの業界・企業において、マーケティングだけでは不十分だと感じていました。私たちを取り巻く市場動向や顧客のニーズは刻一刻と変化しています。それこそオセロゲームのように、たった一手の動きが情勢が大きく変えてしまうケースも珍しくありません。

マーケティングの現場を体験する中で、さまざまなことを考えました。「会社の永続性を築くためには何が必要なのか」「何が会社にとってのアイデンティティ・違いになりうるのか」そんな問いと向き合い始めたのも、ちょうどこの頃です。

3社を経験して気づいた、自分にとってのキー

濃野:電通コンサルティングでの勤務を経て、その後BCG(ボストン コンサルティング グループ)へと移りました。BCGでの仕事は体力的にはハードでしたが、非常に充実していました。というのも、社会に対するインパクトを生み出したいという私自身の根底にある思いとマッチした会社だったからです。

BCGのメンバーは優秀な方が多く、みなさん自己成長意欲にあふれていました。幅広いバックグラウンドのもとトップを駆け抜けてきた方々が、クライアントにとって本当に解くべき課題を定義し、仮説を設定し、影響力のある人や企業とつながりながら、それこそグローバル規模で知見を集め、示唆に昇華しアウトプットを出していく。

そんな環境だったので、私を含め、自分のやりたいことを実現したいという人には最適な場だったと思います。

また、お客さまや仲間たちから沢山の刺激を得る中で、世の中にもっとアウトプットを出していきたいという思いも強くなりましたあらためて「自分は何をしたいのか」「他の人にはできないことは何か」を自らに問いかけました。

そうして原点に立ち返った結果、自分にとってのキーは「技術」なのだと気づきました。世にまだ出ていない優れた技術を使って社会にインパクトを生み出したい。そうすることが、日本ならではの強みをさらに活かして、価値を創れるのではないか。そんな課題感をずっと感じていました。

そんな思いが事業として具体的に動き始めたのは、現取締役であり東北大学大学院情報科学研究科の助教もしている山口明彦との出会いからでした。

バックグラウンドに相互理解があるパートナーとの出会い

濃野:山口さんとの出会いは、Beyond Next Venturesが主催していた技術とビジネスパーソンのマッチングイベントでした。開発者である彼から視触覚センサFingerVisionの話を聞き、「この技術にはものすごく大きなポテンシャルがある。ぜひやりたい」と直感しました。

少子高齢化に伴い、10年以上前から日本ではさまざまな業界で人材不足が問題視されてきました。そのため、機械やロボットを活用した省人化・省力化が今後必須になるという課題意識自体はみなさんお持ちです。

あとはビジネスとして、その技術をいかにマーケットからの需要が高く、かつ競争優位性も確保できるタイミングで世に出すかです。会社として事業を始めたのは2021年後半ですが、市場の動きを見るに、まさにベストタイミングだと思いました。

山口さんは米国カーネギー・メロン大学で研究をしていたこともあり、大学発の技術をビジネスを通じて社会実装するという発想を自然と受け止めていたように思います。研究者の父の影響を受けつつビジネスの道を歩んできた私とは逆に、山口さんは経営者の父を持ち、自らは研究者になったという背景があります。

ある意味バックグラウンドに相互理解があり、また、偶然同い年だったということもあって、本当にワクワクする出会いでした。

実績不足で断られ続け、実績を積めないベンチャーのジレンマ

アマテラス:大学発のスタートアップはイノベーションの担い手として注目されている反面、シード期を乗り越えるのが大変だという印象があります。その点、FingerVision社はいかがでしたか?

濃野:技術シーズをプロダクトとして昇華させるまでのハードルはやはり高かったです。お客さまのニーズを把握しながら、いかにお金を支払っていただける状態にまで持っていくか。この1年半は、試行錯誤の連続でした。

視触覚センサのコンセプト自体は、どの業界でも興味を持ってくれましたし、ビジュアル的にも目を引くので、お客さまの関心を集めること自体は難しくありませんでした。でも、そこから先にはなかなかつながりませんでした。

「で、これは何に使うんでしたっけ?」「また進捗あったら持ってきてください」といった反応で終わってしまうのです。

当初は食品加工業界に絞ってロボットのアプリケーション開発をしていたのですが、プロダクトがある程度できあがってきた段階でお客さま先に持っていくと、必ずと言っていいほど「現場での実績はあるのか」といった質問が返ってきました。

技術シーズからプロダクトへと昇華していくためには、お客さまの現場に導入し、実績を作りながら、研究開発をさらに進めていく必要があります。ところが、実績がないとそもそも導入を検討してもらえないというジレンマに陥ったのです。

「実績づくりの壁」を突破するために見直したこと

アマテラス:同じような課題に直面しているスタートアップの方は多いのではないかと思います。どのようにして初期の実績づくりの壁を突破したのでしょうか?

濃野:私たちはまず「買い手」を見直すところから始めました。ロボットの営業先は一般的に、企業の生産技術部や生産ラインの最適化を求める工場長です。彼らは自動化ソリューションを選定する立場ですから、どうしてもプロダクトとしての性能や生産効率といった技術的な資質に着目しがちです。

そのため、初期段階のプロダクトでは「完成してから持ってきて」の一言で、俎上にも乗せられない傾向にありました。そこで、私たちはアプローチ先を経営者に変更し、彼らの目線から今一度、私たちのプロダクトや技術を定義し直すことにしました。これにより、技術的に求められる要件(スピードや性能など)のハードルを同時に下げたいという狙いもありました。

食品加工業界を例に挙げると、経営者にとって人材不足は非常に深刻な経営課題です。新規採用ができないという理由からものを作れず、結果、廃業する会社も増えています。反面、ぎりぎり人手が足りているという理由から問題を先延ばしにしているケースも多く見られます。

しかし、いずれ供給が間に合わなくなり、ビジネスチャンスを失う事態に陥るのは目に見えています。だからこそ、ロボットの導入はただの「生産性向上」というアジェンダではなく、会社の売上を伸ばし持続可能な成長を続けていくために必要な「経営課題」として捉えるべきなのです。

このように、経営者目線でお題に再定義し直し、「成長戦略の足枷になっている」人材不足の問題を根本から解決するためには、人の代わりにタスクをこなしてくれる装置の導入が不可欠だというストーリーをお伝えするようにしてから、プロダクトを提案するようにしたのです。

加えて、経営者の方々にはロボット導入に対する考え方も変えていただけるようにアプローチを何度も重ねました。「ロボットを入れさえすれば、すべての課題を解決できる」ではなく、「ロボットの導入効果を最大限享受するためには、生産プロセスや販売方法の変革も必要である」とご理解いただけるように、ひたすらプレゼンを続けました。

そういった地道な試行錯誤を繰り返した結果、多くの企業で前向きに検討いただけるようになり、徐々に実績も増えていきました。

創業からずっと苦労している「仲間集め」

アマテラス:その他の面で、壁を感じられたことはありますか?

濃野:資金面については幸い、走り出しは山口さんと私の人件費の持ち出しだけですみましたし、創業から2ヶ月でエクイティを調達できたので、そこまで大きな苦労はありませんでした。

エクイティについては恐らく、これまでに積み上げてきた技術のポテンシャルとプレゼンの熱量を評価いただけたのではないかと思います。あとは、助成金や銀行からの借入も活用することで運転資金を確保しました。

また、ロボットアプリケーションの開発とは別に、センサ単体を売るなど技術としてすでにできあがったものをお客さまに提供しながら初期の売上を作りました。このあたりは、私たちがやりたいと考えていることと実際にやれることのバランスを取りつつ、経営を回していきました。

創業からずっと苦労しているのは、仲間集めです。私たちが求める水準が極めて高いということもあり、いくら積極採用を続けても、コアとなる経営幹部や技術系のメンバーが多く見つからないというのが実情です。

とはいえ、採用水準を落とすつもりは一切ありません。厳選を重ねてきたからこそ、当社に参画してくれたメンバーはみなさん、素晴らしいスキルを持った方ばかりです。これからも優秀な方々を仲間に迎えながら、仕事を任せ、互いに成長し合いながらチャレンジを続けていける環境をつくっていきたいと思います。

日本が得意なハードウェア開発と米国のソフトウェア開発の掛け合わせ

アマテラス:最後に、FingerVision社の今後の展望について教えてください。

濃野:私たちは触覚センシングやロボットハンド、マニュピレーション(物体操作)領域におけるトップ・オブ・トップのメンバーを集め、世界トップの技術者集団を本気でつくっています。

そのコアとなる技術を今後永続的に高めていく方法としては、カーネギー・メロン大学があるピッツバーグにリサーチャーとエンジニアの研究開発拠点を設け、日本とアメリカ双方の強みを融合させていきたいと考えています。

日本はもともとロボットアニメが人気だった影響もあるのか、機械工学や電気電子工学といったハードウェアに直結するメカニカルな領域を強みとする人が多い傾向があります。

ただ、ここ10年の傾向を見ると、ハードウェアよりもソフトウェアに重きを置いた開発の方が世界的には主流です。ロボットにしても、アームのような筐体の開発よりも、機械学習などソフトウェア的なアプローチで付加価値創出を目指す取り組みが増えています。

そういったソフトウェアの領域になると、日本では土壌が育っておらず、スキルを持つ人材もほとんどいないというのが実情です。

ならば、日本が得意とするハードウェア開発と世界でも最先端を行くピッツバーグのソフトウェア開発、この2つの強みを掛け合わせればどうなるか。きっと世界でも類を見ない、ものすごいシナジーが生み出せるんじゃないかと思っています。

ロボットと機械の違い

濃野:ロボットとは機械と人の中間に位置する存在だと私たちは考えています。つまり、特定の分野における機能や生産性をひたすら追求する機械とは違い、ロボットは「人間ができること」をある程度汎用的に代替することが期待されていると思うのです。

そういったロボット技術の根幹に真正面からアプローチし、そのポテンシャルの探求を通じて、イノベーションを起こしていける会社というのは、世界でも他にはないと思います。ロボットの領域で本当に付加価値を創り出していきたいと考える方からすると、願ってやまない環境ではないでしょうか。

だからこそ、ロボットを単なる自動化や省人化・省力化の手段で終わらせるのではなく、そこから先、いかに業界に変革を起こし、社会へのインパクトをもたらすかというところまで見据えながら、未来にワクワクしつつ共にチャレンジできる仲間と出会いたいと切に願っています。

そして、FingerVisionに集う素晴らしい仲間たちがその力を最大限に発揮できる場を作ることが、経営者としての私の大きな課題です。私たちは、「最先端技術を生み出し、大衆化する」というビジョンのもと、4本柱のバリューを軸に事業を進めています。

「技術のことを考えると興奮して眠れない」「社会へのインパクトに拘り、連帯し、協奏する」「力づくのイノベーション」「誠実であれ、真摯であれ」この4つのバリューは、私たちの価値観・行動基準であると同時に、アイデンティティだとも認識しています。

こういったビジョンやバリューに共感してくれる仲間たちとチームを組みながら、ビジネスも技術も圧倒的に成長させていけるように、今後も未知への挑戦を続けていきたいと思います。

アマテラス:本日は貴重なお話をありがとうございました。