人生をワクワクさせるための「無形遺産」

大野誠一氏(以下、大野):そして(長寿化時代に適応するための)4つ目のポイントは、最初にご紹介した「マインド調査」にも出てきましたが、人生が長くなると思うと、一番最初に心配になるのはお金のことなんですよね。この有形資産はすごく大事です。もちろん大事なんですけれども、お金さえあれば「人生100年時代」はもう安心なのかというとそうではない。

それは先ほどのマインド調査の後半にもあったように、貯蓄とか投資とかっていうことをちゃんとやってますよという人も、それによってワクワク派が増えてるわけじゃないんですね。つまりお金があってもワクワクはしないんです。ということで、実はワクワクする人生を送るためには、お金も大事なんだけども無形資産に目を向けるべきだというのが、もう1つの大きなメッセージです。

「LIFE SHIFT」で取り上げられている無形資産は、「生産性資産」「活力資産」「変身資産」の3つです。この中でも私たちは、「変身資産」という3つ目の資産に着目しました。

「生産性資産」というのは、今まさにリスクリングと言われている、仕事の生産性を高めるための資産ですね。これは非常にわかりやすいですよね。

そして「活力資産」というのは、肉体的、精神的な健康と幸福ということなんで、長生きしても健康じゃないと意味がないし、家族とか友人とのリレーションシップがなければ、ひとりぼっちで長生きしてもしょうがない。これもわかりやすいですよね。

3つ目の「変身資産」っていうのはちょっとわかりにくい。これを私たちは「変わるチカラ」と呼んでいます。今までのキャリア論の中では、キャリアというのは「いつか最後は完成するもんだ」みたいな感覚の議論が、けっこう多かった時代もあったんですけれども、今は先が見通せないVUCAの時代になり、AIとロボットがガンガン出てきて、ChatGPTも出てきて、未来はどうなるんだろうなと、いろんな不安がまた新しく出てきてると思うんですね。

キャリアについていえば、遠い未来にキャリアの完成形をイメージして、そこからバックキャストしてそこに向かっていくんだと考えることは、今は実はすごく難しくなっている。そういう時代になってしまったと思うんですね。

ですから、そういうキャリアの捉え方ではなく、キャリアというのは、今この瞬間からどんどん変えていくんだという考え方が大切になって来ていると思います。そのために、「変わるチカラ」が大事になっていくんだと思っています。そうした考えのもとで、「変身資産」というものが、これからのキャリアを考える時の非常に大きなファクターになるんじゃないかと思っています。

50歳から“変身”したロールモデル

ここで少しロールモデルの紹介をしたいと思います。例えばこの『実践!50歳からのライフシフト術』という本で取り上げた方々は、だいたい50歳ぐらいまでは、新卒で入った会社で仕事をしていました。

50歳くらいからいろいろ悩み、心が騒ぎ始めて、いろいろな道に転身をしていかれた方々が出てくるわけですけれども、そういう方々も、多くの方は60歳の定年まで勤め上げた上で、さらにその先のキャリアを自分で作っている。

例えばこの山際さんは、定年まで銀行員だったけど、そのあとはキャリアカウンセラーとして、若い人のキャリア支援をする道を選ばれたっていう方もいらっしゃれば、この古田さんは、カネボウという会社を早期退職して、一度、起業をして大失敗をするんだけども、その後、自分が一番好きだった犬の散歩がビジネスになったというおもしろいロールモデルです。

「愛犬のお散歩屋さん」っていうビジネスを始めたところ、とても話題になって、一時はフランチャイズ展開するまでに成長した。70代後半で取材させていただいた時もまだ元気に犬の散歩をされていて、こんな人生もあるんだなってびっくりしました。

そしてこの藤田さん。この方は50歳の時に偶然見た新聞記事で、福祉美容っていうのがこの世の中にあるんだということを知った。それによって、例えば認知症の高齢者がすごく元気になる。これはいいな、おもしろいなと思って、彼は50歳の時にそのことに気がついた。

そして、ここからがすごいんですが、それから美容学校に通って、56歳の時に美容師の資格を取得した。もちろん、美容学校に行くと周りはもう若い人たちばかりなんですね。唯一の50代みたいな環境で勉強をして、資格を取って、60歳で美容室を開業する、こんなことも実はできるんですね。この方はもともと富士通の方でした。

続いてご紹介する髙田さんは、60歳で定年した後に、待機児童問題というニュースを見て、この問題になにか自分も役に立ちたいなと思って、65歳で保育士になった。そんな方もいるんですね。次の方は、最近ちょっと有名な若宮さんですね。

先日、久し振りにお会いしましたが、88歳になられているんですが、本当にお元気でした。三菱銀行を定年退職するときにパソコンを買って、そこからデジタルクリエイターになりました。今はもう全国を飛び回って講演会をやられています。

そしてこの谷川さんのように商社を卒業したあとに、東南アジアに学校を作るっていうNPOでがんばっている。

ライフシフトの5つの法則

実にさまざまな方がいらっしゃいます。私たちライフシフト・ジャパンでは、こうした多くのライフシフターへのインタビューを通じて紡ぎ出した「ライフシフトの法則」というフレームワークを活用して、ワークショップや1on1ダイアログを提供しています。今日は時間がないので、駆け足で簡単にご紹介をしておきます。

まず、第1法則は「5つのステージを通る」。これは、ライフシフトのプロセスを表しています。

最初のステージは、「心が騒ぐ」ステージ。このままでいいのかな、なんか今までのままじゃいけない気がする、みたいに「心が騒ぐ」というのが、ライフシフトの最初の起点なんですね。みなさんも今、心が騒いでいる感覚があるでしょうか。

ライフシフトを実践するために、次に大事なことは、心が騒いだ状態のままで放っておかないで、その原因を探す「旅に出る」ステージ。 これは何か新しいアクションを起こすということなんですけれども、これがとても大事なポイントです。

そして、そんなアクションをしている中で、ライフシフターの皆さんは、どこかで「自分と出会う」ステージに進みます。自分がどうなりたいか、自分の「ありたい姿」を見つけるステージで、そうした「ありたい姿」は、実は自分の中にあったということなんですね。

それが見つかると、ライフシフターの人たちはものすごい勢いでインプットを始めます。「学びつくす」ステージと名づけました。そして、しばらくすると「主人公になる」ステージに辿り着きます。「ありたい自分」にたどり着くということですね。

そして、ライフシフトというのは、一度、「主人公になる」ステージでゴールにたどり着いたとしても、またしばらくすると「心が騒ぎ」始め、「旅に出る」という、この5つのステージを何回も何回も回し続けていくのがライフシフトということなんじゃないかなと感じています。これは数多くのライフシフターの方々のお話をお聞きしながら、この円環の感じを掴んできたということなんですけれども、これが第1法則です。

机に向かって考えていても、ライフシフトは起きない

そして第2法則は、「旅の仲間と交わる」。みなさんにも多くの人生の旅の仲間がいらっしゃるでしょうか。もしかすると今日この場に集まったみなさんも、新しい旅の仲間かもしれませんね。今日はちょっと時間がないので、1つずつはご説明しませんが、「使者」「師」「支援者」「友だち」「寄贈者」「預言者」「門番」。私たちは、ライフシフターのストーリーから、この7つのキャラクターを紡ぎ出しました。

1つだけご紹介しておくと、使者というのは、自分自身がどうなりたいかということ、ライフシフトの目的地の気づきを与えてくれるキャラクターです。もちろん、親しい友人だったり家族だったりするケースもあるし、時には1冊の本だったりすることもあります。

例えば私の場合で言えば、『LIFE SHIFT』という本に58歳の時に出会ったわけですけども、この本は、私にとっての使者だったんですね。この本を読んで、インスパイアされたことを受けて、私は、ライフシフト・ジャパンというプロジェクトを立ち上げました。

そんなことが人生にはいろんな機会で起きてくる。そんな変化を起こす7つのキャラクターが「旅の仲間」です。みなさん自身にも、今までの人生の中でいろんな旅の仲間がいたと思いますし、これからもいろんな旅の仲間に出会っていくと思いますそんな人たちとの交わりの中で、ライフシフトというのは進んでいく。

つまり1人でじっと机に向かって考えていても、ライフシフトは起きないんですね。何か実際に行動を起こし、多くの「旅の仲間」と交わること。それがすごく大事なことだと思います。そういう意味で、「旅に出る」というアクションが非常に重要なキーワードになってくるわけです。

ライフシフトの本質は「価値軸」の変化

そして第3法則は、「自分の価値軸に気づく」。ライフシフトの本質というのは、価値軸の変化とも言えるんですね。私たちはワークショップの中では、「これから、何を大事に生きていきたいと思いますか?」ということを問い掛けています。

その答えは、当然、一人ひとり千差万別、自分なりの想いがあると思うんですが、これを共通のフレームワークとして議論するために、私たちは「社会価値」「個性価値」「生活価値」という3つの領域の中に、18個の価値軸を設定しています。

ワークショップでは、ここで「これまでの人生で大事にしていた価値軸」と「これからの人生で大事にしたい価値軸」を考えてもらっています。「これまで」と「これから」の間でちょっとした変化が生まれてくるんですね。

例えば、「これまで」は「社会に貢献」とか、「誰かのために」といった社会価値を大事にしてきたけれど、これからはもう少し「自分らしく」「夢中になれる」個性価値も大事にしたいなといった、そんな変化が出てきます。そして、その変化の理由をリフレクション(内省)することで、これからの人生を考える起点が見えてくると思います。ライフシフトの本質は、こうした価値軸の変化なんですね。

そして第4法則、いよいよ「変身資産」が出てきます。私たちはこの「変身資産」に着目をして、「変身資産アセスメント」というツールを開発しました。

この「変身資産アセスメント」を開発するプロセスで、「変わるチカラ」というものには、変化を前に進める力と変化を押しとどめる力があるということに気付き、それを「心のアクセル」と「心のブレーキ」という表現でまとめました。

「心のアクセル」は、変化を前に進める力ですね。例えば、画面の左上には「違和感センサー」というのがあります。「なにか今のままではいけないんじゃないか?」みたいな、そんなセンサーが今、機能していますかという、そんな意味合いでこうしたワーディングの項目を立てています。

次に「心のブレーキ」。例えば画面の左上には「年齢バイアス」というブレーキがあります。これは「もうこの年になって、新しいことなんかできない」といった感覚です。そういう感覚が強過ぎると新しいチャレンジは出来なくなるという意味です。

次に「ノットリリース」。これはラグビー用語ですけども、今まで手に入れた地位とか名誉とか資産とか、そういうものを手放したくない、守りたいという気持ち。こういう感覚が強過ぎると、やはり新しい変化を起こすのは難しくなる。

長い人生の中で、例えば定年まで勤め上げて、そレまでに手に入れたものがあったとしても、もしかするとその一部を手放してでも、新しいことにチャレンジするっていうことが、これからは必要かもしれない。そんなことを考えてもらうきっかけになるかもしれません。

アクセルとブレーキという視点で捉えていく「変身資産」

今日はちょっと時間がないので、お聞きする時間がちょっと少ないんですけども、この10個の心のアクセル」の項目を見て、「この項目は自信があるな」「この項目は自分にはたぶん身についてると思う」と考えていただくだけでも面白いと思います。

そして、「心のブレーキ」。「このブレーキ、ちょっとやばいかな」「このブレーキ、自分にもありそうだな」という感じでチェックしてみると、いかがですか?

アクセルとブレーキという言葉から、アクセルが大きくて、ブレーキが小さい方がいいんだろうなと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、一概にそうとも言えなくて、アクセルにもブレーキには、それぞれ意味があります。

例えば、このアセスメントの開発の途中で、ある自動車メーカーの方に、「速い車を作る時は、まず先に強いブレーキ作る」というお話をお聞きしました。つまり、しっかり制御する力がないと速く走れないわけですから、そういう意味でブレーキにも大切な要素がある。

また、オートマチックの車を想像していただくと、ブレーキをちょっと離すだけで車は前に進みますよね。つまり今、自分にはこういうブレーキがあるということを、ちゃんと理解していれば、何か変化に向かう時に、そのブレーキをちょっと緩めるだけで前に進めるんだという、そんな気づきにもつながっていくということで、一概にブレーキがマイナスということでもないとお話させていただいています。

このアクセルとブレーキという視点で捉えていく「変身資産」というものに、みなさんも、関心を持っていただくといいんじゃないかなと思います。もし今見ていただいている中で、「このアクセルは自信がある」「このブレーキちょっと心配だ」とかいう気づきがあれば、よろしければチャットにも書き込んで見てください。

「生きがい」とは何か

あと3分ぐらいなんで、最後にちょっとお土産話です。この「IKIGAI(生きがい)」っていう言葉をご存知でしょうか。当然ご存知だと思うんですけれども、アルファベット表記の「IKIGAI」について、最後に一言お話をさせてください。

この左側の本。英語で書かれたこの本(『IKIGAI』)が実は原書なんですね。これを日本語に訳したのが右の本「長寿ニッポン、幸せの秘密」です。

この本を書いたのは、エクトル・ガルシアさんというスペイン人なんですね。若い頃に日本に来て、エンジニアとして働いていたんだけれども、30代になった頃に、「自分はなぜここにいるんだろう? なぜ生きているのか?」みたいな、ちょっと哲学的な悩みを感じることがあったそうなんです。

そんな時に、日本というのは非常に長寿の国で、お年寄りもすごく元気に暮らしている。その秘密を知りたいと考えて、彼は日本中を旅して回ったそうです。そして、最後に長寿日本一、沖縄県の大宜味村というところにたどり着いて、そこに「生きがい十戒」というのがあることを知りました。

この「生きがい十戒」は、とてもよくできていて、私も好きなんですが、例えば「すっかり隠退してしまわず、常に活動的でいる」「穏やかに生活する」「満腹になるまで食べない」、なかなかいい言葉が続いているんですね。「微笑む」「自然に還る」「感謝する」「今、この時を生きる」。そして、一番最後に「自分の『生きがい』に従う」。

ガルシアさんは、この「生きがい」ってなんだろうと考えたわけです。実は欧米の言葉には「生きがい」という言葉はないらしいんですね。例えば、「means of life(人生の意味)」みたいな言葉はあるんだけど、「生きがい」という言葉はない。

人生100年時代のキャリア、「生きがい」をどう見つけるか

そこで、この「生きがい」を欧米人に理解してもらうために「生きがいチャート」というものをを作ったんですね。

それがこのチャートです。「好き」なことと「得意」なこと、ちょっと「お金」になって、「需要」がある、つまり人の役に立つってことですね。この4つの項目の重なった真ん中。これが生きがいなんだ。日本人はこの生きがいを持っているから、お年寄りも元気なんだっていうのが彼らの分析なんです。

これは私たちが普通に使う時の「生きがい」と意味合いとは、ちょっと違いますが、でもこのチャートもよくできていると思います。この生きがいをどう見つけるか。これも「人生100年時代のキャリア」ということを考えた時に、非常に参考になる言葉かなと感じました。

この「生きがい」を見つけるために、こんなシートを作ってみました。まず「好きなこと」はなんですか。時間を忘れて取り組めること、やっているだけでワクワクすること、お金払っててもやりたいと思える様なこと、そういうことは、ありますか?

そして得意なことってどんなことなんでしょう? これまで身につけてきたスキルとか、自信を持って提供できるもの。どんなものがありますか?

それをどんな人に提供すると喜ばれますか? どんな人を助けていきたいですか? そんなことも考えてみることも大事なんじゃないかと思います。

そして、その結果として、あなたはどんな報酬を得たいと思いますか? もちろん報酬っていうのは経済的な報酬もあるでしょう。でも一方で、お金には換算できないような精神的な報酬とか喜びとか、社会貢献みたいなことも、それもひとつの報酬ですよね。

こういう順番で考えていくと、「人生100年時代のキャリア」を考える、1つのフレームになるんじゃないかなというようなことも最近感じています。よく「これから何をしたらいいのかわからないんですよね」という人が、「じゃあどんなことやりたいんですか?」とお聞きすると、「とりあえず収入は1000万円欲しいんですよね」みたいな人がいる。

この様に報酬から考え始めてしまって、結果的に行き詰まっている。そうではなくて、「好き」とか「得意」から考えていって、それをどんな人に提供したいのか。その結果、どんな報酬が得たいのか。この順番で考えていくと、また違った未来が見えてくるのではないかというのが、私の最後のお土産話でした。

人生の真ん中に「幸せ」を置いてマネジメントしていく

今まではこの仕事中心、日本もみなさんもそういう時期もあったと思います。この20年ぐらい、日本ではワーク・ライフ・バランスということを散々議論されてきて、働き方改革で「長時間労働をやめて、ライフの時間を増やしましょう」みたいなことを言ってきているわけですが、これからは自分の人生のハピネス、幸せっていうのを真ん中に置いて、いろんなことをマネジメントしていく。これも1つのSelf-Employmentじゃないかなと思うんですが、こんなことを考えてはいってはどうかなと思っているところです。

そして、こういうことをみなさんと一緒に考えるワークショップ「LIFE SHIFT JOURNEY」を毎月、開催しています。もし興味持っていただける方がいらっしゃれば、ぜひご参加いただけるとうれしく思います。

ということで、私の話はここまでにさせていただきたいと思います。「キャリアの夏フェス」は、まだまだ、多くの魅力的な講師陣が続いてきますので、ぜひご参加ください。では今日のセミナーは以上で終わりたいと思います。

ご清聴、ありがとうございました!