30年後の未来を設定する「MTP」の概念

堀田創氏(以下、堀田):植野さんもMTP(野心的な革新目標)の具体的な事例などを企業の方々と話したりしました?

植野大輔氏(以下、植野):やっていますけど難しいですよね。1つは、やはり日本企業の経営トップの方は、任期がだいたい2年周期の2回転か3回転で、計4年、または6年じゃないですか。だから約4年から6年先、中期経営計画2回分ぐらいしか見ていないんですよね。

それでMTPと言われても「いや、30年先のそこに自分はいないし」と思ったり。どうしても、今の延長線上で、競合他社をベンチマークしながら、20パーセント成長ぐらいでカーブを作って、3年後、5年後、6年後あたりに成長ゴールと設定する企業が多いですよね。

MTP不在な中、3~6年先に、後づけでちょっとふわっとしたビジョンやパーパスを無理やりつけてしまうから、臨場感がないのかなという感じもします。MTPは難しいですね。「本当にそのとおりだよ」と多くの経営トップも言ってくれるんですが、「(MTPを)どうやって描くの?」と聞かれますね。

堀田:MTPという概念が、まさに30年後の未来を設定する作業になるんです。僕がすごく思うのが、「MTPをやってみよう」と30年後の図を描いてみることは、もしかしたらけっこうできるかもしれない。

けれども、サブタイトルにも書いてあるんですが、この本のメインのメッセージは「未来に没入する」ことがすごく大事で。「その未来が本当に来る」と確信している状態なのか。(または)そこの未来に僕らはいないけれど「そこを目指していこう」と思うのか。それで大きな違いが出るよというのが、メインのメッセージの……。

『トランスフォーメーション思考 未来に没入して個人と組織を変革する』

世の中が不安定になると、短期思考になっていく

植野:未来にどれだけ没入感や臨場感を抱けるか。この「未来に臨場感」というのは本当にキーワードですね。いろいろな人から「あっ、なんかわかった気がする」「そうだよね、臨場感だよね」と言われます。

要するになんで自分たちのビジョンを心から信じてがんばれないのか。臨場感がなくて乾いた言葉、他人ごとのこぎれいな言葉、牧歌的で現実的じゃない、ある意味、カジュアルなイラストのようになってしまうと、「なにがなんでもその世界が来るんだ」という確信や没入は抱けませんね。

堀田:そうですね。そこまで作り込むのが重要です。それが第1章で書いたことで、いまだにけっこう妥当な議論だなと思っています。なんか今日本がすごくおもしろい状況にあるなと思ったのが……。

植野:そうですね。1周回って周回遅れの先頭集団になったみたいな感じですね。

堀田:そうなんですよね。世の中がけっこう不景気、不安定になってきている状況にあると。不安定になると、だんだん人間というか世界中が、短期思考になっていくんですね。金融の世界でいうと、めちゃくちゃマルチプルが出ているのは長期思考なわけじゃないですか。「長期で、もっと伸びるに違いない」と思って……。

植野:成長曲線が見えているから、伸びるに違いないとね。

堀田:去年ディープテック系の銘柄が軒並み時価総額を落とすことが起きて、長期思考を止めたほうがいいんじゃないかとなっているわけですね。

植野:目の前でフリーキャッシュが出ている会社が手堅くて評価されるという今のフェーズですよね。

堀田:そうなんですよね。

目線を少し伸ばすだけで、日本が「MTP大国」になる可能性も

堀田:この本を出版した頃は長期思考が起きていて、出版から半年ぐらいの間に、長期思考をやめたほうがいいんじゃないかという社会的なブームが(起きている)。言うのは問題なので、「長期思考はやめたほうがいいんじゃないか」とは誰も言わないんですけど。

でも「とはいえ僕は短期が見たいです」という人がすごく増えて、レイオフなどが世界中で起きたり、「新規事業をやるぐらいだったら目先の利益優先で」ということが起きたり。ファンダメンタルがめちゃくちゃ短期思考に寄っていっている。日本の大企業たちのレジリエンス能力は高いなと思っています。

世界中で大企業が軒並みビビリ倒してレイオフをしまくっている中で、これからの成長戦略をどうするか。3年先を描いて中計を書きたくなっているのは、意外と未来思考なんじゃないかと、僕は逆に思い始めましたね。

植野:相対的に見て今の世界的な風潮でいくと、みんな単年度のことしか考えていないのに3年、5年をやっと重い腰を上げて考え始めただけでも、相対的には長期思考をしているんじゃないかと。

堀田:そうそう。

植野:おもしろいですね。

堀田:それをちょっと延長して10年ぐらいにするだけでも、実は日本はMTP大国になるかもしれない。これからいつ不景気になるかわからないと言われている中で、MTP大国の日本になる可能性がちょっとあったりするんじゃないかなというのが……。

3年では会社は変われないから、「7年後を描きなさい」

植野:いや、本では30年先の未来と書いているじゃないですか。よく「植野さんは30年先が見えているんですか」と言われてギクっとして、「いや、ちょっと見えていたりする部分と、まったくわからない部分もあるんです」と(答えるんですが)。

僕はいろいろな企業で変革の経営トップ向けのDX、トランスフォーメーションのアドバイザリーをやっている中で、すごく現実的なことを言うと……。

これは本に書いていないし、「お前ら、言っていることが違うじゃないか」になると嫌なんですけど、マジックナンバーは7年。「7年後を描きなさい」と、僕は仕事では言ってます。3年じゃ会社はそんなに変わりきれないんですよ。例えば離職率、退職率が15パーセントぐらいにすると、これは僕はすごく良い数字だと思っていて。

ある新規事業開発に長けた数兆円企業は、は12パーセントから15パーセントぐらいの離職率を意図的にセットしているんです。15パーセントであると、7年で人が入れ替わるんですよね。ちょうど7年ごと、まったく人が入れ替わった新しい別の会社にトランスフォーメーション、生まれ変われるんですよ。

3年で人材を入れ替えて、まったく別の会社に変えようと思ったら30パーセントぐらいの離職率になるので、さすがに3人に1人が毎年辞めていたら業務が回らないですからね。

だから7年ぐらいで別の会社に生まれ変わりにいくのが(いい)。経営者として次の社長の後任、経営体制の後任や人事も含めて捉えておく意味では、特に3年の中計大好き日本企業には、7年がはまる数字なんじゃないかと思っています。

堀田:いいですね、ちょうど中間を取りにいっている感じですね。

植野:中間を取りに、はい。

「未来に臨場感をもつ」のはすごく難しい

堀田:ちょっと次のページにいきますか。

植野:いきましょう。先に話しちゃいますけど、まさに2章のタイトルは「未来に臨場感をもつ」。

堀田:そうですね。この2章がすごく鍵だし、ここが難しいんだなといまだに思っています。あとでお話しするChatGPTをどうやって使うかも、ここに絡むんですけど。

やっぱり「未来に臨場感をもつ」のはすごく難しい。臨場感とは、24時間の中で自分がどれだけ何に没入しているのか、関わっているかの相場になってくる。例えば目の前のお客さんと90パーセント目の前の話をしていたら、どうがんばってもなかなか未来に臨場感は抱けないんですよね。

目の前の話に臨場感がいっちゃうので。けっこう強制的に臨場感を未来に動かすタイミングがなきゃいけない。だからabundance360(Xプライズ財団CEOで連続起業家のピーター・H・ディアマンテス氏が、2012年から2025年までの開催を宣言して主催するクローズド・コミュニティ)がすごくいいのは、1週間あれをさせられ続けるところですよね。

植野:そうですね。本当に海辺の何もないリゾートのホテルに軟禁されて、周りは海と崖しかない。その中でエリック・シュミットやさまざまなサイエンティストが来て、ひたすら未来の話を浴びせまくるという。そうすると、日本から業務連絡が来ても無視しちゃいますし(笑)。本当に「どうでもいいな」になっちゃいますよね。

堀田:例えばあのカンファレンスの中の一例ですけど、「5年後にはプログラマーなんて存在しないんです」と。ピーター・H・ディアマンディスからそこにいるAIの人たちが全員「そうだよね」と言う。

植野:みんな言っていましたよね。

堀田:それが300人ぐらいの共通理解になっちゃうので、ある意味同調圧力ですよね。もうこっちも思っちゃうみたいな。

「この世界、5年以内にプログラマーはいなくなるのか」と日本に持ち帰る。ソフトウェアやデベロッパーのキャリアプランの話の中で「この人たちのキャリアがなくなるんじゃないかな」と思うと、「どうキャリアを積んでいけばいいですか」の質問の答えが変わるんですよね。

3Dプリンターだけで作ったロボットが打ち上がる時代に

堀田:「もうコード力とかどうでもいいです」となっちゃうけど、そこに触れていない人からすると、「いやいや、とはいえ、やっぱりスキルは大事じゃないですか」という。そこにギャップが(ある)。

「未来に臨場感をもつ」にはやはり4~5日間ぐらいは必要で、そこに行くと「あれ、この人たちは、何の話をしているんだろう」ぐらいの常識のズレが発生する。日本でエンジニアのキャリアについて言っている人に「いや、エンジニアにキャリアなんかないです」というような。

そこまで僕はもう常識が入れ替わっているんですが、この入れ替えができるかどうかがポイントだと思うんですよね。3時間考えるだけではレベルが足りないなとすごく思いました。

植野:なるほど。僕はこの前堀田さんとも現地でお会いしましたけど、abundance360で3日目、4日目の夜かな。ラウンジでちょっとワインを飲んで、みんなでワイワイ盛り上がっていたら、テレビの画面を見ながらけっこう人だかりができていて。見たらロケットの打ち上げをやっているんですね。

日本はこの前H3ロケットの打ち上げが駄目でしたけど。ロケットの打ち上げはすごい機会だといっても、今は1年に1回か2年に1回ぐらいあるのじゃないですか。なんでこんなに盛り上がっているんだろうと思ったら、なんと3Dプリンティングだけで作ったロケットが打ち上がっていた。聞いて「えっ!?」みたいな感じで。

日本にいるとまったくそんな話もないし、それで盛り上がっている人は周りに誰もいない。そういう未来思考の人たちと盛り上がっていると、「あぁなんかもう、本当に世の中が変わるんだな」と、真実になりますね。

堀田:そうなんですよね。だから2章でいろいろ書いたんですけど、「abundanceのような未来のところに1週間行く」というのが一番早いんじゃないかと思って。本に書いときゃよかったなと若干思いましたね。

植野:後半では、臨場感を高めるためにどういうものに接点を持つかを、けっこう書いていたかなと思うんですけど。

堀田:そうですね。

「未来思考が強い経営者ほど情報収集に貪欲」

植野:堀田さんは「臨場感投資が大事なんだ」とおもしろいことを言っていましたよね。「未来を見たかったら、未来の臨場感を沸き立たせるものにお金と時間を投資するんだ」と。

すごく良い言葉だなと思って。私もこの1週間日本を離れて、海辺でひたすらセッションを聞いていましたが、1週間仕事が止まるので帰ってくると地獄の思いをするんですが、それでもやはり臨場感投資。

今飛行機(代)もけっこう高いですし、なにより円安でびっくりするぐらい、もう泣きたくなるぐらい米国は物価が高い。余談ですけど、免税品店に行って「高っ!」と思って、初めてなにも買わずに帰ってくる経験をしました。それでも(臨場感に)投資するということですね。

堀田:そうですね。

植野:2章がけっこう理論的というか専門的な話で、3章が一気にメソドロジー(方法論)的な感じになっていて、おもしろいですよね。

堀田:そうですね。どうしていけばいいかという話がステップバイステップであると作りやすいかなと。その中の1個に「未来思考が強い経営者ほど情報収集に貪欲」と書いたんですが、「未来に浸かる体験」をずっとしている感じがいいなと。

あともう1つ、シンギュラリティ大学で未来思考専門のエグゼクティブプログラムがあって、abundance360はそこのバックエンドのコミュニティになっています。シンギュラリティ大学のプログラムなので、企業経営者やMBAの人たちが本当にたくさん来るんです。その中で「なんて小さいんだ」とずっとあおられ続ける尋問のようなブレスト大会が起きまして。

「どんなもっとすごいことが起きるんだ」とずっと聞かれ続け、それも5日間ぐらいあったと思うんです。最終日にはでっかいことばっかりを口に出す人間に変わっているという。こういうところに来る人は思想が好きな内向的な人が多くて、最初はけっこう現実的なことを言う人が多いんですよね。

植野:へぇ、意外ですね。

堀田:だけど、5日目にはもう「でかいことを言えばいいや」とみんなが思い始める。すごく印象的でしたね。

植野:さっきの話の繰り返しになるかもしれませんが、ポイントは日常がどれだけ恐ろしくて、スティック(固定)されて引きずり込まれているかを自覚すること。そして日常を離れ、可能であれば同調圧力的なものを意図的に使う。日常の同調圧力じゃなくて、非日常の同調圧力を使う。その場に行くためのお金と時間をケチらない。そんなところなんですかね。