客観性にこだわりすぎた評価シートの問題点

徳留慶太郎氏(以下、徳留):「好き嫌いではなくて公平に客観的に見よう」というのが、人事評価の一方の大きな主流とまでは言いませんが、現代では非常に一般的だと思いますが、この考え方はどうなんでしょう? 公平に評価する、全員が納得するような人事評価は作れないものなのでしょうか。

白潟敏朗氏(以下、白潟):まず、全員が納得するのはあり得ないと思いますよね。「公平」と「客観」で、私は客観が一番嫌いです。

徳留:客観が嫌いなのですね。

白潟:客観にすればするほど、最悪の人事評価シートになるんですよね。これは本にも書いていますが、私自身が30歳から33歳くらいの3年間、当時の私の人事評価コンサルのお客さまには申し訳ないと謝るしかないんですけど、客観にこだわりすぎて最高に精緻な評価がシートできたんです。

まず運用できないですし、客観的に細かくすればするほど、ある意味粗探しがしやすくなるんですよね。なので、社員からはより文句が出るんですよ。

所詮、人事評価って、受け止める社員が納得するか・しないかは主観じゃないですか。相手方が主観なので、逆側の経営側が客観である必要性はほぼないんじゃないかなと思います。

徳留:なるほど。

「何を評価するか」より「誰が評価するか」が大事

徳留:客観はそもそも不可能だし、特に中小ベンチャー企業の場合だと、逆に客観的に評価できると考えること自体がおこがましいと言いますか(笑)。

白潟:そうですね。もちろん私どもの会社の昇格要件の中にも、「コンサルタントがレベル1からレベル2になる時には、1,000万円くらい稼ぐ力がある」とか、ある意味数字で出しているので、一部は客観の部分があると思います。ですが、すべてを客観にしようとした瞬間に(人事評価制度は)壊れます。

これは私もたくさん経験しているのですが、それよりも、「〇〇マネージャーには評価されたくない」「〇〇課長に評価されるんだったら死んだ方がマシだ」という社員のトークがある評価者ほど、社長が何とかしないといけないですよね。絶対に納得感がないですから。

「何を評価するか」よりも、「誰が評価するか」のほうが極めて大事ですね。そこの力加減の配分が、世の中的にズレているなと思うんですよね。

徳留:「360度評価」と言われますが、余計に客観的にやろうと思って、リーダーやそれぞれの立場からそういう評価をしても、自分が納得できない相手に評価されれば、モチベーションはますます下がることになると。

白潟:本当にそのとおりです。制度を整備すればするほど、モチベーションがどんどん下がっていく。

徳留:ゼロからどんどんマイナスになるというイメージですね。

白潟:そうなんです。単純に、ダメな課長に評価権限を与えないだけで納得感が高まるんですよ。うちのお客さまはそんなイメージです。

徳留:なるほど。

中小ベンチャーにおけるMVVの重要性

徳留:人事評価制度、特に人事評価シートは私も何回か作ったことがあります。本書にもあるのですが、特に5段階評価だと、どうやって「1、2、3、4、5」と区分けするんだろうとよく悩みます(笑)。

白潟:そうですね。3と4と、2と3の違いを議論する意味はほぼないんですよね。3段階にしたら、全部3ですからね。

徳留:(笑)。

白潟:1と5がたまにあれば、等級金額に差はつけられるので、中小ベンチャー企業だったらほぼ意味がないと思うんですけどね。

徳留:そういう意味からも、客観的に評価するのには限度がある。(話が)戻りますが、それ故に「好き嫌い」という主観がむしろ大事になってきている。

白潟:そうですね。

徳留:特にその主観の中で、社長の好き嫌いのもとになる「なぜこの会社を作っているのか」「なぜこの会社は存続しているのか」といった企業理念・行動指針・MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を、特に中小ベンチャー企業の社長はしっかりと自分の中で問いただして、言葉にすることが大事ということですかね。

白潟:そうですね。

企業理念を3つのポイントで自己評価

白潟:それはすごく大事なのですが、10人以下の会社でMVVを言語化・文書化している会社は少ないのですよね。

逆に10人以上になってくると、企業理念を言語化している会社はたくさんあるのですが、理念に社長の気持ちが1ミリも入っていないケースがあります。これは本にないので、ぜひみなさんにも共有させてもらいたいと思います。

私どもが社長にお会いした時に、「ホームページに立派な企業理念・ミッションが載っていますね。こちらで自己評価していただいてもいいですか?」と言って評価してもらうんですね。

徳留社長も、すばる舎さんの企業理念がこの1、2、3でどうか、一緒にご評価いただけたらと思います。

「うちの会社は何のために存在しているのか? その答えが企業理念・ミッションに記載されているかどうか?」「企業理念・ミッションは、社長の命をささげるに値するかどうか」「企業理念・ミッションを社長は永遠に追求し続けることができるかどうか」。

この3つをイエス・ノーで答えてもらっているのですが、3つともイエスの会社は少ないです。なので、企業理念・ミッションを改訂しましょうというところから入るんですね。改訂して3つがイエスになった瞬間に、それは本当に究極の憲法ですからね。

徳留:そうですね。弊社も考えないといけないですけどね(笑)。

白潟:(笑)。

すばる舎の企業理念に込められた思い

徳留:個人的なお話で申し訳ないのですが、弊社のオーナーはちょうど2年前の6月5日が命日です。その時からの創業で、(企業理念も)とてもわかりやすい言葉なのですが、一言で「ワクワク出版、すばる舎」という言葉を僕が作ったんですね。

白潟:いいですね。めちゃくちゃわかりやすいですね。

徳留:わかりやすいです。「社員一人ひとりの知恵を結集して、脳みそに汗をかいて、すばらしい一冊一冊の本を目指していこう。挑戦する出版社を目指します。できないとは言いません。どうやるといいかを考えます」と(笑)。

白潟:すごい。魂が入っていますね。

徳留:それが全部ホームページに書いてあるんです。さっきの話に戻りますが、実践できているかどうかというのは、社長の好き嫌いと言いますか、そういうリスクを追ってでも挑戦していきたい。

白潟:そうですね。

徳留:実を言うと、弊社は小さい出版社です。しかし小さい出版社であっても、時代の一翼を担うような会社になりたいという思いがこの会社にあるのは、とてもありがたいと思っています。

白潟:そうですよね。かなり、社長の命を捧げるに値する企業理念・ミッションですね。

徳留:とてもわかりやすい言葉と言いますか、それは大事にしていきたいと思いますね。

そもそも「評価すること」自体が難しい

徳留:「企業理念に賛同できるか」どうかというのは、とても大事になってくるということですよね。

白潟:社長はそういう社員が一番好きですからね。「社長の好き嫌い人事」と言っているのは、「そういう人が評価されればいいんじゃないですか?」ということだけなんですけどね。

それでも、「感情的な好き嫌い」と誤解する社員の人は多いですが、世の中の社長は、自分との性格の一致や相性よりも、「本当に企業理念に賛同してくれているのか」「成果を出して会社に貢献してくれているか」とかを重視しています。そういう社員が、社長は好きですからね。

徳留:そうですね。

白潟:そういう人を評価することは、めちゃくちゃ正しいんじゃないかなと思いますけどね(笑)。

徳留:(笑)。本当に。なので、話が行ったり来たりになってしまうのですが、やはりそれくらい評価すること自体が難しいということなんですよね。

白潟:そうですね。

徳留:ありがとうございます。

MVVの肝は「社長の譲れない単語が入っているかどうか」

徳留:ちょうど今、企業理念や行動指針、ビジョン、バリューの話をしていただきましたが、客観的になるのがなかなか難しい「人事評価シート」の話に戻ります。

人事評価シートはあったらあったで、正しく運用できれば人事評価にも力を発揮すると思います。でも、「鶏が先か、卵が先か」ですが、「人事評価シートがあって」というよりも、まずは社長のMVVがある。人事評価シートは、そこにひもづいてこそ機能すると考えたほうがよいのでしょうか?

白潟:そうですね。やはり、ミッション・ビジョン・バリューが肝だと思いますので、かたちだけとか、キャッチコピー的にかっこいいとか、イケているとか、尖っているとかではなく。

私はいつも申し上げるんですけど、「社長の譲れない単語が入っているかどうか」なんですよね。先ほどの、徳留社長の先代が作られた企業理念・ミッションは、先代の譲れない単語が入っていますよね。

徳留:満載で入っていますね(笑)。

白潟:そうですよね。なので、日頃から口癖になっていらっしゃいませんでしたか?

徳留:そうですね。

白潟:社長の口癖になってくると、本当に現場まで浸透するので、結果的にそれで評価されるというのは、ある意味わかりやすいですよね。

徳留:はい。ありがとうございます。

人事評価における「好き嫌い」の真意

徳留:そうは言っても、「好き嫌い」というのを、社員のみなさんになかなかわかっていただけないんじゃないかな? というのもありますけど(笑)。

白潟:そうですね。だから「好き嫌いで評価する」という言葉は、社員には言わないほうがいいと思うんですよね。

徳留:(笑)。

白潟:意味的には「好き嫌い」ですけど、内容的には先ほどお話ししたように、「社長が好きな人はこういう人だよ」「こういう人を評価します」ということで、(社員数が)20人を超えたら文書化・言語化したほうがいいと思いますけどね。

徳留:そうすると、直截的な好き嫌いという表現をしなかったとしても、「自分はやはりそれで決めるんだ」と腹をくくって、社長自身はそれを堂々と元にして人事評価をしたほうが、会社の実態により即した評価ができる。「むしろ社長が堂々と好き嫌いでやりなさい」ということでよいのでしょうかね(笑)。

白潟:そうですね、社長に対してはそれでいいと思います。ただし、社長が社員に言う時だけ、その言葉を使わないようにというのが留意事項ですかね。

徳留:わかりました。ありがとうございます。

社員は「育てる」ものというより「育つ」もの

徳留:先ほどもありましたが、本書には「社長のミッション・ビジョン・バリュー、企業理念や行動指針を中心に人事評価を定めることが、会社の将来にとっていかに重要なことか」ということが、紙面にたくさん書かれています。

もう1回、自分たちの会社はどこに向かっていくのかを確認する。そして、それと人事をどう結びつけるのかが一番大事な部分だと思います。ですので、ぜひとも本書でその部分をしっかりと読んでいただければとてもうれしいです。

今は人事評価の話をしましたが、人事ですと、やはり「採用」とか「教育」ですよね。どう育てて・どう伸ばすかも、人事の大きな機能の1つです。

先ほど人事評価・人事評価シートの話を聞きましたが、人事評価が客観的であるのがなかなか難しいように、人を育てることに関しても、言葉は悪いんですけれども「人を育てる? そんなことできませんよ」とおっしゃっています(笑)。刺激的な言葉がたくさんあるので、そのあたりの真意もまたお聞きしたいと思います。

「人を育てるなんてことは、なかなか難しいですよね」という話を本書の中でされているのですが、そのことに関してもう少し深く掘り下げて、白潟先生にお話ししていただければと思います。

白潟:ありがとうございます。この本を書いた著者には恐縮ですが、『小さな会社は人事評価で人を育てなさい』という本があって、タイトルをキャッチーにという意図もあったのでしょうけど、やはり中小ベンチャー企業の社長をミスリードするなと思います。

おそらくどの社長も同じイメージだと思うのですが、「育てる」というよりも自ら育つ。育てるよりも「育つ」のほうが、実態なのではないかなとは思うんですよね。

部下の実力よりも“ちょっと上の仕事”を振る

白潟:じゃあ、育つために社長と上司は何をするのか。当たり前ですが、育つ環境を作ることですね。育つ環境の中で大きいのは、育つ仕事を与え続けることですよね。これが、簡単そうで簡単じゃないんですよね。

部下が未熟な状態であれば、「これやって、あれやって」で、未熟な部下もそんなに文句を言わないと思うんですけど、ある一定のレベルに達して仕事ができるようになってきたら、やはり同じ仕事だと飽きるじゃないですか。

徳留:はい。

白潟:なので、レベルの上の仕事をしたいが、実はその仕事をしているのはマネージャーだと。だったらマネージャーの仕事を任せてしまえばいいんですけど、「いやお前にはまだ早い」「お前がやったら失敗する」と言い続けて、レベルが高い仕事を与えない。

任せない結果、育つ環境がゼロなので現状維持止まり。さらに、同じ仕事ばっかりやったら飽きますから、モチベーションも下がってしまいますよね。

なので、絶えず部下を見て、今の実力よりもちょっと上のレベルの仕事を与え続けられるかどうか。こういうことのほうが、育つ本質だと思うんですよね。

人は思うように育てられない

白潟:唯一自分で育ったのに、最後に評価でマイナスをつけられるのはよくないので、そこではちゃんといい評価がもらえるというところで、人事評価は機能すると思うんです。手前の状態では、仕事で一番育つと思うのですね。そこをどうするかは、極めて重要なのではないかと思うんですよね。

徳留:「育てる」とか「育てられる」という言葉に含まれているニュアンスと言いますか、そもそも思うように人は育てられないということですよね。

白潟:そうですね。親が子供を育てられないのと同じですよね。

徳留:(笑)。

白潟:やはり、自分の考えや個性を持っていますからね。

徳留:そうですよね。言い方が悪いですが、「自分のコピーを育てよう」「まったく同じように育てよう」というふうにやってはいないと思うのですが……。

「育てられる」と考えても、どうやったって自分のコピーなんてできるわけないですしね。個性、能力、資質、生まれ持ったものや経験がぜんぜん違いますから、むしろ一人ひとりの強みとかを見て、そこが伸びるような環境をできるだけ用意してあげたり、チャレンジさせてあげる。

白潟:そうですね。

徳留:そこから、育つ人は育つ。それでも育たない人もいるかもしれないですが、そこは我々経営陣も、自分ごととして反省しなければならないのですけれども。