不機嫌の“感染力”の強さ

辻秀一氏(以下、辻):(企業の経営トップが挙げる、社員のご機嫌マネジメントを実施する4つの理由の)3つ目は、「元気・健康」。

病は気からで、機嫌が悪いのは病気の元です。我々が今、医療で克服できていない大きな4つの病気は、ガンと動脈硬化と感染症と認知症です。この4つを未だに人間は克服できてないですが、機嫌の悪さはこの4つすべてに悪い影響を与えます。

不機嫌でいると、NK細胞というガン免疫の活性が落ちて、ガンのリスクが上がります。機嫌が悪いと血管の内皮細胞の劣化が激しくなって、動脈硬化が確実に進みます。リンパ球の免疫力が落ちるので感染のリスクも高くなるし、脳の活性が悪くなるのでボケやすい。

労働生産性人口がすごく減っている今、会社はみんなに機嫌よくいてもらうことが、病気の最大の予防だと考えて、機嫌のいい人たちを増やしていくことを大事にする必要がありますね。

そして最後の4つ目は「人間関係」です。機嫌の悪さの“感染力”はコロナよりむちゃくちゃ強い。例えば、5人で会議をする時に1人でも機嫌の悪い人がそこにいると、みんな持っていかれて気になってしまいますよね。

みかん箱に1個腐ったみかんがあると、全部腐っていくのと同じように、不機嫌さはものすごくみんなを侵食してしまう。だから機嫌よくいることは、関係の質を高めるためにもすごく重要だし、心理的安全性の根本につながることだと考えて、機嫌よくいる組織、社会を作っていきましょう、と考えています。

機嫌の悪さが生む労働損失

私は機嫌よく、今からスラムダンクの事例も使いながら、自分で自分の機嫌を取ることの重要性を伝えます。自分で自分の機嫌を取ることが成熟だし、大人だと思っています。

赤ちゃんは自分で自分の機嫌が取れないですよね。自分で自分の機嫌を取れないから、泣いてお母さんに知らせてオムツを変えてもらうか、おっぱいをもらうまで機嫌が悪い。自分の機嫌をお母さんに委ねているから赤ちゃんです。

大人になっても自分の機嫌を取れないのは、大人のぬいぐるみを着た赤ちゃんです。厄介ですよね。「あ、部長機嫌悪ぃな」から始まる会社ありますからね。部長の機嫌を忖度しながら働いている。部長の機嫌のいい頃を見計らって報告する。この労働損失は計りしれないですよね。

自分の機嫌を自分で取るのは、上に立てば立つほど必要な能力だし、必要な義務だと私は思います。でも、大人になっても自分の機嫌が取れないで、不機嫌を撒き散らしているケースがたくさんある。それはスポーツでは勝てないですよね。

自分で自分の機嫌をとれる「非認知脳」の重要性

どうして人は不機嫌になるのか、どうしたら機嫌が良くなるのか。(スライドの)これは私がいつも描いてる図ですけど、私たちは脳と心でできた生命体で、体でそれを表現しています。私たちの脳はこの第1の脳である認知脳、cognitive brain functionで動いています。

私たちの脳はいつも、外界のことややらないといけないこと、結果のことを考えています。みなさんは仕事をしている時、頭の中に何がありますか? 外界の環境のこと、出来事の分析、人の評価、やらないといけないこと、そして結果のことだけを頭の中に詰め込みながら仕事していませんか。

それが仕事ですが、それは認知脳だけが働いている状態です。結果が出れば楽になる、自分のやりたい行動ができれば楽になる、環境が晴れれば楽になる、出来事が良ければ楽になる、あいつが動いてくれれば楽になる……と、外に依存しています。

その状態のことを私は「マインドレス状態」と呼んでいて、我々現代文明人はこの認知的な脳がものすごく暴走して、ノンフローな状態、ストレスを作っています。

携帯電話があるおかげで、私たちはますます外との接着性が高いですよね。ウクライナで何人亡くなって、どこどこでどんな災害があって……まで知っている。風呂や枕元にまで携帯を持ち込んでいますよね。

私はLINEに未読の赤いの(バッジ)がついているのが嫌で、さっき始まる前には未読の赤いのはなかったんですけど、もう10個バッジがついています。これを一つひとつ開けても、たぶん良いことは書いてないですよね。「これはどうしたらいいですか?」みたいな話ばっかりだと思うんです(笑)。

私たちの脳みそは休まっていないと言いたいんです。今サウナが流行っているのは、この携帯を置いて、認知が暴走しない環境を作って心を整えるという、現代の知恵のような気がします。

でも私の場合は、試合中に、オリンピックの会場でサウナに入れないですよね。自分で自分の機嫌をとれる力を大事にして、それを第2の脳と呼んでいます。「非認知脳」。私はそれをライフスキルと呼んで、アスリートやビジネスマン、経営者の方々の「ご機嫌合宿」でも、この自分で自分の機嫌をとる能力、赤い回路を育む訓練をします。

私たちは認知的に対応・対策・対処するのは得意ですよね。スポーツも対応・対策・対処の証しだし、勉強もビジネスもそう。対応・対策・対処ができる人が頭が良いと言われていますけど、自分で自分の機嫌をとる回路はまた別の能力です。このライフスキルを育んで、自分で自分の機嫌をとることを大事にしていきましょう、と教えています。

結果を残せるチームが備える、マネジメントの3つの階層

「ご機嫌マネジメント」で言えば、WBCはまさに(スライドの)私の3つの階層をしっかりやった典型的な例だと思います。セルフマネジメント=自分で自分の機嫌をとれる人。リーダーマネジメント=周りをご機嫌に導こうとする人。そして、チームマネジメント=組織にとってご機嫌が大切だと信念を持っているトップがいること。

機嫌が良いことを大事にするお父さんがいなかったら、その家はご機嫌にはならないですよね。会社もそうで、トップがご機嫌でいることに価値を持ち、それがビジネスでも成功していくんだと確信を持っていないといけない。

スポーツでもそうですよね。さっきの東洋大学のアイスホッケー部の監督は、「そういう状態であることが勝つことになるんだ」と信念を持って続けたので、最終的に結果が出るようになりました。

セルフマネジメント、リーダーマネジメント、チームマネジメント。大谷翔平は、自分で自分の機嫌をとる。ダルビッシュは、ちょっと機嫌が悪そうな人がいたらすぐに気づいて声掛けしていましたよね。栗山監督は、機嫌が良いチームこそが世界チャンピオンになるんだと確信を持って、まず自分がどんな状況でも機嫌良く接していましたよね。

スラムダンクで言えば、自分で自分の機嫌をとっている桜木花道。もちろん花道も完璧ではないですけれども。周りのご機嫌を導いていく木暮君、チームのご機嫌を作り出していく安西監督。

安西監督が監督じゃなかったら、桜木花道はたぶん3日でバスケをやめていると思いますね。3日でもし花道がやめていたら、あの歴史に残る山王工業戦は世の中には存在しないので、影の立役者はまさに安西監督だったと思います。

大谷翔平選手と八村塁選手の本棚にあった『スラムダンク勝理学』

安西監督も昔はブラックデビルだったんですよね。ホワイトブッダに変わったんですけど、昔はブラックのデビルだったんですよ。むちゃくちゃ追い込んで、人をノンフローな状態にしながら、気合いと根性で「苦しんでいればうまくいくんだ」と追い込んでいた人ですよね。

でもそれじゃあ選手は伸びないし、チームは勝てない。むしろみんなが嫌いになっていき、怪我をする。心が整っていないと、会社だと健康、スポーツだと怪我のリスクにもつながります。選手を怪我させたり、苦しめていたのに気づいて、安西監督はホワイトブッダに変わりました。

先ほど事務局からも言ってもらいましたけど、昔、高校時代に大谷翔平が読んでいた本の中に『スラムダンク勝理学』が入っていました。もう1つの自慢は、NBAで活躍している八村塁くんも私の『スラムダンク勝利学』を読んでくれていて。

「大谷翔平と八村塁の2人が読んだ本を書いているやつって、世の中には俺だけじゃねえかな」ってちょっと自慢しています。プチ自慢です(笑)。