CLOSE

JAXA研究員・久保勇貴さん×東大工学部・中須賀真一教授トークショー(全6記事)

将来役に立つかどうかより“今役に立つこと”をすればいい 東大教授が説く、宇宙開発から学んだ人生哲学

東大発オンラインメディア「UmeeT」で連載されていたエッセイ「宇宙を泳ぐ人」が書籍化され、著者である宇宙工学研究者の久保勇貴氏と、学生時代から久保氏を知る東京大学大学院工学系研究科の中須賀真一氏が、刊行記念イベントに登壇しました。若手研究者による宇宙工学エッセイ『ワンルームから宇宙をのぞく』の制作秘話などを明かします。本記事では、中須賀氏が研究に取り組む中で感じた“人生の教訓”を説きます。

「無重力空間」はどんな感覚?

中須賀真一(以下、中須賀):みなさんにも上下感覚があるでしょう? これがね、無重力になると上下感覚がないんですよ。

杉山大樹氏(以下、杉山):確かに。

中須賀:その時にどんなふうに感じるか、ちょっと想像してみてください。僕ね、実は無重力を5回経験しているんです。

久保勇貴氏(以下、久保):飛行機ですか?

中須賀:飛行機で。宇宙で実験をする前に、宇宙での挙動を予測するための地上で実験をしておかないと、宇宙でどう動くかわからない。そのために飛行機の中に実験装置を積んで、飛行機がぐっと上がったところでエンジンを切るんです。そうすると、だいたい20秒ぐらいの間は無重力なんですね。

久保:弾道飛行で。

中須賀:弾道飛行。だから、ジェットコースターみたいに本当に落ちている感覚がある。これがまさに無重力。

杉山:確かに、浮遊感があるタイミングがありますね。

中須賀:本当に水の玉は丸くなるし、実験なんかそっちのけでむちゃくちゃ楽しかったね。

1,500万円の費用がかかるフライト

久保:それは一応、人工衛星か何かの実験をされていたんですか?

中須賀:うん。人工衛星のいろいろ。「道具はこのままの設計でいいのか?」という確認の試験だったんですよ。

1時間半ぐらいのフライトで、20秒ぐらいの無重力を10回だけ経験できるのね。それを1週間で3回やってもらうと、値段が1,500万円とか。高いんだ。高いから、JAXAさんの公募に応募して、機会をもらってやらせてもらったんだけど。

まずはぐっと飛行機がダイブをしたところで(重力加速度が)2Gになるので、カメラを持っている手がぐっと重くなる。カメラが重くなるんじゃなくて、手自体が重いわけですよ。体重が2倍になる。それで(上昇して)一定の瞬間になると、無重力になるのね。

久保:どんな感じなんですか?

中須賀:これがね、気持ち悪いんだわ。

久保:(笑)。

杉山:でしょうね(笑)。

久保:やったことがないので、やってみたいんですけど、酔います?

中須賀:エチケット袋があるんだけど、だいたい半分以上の学生が“お土産”を持って帰ってくる(笑)。

久保:パンパンに。

中須賀:僕は5回飛んだけど、1回もなかった。

久保:わあ、すごいですね。

杉山:才能。

無重力空間では、上下感覚が反転する

中須賀:無重力になった瞬間にどう思うかがすごく楽しみだったの。最初の1回目ですごくおもしろかったのが、天井から自分がぶら下がって、世の中を逆さまに見ている感覚だったのね。わかりますか?

久保:逆立ちをしているというか。

中須賀:上下感覚が、(頭が)上・(脚が)下の感覚で飛ぶでしょう。無重力になった瞬間に0になるから、1から0になると感覚が行きすぎて反転するわけ。

杉山:なるほど。反転しちゃうんだ。

中須賀:反転しちゃう。オーバーシュートしちゃうわけね。

久保:上(頭の方向)に重力がかかっているみたいな感じに。

中須賀:そうそう。だから、本当にコウモリみたいにぶら下がって見えるような感覚なんですよ。すごくおもしろい。

久保:おもしろい。

中須賀:ところが、1時間ぐらいの間に20秒(の無重力状態)が10回ぐらいあるわけ。(上下感覚が反転するのは)2回まではそれだったけど、3回目はちゃんと上下が見える。

杉山:慣れちゃったんだ。

中須賀:慣れちゃう。だから、人間というのは慣れるのがすごく早いというのを感じて、おもしろかったです。

久保:もう、3回で慣れるんですね。

中須賀:うん、慣れる。

一般の人でも無重力を体験できるイベントも

中須賀:人間って、目から取る情報が多いんです。全体の9割ぐらいは目から情報を取るから、飛行機の中では目で上下を感じちゃうけど、3回目からはちゃんと目でアジャストしている。重力に関しては、「あ、なんだ。宇宙って大したことねえな」と思ったよね。

杉山:確かに。経験したし、意外とできちゃうぜと。

中須賀:ぜひみなさんもやってみてください。時々、イベントでタダで乗っけてくれる機会もあるから。

杉山:ええ!?

久保:公募の機会がありますね。

中須賀:あるよね。そういうのに出してもらえれば(いいと思います)。疑似宇宙体験は、1回経験されるといいと思いますよ。

久保:僕も行ってみたいし、やってみたいんです。

中須賀:宇宙飛行士になりたいんでしょ?

久保:なりたいです。

中須賀:まだチャンスはあるよ。

久保:そうですね。もしかしたら、また5~6年後に(宇宙飛行士候補試験が)あるかもしれないので。

宇宙飛行士選抜試験には年齢制限がない

中須賀:この間、JAXAさんが宇宙飛行士を募集して、東大の卒業生が2人選ばれました。僕もね、最後まで出そうかと思っていた(笑)。

久保:前に出されたんじゃなかったでしたっけ?

中須賀:いや、出せなかったんだ。出そうと思って胃の検査をしたら、「ポリープができている」と言われて。

久保:あれで病気が見つかること、けっこうありますよね。

中須賀:病気が見つかることがある。僕はもう60歳を超えているんだけど、JAXAの人に「60でもいいですか?」と聞いたら、今は年齢制限がないんですよ。

アメリカのジョン・グレンという人が70歳で宇宙に行っても何の問題もなかったので、それで(年齢制限が)なくなったんですよね。ということで、僕はいずれは出そうと思っていますからね。そのうち(試験で)戦うかもしれないね(笑)。

(一同笑)

中須賀:負けないよ。

久保:このパワフルさには負けちゃうかもしれない。

杉山:いやいや、がんばってください(笑)!

目標に近づくためには、手探りで進んでいくしかない

中須賀:先ほどの、ネコひねりのノンホロノミック。「ノンホロノミック」って言いにくい言葉だけど、覚えて帰ってもらえればと思います。

久保:けっこうマニアックな用語ですけど。

中須賀:でも、世の中の原理ではよく使っているからね。ということなので、「ネコひねり」と覚えたらいいですね。

久保:帰ってからYouTubeで検索してもらえば、ネコが逆さになって落ちる動画がたくさん出てきますので見てみてください。

中須賀:出ているか。

久保:あります、もちろん。

杉山:とにかくネコはかわいそうですけど、そこは一言も言わないでいただいて。

久保:ただね、運動神経が悪いネコは背中からバーンって落ちてケガをするらしいので、お家のネコちゃんは気をつけてくださいね(笑)。布団の上とか。

杉山:ダメなんだ。(家庭では)やらないでもらったほうがいいと思います。

みなさんお一人お一人が目指している先がありつつも、「どうしたらあれになれるの?」「ネコひねりしなきゃ。でも、ネコじゃないしどうしたらいいんだろう?」というのは、わからないから探っていくしかない。

中須賀:そうですよね。人生の中である目標があって、そこに近づいていくにはどうしたらいいか、いろいろ計画されている。

だいたいの方向はわかるかもしれないけど、「こっちへ行くのがいいのか、どっちへ行くのがいいのかわからない」ということは多いよね。でも、人生ってそんなものだと思うけどね。

保守的な宇宙業界に感じていた“つまらなさ”

久保:昔は宇宙業界というよりは、人工知能とかを研究されていたんですよね。

中須賀:いい質問を言っていただきましたね。いろいろと紆余曲折があって、学生の修士と博士の頃には、宇宙ってすっごくつまらない世界に見えて。

久保:これまたすごい話ですね。

中須賀:なんでかと言うと、ものすごく宇宙の研究をしていたんですよ。

研究して、いい論文を書いて、新しいやり方を見つけて、当時NASDA(宇宙開発事業団)に「こういうやり方があるんだよ」と持っていったら、「いや、そんなの危ないから使えません。今から10年後、20年後に十分実証されたら衛星に乗っけてあげます」と言われたの。

久保:それは人工知能の話ですか?

中須賀:人工知能も含め、それ以外の新しい制御アルゴリズムとかも含めて。

宇宙という世界は極めて保守的で、実は新しいことへの挑戦はなかなか難しい。なぜかと言うと、「何百億の衛星がそれで失敗したらどうするんですか?」と言われちゃうんです。だから、これが非常におもしろくなくて。

かつての経験が、思わぬかたちで役に立つ

中須賀:当時、人工知能の第2次ブームで、機械学習とかの論文がいっぱい入ってきていて、それを読んだらむちゃくちゃおもしろかったんだよね。だから、「宇宙なんかくだらんな」と思って、機械学習のほうに。

ところが今は、宇宙のいろんな計画の中で、衛星は自分で自分の面倒を見るようになって、どんどん賢くなってほしいわけ。この「賢くなってほしい」というアルゴリズムを考える時に、昔やった研究がむちゃくちゃ役に立って。

杉山:知能だ!

中須賀:そうそう。あの時に人工知能の感覚とか、やっていた研究が、今すごく活きてきていて。だから、あの時やっておいて良かったなと思うんだよね。

久保:今は中須賀研のプロジェクトで、そういうのを積極的に入れているというか。

中須賀:そうそう、使ってる。例えば、衛星が自分で何かアクションを起こす時に、普通だと地上からコマンドという命令をたくさん送らなきゃいけない。

「地球の写真を衛星が撮ってくれ」という時にも、「今やっている仕事を止めなさい」「この機器をオンにしなさい」「姿勢をこっちに変えなさい」「写真を撮りなさい」「それをメモリーに格納しなさい」「地球の地上局の上に来たら降ろしなさい」と、たぶん20~30個の命令を打たなきゃいけない。

こんなのはやってられないから、衛星に「ちょっと東京の写真を撮ってよ」と1個送ったら、今言ったことを全部やってくれるためには、衛星が自分の健康状態を知って、ちゃんと動いている機器を使って写真を撮って降ろさなきゃいけない。

褒めたら伸びる“生き物のような衛星”を作りたい

中須賀:僕がもっとやりたいことは、機械学習が進んでくると、衛星が宇宙で進化するんですよ。「ちょっと東京の写真を撮ってよ」と言ったら、「うーん。今日はちょっと機嫌が悪いから撮りたくない」って衛星が言ってくる。

「いやいや、あなたの写真はすばらしい。すごい写真を撮ってくれるじゃない」と言って何度か褒めると、「まあ。じゃあ、しゃあないな」と撮ってくれる。そんなふうに進化する衛星を作りたい。

久保:おもしろいな。

杉山:めちゃくちゃおもしろいことを言いますね。

中須賀:というようなことをやっているんだけど、そういったもののベースはまさに昔やっていた人工知能の話なので、その時はぜんぜん違う方向だったけど、やはり最後には関わってくるんだよ。

杉山:先生、完全にネコひねっているわけですね。

中須賀:ネコひねり。

久保:うまーくひねってますね。

杉山:本当に。

中須賀:そうそう。1秒じゃないけどね(笑)。

久保:何十年かかけて。

杉山:蓄積でね。

中須賀:そういうのも、これからいっぱいあるよ。

真剣にやったことは、必ずどこかで役に立つ

中須賀:みなさんまだ若いからさ、本当に、いろんなことは絶対に無駄にはならないんですよ。

必ずどこかで役に立つ。「将来役に立つ」と思ってやるんじゃなくて、「今それが役に立つ」と思ってやればいいの。今役に立つ、あるいはそれをやりたいからやっていくと、真剣にやったものは必ずどこかで役に立つ。本当にそう思います。

だから、今目の前にあることを一生懸命やることが大事。それが、やがて先でいい効果になる。だけど、それは適当にやっていたらダメなのね。

杉山:なんか、ぜんぜん(言葉の)重みが違いません?

久保:(笑)。

中須賀:ごめん、この本の話をしようよ(笑)。

杉山:でも、実はこの話をずっとしているんですよ。

久保:まさに。

杉山:してる。ネコひねってるんだから。

中須賀:あ、してる?

杉山:あらゆる本で、「今がんばれ」みたいなことを死ぬほど言っているんだけど、今の話はすごい。確かに、私たちもネコひねらないと。今がどうのじゃなくて、ひねった先に何かが出てくるということですよね。

中須賀:そうだよね。

続きを読むには会員登録
(無料)が必要です。

会員登録していただくと、すべての記事が制限なく閲覧でき、
著者フォローや記事の保存機能など、便利な機能がご利用いただけます。

無料会員登録

会員の方はこちら

関連タグ:

この記事のスピーカー

同じログの記事

コミュニティ情報

Brand Topics

Brand Topics

  • リッツ・カールトンで学んだ一流の経営者の視点 成績最下位からトップ営業になった『記憶に残る人になる』著者の人生遍歴

人気の記事

新着イベント

ログミーBusinessに
記事掲載しませんか?

イベント・インタビュー・対談 etc.

“編集しない編集”で、
スピーカーの「意図をそのまま」お届け!