心理的安全性を作っているのは誰か

司会者:続いて「目標を達成するために必要な心理的安全性」。まさに今のお話かなと思いまして、ぜひ続けていただけたらと思います。

ピョートル・フェリクス・グジバチ氏(以下、ピョートル):いや、もう答えちゃった(笑)。でも根本的にやはり、何だろう、次の質問の答えもしちゃうかもしれないんですけれども。

池原:いいですよ。

ピョートル:ここは言い方を気をつけないと、みなさんに嫌われる、誤解されるかもしれないんですけれども。「心理的安全性を誰が作るんだろう?」ということを考えるときに、よく「管理職が心理的安全性を作ってくれるんだ。私たちのモチベーションを高めてくれるんだ」という話を聞きます。

もちろん役割として、チームの土台を作るというのはマネジメントの役割でもあるし、個人を育むという役割でもあるんですけれども、口を開いている子鳥として待つんではなく、自分にも実際に責任があります。

というのは、例えばチームメンバーとしてマネージャーにどういうふうに話しているか。ぜひ考えていただきたいのは、この半年で、自分の上司に何か言われてどういう反応をした、どういうマイクロ反応をしたか。例えば黙っちゃったとか、ちょっと感情的になっちゃったとか。

もしかしたら自分も管理職、マネージャー、上司の心理的安全性を下げてしまっているかもしれないんですね。あるいは横の関係でも。それは建設的か非建設的か。

総合的に見てみないと、一方的に「管理職が悪いんだ」とか「我々を見てくれないんだ。うちの上司はバカで、上司のせいでチームがうまくいかないんだ」ということは言えない。人が集まる組織では、すごく複雑な関係性にあるんですよね。

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心理的安全性は技術で作り出せる

ピョートル:みなさんが同じレベルで見て、このチームで本音を言えるのか言えないのか、なんで自分が今黙って何も言わないのか、意見があるんだけど言いたくないか、言えないか。でも、仕事は成果を出す手法なので、成果を出せないならちょっと一歩引いて、ここは本音を言ったほうがいいんですよ。

あるいはもしかしたら、ちょっと質問したほうがいいんですよとか、対立でもいいんですよとかというのはとても大事なのかなと。

池原:ありがとうございます。今のピョーさんのお話も含め、これを見て考えていたのが、心理的安全性って技術で作り出せると思っているんです。もちろん人間性とか生まれ持ったパーソナリティ、人柄や雰囲気ってあると思うんですが、ただ、コミュニケーションのスキルを学ぶことで、一人ひとりが意識して作り出すことができると思っています。

例えば「傾聴しましょう」とよく言うじゃないですか。ただ、どうでしょう? 私たちって生まれた時から、多くの人は耳から音は入っているけれども、例えば本当にじっくりと相手に向き合って、「この人は何を言いたいんだろう?」というような傾聴のスペースを作っていけるか。

特にビジネスの場面で、「何を言おう? どうやって次の話をしよう?」というふうに考えていると思うんですよね。ただ、傾聴という技術を学ぶと、少なくとも1対1で向き合った時、あるいはチームメンバーの話を聞く時も、心理的安全性が作りやすくなると言われています。

なので、コミュニケーション、ふるまい、例えばマイクロアグレッションという小さな侮辱というところのいじりとかでね、人の容姿とか学歴とかそういうのを、良かれと思っていじっちゃうことってあるじゃないですか。そういうのを言わないとか。そういうテクニカルなところ1つでも、心理的安全性を自らが作り出すことはできるかなと思っています。

職場における「ネガティブな感情」は伝播しやすい

池原:あとこれ、私がINSEADという大学に行っていた時にリーダーシップの教授が言っていたのが、職場におけるネガティブな感情の伝播というのは、実はすごく早いんですね。誰かがネガティブなことを言い出すと、やはりすごくそれが伝染してしまうと。さらにおもしろかったのが、人種の比較で言うと、アジア系の集団のほうがネガティブは伝播しやすいそうなんです。

なので、人間ね、24時間ご機嫌でいるということはできないんですけれども、ある程度プロフェッショナルとして、職場では技術的にポジティブにふるまうとか、言い方を考えるとか、それこそ1on1の時の技術を磨いていただくとか、そういったところはあると思っています。

「一人ひとりが」というのももちろん大事ですし、特にリーダーになってしまうと、ポジションが付いてくると、それがパワーというか影響力はやはり大きくなる立場だと思っています。

なので、自分の年齢が上がったり立場が上がったりすればするほど、技術、リーダーとしてのお作法として、安全性を作り出す聞き方、話し方、リアクション、人との雑談。ピョーさんの本も雑談がありますけれども、そういったところというのを意識することで、こういったことを作り出していけるのかなというふうに思いました。

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司会者:ありがとうございます。

社員のメンタルケアをしすぎてしまう問題

司会者:では次の質問へ行きましょう。「マネジメントのいい事例 悪い事例」で、概要は今お二人からもお話しいただいたんですが、ご自身の経験の中で「これは失敗だったな」というありがちな失敗もぜひ含めて、先ほど「ちょっといじってしまう」みたいなお話もありましたが、いかがでしょうか。ピョートルさん、お願いできますか?

ピョートル:じゃあここは、アジア的で悪い事例からいきます。ここでも物議を醸すことを言ってしまうんですけれども、フラットな組織がいいか、トップダウンがいいか。

例えばGoogleを見ると、アイデアを出す時にすごくボトムアップですよね。ボトムアップ重視なんですけれども大きな会社なので、経営者としてベクトルを決めなきゃならないので、たまにすごくトップダウンな意思決定もあります。

だから、ボトムアップを重視しすぎるというのは、よく日系企業だと「うちはトップダウン、トップダウン、トップダウン」(と聞いたりして)、一方的なトップダウンだと何にもならないんですけれども、一方的にボトムアップにしてしまうと、成果を出しにくいこともあるんです。

だからこそ、管理職、マネージャーという仕事をする人がいて、意見をまとめて「じゃあこれに決めましょう」というのをしなきゃならないんですよね。上司の立場に立って考えることは1つですよね。

あと、もう1つはやはり、ここも物議を醸すんですけれど、心理的安全性、メンタルとかケアをしすぎてしまう問題。もちろんトップダウンで部下の話を聞かないというのはわかりやすい悪い事例なんですけど、特に、女性のマネージャーの場合だと、やはり人を見る力、エンパシーが強いので、見過ぎてしまう可能性はなくはないんですね。

「私はモチベーションがないんです。動機づけ、モチベーションが下がってしまいました」と言われて、どういうふうにモチベートすればいいというのをがんばりすぎて、バーンアウトしてしまうマネージャーはけっこう多いんですよね。そもそもちょっと待ってください。モチベーションって人の心の問題で、モチベーションがなければそもそもここにいるべきかという厳しい考え方もあるんですよね。

要はモチベーションを妨げる理由があれば、それを外すというのはマネージャーの仕事なんですけど、そもそもみなさんのチームメンバーが自発的に「これをやりたい」「こういう仕事に力を入れたい」というのを持ってないのであれば、本当に会社にいるべきかどうかというのを考えた方がいい。すごく厳しい言い方かもしれませんが。真佐子さんに次はバトンタッチします。

世界共通の2つの「マネジメントが失敗する理由」

池原:ありがとうございます。だいたいもうピョーさんがカバーしていただいた感じではあるんですが、先ほどちらっとね、「『聞かない』というのはわかりやすい例だ」というお話がありました。

これもINSEADのリーダーシップの教授が、いろんな各国のエグゼクティブの膨大な事例を調査した結果というのを以前公開していたんですけれども、マネジメントが失敗する理由は2つあるそうです。これは世界問わずだそうです。

1つはマイクロマネジメント。ただこれも、どこまでティーチングするか、どこからが放置なのかというところだと思うんですよね。なので、そこをマイクロするフェーズと手を放すフェーズというのは分けながらだと思うんですが、いつまで経ってもマイクロだと失敗すると言われています。

もう1つが、やはり「聞けない」ということです。「リーダーが陥る3つの罠」というのがあるそうで、1つは「スピードの罠」。意思決定の量が早くなるので、次から次に何かを決めないといけない。なので、ゆっくり話を聞いている場合じゃないということです。

2つ目が「プロフェッショナリズムの罠」といって、専門性が高くなってくるので聞かなくてもわかっちゃう。1聞いただけで、話の腰を折って次の話をしちゃったりということがある。

3つ目が「ナルシスティックの罠」というのがあって、やはり人は立場が上がったり、あと年齢が上がってくると、ちょっと「自分はすごい」みたいな気持ちになってくる。それで聞けなくなるそうです。

じゃあ一方で、何でもかんでも全部聞いていればいいのかというとね、今のピョーさんの話であったように、聞きすぎて意思決定ができないという逆の事例もあるかなと思いました。

そんな時に思い出したのが「フェアプロセス」という意思決定の方法で、まずいろんな現場の話を聞くと。話を聞くという行為は、「自分の意見が受け入れられている」という心理的安全性を生み出す行為でもあると思うんですね。情報収集だけではなく。

ただ、聞いた上でAかBかという意思決定をするのはリーダーの仕事であるというところ。なので、聞かないリーダーもダメだと思うんですけれども、意思決定しない、嫌われる覚悟がないマネジメントというのも良くない例なのかなと思っています。

自己開示できない上司との1on1は“拷問”に近い

司会者:ありがとうございます。なんかだんだん意見が活発に、どんどんヒートアップしてきていませんか? 大丈夫ですか?(笑)。では続いて、こちらもうかがっていきたいです。「1on1がうまくいかない時の具体的解決策」なんですが。

今はどちらとも、なんとなくリーダーからの視点、マネジメント側からの視点でのお話だったと思うんですが、今度は逆に部下の側の意見も交えて、もしお話しいただけたらうれしいなと思っています。ピョートルさんから、いかがでしょうか。

ピョートル:1on1のセッティング、設定の仕方とか考え方とか制度とか、それぞれの会社で違ってくると思うんですけれども、手法から入るという会社さんがあって。

1on1を「1カ月に1回やりましょう」とか「1週間に1回やりましょう」とか「とりあえずやってね」とかってなってしまうと、そもそも自分が話せてない、自己開示できない上司と部屋に入って、「最近どう?」と言われると拷問に近い。そこにいたくないんですよね。当然、逆効果を招いてしまうんですね。

だから、手法から入るということじゃなくて、先ほどの心理的安全性が保たれている状態、要は自己開示ができる場であるということ。そもそも1on1というのはメンバーの時間、部下の時間ですよね。だから、「自分がここで主張できる」「自分が自分のマネージャーに聞ける」「自分が言える」というのを認識して、しっかり準備してアジェンダを作ること。

1カ月に1回の1on1を拷問ではなく、いろいろ確認したいこともあるし、上司に聞きたいこともあるし、言いたいこともあるし、それをやはり自分が責任を持っているんだと、メンバー、部下の立場で考えておかないといけません。

「今日どうしよう。上司の真佐子さんと1on1があって、何を言われるんだろう」とか、「僕はもしかしたら降格されるんだろう」とか「評価が下がるんだろう」とか、上司に何を言われるという恐怖から始まると最悪ですよね。ぜひ真佐子さんのご意見を聞きたいんですけど。

「この時間というのはあなたのための時間である」と伝える

池原:ありがとうございます。まず、ピョーさんが言ったように、どんな種類の1on1かというのがあると思います。なので、ちょっといったんキャリアについての話というところで設定させていただくと。

それ以外で言うと、評価面談とか月次の業務の進捗というのがあるんですが、そこではなくて、「どんなふうになりたいの?」とか、「この3年後、どういうふうなことを目指しているの?」とか、「どんなアサインがいいの?」とか、「この会社でそもそもどうありたいの? 何かライフプランとか考えていることがあるの?」といったような、まず1on1という意味です。

どんなケースでうまくいかないかと言うと、今ピョーさんが言ったように、まず第一に信頼関係ですよね。それは日頃の信頼関係というのももちろんあるんですけれども、1on1で向き合った時の……どうでしょう、みなさん信頼できない対話ってありましたよね。

どんなものかと言うと、上から目線とか、態度がのけぞっちゃっているとか、そもそもまったく聞いてないとか、あと武勇伝、自分語り、自慢話を延々とする1on1とかね。それってもう最悪ですよね。なのでまず、「この時間というのはあなたのための時間である」と伝えてあげることも大事かなと思います。

部下側というかメンバー側で言うと、それこそ受け身ではなくて、「私は中長期でやりたいことというのを、この会社でしっかりと軸を持っていきたいので、ぜひ壁打ちに付き合っていただけませんか?」というようなかたちで、うまく上司も育てていく。上司あるいは先輩を巻き込んでいくといった積極性も要るのかなと思っています。

司会者:なんとなく会話で終わってしまうような1on1もあると思うんですけれども、そういった時には何から始めればいいですか?

池原:そうですね。何か準備して、「こういったことを話したい」というのを自分から持っていくというのもあると思います。あと、トピックとしては、未来のビジョンだけじゃなくて、例えば先ほど言ったような自己理解。「自分の強みとか弱みとか伸びしろ、身につけるべき専門性を見つけたいので、こういった対話をしていいですか?」といったような、自分からアジェンダを提供するというのもあるのかなと思いました。

司会者:部下の側からアジェンダを用意していいということですね。

池原:そういうのもあると思います。

司会者:ぜひ採り入れていただけたらと思います。