組織を外向きにしていく「探索モード」

司会者:本日のキーワードのお話ですが、組織を外向きにしていく「探索モード」とは何なのか。これを今日のキーワードにしていきたいと思います。

この辺りは「耳にタコだよ」という方もいるかもしれませんが、いま多くの日本企業で「探索」が必要とされている動きがあるんじゃないかと思います。

「両利きの経営」でも語られているように、「知の深化」、専門性や自社が持っている強みを生かして改善をしていくのには非常に長けている一方で、何につながるかはわからないけれども、今までの領域に囚われすぎずに、探索をしていき、どんどん外につながっていくことや、別の分野から学びを取り入れたり、コラボレーションをしていくことが必要になっているのではないかと思います。

その中で、みなさまの会社ではどうでしょうか。新規事業室が立ち上がり、売れる新規事業をつくるという取り組みもあると思うんですが、1つのイノベーションにかけてドカンと成功させるというよりも、複数の大小さまざまな未知のテーマの探索仕事でトライを起こしていくことが必要であったり、実際起きていたりするのではないでしょうか。

私もふだん、人材教育という手段を通じて人事の方とお話させていただく機会が多いんですが、この数年で例えばジョブ型という、今までと違う働き方や評価が導入されて。そうなると求める人材像が変わったり、そのために必要な育成のやり方だったり内容も考え直そうとなったりしています。

そういう取り組みの中で「自社でやったことがない」ですとか、マネージャーの方が正解や (成功までの)道筋を持っているのかというと、決して持っているわけではない。その中で仕事を任されて、試行錯誤、悩みながらどういうふうに「解」を自分なりに導けば良いのか、トライされているというお話も聞きます。

ここにいらっしゃるみなさまの中にも、ご自身ごととして探索活動をしているよという方もいるのではないかと思います。

組織にとって「未知の仕事」に取り組める人

司会者:そうした時に、我々としてはどんな人づくりができるといいのだろうかと考えています。

まず、新入社員として入る時に(スライド左の)「組織にとって既知の仕事」を任され、まずそれを担えるようにしていくという育成がされると思います。見通しがある仕事を、いかに効率的に、いかに着実に安定して、相手の期待に沿うように、失礼のないように安心感を持ってのぞむ。こういった力は必要だと思っています。

ただ、これだけでいいのかというところに問いが立っています。組織にとって未知の仕事。見通しがない領域なんだけれど、自分で仮説を持ちながら、とにかく動いてみて、粘り強くのぞむ。こんな人がいたらいいんじゃないのかなと考えています。

みなさん自身、みなさんの後輩や部下を思い浮かべてみると、どうでしょうか。例えばなにか新しいデジタルツールを使って、今まで応えられていなかったお客様のニーズに応えられるような商品が考えられないかな? とか。

仕事を振られた時に「いや〜、まぁできるといいんですけど、やり方がわからないんですよね」と止まってしまう人ではなく、「あ〜なるほど、ちょっとやり方わからないんですけど考えてみますね」と、翌日「昨日考えてみたんですけど......」と言って軽やかに、「自分の今までのお客様にまず限定してなんですけど、こういう声が最近多くて、いまいち自分の商品だと応えられてなかったなと思ってたので、まとめてみました」とか。

「デジタルツールって今の自分の領域と掛け合わせてみた時に、どんなものが相性良さそうかなと調べてみたら、こんなものがあっておもしろそうなんですよね」「ただこれもうちょっと詳しく考えるとなった時に、自分に知識が足りなさすぎて、こんな専門家の人がいそうで、こんなサイトを使ったらアクセスができそうなので、採ってもいいですか?」「ああ、いいよいいよ、やってみよう」とか。

任せたマネージャー側もやり方はわからないけれども、そんなふうにおもしろがりながら「ちょっとやってみよう」とか、自分なりに工夫してみて、知識を収集してみて、仮説立てて、またやってみる。やってみて違うなと思ったら、すぐ軌道修正してみる。

そういうことができるような人がいたらどうでしょうか? 私はすごく心強いなと思いますし、私自身もそうなりたいなって日々試行錯誤していますね。(こういうマインドを)持ってる人を「探索モード」がある状態と呼びたいなと思っています。

「探索モード」を持つおもしろみを実感するには

司会者:このモードって、課長さんになったり新規事業開発を任されたりとかした時に、初めて求められるものであることがすごく多くて、悩んでいらっしゃる方が多いという声は聞きます。

ただ、このモードをすぐに作れるかと言うと、左側でずっとやってきた方が右側のモードにスイッチを押して、力強く邁進するって、並大抵のことではないと思います。

我々としては、そういった仕事が今任されていなくても、若手の時からこのモードにスイッチを入れるとか、このモードを持つことのおもしろみを実感できることがすごく重要で、そんな機会が作れないかなと思い、Questという機会を立ち上げていたりしています。

なぜこの話を阪井さんとご一緒したいと思ったかというと、阪井さんはこの「探索モード」を地でずっとされてきている人だと、勝手ながら私としては思っています。今も後ろに映っていて、なんだろうと気になってる方が多いんじゃないかなと思うんですけれども、阪井さんは「窓」というシステムを開発されています。

これがただのシステムではなくて、社会のコミュニケーションのつながり方を変えるという、すごくワクワクするようなものです。そこに至るまでには大小あらゆる「探索」があり、それがつながって今の阪井さんがいらっしゃって、新しい「窓」が生まれてらっしゃるんだなあと、私自身すごく感じております。

ぜひこの「探索モード」を持つにはどうすればいいか、どんな探索が新しいものを軽やかに生み出していくことにつながるのか、というお話をできればと思っています。ではさっそくなんですが、阪井さんとのお話をしていきたいと思います。

あたかも同じ空間にいるような「窓」

司会者:阪井さんがソニー時代から活動されている「窓」とは何なのか、みなさん気になると思うんですけれども。最初に「『窓』って何なの? どこでも『窓』?」と、みなさんワクワクしていると思うので、ぜひ簡単にご紹介をお願いします。

阪井祐介氏(以下、阪井):そうですね。1個目(のテーマ「現在の活動『窓』とは」)は、じっくりお話しできればいいんですけど、ちょっと駆け足で進めて中身に行きたいと思います。

今、世の中もいい意味で落ち着いてきて、リアルとバーチャル、つまり対面で会うのがいいのか、働くのがいいのか、バーチャルでオンラインがいいのかみたいなテーマが、ちょうど出てきているのかなと思うんです。

この「窓」のアプローチは、リアルとバーチャルを対比で考えるんじゃなくて、例えば、リアルで実際に人とお会いしているような感じがする、その場を感じられるような感覚が持てて、かつ、バーチャルならではの自由度とか、そういう汎用性みたいなものが両方実現できたら、すごくおもしろい選択肢ができるんじゃないかということで、我々が開発して提供させていただいているのが、この「窓」(というプロダクト)です。

この写真は、ただハイタッチして「何やっているの?」という感じなんですけど、実は僕が「窓」の向こうにいて、女性が手前側の空間にいるんですね。実際にぱっと見た感じだとあんまりわからないかもしれませんが、お互い距離を越えてつながっているような感覚が作れるというものになっています。

「窓」というのは距離を越えて、「あたかも同じ空間にいるような自然なコミュニケーションができるもの」と定義をしています。オンラインも非常に便利なツールで、資料もこうやって(共有して)みなさんとつながれるんですけど、例えば仮に、ウィル・シードさんの会議室でみなさんとお会いしてお話をしている時の感覚と比べてみると、(画面の向こうの)みなさんはたぶん20人、30人いらっしゃると思うんですけど、気配はなかなかやはり感じられない。

岩田さん(司会者)がいてくださるのがすごくありがたいんですけども、仮に1人でやっている場合なんかは、けっこう一方向のコミュニケーションみたいになっちゃうことがあると思うんですよね。

解像度だけでない、人の「気配」を感じる仕組み

阪井:「窓」は、離れているんだけども、自然なコミュニケーションを作るために、ソニーでずっと培ってきた臨場感、リアリティの技術……。

いつもは前提として自己紹介を先に入れるんですけど、今日は逆転していて、すみません。僕はソニーで、1999年から24年ぐらいにわたって「窓」の研究をずっと続けてきたという、ちょっと変わった人間で、その企業の中で作ってきたものを、2022年にMUSVI株式会社として、独立して事業をやっています。そういう意味で、MUSVIとソニーは非常に関わりが強いです。

左側の「臨場感」というのは、例えば大画面であるとか、解像度がきれいだとか、音がいいとか、通信が非常に安定しているとか、そういうリアリティのいわゆる技術。先ほどのお話でいう知の深化のほうのアプローチが重要で、ソニーとか日本はすごく得意なんですけど。

まさに知の探索的なところでいくと、もう1個「窓」が大事にしている方向性というのは、いわゆる「気配」とか、認知心理学でいう「アウラ」という概念。先ほど言いましたように、特に解像度がどうとかを抜きに、人間が人の気配を感じる仕組み、人の向こう側の空間を感じる仕組みがどういうふうになっているのかという、人間の認知へのアプローチを同時に組み合わせていこうというものになっています。

実はここは今神奈川県の葉山なんですけど、今、ちょうど(後ろの画面の)あそこに座っている方が、静岡県の沼津市にいらっしゃる、うちのパートナーの新井さんという方です。

司会者:つながっていらっしゃるんですね。

阪井:みなさんもなんとなく新井さんの気配というか、別にコミュニケーションとかは特にないですけど、いるなという感じがあると思うんですよね。

ずっとつながっている「共在」感をつくる

阪井:通常のコミュニケーションって、例えば朝「おはようございます」と起きて、朝のミーティングをして、午後のミーティングをして、「さよなら、帰ります」というようなことを言った時に、いわゆる我々が意識するコミュニケーション、会議みたいなものって、今もまさにそうなんですけど、(グラフの)ピンクのピークの部分とか、だったりするんですね。

実は僕らのコミュニケーションの中には、臨場感のリアリティ、意識的なコミュニケーションだけじゃなくて、本当にずっとつながっている共在感というか、「あー、いてくれるな」みたいな感覚は非常に重要で、リアリティの意識と気配を感じる感覚がうまくつながると、先ほどお話ししたような、あたかも同じ空間にいるような感覚が生まれてくるよというのがファインディングだったりします。

というところで、いくつか事例があるんですけど、1個だけちょっと動画をご覧いただければなと思います。

司会者:ぜひ。

阪井:これはうちのエンジニア、COOの三木(大輔)さんが発見したんですけど、世界中のドアとか姿見を調べてみると、実は日本もヨーロッパもアメリカも、全部21:9というすごく不思議な比率になっているんですね。

実際にその比率を使って「窓」をつないでみると、本当に近くに人がいるような感覚が生まれて、今までになかったようなある種のリアリティというか、一方でアウラの感覚というのが生まれるような。

例えば、海。波がやってきて足が濡れる感覚だったり、このあと、波が引いて砂を引っ張ってきて足元がざらざらするみたいな感覚。こういうのは、実は中心視野で我々が見ていること以外に、トータルで我々が空間の周りを理解しているという仕組みを逆に際立たせるというか、そういうおもしろい発見がたくさん出てくるようなプロダクトなんですね。

従来の、ただ会議で顔が見えて資料が共有できるということではなくて、本当に人の存在だったり場所がつながるみたいなことがあったらどんな可能性があるでしょうかというのが、有識者の方々と、それこそライゾマティクスの齋藤精一さんとか、山崎亮さんとか、教育界隈では有名な岩本悠さんとか大辻雄介さんとか、いろんな方にご指導いただいて分析していった時に出てきたんです。

半分アナログ、半分デジタルのコミュニケーションでできるもの

阪井:要は人と人が目的を持ってコミュニケーションを取るという、(表の)左上の一定の期間だけ10分で話します、30分で話しますみたいなコミュニケーションが、さっきのピンクの部分です。それは非常に意識されるんですが、実は人間のコミュニケーションは人と人に限らず、例えば、空間と空間。

ここだったら沼津と葉山とか、こっちにつながっているのは横浜なんですけども、そういう場所と場所が常につながり合うことで、特に能動的なコミュニケーションがなくても、いわゆる「無目的なコミュニケーション」と山崎亮さんが言ってくださったんですが、なんか「いてくれてうれしいな」みたいな。そういうマズローの欲求の5段階で言う「親和欲求」と呼ばれているもの。

明示的に自己実現で「英語が話せるようになりたい」「プログラムができるようになりたい」とかそういうことでもないし、「他の人から褒められたい」とか「フォロワーがいる」とかいう、上段のよくあるマーケティングのレイヤーではなくて。

love and belongingsといって、「自分が社会に属しているんだ」「誰かによって必要とされている」「僕は誰かとつながっているんだ」という感覚を、半分アナログ、半分デジタルというすごく不思議な位置づけによって、非常に新しい感覚を訴求できるところが、我々の「窓」のポイントになっています。

そのことを我々の哲学として、「いのちをちかくする」という言葉で表現をしています。「いのち」はまさに人の存在、動物の存在みたいなもので、それがRecognition(認知)、知覚できる技術をちゃんと裏付けることで、本当にその人が目の前にいるように、近づいてくれているような感覚を作るという、掛詞みたいなキーワードなんですけども。

今、例えば日本全国に拠点を持たれているオフィスの、「本来であったら隣にいてほしいな」という人たち同士をつないだり、右側は『デス・ストランディング』というすごく有名なゲームを作られている小島(秀夫)監督が、ハリウッドのスタジオと品川の東京をコロナで行き来ができない時に、「窓」を使って演技指導しながら作品を撮っている様子です。

司会者:すごいですよね。

教育や医療・介護など、「いのち」のつながりに

阪井:あとは遠隔の教育。これは隠岐の島の、ユネスコのジオパークの専門員の方が、大分県の小学生に黒曜石を使って新聞紙を切ってみる体験をさせるというワークショップ。なかなかオンラインだとそういう身体的なことでつながらないんだけども、そういうことを実際にやっているシーンですね。

もう1個、今日のコンテキストにつながるかはわからないんですけど、医療・介護の観点。例えば小児病棟で家族面会ができなくなってしまって、お兄ちゃんが妹さんに会えなくて精神的にも非常に厳しかったところで、「窓」を使って誕生日会ができるとかですね。

あとは、今香川大学の病院で立ち会い分娩とかを「窓」を使ってやるということで、お父さんが「窓」越しにひたすら赤ちゃんの写真を撮っている。この時にたぶんお父さんは、「窓」はほぼ意識していないと思うんですよね。お子さんと自分という関係性の中で、まさにあたかも同じ空間にいるようにということができたのかなと思っています。

最後の事例は、介護ですね。実はタマさんという、私が非常に親しくさせていただいたおばあちゃんが、コロナの2021年に99歳で亡くなられたんですけども、ご家族が看取りを「窓」越しにされたという時がありました。

(「窓」には)カーテンという機能があって、(スライドの)これとかもそうなんですけど、カーテンを閉じると、こんな感じで画面がぼけて。自分が閉じると相手側から絶対開かないというセキュリティ配慮があるんです。

夕方と朝だけ介護施設と息子さんのご自宅でカーテンを開けるんです。(息子さんが)朝7時に「おばあちゃんのところに行くよ」と言うと、ワンちゃんが走って窓の前で待つ。それで実際におばあちゃんがつながると、買ってもらったおもちゃとかを見せながらしばらく遊んで、カーテンが閉じると、さみしそうに帰っていくみたいなこともありました。

先ほどの「いのち」というのは人間に限らず、動物とか、水族館のペンギンと小学生とか、いろんなことが実はつながりつつあるんですね。

探索モードを繰り返すうちに感じた「社会とギアが合った感覚」

阪井:2000年ぐらいから15年ぐらいは、まったく無風みたいな事業だったんですけども、それこそ探索モードをずっと繰り返しているうちに、コロナの直前ぐらいから、すごい勢いで何かしら社会とギアが合ったみたいな感覚になって、どんどん導入事例が伸びていきました。その流れもあって、2022年、MUSVI株式会社を立ち上げさせていただきました。

司会者:ありがとうございます。先ほどのおばあちゃんとワンちゃんのところにもありましたように、まるで本当にそこに一緒にいる感覚というのが(特徴ですね)。みなさんは今、Zoomを介してなので、実際に「窓」を体感しましょうと言えないのが悔しいぐらいですね。

私も実際に見させてもらって、お話を「窓」越しにさせてもらうと、相手の方のお家の上にヘリコプターとかがわーっと通ると、自分の上を通っているような感じの音の感覚の聞こえ方になるといったようないろんな工夫があって。

私にとっては、テクノロジーと「気配」とか、あまり位置的に切れなさそうなこと、そういうのが結び付くんだということもすごく新鮮だったんですけれども。それを実装しているのが、実は今までにありそうでなかった新しいものなんだなと、ものすごく感じています。

阪井:ありがとうございます。