「知見」の5つのレベル

質問者1:経営者の支援をしていて、「課題は? 仮説は?」とめっちゃ聞かれるんですけど、経営者側も若干「会社経営をやっていない人にいろいろ言われても」みたいな感じになっていて、うまいようにいかないなと思っています。

田所雅之氏(以下、田所):単に答えを出すだけだったら、ChatGPTに聞けばわかるんですけど、これからは誰が言うかが大切です。「この人に言われるから腹落ちする」みたいに。

メンター側も追体験ではないですけれども、自分で事業仮説を作ってみたり、逆に誰かに壁打ちしてもらったりすると、自分の手触り感ある体験として伝えられるので、そういう経験が大事になるのかなと思います。

どこと戦うかというと、ChatGPTとかいわゆる生成AIだと思うんですね。いかにして自分の経験の中での押さえるべきポイントを伝えるか、そして経験をそこに寄せていくことがすごく大事です。アドバイザーアカデミーでも「起業家の追体験が大事」と言っています。

質問者1:追体験がないのに、メンタリングをするところが、「自分の見せ方」ではないですけど、けっこう大事かなと思ったりもします。

田所:僕は知見には5つのレベルがあると思っています。

ChatGPTが得意なのはナレッジですよね。ただ、「どこが肝か」というインサイトは、プロンプトをものすごくチューニングしないとダメだと思います。インサイトは、まさに問いのほうにあると思うんですよ。

そうなっていくと、スライドの実践知のように経験があって、こういう時はこうだからと分かっているとやれる。やはり人の眼ですね。経験のある人から「こうやってきて」と言われて動くと思うんですよね。

「データになっていないものをデータにする」の事例

田所:PIVOTで落合(陽一)さんが、「データになっていないものをデータにすること」と言っていておもしろいと思ったんですよね。みなさん、トリプル・ダブリュー・ジャパンという会社を知っていますか? DFreeという排尿のデバイスを提供している会社です。

使われる場所は介護施設です。認知症になってきたら、みなさんオムツをつけるわけですが、漏らしてしまうのでオムツをつけるみたいな発想だと思うんですよ。コンサル的なフレームでいうと、空・雨・傘ですね。

つまり、尿が漏れて周囲が汚れるので、オムツという発想ですよね。

ただ、根本的な課題が解決していない。人は100歳になっても漏らしたくないですよ。漏らすと、人間としての尊厳が傷つくんです。

尊厳が傷つくと、排泄したくないので食べる量が減って、排泄のタイミングが不規則になって、コミュニケーションが減って、認知症が進むという負のループが起きるんです。

シニア世代の方々は、そんなことをいちいちTwitterに書き込まないじゃないですか。「尊厳が削がれるんでオムツしたくないわ」なんて言わないですよね。

ChatGPTに、「介護施設に入っている入居者が排泄のコントロールができないのでオムツをつけています。彼らのQOLを高めるために何かソリューションはないですか?」と聞いたら、「適切なオムツの選択」と返ってきたんですね。

これって、そもそもの問いの立て方が間違っていると言うか。先ほど落合さんの「データになっていないものをデータにする」のように、軸をずらす必要がある。オムツの中に漏らしてしまうことで人間の尊厳が失われることは、データ化されていないんですよ。

そのデータを見つけに行くこと。これがまさにインサイトです。テキストだけでなく、現場に行って観察して共感しないと見つからないと思うんですね。

なぜ現場に向かうことが大事なのか?

田所:この会社の中西社長も、全プロセスを洗い出したんです。シニアマーケティングの一番の課題は、誰もシニアになったことがないことなんですよ。勝手に「シニアってこんなもんだ」と想像する。排泄の前の段階の課題を誰も言っていなかった。根本的な課題解決になっていなかったんですよ。

トリプル・ダブリュー・ジャパンがやったのは、漏らして尊厳を失うことをなくすことだったんですよ。

これが課題の質を高めるということだと思います。軸をずらすということです。

それまでの常識だと「漏れないオムツを作る」になる。これはたぶんChatGPTでも言えると思うんですよ。

人間がどう付加価値を出していくか? そこの軸が本当にいいのかと疑うことだと思うんですね。どう疑うかは、現場にしかないと思うんですよ。現場に向かわせることが非常に大事です。

僕は、どんなに推論しても答えが出てこないところに対して、どんどん問いを立てて答えを出すことにものすごく相対的な価値があると思います。それが、唯一人間に残された付加価値を与えることになると思います。

ちょっと余談でしたが、これが(スライドの)コンセプトの検証かなと思います。

コンセプトの部分は軸をずらすとか、違う変数を設定することなので、まだAIにはできないと思うんです。そのあたりをすることが、すごく価値が高いと僕は思います。

質問者1:ありがとうございます。

自分が「付加価値」を提供できる仕事にできるかどうか

田所:みなさん、いかがですか。質問とか気づきとか。

質問者2:とてもわかりやすいプレゼンで、わかった気になっている感じです。

田所:(笑)。

質問者2:あとで細かい項目を見て、自分なりに消化したいと思っています。1つ質問で、メンタリング自体を商売にしたりできるものでしょうか。

田所:僕はすべての商売は、誰かに対して付加価値を与えることだと思うんですね。事業はコンセプトの川上、PPMする川中、実行の川下があって、川上、川中、川下がちゃんとできると成果が出ると思うんです。ただ、そもそもの川上の部分が間違っていたら、川中、川下の質が絶対に落ちてしまう。

いわゆるスタートアップのCXOや、士業の方、金融ファイナンスのプロの方などが今、スタートアップアドバイザーの中にけっこういらっしゃいます。自分の得意分野の、例えば金融的なアドバイスをしたりしますが、そもそも川上がずれているのに気づくことがすごく大事だと思うんです。

そこがずれているのに、ポジショントーク的に川下の話ばかりをしていても、沈みゆくタイタニック号の中で席を片付けるプロみたいな感じになってしまうんですよね。

中長期的に見て、「自分が付加価値を提供できる仕事にできるかどうか」という問いだと思うんですよ。

一番いいのは、こういった観点を持ちつつも、自分のプロ意識を持つことかなと思います。新規事業のメンターは、コンサルもそうだと思うんですけど、スーパーゼネラリスト的な発想かなと思っていて。ゼネラリスト的な観点もありつつ、ファイナンスやマーケティング、プロダクト開発があると、非常に付加価値の高い人材になると思います。

ただ基本の素養として必要なのは、僕はOSに近い文化、思考法かなと思っていて。この思考法がある上でいろんなアプリケーションを乗せていくと、戦術的な知見もあって、非常に価値のある人材になるかなと思っています。

質問者2:なるほど。

ゼネラリストの観点とスペシャリストの観点の掛け合わせ

田所:2週間くらい前に(イベントを主催した日本パートナーCFO協会代表理事の)高森(厚太郎)さんとお話しして、その時に作ったスライドがあるんですが、ファイナンス馬鹿にならないことがすごく大事だと思っていて。

冒頭に説明したように僕の事業の捉え方は(スライドの)こういう感じです。

ファイナンスは結果なので、カスタマー、インターナルプロセスがあって、HR、ストラテジー、MVVと。

この図ですよね。経営管理、PLCF改善、組織マネジメント、事業再生・継承、資金調達、Exit、新規事業、採用の8つ。この図を先ほどのスライドに当てはめるとこんな感じですね。

最終的なファイナンス、バリエーションみたいなチューニングやDCFをやるとか、コンプスをやったり、金融のプロに対してロードマップを作るのも非常に大事だと思います。

ただ、ここ(ファイナンス、バリエーション)だと形骸化してしまうと思うんですよ。みなさんはCFOです。財務部長ではないですよね。

CXOということは、それぞれの専門家になる必要はないと思いますが、ただ全体最適を考えた上で、専門家をディテクション(発見)できるレベルにはなる必要があると思っています。全体最適を考えた上で、この部分がミッシングピースなのでリソースを足してくださいという発想だと思いますね。

なので、(スライドの)高森さんが作られたこの図は非常に大事だと思っています。これって、ゼネラリストの部分とファイナンスとしてのスペシャリストの掛け合わせだと思うんですね。

例えば(スライドの)②のPLCF改善、細かいキャッシュフローの改善は戦術的なところですよね。一方で①の経営管理だと、より(スライドの)下の部分になっていきます。このように自分なりのポートフォリオを作っていくことが、大事かなと思います。

質問者2:ありがとうございます。

高森厚太郎氏(以下、高森):CFO8マトリクスの図を田所さんのフレームに落としてもらいました。

田所:僕もいろいろコンテンツを書いていますが、過去のいろんな人が考えたことに新たな軸を加えるところがあって。それだけで成り立つというよりも、全体を組織的に考えて、システマチックにやるのがすごく大事かなと思います。

「メルカリすごい」「UbarEatsすごい」で終わせてはいけない

高森:他に質問はありますか? 事務局からでも構いません。

質問者3:メンタリングについては、経験を積むしかないとは思うんですが、何か自分でできる訓練やヒント、田所さんが日頃考え方に気をつけていることなどがあれば教えてください。

田所:僕も最初はぜんぜんメンタリングができなくて、役に立たなかったり、陰口を言われたことも過去にあって、でもそこで反省して今があるのかなと思っています。

ふだんから何をするのか。僕は現象の構造理解がすごく大事だと思っています。新聞を読んでいても、100億円でお金を調達したとかいろんな事業の情報が出てきますが、単に現象で捉えているだけのことが多いんですよね。

なぜそういうモデルになったのかを、構造から理解していくのが大事です。いろんなフレームワークがあるんですけど、リーンキャンバスみたいに書いてみるのもいいですし、いろんなフレームワークを使いながら分解していくのがいいのかな。そういった習慣をつけることですね。

結局、深めることと浅めることが大事で、深めないと浅くすることができないと思います。例えば「メルカリすごいよね」「UbarEatsすごい」で収めるのではなく、なんですごいのかという構造理解を常にやっていく。そのためにフレームワークを見つけるのが、僕が日々やっていることです。MBAとかだとケーススタディで事例分析をしていると思います。

質問者3:ありがとうございます。

いいメンターになるための18項目

田所:あと、僕は(スライドの)いいメンターになるための18項目というのを作っています。

「マインド」「全体俯瞰力」「実践経験」「地頭力」「対人力/アウトプット力」と捉えています。「実践経験」は鶏と卵で、「マインド」と「知識体系」(全体俯瞰力)がないと、実践の場に呼ばれないと思うんですけど。

スタートアップだと全体俯瞰力のPMFまでのスキルや知見、テクノロジーや事例、その後のスケールとか。とは言ってもMBA的ないろんなバリューチェーンやPPMなどのフレームもあると思うんですけど。

1つ挙げると、(スライドの)アナロジー思考力はすごく大事です。いわゆる類推する力で、メンティが事業の記述を行う時、具象の記述が多いと思うんですけど、隠れた事業の構造を抽象化して理解すること。

いろんな具体と抽象をフレーム化した知的ストックがあるんですけど、(スライドの)縦軸がフレームワークで、いわゆる深めるのほう。横軸が、深めて浅めるところです。ここのストックを持つことで、メンティの欠けている視点を補足できるのかなと思います。関係レベル、行動レベルで物事を理解していくと。

例えばトヨタ生産方式は、大野耐一(トヨタ自動車工業の元副社長)さんがスーパーを見ていて、手前にある牛乳の日付のほうが古いことに気づくんですよ。そこから着想してTPSという世界を変えた生産方式が生まれたんですけれども、あれなどはふだんからアナロジー思考で考えていることだと思うんですね。

スティーブ・ジョブズも言っていますが、表面的な現象ではなく、構造で理解していくこと。これをやっていくのが大事かもしれません。

質問者3:ありがとうございました。