“誰かと離れる時”こそ言葉を尽くす

阿部広太郎氏(以下、阿部):今回、本(『あの日、選ばれなかった君へ』)を書くために自分自身の過去と向き合った時に、離れる時や別れる時、何かが一区切りつく時に、言葉を尽くしたり丁寧に感謝を伝えたりするのは、当たり前のことなんですけど超大事だなと感じました。

関係を蔑ろにしちゃいけないし、その先でまた再会できるかどうかは、別れ際にかかっているなと思いましたね。

田中泰延氏(以下、田中):阿部さんは言葉を尽くすんだよね。言葉を尽くす人って、言葉を道具と思ってないからだと思うんですよ。道具だと思っている人は尽くさなくていいじゃん。それこそAI的に返していけば。今、AIすごくない?(笑)。

阿部:ひろのぶさんも、やっぱり使われたりしますか?

田中:ChatGPTにどうでもいいことを入れて、返ってくるのを見ています。

阿部:すごいですよね。

田中:AIって、だいたいみんな「私はAIではありません」って言うんだってね。怖いですよ。すごいでしょ。みんなやってください。

AI技術の発展による変化

田中:ChatGPTって、普通にブラウザから質問したら返ってくるのに、向こうの会社ではコストが何十円かかかるらしいんですよ。みんな、どうでもいい無料の大喜利に使ってるでしょ? あれもコストがかかってるんですよ。

でも、そういうコストをばらまいてでも、プロ仕様のほうで回収するビジネスモデルらしい。

阿部:なるほど。これから先(AIの発展によって)仕事の仕方が変わっていきそうで、選ぶ・選ばれないという経験も、テクノロジーや技術とかによってまた変化していきそうな気がします。

田中:選ぶのがAIになったら、また社会がキツイよね。

阿部:そうですね。誰にどう思いをぶつけたらいいのか? と思いますよね。

田中:本当や(笑)。見返す相手もいないしね。

阿部:そうですね。そのへんの気持ちの持っていき方も、変わっていきそうな気はしていますね。

「仕事と私、どっちが大事なの!?」に対するベストアンサー

田中:この本に関しては、本当にすばらしい構成になっていて。企画メシのエピソードのあとに、最終章はご家族……。

阿部:そうですね。恋愛だったり家族だったり。

田中:……の話になって。最後はそこに行くっていうのが、ぜんぜんビジネス本じゃないよね。

阿部:そうですよね(笑)。みなさんも本を手に取っていただくと、第6章までは「仕事人間」みたいな。仕事人間と言うと大げさですけど、ワーカホリックで、猪突猛進で、仕事を一生懸命やっている。

その側面もある一方で、24時間の使い方で近くにいる人に申し訳ない思いをさせてしまったり、恋愛で非常に心苦しい展開があったりとか。家族、プライベートの時間の向き合い方や、仕事とプライベートの両立をどうすればできるのかというところも書くのが、やっぱりフェアというか。

仕事に猪突猛進で全力のエピソードのみで、それで「がんばろうぜ」では、ちょっと無責任……かもしれないなと思って。第7章では、じゃあ実際にどうやってバランスを取っていくのか? という話をしたかったんですよね。

田中:この本にも出てくるけど、「仕事と私、どっちが大事なの!?」って必ず聞かれるのよね。俺、これのいい答えがあるの。みなさん、覚えてください。

「仕事と私どっちが大事なの!?」って聞かれたら、「もちろん君だよ。だから、もう仕事を辞めてきた。明日から2人でパチンコ屋に並ぼう」って言ったら、「仕事のほうを大事にしてください」って、心を込めて切実に言ってもらえるから。

阿部:間違いないです(笑)。

恋人や家族に「選ばれている自分」を意識する

阿部:仕事もしなきゃいけないし、近くにいる人も大事にしたい。時間の使い方については、今ひろのぶさんも経営をされていて、「この限られた24時間をどう使っていくか」というのは、きっと考えてらっしゃるのかなと思うんですよね。

田中:選ぶ・選ばれる、選ばれなかった・選ばれたという話でいくと、恋人や家族というのは、究極にあなたを選んでくれた人じゃない。場合によっては、家族は一生を費やして「選ぶ」という行為を継続してくれている。

だって、俺は娘がいるけど、娘だって本当に俺を選ばなければ縁を切って、「もうあの人は父親じゃない」って二度と会ってくれない可能性だってあるわけですよ。でも、いまだに毎日選んでくれているんだと思ってる。

恋人なり家族が自分を選んでくれているという意識や、まずは基本の人間関係で「選ばれている自分」を意識できなかったら、仕事も何もないんちゃうかなと思うんですよね。

阿部:まさにそうですね。パートナー然り、近くにいる人が近くにいてくれることは当たり前になってしまいがちなんですが、「お互いが選んでそこにいる」という感覚を今一度認識すると、また少し見える景色が変わるかなと。当たり前なところにこそ、非常に尊い何かがあることを忘れずにいたいですね。

田中:僕なんか、家に帰ってカチャって開けて奥さんがいたら、「すみません!」って言うようにしてるから。

阿部:(笑)。

田中:朝、ウ〜っと目が覚めて、パッと見たら奥さんがいたら「すみません!」って言う。そういう低姿勢で。

阿部:低姿勢(笑)。

寝食を忘れて仕事に没頭していた時期

阿部:仕事もプライベートも両方諦めない方法が、どこかに必ずあるんじゃないかなって信じていたいですし、どっちも充実していくためにできることをこれから先も考えていきたいです。

田中:阿部さんを見てさ、「家族を蔑ろにする仕事人間」というふうには1ミリも見えへんよなぁ。優しそうに決まってるやん。育休も取ったって本に書いてたけど、顔見たらわかる。取るに決まってるやんな! 「育休顔」じゃないですか。

(会場笑)

阿部:育休顔(笑)。仕事でがんばる時は誰しもあると思うんですが、自分の中でのバランスを取るために工夫できることは、20代、30代、40代、世代関係なく伝えていきたいです。

僕は20代の頃、自分自身で「3年間で成果を出すんだ!」と期限を設けて、寝食を忘れてコピーに取り組んでいた時があったんです。

今思えば、それは良かったなと思いつつ、ファミレスに行ってドリンクバーを頼んで、うとうとしながら氷が溶けたアイスコーヒーを飲んでいたことが、健やかだったかというと……思い出としては美しいんですが、それが本当に良かったかと言うと、そうでもない気がしていて。

田中:そうね(笑)。武勇伝としてはいいんだけどね。

阿部:武勇伝としてはいいんですが、今はみんながみんなもっと健やかでいられる方法を模索していきたいし、その中でかたちにしていけるようなやり方を、講座の「企画でメシを食っていく」や、そういう場で伝えていきたいんですよね。

大切な人と仕事を両立するためのバランス

田中:仕事を大事にしなくちゃいけない時だと、さっき言ったように「今夜寝なかったらいいやん!」っていう時もある。でも、ずっとそれだと誰のことも大事にできないからさ。

本当に「仕事しろよ」っていう時はあるんですよ。何とは言わないけど、船がドカン、ドカンって爆発して、そこからレスキュー隊が救助する……「シーモンキー」みたいなタイトルの映画があるじゃないですか。

(会場笑)

田中:はっきり言ったらあかん。シーモンキー、みたいな映画ですよ。ドカーン、ドカーンって船が爆発してるのに、電話で恋人に「お前のことを愛してるー!」って。いいから逃げろや(笑)。お前は救助して逃げろ! でも、電話が延々続くの。そういう、シーモンキーみたいな映画があるのでちょっと見てみてください。

阿部:僕は、その『海猿』……。

田中:言うてるやん!

(会場笑)

阿部:シーモンキー、10代の頃に感動してました。

田中:あはは(笑)。でも、あれおかしいやん! 本当に火の手が上がってるの。ドカーン、ドカーン! 船が沈むー! 爆発するー! 言うてるのに、携帯で電話して「お前のことを愛してるー!」みたいな(笑)。だいたい、それって電波通じるん? 疑問でしたけどね。

阿部:ちょっと話が海に逸れてしまったんですが。

(会場笑)

「動きはじめた君に不安は追いつけない」

阿部:追い込まれる瞬間もあるし、ヘコむ瞬間もあるんですけど、それがすべてじゃないとは思っていたいというか。

しんどい時って、まるでそれが世界のすべてのように感じてしまうんですが、自分の中での心の落ち着かせ方として、「いい時も長続きはしないかもしれないけど、悪い時もまたすぐ回復してくる」って、いつもそんなことを思っています。

田中:選ばれなかった悔しさってずっとあるし、「あの時、選ばれなかった……」って何ひとつ忘れないけど、そこから立ち直って今日も生きてるから。

阿部:そう。今日も生きてる。

田中:今日も阿部さんとこうやってしゃべってるから、何かを得ているんですよね。阿部さんが本の中で書いているけど、あの日選ばれなかったことにもどこかで感謝できるはずだし、選ばれなかったからこそ諦めないことってあるからね。

すごく感動したのは、阿部さんが最後に書いていた「動きはじめた君に不安は追いつけない」。そうやなぁと思ったね。235ページに書いてあります(笑)。

阿部:ありがとうございます(笑)。

田中:本当にそうなんだよね。悔しいこともあるけど、「いやいや。でも、まだこれあるんちゃうか?」と思ってやり始めている時は、悔しいのも含めていろんなことがどうでもいいもんね。

阿部:そうですね。

誰しもにある「あの日」を肯定するための本

阿部:次に自分が追いかけるものを見つけたり、動き始めると、あの日のもどかしさは自分に追いついてこれないと本当に思っているので。落ち込む時もあるし、立ち止まる瞬間もあるんですが、「次はどうする?」「次はこうしよう」と、思えるといいし。

「選ばれなかったことと向き合うのが怖くて、本がなかなか手に取れなかったんです」という方もいたんですが、この本って、かつてのこと、つまり「あの日」という部分がけっこう重要で。

読んでいくことによって、誰しもにある、過去にあった出来事を肯定できるかもしれないということを伝えたかったんです。

選ばれなかったことは誰にもあるし、それが今も、これからも起こるかもしれないけど、「あの日」という過去が、実は今の自分を助けてくれている。あの日、選ばれなかったことがむしろよかったかもしれない、ということを伝えたかったんですよね。

田中:選ばれたことだけがえらいんだったら、もはや日本で幸せなのは、東大出てMBA取ったやつとか、役人になったやつとか、総務省から天下ったやつとかだけになるじゃん。そうだとしたら、俺たちはまったく選ばれてない。でも、どっこい生きてますからね。

阿部:この本では、そこにすごく意味があると伝えたくて。あっという間に時間が過ぎて、なんともうあと15分、20分くらいなんですけど。

田中:なんと! まだ5分くらいしかしゃべってないのに。

(会場笑)

「会社の評価」と「社会の評価」

阿部:オンラインの方や会場の方からも、質問タイムのお時間を取らせていただきたいなと思っております。もう少しこの部分を聞いてみたいとか、質問してみたいことがありましたら、ぜひ。会場の方から聞きますかね。

質問者1:ありがとうございました。人に誘われてうかがったもので、今日はすべてがファーストタイムでとてもおもしろかったです。ありがとうございました。

阿部:ありがとうございます!

田中:誘ってくれた人、ありがとう!

質問者1:ちょっとうかがいたくて。10年勤めている会社の中で、私自身に対する会社の評価が、自分のがんばり感というより、わりとその時々の潮目で変わっていたっぽいなと、振り返った時に思ったことがあったんですね。

阿部さんに聞きたいのは、自分に対する会社の評価をどう感じるか。それと、自分自身が自分に対する評価に影響があるのかをうかがいたいと思っています。

それから田中さんには、会社にいた時もあって、会社を作ったとはいえ、(会社を)出た時に「対社会」の評価になるのかなと思っていまして。それによって、会社の評価と社会の違いがあったのかとか、自分の感じ方が変わったりしたことがあったのかをうかがえればと思います。

阿部:先に僕から言うと、評価を「会社の評価」と「社会の評価」と、少し分けて考えているところがあって。

近しい人からの評価を大事にする

阿部:おっしゃっていたように、会社の波ってありますよね。よく評価されやすいタイミングで自分が波に乗れていたような時と、一方で自分はがんばっているけど会社の波とは少し違うところにいたから評価されない、みたいな。

自分はがんばっているんだけど評価されない時と、いつもとがんばりは同じくらいなのに高く評価される時、僕自身もどちらも経験してきた気がしていて。少なくとも、自分が自分を評価している部分と会社の評価が、いつも一致しているわけじゃなかったりもしていて。

そういう時に「社会の評価」とは何かというと、身近にいる人や信頼している人が、「いいね」「よかったよ」と言ってくれることもあると思うんです。その評価を、自分の心を安定させる上でもちゃんと大事に持っています。

近くにいる人が「すごい」「いいね」「励まされたよ」「良かったよ」と言ってくれることも、自分の中で大きな評価軸として置いていて。

会社や組織にいると、金銭が絡むフィードバックに心が左右されてしまうんですが、「自分が自分をどう評価してあげるか」というところでは、近くにいる人からの評価も大事にしていますね。

今回の本も売れたらうれしいし、広まったらうれしいのもあるんですが、妻に読んでもらった時に、「文章がうまくなってるね」って言ってもらえたんですよ(笑)。

田中:4冊出して(笑)。

阿部:そうそう(笑)。それがすごくうれしかったというか、「俺、文章うまくなってるんだ!」と思えて。

売れたらもちろんうれしいんだけど、近くで見てくれている人が言ってくれたことが、実はすごく自分を支えてくれているなと思うので。いろいろな波がある中で、自分の評価軸を持つようにしていますね。

会社の評価が“自分の本質的な評価”とは限らない

田中:ご質問の、「会社の評価」と「社会の評価」がどう違うか。これはもうまったく逆で、まず文字が逆になってますよね。これも重要な点です。

阿部:まさに(笑)。

田中:会社にいた時は、僕も評価を散々に悪く付けられた時もいっぱいあるんですよ。でも、これは限られた企業の中での評価で、限定的な意味合いの評価を受けているから、「俺の本質的な価値には関係なかろう!」って思えるところもあったんです。

ところが自分で会社をやり、人様からお金を預かり、出版社だから人様から原稿を預かり、それを出して、従業員に給料を払う。社会と全面対決している気分になっているんですよ。全人格がかかっているような気がするのね。

だから、もしこれがコケたりあかんかったりしたら、すべてを否定されて逃げ場がないというような気持ちでやっているから、会社の経営者という立場になった時には、売上や世間の評判だったり、比べものにならない評価の恐ろしさを感じていますね。

……ていうふうに、僕は今、大袈裟に考えているんだけど、たくさん会社を経営していたり、何度か会社を倒産させてもまたがんばって新しい会社を立ち上げた人に聞くと、「ぜんぜんそんなことないよ!」って。だから、これもいっぱいステージがあるねん。

俺は今、必死のパッチ。でも、それをたくさんやっている人からしたら、どうってことないかもしれないですね。

質問者1:落ち着かないなと思っていたんですが、あたたかい気持ちになりました。ありがとうございました。

田中・阿部:ありがとうございます。

(会場挙手)