阿部広太郎氏×田中泰延氏が対談

阿部広太郎氏(以下、阿部):みなさん、本日はありがとうございます。よろしくお願いします。

田中泰延氏(以下、田中):よろしくお願いします。

(会場拍手)

田中:すごい。ゴールデンウィークの中日に、こんなにたくさん! 昨日の時点までで事前予約は2人くらいでしたよね。

阿部:そうですね。2人くらい(笑)?

田中:しかもうちの社員だったんですけど、それがこんなにたくさん。

阿部:本当にすごい!

田中:だって今(ゴールデンウィークだから)、東京が一番人口が少ない時期でしょ? 東京の総人口の40パーセントくらいがここに集まっているという。

阿部:こちらに集まっていただいて(笑)。

田中:ありがとうございます。

阿部:ひろのぶさんとB&Bさんで(イベントを)やらせていただくのは3回目になるんですが、それまではずっと配信でやらせていただいていたんです。

田中:そう、いつもカメラの前でね。

阿部:そうなんです。カメラに向かってお話を。

田中:カメラの前ではスベり放題にスベれたんですけど、今日はスベっていることがビビッドにわかるという、非常に逆境ですが。

阿部:そうなんです、ビビッドに。

田中:でも、こうやって顔を見て話せるのはうれしいですよね。

阿部:うれしいですね。

田中:ずっとカメラにしゃべってたもん! 

阿部:ずっとカメラに向かって話して、時折コメント欄を確認して、「ちゃんと届いている」というふうにやっていたんですけど、今日はうれしいですね。ありがとうございます。

田中:ありがとうございます。よろしくお願いします。

4冊目となる著書『あの日、選ばれなかった君へ』

阿部:では、今日はこの春に刊行した『あの日、選ばれなかった君へ』という本の刊行記念ということで、トーク中にツイートいただくこともすごくうれしいので、ぜひにと思っております。

流れとしては、最初に自己紹介をしたあとに、本の概要を説明します。そのあとにひろのぶさんから、本をどういうふうに感じてくださったかという感想をうかがって、2人のそれぞれの過去のエピソードに基づいて話せたらなと思っております。

では、先に僕から自己紹介をします。申し込みのページにもあったので、あらためてなんですけど、広告の文章を書いたり作ったりするコピーライターという仕事をしております。

その他にも、言葉の受け取り方や発信の仕方を1人でも多くの人と分かち合っていきたいなと思いまして、「言葉の企画」と題して講座をやったり、「企画でメシを食っていく」という連続講座をやったり、2016年から書籍を書いてまして、今回の本が4冊目になります。

田中:すごい。

阿部:いえいえ(笑)。

田中:ついに4冊目!

阿部:4冊目です。2016年に『待っていても、はじまらない』という本を刊行した時に、初めて大阪でひろのぶさんにお会いすることができて、そこから6、7年ぐらいのお付き合いです。

2人の出会いのきっかけ

田中:初めてお会いした日は、「はじめまして! 阿部です! 同じ会社の後輩です」「いや〜、僕も会いたかったんですよ。でも僕、会社辞めるんです」「え〜!?」っていう出会いでしたけど(笑)。

阿部:そうなんです。ようやく初めてお会いできて、ご挨拶をした時に、「辞めます」ということで、本当に青天の霹靂でびっくりだったんですけど、そこからも主にTwitter上で(交流があって)。

田中:Twitterって、なんか青い鳥のSNSみたいなやつ? 僕、今年はチャレンジしてみたいと思ってるんですよ(笑)。

阿部:ずっと青い鳥のTwitterでやり取りさせていただいて、今日に至ると。それではひろのぶさん、自己紹介をよろしくお願いします。

田中:田中泰延と申します。初めてお目にかかる方っていらっしゃるんですかね? 「初めて実物を見る」という方……。

(会場挙手)

田中:わ、けっこういる。すごい、すごーい! 

阿部:2、3割ってとこですかね。

田中:すごい。珍獣を見るような目で。ありがとうございます。田中泰延と申します。阿部さんとは同じ会社に勤めてはいたんですが、さっき申し上げたように、辞めると決まってからお会いしたぐらいなので、お仕事をご一緒することはなかったんです。

僕も電通でコピーライターという仕事をずっとやっていて、24年勤めて、2016年の暮れに退職しました。

電通を退職後、出版社を立ち上げ

田中:阿部さんもダイヤモンド社さんから今回の本を出されていますが、僕もダイヤモンド社さんから『読みたいことを、書けばいい。』という本を出させてもらいました。

それまでブラブラしてたんだけど、なんとか物を書いて生きていけるようにはなったんです。

本を出してすごくうれしかったので、「じゃあ自分も出版社を作ろう」ということで、名前がひろのぶなので「ひろのぶと株式会社」という出版社を作って、本を刊行させていただいています。

ちょっと宣伝っぽくなるんですけど……ぜんぜん宣伝じゃないですが、こういうロゴの会社をやっております(Tシャツの企業ロゴを見せながら)。

『あの日、選ばれなかった君へ』、僕はめちゃくちゃ感動したので、そのへんの話を中心にですね……「そのへんの話を中心に」って、それ以外の話を中心にして何になるのかという噂もありますが、していきたいなと思っています。よろしくお願いします。

阿部:ありがとうございます。それでは、今、ひろのぶさんからご紹介いただいた新刊の話を少しだけして、そのあとに感想をうかがいながら本題に入っていけたらなと思っております。

田中:「少しだけ」と言って、全ページ読み上げますが。

阿部:なんと(笑)。

一生懸命やっても「選ばれない」こともある

阿部:こちらの本なんですが、端的に言うと「再出発の本」です。人生において、なかなかうまくいかないこととか、なかなか叶わないことだったり、くじけてしまうことがあると思うんです。

そういう時に、どういうふうにリスタートしていくかを書いている本です。まさに七転び八起きで、転んだ時にどういうふうに起き上がって、またスタートするかをテーマにしています。

帯は、編集者の亀井(史夫)さんが本文から見つけてくれた、「不安なのは、君が本気だからだ。」という惹句に着地しました。本文にも書かれているように、不安とどういうふうに付き合って・向き合っていくかというところも書いている本になっております。

先ほども話したんですが、受験とか、就活とか、恋愛とか、部活の試合に出られる・出られないとか。仕事をしているとプロジェクトやコンペがあったりと、一生懸命やっていたけど叶わない、選ばれないということが、誰しもあるんじゃないかなと思うんです。

そういう時って、ヤケになりそうになったり、自己嫌悪になったりする瞬間が心情的にあると思っていて。

「選ばれる側」から「自分自身で選ぶ側」へ

阿部:ほかにも最近ですと、オーディション番組で最後に選ばれる人とそうじゃない人、漫才の賞レースで1位とそうじゃない人と、本当にくっきりと分かれるような瞬間を見た時に、僕はグサっときて。準優勝だったり、選ばれなかった人のほうを見てしまうんです。

選ばれなかった時って、世界が終わったかのように感じてしまうんだけれども、本当はご縁がなかっただけのはずです。どういうふうにそれを受け止めて、どんなふうに再出発したのか、立て直していったのかをぜひ書きたいなと思いました。

コピーライター養成講座で講師をしていて、「どうやったらコピーが選ばれるか」をいつも考えて、伝えているところもあるんですけど、「選ばれなかった時にどうすればいいのか」というのは、なかなか語られていないよなと。

先輩も「ドンマイ!」「やめない限り負けてないよ」と言ってくれるんですけど、もうちょっとそこの部分(選ばれなかった時にどうすればいいのか)をちゃんと言葉にしていきたいと思いました。

成長した今の自分が、かつて選ばれなかった過去の自分、「君」という存在に、どんな声をかけられるのかを書いております。

人生経験を重ねていくと、選ぶ側に回らなくちゃいけない時も来るかなと思っています。そういう時に、「あぁ、いっそ誰かに選んでほしいな」と思うこともあるんですが、自分で選べる人にならないと、ずっと誰かの庇護のもとだなとも思っておりまして。

だから本を、「選ばれる側」から「自分自身で選ぶ側」になっていくという構成にしています。

赤裸々な内容が共感を呼び、重版出来

阿部:「選ばれずに落ち込んだ時にどうすればいいのか?」というのを、俯瞰した立場から書くのではなくて、自分自身が赤裸々に書くことで、読み手の人が「ああ、こういうこともあったな」「こういうことをすればいいのか」と、身近に感じていただけるようにしました。

かなり赤裸々に書いているんですが、まさにヒントと生きる勇気を得られる本にできたらという思いです。先日、幸いにも重版することができました。

(会場拍手)

田中:もうね、出版社をやっている身としては、この世で一番好きな言葉ですね。「重版」(笑)。

阿部:本当に嬉しい響きです。すごくありがたい気持ちを、日々日々噛み締めております。こちらの本について、ひろのぶさんの感想をうかがいつつ、「2人のメモ」というお話を展開していけたらなと思います。

田中:「重版出来(しゅったい)」です。読めましたか? 「しゅつらい」でも、「でき」でもないですよ。……「でき」でもいいらしいけどね。

阿部:そうですね。そういうふうに読む出版社さんもいらっしゃるみたいですね。

田中:世界で一番好きな言葉が「重版」で、次に好きな言葉が「増刷」。

阿部:ほぼイコール(笑)。

田中:ニアリーイコール。

阿部:ひろのぶさんからは、ツイートで感想をいただいて。「ビジネス本のダイヤモンド社さんから出したのは小説ですよ」みたいな、本当にありがたい言葉をいただいていて、今日は控え室でも感想をうかがうのをグッと堪えておりました。

田中:だって控え室でしゃべったら、ここへ出てきた時に「さっきしゃべったからもういいよね」って必ずなるので、ずっと黙ってたんですよね。

今回の書籍は「七転び八起きの書」

阿部:まず、どんなふうに感じたのかを、ぜひおうかがいしてもいいですか。

田中:最初に思ったのは、「七転び八起きの書」って書いてましたけど、どう考えても、7回転んだら起きるのは数学的に7回だと思うんですよね。

阿部:確かに! 本当にそうですね(笑)。

田中:なんで8回起きるの? 最後の1回、何なん? ということは、コケてるところから始まるの? 

阿部:本の副題にある「7枚のメモ」というのが、七転び八起きにかかっているというのは後付けなんですが、転んでるところから始まると、数字的にはぴったりですね。

田中:あと、「やまたのおろち(八岐大蛇)」ね。これも、頭が8個で股は7個しかないですよね。……世界三大七不思議の1つですよ。ちなみに、世界三大七不思議って21個ありますからね。世界三大・七不思議ですからね。

(会場笑)

田中:そんなことが言いたいのではなくて。こういうことを言ってお金をいただくイベントじゃないんですから。これだけは言っておきたい。

阿部:(笑)。

田中:僕、初めて読まされ……読ませていただいて……。「読まされた」って(笑)。

阿部:「読まされた」(笑)。

田中:いや、ちょっと、今のは違うの(笑)。びっくりしたの。俺が貼ってない「田中私物」っていう付箋が貼ってあって、思考が止まった。

阿部さんのサインが入っているから、うちの社員の人が間違えないように「田中私物」って貼ってくれたんだと思うんだけど、「田中私物って何!? これ、誰かの私物なん?」と思って、頭が真っ白になった。

“ビジネス書の体で小説を出す”という試み

田中:阿部さんともちょっと話したんですが、パラパラっとめくって「あれ? これ小説じゃない?」と言ったら、阿部さんが「そうなんです。ダイヤモンド社っていうビジネス書を中心に出している出版社から、ビジネス書のような完全な小説を出してやるという試みを企てた」と。これ、すごいことかなと思って。

実は僕も、『読みたいことを、書けばいい。』と『会って、話すこと。』という本を、ビジネス書のような体でダイヤモンド社さんから出させてもらっているんですが、ある人に言わせたら「中身は完全にポエム」らしいです(笑)。読まれた方、いらっしゃいます? 

阿部:多くの方が読んでくださっていると思います。

田中:ありがとうございます。まだ読んでない方はいらっしゃいます? (会場内を指差しながら)売ってます! ものすごく売ってます! 

阿部:本当に、絶対に読んだほうがいいと思います。

田中:お金さえ出せば買える! 間違いない! お金で解決してください。

阿部:(笑)。

田中:人間の言いたいメッセージを伝えたら、それは本当の意味での「ビジネス書」になるんだと思っていて。

阿部:まさに、まさに。

田中:自分の出版社から出したい本もそういう本なんですよ。スキルじゃない。「こういう時にはこうすればいい」と言ったって、そのとおりにはならないじゃないですか。それよりは、思いのところを書いたらいいんじゃないかなと。

今作で、すべての主語を二人称で書いた理由

田中:読まれた方はもう気づかれたと思いますが、なんとこれ(『あの日、選ばれなかった君へ』)、すべての主語が二人称なんですよね。めずらしい。「君は〇〇をしている」「君はこの時そう思った」とか。

二人称というのはすごく難しいジャンルで、文学作品ではいくつかあるんですよ。(作品名を)メモしてきました。

イタロ・カルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』という有名な小説。これはなんと、書き出しが「あなたは今、イタロ・カルヴィーノの新しい小説『冬の夜ひとりの旅人が 』を読み始めようとしている」という文章で始まる。アイデアですよね。

日本にもいろいろあって、倉橋由美子さんの『パルタイ』『暗い旅』、それから重松清さんの『疾走』。最近だと、井戸川射子さんの『この世の喜びよ』。僕は井戸川射子さんと重松清さんしか読んでないんですが、二人称って難しいけど、読み終わった時の一体感がすごいなと思って。

阿部:本当にそうですね。今回で言うと、二人称にするのがすごく大きなチャレンジではあったんですよね。

一人称の「僕」だと、どうしても自分語りの色が濃くなってしまいます。編集者の方との話し合いの中で、「『君』という二人称にすることによって、感じ方が変わるんじゃないか?」というところから書いていって、やってみるとかなり難しかったというか。

田中:難しいよねぇ。

阿部:どうしたらいいのだろうか? と、すごく試行錯誤しましたね。

読み進めるほど「自分ごと化」できる物語

田中:「君は」って言われることによって、読んだ人は「自分の話でもあるんだな」「自分のことを言われているんだな」と思うんだけど、この本は言うたら、体験していること自体は阿部さんの話だよね。

だから、それをどこまで重ね合わせることができるか。具体的なことは、阿部さんのすごく私的な体験に違いないんだけど、普遍的なことが抽出されていないと二人称は失敗するので。

阿部:本当にそうなんですよね。

田中:読み進めて、場面場面で「あ、なんかこれ俺の話やな」「やっぱり似たことあるわ」と思ったところがいっぱいあったので、「これは自分に書かれたものじゃないのかな?」と、みんなが思えるところがあるんじゃないかなと思うんですよね。

阿部:ぜんぜん自分のことじゃないのに「君は」「あなたは」と言われると、文章を読んでいる時に絶対に異物感があるはずだと思うんですよね。

自分自身そのものの話じゃないとしても、文章を読んでいる時に、少なくともベンチの隣にいていいような信頼関係を育てていくというか。異物感が少しずつなくなって、読み手の人と溶け合っていくためにはどうすればいいのかな? というところは、第1章からすごく考えていました。

まさに、ひろのぶさんがおっしゃってくれた「一体感」を感じられるためにというところは、書きながらずっと考えていましたね。

田中:めっちゃ気を遣うよね。

書籍が“自分語り”にならないための工夫

田中:そのためには、「君は」と言っている以上、固有名詞を排除していかないといけないじゃない?

阿部:そうなんですよね。

田中:大学名とか企業名を入れちゃったら、「いやいや。それは阿部さんの物語でしょ」ってなるから、これは大変だったと思う。

阿部:そうなんですよ。

田中:もしこれが「オレ語り」になってたとしたら、わりと「いけ好かない話」なの。慶應出て、電通に入った男の話ですよ。ちょっと腹立つでしょ?

(会場笑)

阿部:それは避けたいですね。いけ好かないです(笑)。「いけ好かない野郎だな」とは思われたくないです。

田中:そこがすごく大事。俺だって釣り書きだけを見たら、早稲田出て、電通入って、辞めて調子こいてるやつの話なんですよ(笑)。

それを批判している人もいるの。俺だって批判されるし。阿部さんの本だって、「すごくええところの悩みじゃない?」って言う人もいるじゃないですか。

阿部:ありました。僕の本のプロフィール部分の写真をアップして、「悲報。著者が選ばれている件」みたいな(笑)。中に書いてあることは、誰しもにきっとある挫折とかを描いている本なんですよね。