仕事の本質

山下悠一氏(以下、山下):中でもお金を手放したのは、かなりの修行だと思います。「お金を手放したら食うのに困るという恐れには、どのように対処されていますか」。

小野龍光氏(以下、小野):これは本当に心から思っていますが、自分が役にも立たなくて、何をしてもパンの一切れも恵んでもらえなかった時が、いよいよもって自分が逝く時、死ねばいい時だと思っています。

佐々井(秀嶺)さんもよく「自分の命は民衆が握っている」とおっしゃる。なぜならば佐々井さんは常に民衆からの寄進、ご飯やお布施で生きているので、役に立たない人間だったらすぐ死ぬわけですよね。僕はこの考え方はすばらしいと思いますし、もうすでに得度して命を捨てた人間ですので、それでいいと思っています。

山下:続いて、「既存の資本主義社会に依存した生活の中で、働くことと幸福感を満たすことの両立をするには、どういったかたちがあるとお考えですか」という質問が来ています。

小野:今日スキップしたスライドがありますが、そこにまとめているつもりです。ここ(スライド)では「お仕事」と書いていますが、働くことは本来、動物が当たり前にやっていること。支え合いですね。

ハチもアリもそうですし、すべての動物、ホモサピエンスもそうですが、個体として生き延びるのは難しい。例えばご飯を分け合うこともそうですし、何か得意なこと、防寒具を縫うのが得意な人はそれを作ってあげる。誰かのためになって、その対価を今は貨幣としていただくのがお仕事で、稼いだり、自分のモノを増やすのは、本来お仕事ではないんですよね。

ですので、誰かのためになることをやっていればお仕事になりますし、誰かのためになることをやっていれば最低限生きるのに困らない飯、1つでも十分ですが着るもの、もしくは雨風をしのげる場所が、おそらく手に入るのではないかと自分なりに考えています。

先ほどミラー効果の話をしましたが、誰かのためになることをやるだけで、十分に幸せを感じられると思います。これが自分のタイトル、名声、お金のことになり始めると、キリのない渇きが永遠に続き、苦しみに変わる、と考えています。お答えになっていれば幸いです。

山下:仕事が人さまのためになっていれば、それが喜びにもなるということですね。ありがとうございます。

おしゃれに「グリーンテック」「SDGs」なんて言わなくていい

山下:「環境破壊も根本的な原因は人間活動の拡大ですが、その解決策としてグリーンテックスタートアップの横行があり、そこに資本を入れて膨張して熱狂している状況にちょっと違和感を感じます」という質問も来ています。

小野:みんなが洋服を買うのを少し減らすだけで十分なので(笑)。グリーンテックなんていうおしゃれなことを言わなくても、SDGsなんておしゃれなことを言わなくても。あのバッジを作るだけでゴミが生まれていますから。

山下:(笑)。

小野:あれ(SDGsのバッジ)をつけてる人に対して「あなたがSDGsを破壊していますよ」とおっしゃってあげれば、優しい人は覚めるかもしれません(笑)。

残念ながら、人間である以上はそうはならないかもしれませんが、環境破壊に対しては、「足るを知る」が広がるだけで、少しはブレーキがかかると信じています。

山下:環境ビジネスも相当白熱してるところがありますからね。

次に、「独り言のような悩み。今までやってきた信念体系に疑問を持ってハッとすると、いったい自分は何をしたいんだろう、自分の人生の意味は何だろうと考える」というメッセージも来ています。なりますよね。

「執着があるから生きていた部分もあって、手放そうとすると単に無頓着になってしまうようで、ある意味生きた心地がしない部分もある」。そうですよね。うちの嫁さんも、煩悩を捨てるのは逆に嫌だとよく言うんです。「生きている心地がしないから、私はたくさん食べたいんだ」と(笑)。

そういうこともあると思うんです。欲を捨てていこうとすると、生きていることの味わいもなくなってしまうことを僕は感じました。

小野「欲はなくなりません。死ぬ瞬間まで欲はあります」が答えです。欲を捨てなければいけないわけではなくて、欲の一部にはどんどん膨らんで、永遠に満たされないものがあることを知るのが大事だと思っています。

それを、自分の心を常に眺めてコントロールすることが、仏教の教えの根っこです。すごくラフに言うと、ただ自分の心を、呼吸を通して見続ければOKな感じです(笑)。

別に欲はなくならないんですけど、どこかでちょっと気がつくじゃないですか。「このまま食い続けていたら、さすがに自分は病気になるんじゃないかな」とか。でも「おいしい、おいしい」と食べている最中は、やはり気がつきにくいものです。

それが日常になってしまうと、止めることすら概念からなくなることは容易に起き得るんですね。お酒とかドラッグとか、ギャンブルとかが一番はまりやすいです。

なので繰り返しですけれども、苦行して禁欲生活をしないと生きられないということではなくて。生きている以上は欲はありますし、欲はいいんです。ただ、はまりやすくなるものがあるので気をつけましょうね、というぐらいで十分だと思っています。

著名人の抱える苦しみの深さ

山下:「得度した前後で環境や人間関係が変わったと思いますが、関係を切るとか、新しい人と関係性を持つとか、けっこう変わったのでしょうか」。

小野:自分から切ることは、やっているつもりは一切ありません。わかりやすく言うと、連絡がこなくなる人は、もう縁がなかったということですし。むしろ今までまったく意識してなかったような縁が非常に生まれました。

先ほどお話しした、けっこう有名な経営者の方で(資産を)数千億円も持つ方から「もう死にたい」という相談をいただいたり。もしくはいわゆる有名人の方から連絡をいただいたり。

もしかしたらこの前の『マツコ会議』をご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、放送ではカットされていますけども、マツコ(デラックス)さんも相当悩まれていますね。なぜかと言うと、テレビという衰退していく産業の中で数字を作ることを期待されている。「自分はこんな格好したくないのよ」とまで本人はおっしゃっていました(笑)。

山下:(笑)。

小野:そういったすごいプレッシャーの中で生きていらっしゃる。特に有名人のような方や、大きな規模のビジネスを興した方であればあるほど、苦しみの深さが大きいんだなと。

そういった方から連絡をいただいたり、お話をする機会は今までまったくなかったですけれども、不思議と最近そういう機会をいただき、かつそれであらためて気づいている次第です。

ネガティブな感情や怒りの原因

山下:「仕事で『自分ばかりがやっている』と思ったり、相手から期待以上のものが返ってこなかった時に『ぜんぜんできないじゃん』と怒ったり、不平不満が出てしまう。こんな自分の心に嫌気がさしています。不平不満が出てくる自分の心に対して、どう対処したらいいでしょうか」という質問です。

小野:あらゆるネガティブな感情や怒りは、自分が勝手に生み出した期待値とのズレから起こると考えています。「国はこうあるべきだ」「うちの会社はこうしておくべきだ」「あの人はこういう態度をとるべきだ」「うちの嫁さんはもっとこうしてほしい」……これは全部、自分が勝手に作り出した期待値ですよね。

実はドーパミンと期待値はすごく連携して、人は期待値と違った時に怒ったり、苦しんだり、悩んだりする。「将来こうありたい」と悩むのも、そういう期待を勝手に強く持っているからですよね。

それは誰でもない、すべて自分の心が勝手に作り出している。あなたがその苦しみを作っていて、怒りのもとを作っているのは他人ではなくてあなたですよ、ということを知れるかどうかです。

そのためには別に必ずしも瞑想をしなくてもいいんですが、自分の心を見つめる。当然のことながら自然も他人もそうですけども、思うとおりにはならない。自然は自然なままに動いているし、他人は他人の考え、国は国の意向がある。

自分が一人勝手に思ったようにはいかないのが当たり前だと気がつく。これだけでずいぶんと心の乱れは減らせるんじゃないかなと考えています。

「誰かの役に立ちたい」という利他の欲

山下:時間がきていますので、最後に1個だけ。「徳を積むこともある意味、欲の一部ではないでしょうか」。これはどう思われますか。

小野:おっしゃるとおりだと思います。自分の場合は「利他という欲」を持っているんですね。

山下:「利他という欲」(笑)。

小野:「誰かの役に立ちたい」という欲にあふれているわけですよね。これは別に悪い方向の欲ではないと思えるので、別に自分はそれでよしと思っています。これが昔のように数字や名声にならないように、常に気をつけることが大事かなと思っています。欲はなくならないと思います。

ただ、どの方向に進むのかが大事です。別に仏門に入った人間でなくとも、誰しもが本来他人さまのためになることをやるべきであると思います。なぜならば人間は集団でないと生きられない生き物だからです。集団の中で、他人に対して良かれということをしない個体は、本来であればだいたい追い出されますよね。

でも今は「自分、自分」という権利主張ばかりの世の中になっているので、あえて「他人さまのためにやることは悪いことではないですよ」と申し上げさせていただいている次第です。

山下:あっという間にお時間が経ちました。ものすごく楽しくお話をうかがわせていただいて、ありがとうございました。

龍光さんのように、ある意味資本主義のど真ん中をずっとやってこられた方だからこそ、仏教とかこういった世界とブリッジして話していただく機会は、みなさんにとっても非常に受け取りやすい、貴重な時間になったのではないかなと思います。ありがとうございました。

最後に龍光さんから何か一言ありましたら、それで締めさせていただきたいと思います。

小野:「利他の欲」を出させていただきますけれども(笑)。

山下:(笑)。

小野:今日もしお答えしきれなかったことがある方は、先ほどの「龍光ポスト」に投げ込んでいただければ、必ず見て、ちょっとお時間をいただくこともありますが、お答えさせていただきます。もしよろしければご活用いただければと思います。ありがとうございました。

山下:私の突然のメッセージにもすぐに答えていただいて、みなさんも本当に真摯に質問すると真摯に答えていただけると思います。我々も龍光さんを見習っていろいろと探求したり、修行したりしていきたいなと思っています。今日は本当にありがとうございました。

小野:お時間ありがとうございました。