両利き組織の実現には「3つの壁の突破」が必要

小田木朝子氏(以下、小田木):ここまでは、前菜およびスープを食した後。じゃあ、今日のメインディッシュです。

沢渡あまね氏(以下、沢渡):“肉”が出てきた。

小田木:両利き組織が必要なのはめちゃくちゃわかるし、必要性を感じたからここにいる。次に私たちが考えたいのは、両利き組織を実現するために必要な着眼点です。

特に、既存事業の「慣れたやり方」の誘引力ってめちゃくちゃ大きいじゃないですか。もっとリアルな話をすると、そうは言っても今現在は、既存事業できっちり成果を出さないといけない。

こういったコミットメントを背負っている私たちが、両利きを実現するために何が必要なのか。ここに話を踏み込みたいと思います。

沢渡:はい。では、また私からでいいですかね? 

横山佳菜子氏(以下、横山):大丈夫です。

沢渡:私は、3つの壁の突破が大事だと思うんです。「3つの壁の突破」と言いましたが、別にジャッキー・チェンが飛び込むみたいに激しく壊さなくてもよくて。

小田木:うん。なんか私も今、アクション的なものを想像しちゃいました。

沢渡:徐々に風穴を開けていくでいいと思うんですが、3つの壁の1つ目が「経験の壁」。

小田木:要は、経験の壁を突破するってことですね。

沢渡:そうですね。2つ目が「マインド&適性の壁」。

小田木:適性の壁を突破する。

沢渡:3つ目が「実感の壁」。

評価されやすい「目先の仕事」ばかりを意識しがち

沢渡:1つ目(「経験の壁」の突破)でいくと、おそらく組織の大勢は、目先の仕事や、言われたことをきちんとやる仕事しかやったことがない。あるいはマネージャーにおいても、(そういう仕事を)やらせたことしかない。

ある日突然、「組織変革です」「デジタルトランスフォーメーションです」「未来のこと考えて」と言われても、経験がないからできない。あるいは、適性があるかすらわからない。この、思考停止状態に陥ってしまっている可能性は大いにあると思うんですね。

ただ、目先の仕事って評価されるじゃないですか。達成感、あるじゃないですか。だって、手を動かしたらすぐ成果が出るんだもん。あるいは、今週、明日には成果が出るってわかっているんだもん。だから気持ちいいんですよね。よって、そこに心が寄ってしまう。

まずは未来の仕事を経験してみるとか、その機会を作って、経験の壁を突破する。適性を考えるのは、そこから先でもいい。

あるいはそれを通じて、「この人、適性がありそう」「適性がなさそう」と判断したり、スキル開発をすればより高みを目指せそう。

これは、試合に出してみないとわからないんですよ。まずは試合をする。経験=適性って勘違いしやすいので、これは分けて考えたほうがいいですね。

各人の適性に合った仕事をする・させていく

沢渡:2つ目。中には、やっぱり新しいことをやりたい・チャレンジしたいと、もがく人はたくさんいます。(私が今いる)この浜松地域もそうですし、さまざまな地域や企業で「新しいことをやりたい」チャレンジする人を応援してきました。

ところが、すごく悩ましいのが、心では新しいことをやりたくても体がついていかない人ってたくさんいるんです。「ダンクシュートを決めたいんだけれども飛べない」っていう人は、たくさんいるんですね。

小田木:今日はバスケですね。

沢渡:はい。元バスケットマンですから(笑)。これは、本当に見ていても悲しくなるし、なんとかしてあげたいって思うんだよね。

ところが、長い間目先の仕事や、どちらかというと受けの仕事しかしてきていないと、悪気なく体がついていかない。そういう意味で、マインドをいかにリスキリングしていくか。

時間がかかることもあります。私が見てきた人でも、新しいことをやりたいけどなかなか体や頭がついていかなくて、苦しみながら3年、4年かかった人もいる。

そこから変われない人もいるし、やっぱりちょっとしんどいよね。今までの仕事に戻っていく人もいる。それは、どちらも正しいと思うんですね。きちんと向き合って、自分の適性に合った選択を促していく。

もちろん、目先の仕事や今の仕事を成果で出せる人も素晴らしい。これは適性の問題です。どちらも正しいし、どちらも価値があるわけです。自分の適性に合った選択をする・させていく。これが2つ目です。

新規事業は成果が見えづらく、評価されにくい

沢渡:そして3つ目が「実感の壁」。これは何を言っているかというと、かなぶんさん、新しい事業って、なかなかすぐには成果が出ないじゃないですか。

横山:まさに。

沢渡:よくあるのが、新規事業をやっている人やトライをしている人が、「何をやっているかわからない人たち」になってしまって、評価されない。

新しいことは成果が見えにくいから評価されない。貢献や成果が実感できない。その結果、目先の仕事に逃げてしまったり、途中で投げ出してしまうこともよくあるんですね。

「実感の壁」を突破するために、「こういうことって大事なんだよ」と、しつこくトップが言い続けたり、言わせ続ける。あるいは、成果ではなく変化を言語化して称賛したり、変化を評価していく。

このためには、ビジョンニングやビジョン・ミッション・バリューと照らし合わせて、「なぜ目先の成果が出ないことであっても、組織にとって大事なのか」の実感を高めていく。これは、中長期目線、未来目線の行動を組織に促す上でものすごく大事です。

小田木:ありがとうございます。「経験の壁」「マインド&適正の壁」「実感の壁」。これをどう超えていくかという観点が、(両利きの組織の)実現に必要な着眼点ということで、3つ挙げていただきました。

人事だけでがんばらず、部署横断で力を借りる

沢渡:下の点線部分もいいですか? この3つを聞いて、おそらくみなさんは「人事だけではできなくない?」とか、人によっては「それは人事の仕事じゃないでしょ」と思うと思うんですが、だから人事だけでがんばらない。これが私のメッセージです。

例えば、経営と広報とITと総務、社内越境して連携していく。制度設計や能力開発など、人事ができることはたくさんあります。しかし、組織開発は人事だけでは成し得ない。

例えば、仕事の進め方であればITや総務とか、あるいは目先の仕事だけではなく、中長期の仕事を評価していく風土を作っていくには広報の力を借りた方がいいかもしれないし、経営と対話して経営に言わせたほうがいいかもしれない。

そうなった時に、人事のみなさんは保守的になってませんか? 人事が背中を見せて、人事のみなさんが率先垂範して壁を突破してください。なんか、もう打ち手の話になってきた。

横山:(笑)。

沢渡:ということで、ありがとうございます。

小田木:ありがとうございます。みなさまからコメントもいろいろいただいてます。「タコツボ化からの脱却」「3(実感の壁を突破する)が刺さります」「変化を言語化しています」。

沢渡:ありがとうございます。「こういうことっていいよね」「仕事のやり方を変えたら気持ちよくなったね」、そのような「変化の言語化」と「共感」が社内世論を作るんです。そこからカルチャーは生まれていくわけですね。

小田木:ありがとうございます。

組織としての「WHY」を明確化する

小田木:では、かなぶんさんお願いします。

沢渡:聞きたい。

横山:1つ目がWHY。「なぜ」の明確化。みなさん、「このあとに続くのはWHATとHOWでしょ」と思ってると思うんですが。

沢渡:「なぜ」の明確化、いいですね。

横山:その時に、組織としてのWHYと個人としてのWHYを明確に耕す、というイメージですかね。はじめからWHYがバチッとある組織も個人もいないと思うので、「WHYを耕していこう」というのが、着眼点の1つ目かなと思います。

沢渡:「WHYを耕す」っていいですね。動きがある表現で、目に見えやすくてイメージしやすい。

横山:そうですね。動詞、大事ですね。

小田木:最初は明確でないことをスタンダードにしているっていうのも、ちょっと希望が持てますよね。

横山:ばっちりあったらそれはそれでいいですけど、まずないと思います。組織としてのWHYを明確にしておくことは、当然トップも大事ですし、チームを預かっているミドルの方もすごく大事だと思います。

なんでかと言うと、これはものすごく大事で、両利きの実現のポイントは「葛藤を自覚すること」と「乗り越えること」だと思うんですね。

沢渡:おお〜!

横山:もう、嫌じゃないですか。どっちかで、めっちゃ一生懸命120パーセントのスピードで走れたら、本当に気持ちいいし楽なんですけど、今のビジネス環境の中では「両利きであれ」というのが求められちゃうんですよね。

そうすると、「自分たちのアイデンティティってどっちにあったんだっけ?」「こっちに専念できたら成果が出るのにな」とか、たくさんたくさん葛藤が出てくるわけですね。

この葛藤を乗り越えるために、「なんで私たち、こんな面倒くさい両利きを標榜するんだっけ?」のWHYを置いておかないと、早晩「やめとこっか」ってなるという話です。

「葛藤を自覚すること」から生まれる成長

沢渡:「葛藤の自覚」っていいですね。私の研究テーマの1つでもある越境学習の領域でも、越境の効用の1つが「葛藤を自覚すること」と言われています。

横山:すばらしい。

沢渡:他者と触れたり、今までと違うことをすると、そこでジレンマが生まれるわけですよね。そのジレンマに意味付けして乗り越えていくと、そこから組織も個も成長するというロジックなんです。

横山:まさに。葛藤って、ないことにしたくなるんですけど、あるものを捉えることはすごく大事だと思っています。

沢渡:そうですね。葛藤は成長の過程。

横山:また金言が出ちゃった。よかったら、私の点線ところに沢渡さんの金言を入れといてもらっていいですか(笑)?

沢渡:うれしいです。ありがとうございます。

横山:(笑)。今お話したのが、組織としてのWHYです。一方で、「なんで私はこれをやるの?」という、個人としてのWHYもやはりすごく大事ですね。

この時に大事にしてほしいなと思うのは、「この人を助けるためにやるんだ」「私の人生をこうするためにやるんだ」というふうに、自分の中で、大事にするWHYの言葉に出会うことですかね。

ここも仮置きでいいんですが、少しずつアップデートしていきながら、言葉は常に置いておくことが大事かなと思っています。

多くの会社は「チェンジ」か「チャレンジ」を謳っている

沢渡:かなぶんさん、深いですね。これって、最近言われている「貢献感」。自分は誰かの役に立っているという貢献感を、どう見出して言語化していくかということと重なると思います。

貢献感のベクトルが外向きだと、組織貢献・社会貢献。自分に向いていると、おそらく自己実現なわけですよね。

横山:「内発的動機」という言われ方もしますが、「誰にも頼まれてないけど、私からやるわ」っていうことです。「誰かを助けたい」ということであっても、(内発的)動機であるというイメージをしています。

沢渡:あるいは、「自分の仕事が誰の役に立っているんだろう?」とか。このWHYを耕していくと、仕事が自己目的化しないし、個人と組織の交接点を見出すことができていくわけですよね。

横山:まさにそう思います。

沢渡:ああ、深い。僕、本当にかなぶんさんと出会えてよかったわ。

横山:(笑)。こちらこそ翻訳してくださってありがとうございます。

沢渡:いえいえ、ありがとうございます。

横山:2番目がWHATです。「何を?」の発見を手助けするということですね。これは何かというと、ここ5年、10年で「チェンジ」か「チャレンジ」を謳っていない会社はないという、私調べがあります。

沢渡:(笑)。腹落ちする〜!

横山:中期経営計画とかビジョンって、「チェンジ」か「チャレンジ」をみなさん謳うんです。だけど、何をチェンジするの? 何のチャレンジが求められてるの? ということは、なかなか定義されない。

「うちはすごく大きい会社だから、そんなんできないんだよ」って言うんですが、もうちょっと水路を狭めたほうがいいんじゃない? と、いつも思うんです。

それを経営がやらないんだとすると、現場でやるしかないわけなんですが、何をチェンジ・何をチャレンジするのかを明確にしていく支援がすごく大事だと思っています。

日本の成熟企業に多い「問題解決シンドローム」

横山:なんで大事かというと、「何を」というのは、要は課題なんですね。私たちは日頃、問題解決がすごく得意で、「問題解決シンドローム」と言われますけど、「目の前にある問題を解決することについてはなんぼでもやります」という方が、日本の成熟企業には多いと思います。

だけど、「これを解決したいんです」「私、まずこれをやります」という人は少ない。私も含めて、すごく苦手な方が多いんじゃないかなと思います。でも、課題が見えるとみんなちゃんと走れます。

どうしたら課題を見つけることができるかというと、外に話を聞きに行って一次情報を取って、「ここに困ってる人がいるじゃんか」「この人の抱えている課題を、仕事を通して解決したいわ」と、思ってもらう状況をいかに作れるかが、大事なことの2つ目。

沢渡:ありがとうございます。かなぶんさん、コメントで「ミッション的な」って来ましたが、まさにこれってミッションなのかもしれないですね。どうですかね?

横山:ミッション・使命・役割より、もう少し解像度を上げたというか、特定されたイメージですかね。

すべての人のすべての課題を、自分たちの事業・仕事で解決することはできないと思うので、「高齢化社会の課題」じゃなくて、「山梨の過疎地域に住んでいるおじいちゃんの、免許返納の不便を私たちの授業で解決したい」みたいに。

沢渡:そこまでいくと事業レベルになり、さらにタスクレベルになりますね。

横山:そうですね、まさにそんなイメージです。切り分けられるものではないですが、「上位レイヤーのミッション」というのを、一番イメージをしてるかもしれないです。

沢渡:なるほど。たぶん、ビジョン・ミッション・バリュー・パーパスって、それを現場の一人ひとりがどう噛み砕いていくかというプロセスと、自分たちがやったことを総称して、「これが自分たちのミッションなんじゃないか」っていう、帰納と演繹の繰り返しだと思うんですよね。

横山:まさにそのイメージですね。

沢渡:ありがとうございます。

横山:こちらこそ。

一気に変わろうとせず、雪だるま式にコツコツと

横山:3つ目がHOWですね。これは、「変革のシナリオづくり」と捉えてます。

沢渡:変革のシナリオづくり。

小田木:「どうやって?」みたいな感じですよね。

横山:はい。「どうやって変わるの?」と言った時の、シナリオづくりですね。人は、「変われ、変われ」と言われて変わらないので、なんとなく「変わってやってもええで」というタイミングで、ちょっと背中を押していく。この感じが大事だと思うんです。

沢渡:僕、かなぶんさんの言葉の柔らかい表現すごく好きですね。もしかしたら奈良弁って、変革をしなやかに後押しするニュアンスがあるんじゃないかなって、今感じたぐらいです。

横山:ありがとうございます。あの関西弁を、たまにこんなふうに悪用しています。

小田木:悪用(笑)。

沢渡:いやいや、言葉の運用力です。(視聴者から)「ええで」ってコメント来た(笑)。うれしい。

横山:この時にすごく大事にしたいのは、「運動論」。社会変革でも運動論と言いますが、いきなりみんなをいっぺんに「変われ」ってしないで、雪だるまのように、まずは芯を固く作って、そこからぐるぐる雪をまぶしていったら大きな雪だるまになっていくイメージです。

沢渡:運動論。

横山:「ちょっと変わってやってもいいで」と思ってる人って、たぶんみなさんのチームにもなんとなくいると思うんです。

まずはそういう人たちからそそのかして、未来志向であってもいいし、顧客主義であってもいいし、課題発見に動かすでもいいんですが、まずは踊りたい人を踊らせて、そこから全体へのムーブメントに広げていく。

小田木:そそのかして(笑)。

横山:このシナリオづくりが、チームのマネージャーや人事のみなさんには求められているのかなと思います。

「心の中で半分手を挙げてる人」は、意外といる

沢渡:いいですね。僕、「まんざらでもない」とか、そういう言葉が好きで。

横山:まさに!

沢渡:「この組織、キラキラじゃないんだけど、まんざらでもないかな」って思えたり、あるいは「しょうがない。じゃあ、やりますか」みたいなね。

横山:「やってやるか」みたいな。

沢渡:そうそう。この空気感、すごくいいですね。

横山:うちでも、「心の中で半分手を挙げてる人」という言い方をするんですけど。

沢渡:わかりやすいな。心の中で半分手を挙げている人、ね。

横山:(思い切り挙手)こんな人はいないんですよね。(小さく挙手しながら)でも、これくらいはいる。

沢渡:そうそう! たぶん、こうやる人(大きく手を挙げる人)は1割もいないですね。