成田悠輔氏の「お金」観

藤野英人氏(以下、藤野):今日はぜひとも呼びたかった成田先生のご登場です。よろしくお願いします。

成田悠輔氏(以下、成田):よろしくお願いします。

藤野:ふだんみなさんが成田先生にあまり聞かないようなお金の話を、たっぷり聞きたいと思っています。まずはズバリ聞きたいんですが、お金は好きですか?

成田:たぶん世の中の普通の人よりは、ぜんぜん好きではないと思います。

藤野:ぜんぜん好きではない。

成田:もちろんまったく(好きではないということ)ではなくて、砂漠の荒野に一文無しで放り出してほしいとは思わないんですよ。

藤野:そりゃそうですよね。

成田:ただ、稼ぐために何かをやっているという感覚はなく、お金を軸に人と競争したり比べたいというのもない。さらにいい家に住みたいとか、いい車が欲しいとか、時計が欲しいみたいなのもほぼないんですよね。

日々普通の生活ができるほどのお金があれば、あとはけっこうどうでもいいかなという草食系な感じですね。

藤野:なるほど。それってお金が人生の動機や目的じゃないという意味ですよね。

成田:そうですね。かつ、そんなに儲けているかと言われるとそうでもない。

藤野:そうでもないんですか?

成田:すごく儲からないことばかりやるのが好きなんですよね。

藤野:例えば?

成田:そもそも研究ほど儲からないものはないですし、教育も基本的にスケールしないので、あんなに効率が悪いものもあまりないと思うんですよ。さらに最近はよくわからない文芸誌とかに、怪文書みたいなのを必死になって書いたりして原稿料を貰うみたいな。お金を手に入れるために、本当に効率が悪いことばかりやっているんですよね。

そういう意味では、普通の小金持ちのエリートサラリーマンくらいの稼ぎ方しかしていないので、インターネットインフルエンサーで、絶えず数字のことを考えている人たちとか、絶えず株価と直面している企業経営者のような人たちとか、良くも悪くもお金に駆動せざるを得ないような人たちと話をしていると、ちょっと別世界にいる人間だなという感じはすごくあります。

人々の生活コストが膨らむ理由

藤野:お金がモチベーションじゃないとしたら、教育とか研究は何がモチベーションになるんですか?

成田:変化がモチベーションという感じですかね。つまり、これまで考えたことがないことを考えるとか、会ったことがない人と会うとか、そういう単純な変化に対する好奇心みたいなのが動機かなと思うんですよね。

研究の場合だと、これまで考えたことがないことや見つけられたことがないことを見つけるのが、ほぼ研究の定義ですよね。なので新しさが定義だと思うんです。

教育の場合は、ある意味で新陳代謝で人が入れ替わっていく。ある教育を受けたら、そこから出て行くのが重要じゃないですか。その変化が中心にあるんだろうなと思うんですよね。たぶんすごく飽きっぽくて、次々入れ替わっていくような状況を作り出すのが好きなのかなと思いますね。

それを言うと、またすぐ「そんなことを言えるのは稼いでいるからだ」みたいなことを言われる場合もあるんですけど、やはりそうでもないんじゃないかと思っていて。

藤野:言われますよね。

成田:人間が、特に若い人が最低限生活していくために必要なコストって、よくよく見るとものすごく低いわけじゃないですか。人間って何か無駄なストレスを抱えて、そのストレスを発散するためにお金を使わなくちゃいけなくなり、生活コストが膨らむ場合ってけっこう多いと思うんですよね。

藤野:なるほど(笑)。

成田;見栄を張るために生活コストが膨らんでいる場合は、その見栄や無駄なストレスを取り省ければ、ベーシックインカムとまではいかないまでも、すごく給料が低い状況でもぜんぜん戦える場合が多いと思うんですよね。

実際、ひろゆきさんとか(笑)、あの人は本当にフリーターの若者みたいな金額しか使っていないんですよ。

藤野:そう言っていますし、そうらしいですね。

成田:本当にそうなんですよね。コンビニでペットボトルのお茶を買うのは「信じられないような贅沢だ」と怒り出すんですよ。

藤野:(笑)。

成田:それができるのは、ある意味で心に強さがあるからだと思うんですよね。プライドとか見栄とか世間体みたいなものが、お金の価値を必要以上に膨らませているなと感じるんですよね。それをどう取り外せるかが大事なのかな。

自分のやりたいことを妨げているものは?

成田:それは、あらゆる稼ぎのレベルで起きていると思っていて。僕の資産家の起業家の友だちとかでも、経済的には何の問題もないんですけど、すごく見栄を抱えていて。高級レジデンスの何階に住んでいるかというのを、なぜかものすごく気にするメンタリティを自分の中に作っている。

藤野:なるほど。

成田:そこからちょっとでも落ちることが、ものすごく心理的なコストになっているんですよね。そういうことでどんどん泥沼にはまっていくみたいな人って、別に稼いでいる人でも、いくら資産がある人でもいると思うんですよ。

藤野:資本市場とか資本主義をうまく使って稼いできた人なんだけど、別の資本主義のステイタスとか鎧を被せられているということですよね。

成田:そうなんです。資産や収入が膨らめば膨らむほど、それに関わるコストやストレスも膨らんで、ぜんぜん幸せにならないみたいなことが、普通に起きちゃうと思うんですよね。

藤野:僕はよくディスカッションをやりますが、お金があれば幸せになると思い込んでいる人が多いわけですよ。「今、自分が幸せじゃないのはお金がないからだ」と思っている人が多い。

成田:そうですね。それが典型的な落とし穴の発想だと思うんですよね。

藤野:そうなんですよ。そういう人によくやるのは、「わかった。今10億円あったら何をする?」という話をします。そうすると、ある種の幸せの貧困さが出てくるわけですよ。

例えば家を買いたいとか、会社を辞めて世界一周旅行がしたいとかいろいろ出てくるわけですよ。そういう時に私は「今できませんか?」という話をするんです。だいたいの場合、お金がやりたいことを妨げていることは少なくて、勇気がなかったり、自分の行動を縛っているだけということが多かったりするんですよね。

幸せの付加価値のイメージを与えるようなコミュニケーションをしたほうが、彼、彼女の幸せ論につながっていくので。

あまりお金をかけずに充足感を得るポイント

成田:そういう意味で言うと、人間は社会的なシンボルや、記号として確立された幸せとか充足以外のものをすごく忘れがち、あるいは気づかないという問題があると思っていて。要はあまりお金をかけなくても手に入れられる充足って、すごくたくさんあるわけじゃないですか。

藤野:そうですね。

成田:でも本当に自分たちでバーベキューとかをやって、スーパーで買ってきた安い食材を川の横で火に焙るだけで、信じられないくらいおいしいわけじゃないですか。

藤野:そうですね。

成田:その充足感を得るためにお金って多少は必要だけど、そんなに多くは必要ないと思うんですよね。そういう人は自分なりの充足感のバラエティとか、満足した経験のバラエティを、若い段階でどう身につけるかが大事なのかなと思いますよね。

小学校の時とかって5分休みができるとみんなで校庭に出て、5分ぐらいドッチボールをやって、とてつもない充足感を得て帰ってくるとか普通だったじゃないですか。

藤野:(笑)。そうですね。

成田:あれがどこかのタイミングでできなくなっちゃうのが、すごく不思議で悲しいんですよね。そういう意味で言うと、今後学校とかが持つべき役割は、たぶん非効率なかたちで同じ教科書を使って、教室でカリキュラムを教えるみたいなことではなくて。

みんなで順番に毎日修学旅行をするみたいな感じで、小さい予算みたいなのを与えて、その中でどれだけ楽しいことができるかを、みんなで見つけていく、冒険みたいな役割に、だんだん変わっていかないといけないのではないかと思うんですよね。

「自分たちの想像力と体1つで手に入る幸せ」みたいなものをどう取り戻していくかが問われている気がします。

ニューヨークのトレーダーの間で流行った小話

藤野:ご存じかもしれませんが、私がけっこう好きな寓話があります。ニューヨークのトレーダーの中で流行った小話ですが、ある成功した投資家が南の島に行きました。そこで、家族で釣りに行き、魚をとって焼いて食べて、お昼寝をしてというような家族に会いました。

その時、その彼は「もうちょっと夢を持たなきゃいけない。もっともっと魚を釣ってもっともっと稼ごう」みたいな話をした。「もっともっと魚を釣って、もっともっと稼いで、どうするんですか?」「魚をもっともっと釣れるようになったら船を大きくしよう」「船を大きくしてもっと釣れるようにしたらどうするんですか?」と。

そうしたら「人を雇いましょう。人を雇ってもっと魚を釣りましょう」「もっとそれが成功したらどうするんですか?」「魚のすり身の工場を造って売るんだ」「魚のすり身の工場を造って、それで成功したらどうするんですか?」と言ったら、ニューヨークでIPO(上場)をしましょう」と。

「ニューヨークでIPOしたらどうするんですか?」と言ったら、「株を売って南の島に行って、家族で魚でも釣って、シエスタをしてそういう生活をすればいい」「僕、しているじゃないですか」という話をして(笑)。これ、すごくいい寓話だと思うんですよね。

成田:うんうん。

藤野:投資で成功して事業が成功したら幸福なのかというと、ぜんぜんそんなことはなくて。結局家族で幸せとか、いい仲間がいるとか、一日一日充足感のある生活ができるということが大事なので、実はお金の多寡はそれほど関係がなかったりするんですよね。

成田:そういう意味では、お金を稼いだり手に入れることの価値は、お金がそんなに大事じゃないということを、自分自身で現物を使って証明できるみたいな側面があるのかなと思いますね。

藤野:意外とそれはあるかもしれない。

成田:それで「やはりそうだったんだ」と、本当に納得できるところがあるんじゃないかと思いますね。

藤野:確かに。「じゃあ、みんなお金稼ぎましょう」と言って(笑)。

成田:これでギリギリこのチャンネルの趣旨と(笑)。

藤野:お金稼いでもしょうがなかったって(笑)。

お金の使い方にあらわれるもの

藤野:でも、「お金のまなびば!」で私が言いたいことは、お金の大切さも伝えているけど、本当の意味の投資は何かというところを伝えたいわけですよ。

投資はマネーゲームでお金を増やすことが目的で、お金を増やせば幸せになると思っているけれども、そのために投資をしているわけじゃないよというところを、深く伝えたいというのがこの番組の趣旨なので。そういう意味で見ると、成田さんの話はもう私の趣旨どおりというか(笑)。

成田:投資でも消費でもいいんですけど、どんな大きなお金でも小さなお金でも、それをどう使うか、どう投資するかは、ある意味で自分の価値観の表れじゃないですか。

藤野:そうですね。

成田:それを通じて自分が何を大事だと思っているのかとか、どういう存在やどういう活動を応援しようと思っているのかというのを見直すというのは、すごくいいことだろうなと思うんですよね。結局、みんなが投資したり払ったりするから、それを受け取った人たちがまた同じものを作れたり、より良いものを作れたりするわけですよね。

なので投資やお金は、僕たちの価値観そのもので、何が大事なのかという自分たちの内面を、お金というメディアを通じて世界に表現しているという部分は、すごくあると思いますよね。

そういう自己表現とか、ある種のアートとしてのお金の使い方みたいな側面も、稼ぐためのお金と同じくらい、もっとみんなが考えてもいいことなのかなと思いますよね。

手元に100億円あったらやりたいこと

藤野:成田さんが100億円とか1,000億円くらいのお金を正当に貰った、もしくは預かったといった場合に、何かしたいことはありますか?

成田:今、手元にあったら、そのお金を使って全国の若者や失業者をある自治体とか都道府県に大集結させて、その自治体を乗っ取る。

藤野:ああ(笑)! できるよね。

成田:できる。

藤野:実はできます。合法でできますね。

成田:はい。それを1万人という単位で組織して、市区町村をその人たちが周遊していくと、市区町村選挙の結果とか全部変えられると思うんですよ。

藤野:確かに確かに。

成田:それで次々と20代の首長がとりあえず誕生するみたいな変化が作り出せたとして、社会が変わるのかを見てみたいという感じがありますね。

藤野:確かに。意外と政党の活動資金って、自分たちが予想しているよりも小さいんで。

成田:小さいです。なので、本当にこれは放送しないほうがいいと思うんですけど。

藤野:いやいや。

成田:資産家たちとかが連合を組んだら、資金的には本当に巨大な政党を作れると思うんですよ。

藤野:そうですね。

成田:なので、政治を変えるために国政レベルでやるべきなのは、資金を提供するような資産家たちの連合体と、顔が知れているマスコットアイドル、インフルエンサーとしての人たちと、それから政治を動かすために何が必要かを知っている、経験者たちのグループを作り出して、単独で政治の世界に入っていくというよりは、むしろグループ、党として。

藤野:チームでね。

成田:数十人でドカッと入っていくみたいなので、野党第一党になるくらいのチームを作るということをやるべきなんだろうなと思いますね。