企業の拡大に伴う、広報の守備範囲の広がり

日比谷尚武氏(以下、日比谷):ちょっと抽象的な話が続いたので、ここからぐいぐいと具体的な話に入ろうと思います。では、広報の機能をどうやって事業につなげるのか。一般的な企業で役割分担をしたら、組織の大目標があって、それを部門ごとに割り振って、さらに所属するメンバーでノルマ、タスクを割り振って実現しようとします。

例えば、「今期は売上10億円を目指すぞ」といった時に、「営業は受注を100件してこい。その分、マーケはリード獲得、見込み客を200件取ってくるぞ。そうすると今の人員じゃ足りないから、人事は営業を今年中に15人採用しよう」という分担をするわけです。

その時広報は何ができるのか。よくある例はこんな感じです。例えば営業が受注を100件取りたいなら、今までとちょっと違ったところにアプローチしなきゃいけないし、ジャンプしないといけない。営業活動しやすいように、既存のお客さまの事例や大企業の事例を記事化して日経に取り上げてもらうようにしよう。それを見て、商談がスムーズに進むようにしようということができます。

マーケティング部門がイベントの集客をしやすいように、業界誌を呼んでレポート記事を書いてもらい評判にするなどもできます。採用でも同じようなことができます。

広報の仕事は、各部門の機能や目標を裏から支えることが多い。つまり、単体で機能することはあまりなくて、あくまでも既存の組織の機能や目標ありきで、いかに貢献できるかという発想で行動することが多いです。

別の切り口で説明しますと、これ(スライド)は企業が左から右に創業期からどんどん大きくなるにつれて、広報の守備範囲が広がっていくことを表しています。

四角の箱の中は、例えば創業期であればミッション・ビジョンの策定、誰でもわかるようなロゴの策定、サービスメニューを作るなどから始まる。事業が波に乗ってきたら、今度はマーケティングや営業の支援。先ほど申し上げたような展示会や事例を記事化するなどですね。

組織を大きくしようと思ったら採用の支援があり、大きくなってくると、今度は社内のコミュニケーションを円滑にしなきゃいけない。最近はSNSに社員が勝手に書いて炎上することが問題視されていますが、そういった対応なども含まれます。

上場前後となると、IRとのコンビで発信することもあります。それから、最近はスタートアップで初期の頃からやる場合もありますが、ロビイング(ロビー活動)もあります。業界団体との対応、監督官庁との法改正の交渉など、ルールメイキングに立ち向かうことを広報が担うこともあります。

広報が経営・マネジメントの近くにいる理由

日比谷:これらは全部この順番でやるとも限らないし、全部やらなくてもいい。広報1人が担うわけではなく、会社でこういう機能のニーズが発生してきたら、それを一緒にやるという理解でいいかと思います。

例えば事業発表やブランディングをどーんとやってみたり、事業の事例を専門誌やメディアに出してみたり、採用のためにエンジニアをイベントに登壇させてみたり、時には体を張って謝罪の対応をしたり。そういったことが広報の仕事として見える部分にあります。

会社の変化や、やりたいことの変化に合わせて各部門との連携をするとなると、自ずと広報は経営やマネジメントに近いところにいる必要がある。各部門が何をやろうとしているのか、何に困っているかがわかる状態にしておくのがいいと思います。

この資料は、(社会)情報大学院大学という広報専門の大学院大学で研究された真鍋(順子)さんがまとめたものを拝借しています。イケてるベンチャーの広報がどんなことをやっているかをいろいろな角度から調べた時に、トップや経営陣と広報の距離が近く、関連部門と広報が情報共有や連携がきちんとできていることを挙げています。

イチ広報の担当者がもがいてもできないことがよくあって、「社内や経営者の理解がないんです」と広報の方が嘆く声をよく聞きます。これはボトムアップでやるよりは、会社の経営陣がしっかり意識して体制や組織作りをし、広報が動きやすいようにしてあげるべきだと思います。

広報部門の立ち上げ方

日比谷:「広報の部門を立ち上げたい」と考えた時に、いきなり今日この後申し上げるような「ソートリーダーシップをどんと実現したい」「日経のトップに毎月出るようにしたい」というのはまず無理で、ホップ・ステップ・ジャンプで足場固めから少しずつ育てていく必要があるんですね。

最初は基礎的な広報活動をするための作戦作りや体制作り。メディアを調べる、関係を作るというインフラ整備から入って、少しずつ定期的な発信ができるようになる。

やがてソートリーダーシップ戦略や、ちょっと凝った攻めの戦略や発信ができるようになっていく。それが事業だけではなく、人事や業界団体、危機管理など、総合的に勘案してプロデュースできるようになってくると、立派な組織ができあがっていく。

初めから立派な広報部門を作ろうとせず、コツコツ足場を作るところからやっていくことも大事かと思います。これから作ろうとされている方は、「焦らずにコツコツと」というつもりで臨んでいただくといいかと思います。

前半戦の「広報とは何ぞや?」「広報を事業に活かす」のまとめになりますが、やはり広報の役割は多様だということ。繰り返しになりますが、業種や会社の規模、事業の成長フェーズ、事業の状況、社長や経営者の方針によって、何をやるべきかはどんどん変わるんですよね。

経営者やマネジメントの方は、きちんとその都度、今広報に何を求めたいのかを判断して、必要な環境を広報に提供してほしい。そのためには、経営者の方も広報をある程度理解していただかないといけないので、今日の話を頭に入れていただけるとありがたいなと僕は思います。

そういう背景を踏まえて、広報の担当者は自分1人で孤軍奮闘する必要はないけれど、経営やマネジメント、事業ときちんと密着して「今自分が求められている広報は何だろう?」と向き合ってほしいんですね。

よく若い広報の方から、「日比谷さん、うちの会社の社長は広報のことをわかっていないんです」という相談を受けます。「どういうこと?」と聞くと、「『毎月5本くらいメディアに出ろ』と言うんです」「なるほど。それは確かに数が目標じゃないし、5本の中身や媒体、『何のためか』がない。数字だけになっちゃうと、それは良くないね。そこは、あなたも説明する必要があるよね」というお話をします。

広報の方が経営者の目線できちんと広報の意義や範囲の広さを語れるようになることも大事です。会社の中で広報の理解を求める材料として、ぜひ私がお伝えした話を使っていただければと思います。

「○○と言えばこれ」を想起させる、ソートリーダーシップ戦略

日比谷:ここからは、今日のお題であるソートリーダーシップの話に入っていこうと思います。もしここまででご質問や疑問点のある方がいたらQ&Aに送ってください。後ほどまとめて回答させていただこうと思います。感想などでもけっこうです。

では、「ソートリーダーシップの確立」の話に入っていきます。「ソートリーダーシップの確立」の話はわりと成熟期といいますか、基本的な発信後の応用技としてやることかなと僕は思っています。

例えば、製品が出たらリリースを打つ、移転をしたら発表する、noteやSNSを運用するなど、基本的な発信活動をした後にやるものなので、中間を飛ばしちゃうんじゃないかなとも思うんですが、そのつもりで聞いてください。

「うちは中盤がまだだわ」と思ったら、一足飛びにソートリーダーシップをやらなくてもいいんです。ただ、こういう世界があることを知っていただければと思います。

ソートリーダーシップとは、英語で「thought leader」と書きます。マーケティングの世界では「特定の分野の第一人者のポジションを獲得するためのマーケティング活動」と言っています。ちょっと文章が長いですね。

要は(スライドの)右下に書いてあるように、「経済紙と言えば日経新聞だよね」みたいな感じで、あるテーマについて考えた時に「○○と言えばこれ」と一番に思いつくような「第一想起されるポジションを目指しましょう」というのがソートリーダーシップ戦略です。

ただ一番に思い出されるだけではなく、「将来を先取りした解決案」という定義が肝になります。この定義は必ずしもこうじゃなくてもいいんですが、要は未来を指し示すんですね。今あることをただ説明する、解説するだけではなくて、「この先こうなっていくだろう。だからこうすべきではないか。こういう準備をすべきじゃないか」ということまで、きちんと語れること。

その結果、お客さんに「この人の話を聞いておいたほうがいいだろう」という信頼や、「この人の話、わかるな」という共感を生んでいく。結果的に問い合わせが増えたり、「あの会社やあの人の言うことだったら信用できるね」と商談の時間やリードタイムが短くなるという効果がある。

あとは、「せっかくこのテーマで講演会をやるのなら、あの人に登壇してもらおう」と露出の機会が増え、ますますソートリーダーシップに加速がかかる効果も見込めます。

フィンテック領域での「無双状態」を実現した事例

日比谷:ソートリーダーシップを実現できている人や会社はどんなところか。特に今回はスタートアップで考えたんですが、いろいろな人を例に挙げようとしても、結局いつも瀧(俊雄)さんになっちゃうんですね(笑)。

瀧さんとはマネーフォワードというフィンテックサービスの創業者でもあります。もともと野村證券にいたり、金融アナリストや政策検討もやられていた方ですが、マネーフォワードを立ち上げました。ブログで書いていたのを「Fintech研究所」と名乗って発信活動も始めたんですね。

もちろん瀧さんの見識や実績があった上で成り立つことではあるんですが、スタートアップが研究所と名乗って発信を始め、結果的には業界関係者の日銀の方と対談をされたり。

フィンテック政策に対して意見をしたり、政府の検討会や金融庁、経産省に呼ばれたり、フィンテックのテーマの取材や登壇で呼ばれたり、「日経FinTech」でも常連になったり、Fintech協会という業界団体のアドバイザーにもなったり。

こうなると無双状態でして。「フィンテックの話をするんだったら、とりあえず瀧さんを呼ぼうか」「一言ちょっとご意見をうかがっておこうか」となったり、問い合わせも増えるわけです。

手前味噌ですが、例えば名刺管理と言えばSansan。最近は請求書もやっていますけど、創業から10年ぐらいは「名刺と言えばSansan」を狙ってきました。

キャッシュレス決済と言えば……やはりPaypayさんが大きいのかな。二次流通ならばメルカリ、電動キックボードと言えばあそこで、ECと言えば……、みたいな。

新しいサービスや事業が出てきた時に、「ここが第一人者よね」というポジションを取ってしまうと、サービスを利用したりその話を聞ききたい時に、まず第一にお声がかかるので、入れ食い状態になっていきます。

ブランディングの仕組み

日比谷:これは、ただ露出が増えるからいいというわけではありません。ブランディングにもつながります。どうやって人々が情報を捉えていくかを知っていると説得力が上がるので、少しお話しします。

私はブランディングのプロではないので、ちょっと端折った説明にはなりますが、ブランディングの仕組みとは、まず企業が「ミッション・ビジョン・バリュー」、やりたいことや価値観を言語化・見える化します。

それをロゴやイメージカラー、VIなどビジュアルでもわかるかたちにして、アセット(価値)を作り、ステークホルダーに対してさまざまなコンタクトポイントや伝え方で、あの手この手で伝えていく。

ステークホルダーは統一された情報を何回も受け取るので「この会社はこういう会社だね」とタグ付けがされます。「こちらが届けたい正しい認知」をしてくれて、結果的にコミュニケーションの効率が良くなったり、簡略化されたりします。

「ああ、あの会社ね。知ってる知ってる。説明しなくていいから」ということが起こり、結果的にそれが事業の成長につながるということです。

BtoBのブランディングやコミュニケーションがいかに事業につながるかという研究は長くされていますので、いちいちここでは言いませんが、採用にも、見込み客へのアプローチにも、正しい理解を高めることが大事だと言われています。

認知が問い合わせに発展するメカニズム

日比谷:これがなんで起こるのか。ちょっとお勉強っぽい話ですが、人が行動を起こす時って、いきなり行動を起こすわけではないんですね。「何かしよう」と発想したり思いついたりする。それで行動に移すわけです。「何かしよう」とか「したいな」というのはきっかけです。

そのきっかけの後ろにさらに形成されているものがあって、それが価値観です。例えば、「今度お腹が減ったらあそこのシュークリームを食べようかな」とか、「いや、飲み物はあそこの水しか飲まない」「俺、ビールはあそこしか飲まないんだよね」みたいな価値観があって、「喉が渇いたな。じゃああそこのビールを買おう」になるわけですね。

「俺はこれしか飲まないぞ」という価値観が生まれる理由は、その人の頭の中に知見や記憶がたまっていくからです。その積み重ねが価値観になるんですけども、その知見や記憶の引き金、最初の種になるのが情報提供になります。

つまり同じことを正しくちゃんとその人に伝え続けていると、それが基になって価値観が形成され、何かのきっかけの際に行動に移ってくれる。だから、最初に正しい情報を的確に伝えて、相手の頭に残しておくのが大事になるんです。

これはソートリーダーシップの話にも関わります。例えば企業がモノを買うという判断をする時に、先ほどの「名刺管理と言えばSansanだよね」という話があの手この手で刷り込まれていると、「名刺管理システムを導入するなら、まずSansanを検討しよう」となると。

営業電話を受けたり、展示会でチラシをもらった時に、「ああ知っている。そうだ、ちょうどやろうと思っていたんだ。ちょっと問い合わせするか」みたいになる。これは科学的な、定量的な分析は非常に難しいんですけど、メカニズムはこういうことです。

なので、この仕組みをわかった上でソートリーダーシップ戦略を作ろうということです。これさえわかれば、逆にこの蓄積をどうやってやるか、「How」を考えればいいんだねという話になります。