傾聴と深掘りで「課題の本質」を見極める

池原真佐子氏(以下、池原):(キャリア1on1の4つのポイントについて、)次に、話を聞きながら「課題の本質を見極めよう」というところです。

傾聴しながらも「この相手が語る言葉の裏に、どんな意図や価値観、願いがあるんだろう? さらに、どんな課題が隠れているんだろう?」と、氷山の上を広げていくのではなく、下に向かって「この人はなぜ今こういうことを言っていて、この裏にどんな気持ちがあるんだろう」という意識を持って相手の話を質問したり、繰り返しながら深めていく。これが重要です。

例えば「私、ちょっと転職したいんですよね」とまず相手が語ったとします。ここですぐ表面的なことに飛びついてしまうのはいけません。「転職? 転職なんかやめたほうがいいよ」とか、「あと1、2年は働くべきだよ」「転職といえばこのエージェントがいいよ」といったような、表面的なことだけでアドバイスをしがちです。

そうではなく、傾聴や深掘りを通じて「転職、なぜしたいんですか?」「その裏にどんなものを期待しているんですか?」「じゃあ転職した場合、しなかった場合、どんな未来があるんでしょうか?」と、転職という表面の裏にあるものにまず目を向けていきましょう。

その結果、転職する・しないということが、実はその人のありたい未来ではなく、例えば「新しいスキルを身につけてみたい」ということが、もしかしたら課題の本質に当たるかもしれません。

では新しいスキルを身につけるには、もしかしたら転職は必要ないかもしれないし、もっと新しいオプションが出てきたり、あるいは転職をしない結論になるかもしれません。

また、みなさんがアドバイスすべきことは、転職をすべきかするかということではなく、その裏にある新しいスキルを身につけるには、どのようにしたらいいかといったように、課題の本質に対するアドバイスになっていくでしょう。

このように表面的なことに飛びつかず、そこをしっかり掘り下げ、どの部分に対してアドバイスをしてあげたらいいのかを見極める。これが重要なポイントです。

「アドバイス」の4つの視点

またその上で、必要に応じて自分自身の経験をもとに、部下や後輩にキャリアの助言をする。これが3つ目のポイントです。まず助言をするには、しっかり傾聴して見極める。その上で「少しアドバイスしてもいいですか」と断りを入れます。

これは下塗効果といって、「今からアドバイスするよ」と、いったん準備するような言葉がけをする。それによって、相手が受け取りやすくなるという効果があります。

また、その次にアドバイスを行いますが、くどくど、長々、武勇伝になるのではなく、端的にポイントを絞って伝えることが重要です。またアドバイスは4つの視点からするとよいでしょう。1つ目は自分が知ってる知識、情報を伝えること。2つ目は、その人が見えてなかった新しい選択肢を一緒に考えてあげること。

3つ目は自分自身の似たような経験、あるいは異なるけれども何かつながるような体験からの教訓、学びを伝えてあげること。そして4つ目は、その人の物の見方そのものに対して、助言を行うことです。

例えば、介護と仕事で何か悩んでいる後輩がいたとします。しっかりと傾聴した結果、介護そのものがつらいということではなく、時間のやりくりに苦労していることが課題の本質だったとしましょう。

その上で「〇〇さん、もしよかったら少しアドバイスしてもいいですか? 介護といえばこの会社にはこんな介護制度がありますよ」と、まず知識や情報を伝える。これが1点目の知識、情報。あるいは「時間のやりくりといえば、こんなやり方もあるんじゃない? こんなやり方って他にはないかな」という、新しい選択肢を提案する。

「私自身も実は介護したことがあって、その時の経験からするとね。周りにこんなふうに声をかけて巻き込んでおくといいよ」というような、自分の経験からの教訓。

あるいは「私自身、介護の経験はないですが、とても大変なプロジェクトが続いて、時間のやりくりがとても難しかった時に学んだことは、こうこうこういう教訓ですよ」というように、その体験そのものには自分自身は何か言えることはないけれども、ほかの経験から言えること。その教訓を伝えること。

また、物事の見方、考え方という点でいうと、「〇〇さん、今介護で大変つらい気持ちになっているのはすごく理解できます。ただもしかしたら、少し視野が狭くなってるかもしれませんよ」であったり、「私から見るとこの状況ってこんなふうな解釈になるけれども」というような、違うものの見方や解釈、考え方を伝える。これも立派なアドバイスです。そしてアドバイスしたあとは、「こういう考えもあるけどどう感じる?」と、必ず相手の反応、感想を聞いてみましょう。

キャリア1on1のクロージングで伝えること

そしてキャリアの1on1を行ったら、最後にしっかりとクロージングを行ってください。60分の場合は約10分前。30分の場合は7~8分を目安にするとよいでしょう。「そろそろ終わりに近づいたのでクロージングしますね」と宣言します。

そして2番。次の3つのポイントを端的に伝えましょう。「もともとのテーマ」「話していて気づいたこと」「現在どんな状況になっているか」です。例えば、「今日は介護と仕事の両立というテーマでしたね。

そして話す中で、〇〇さんは時間のやりくりをするには周りを巻き込むことが大事だと気づいていらっしゃいましたね。そして話した結果、チームのメンバーに自分の状況を伝えてみようということに落ち着きました」と、「テーマ」「気づき」、そして「現在地」を軽く伝えます。

その上で「ここまで話してみてどう?」と相手に感想をまた聞きましょう。そして相手が「そうですね。今日は話してすっきりしました。〇〇さん、ありがとうございます。僕も(私も)チームとしっかり連携して介護を乗り切っていきたいと思います」といったように、何か感想を言い終えたら4番。あなたからしっかりと承認、鼓舞、前向きな言葉を掛けましょう。

「〇〇さん、本当によくがんばっています。抱えこめ過ぎずに、私も相談に乗るのでいつでも言ってくださいね。これからも一緒に頑張っていきましょう」などと声を掛けます。そしてもし次回がある場合は、「次回は何週間後ですね」といった連絡事項や、あるいは次回に向けて宿題をもし出す場合は、宿題について連絡をしてあげてください。

キャリア1on1において宿題は必須ではありませんが、もし何か出したい場合は負担にならず、取り組むことがちょっと楽しくなる、わくわくすること。またできなくても責めるのではなく、「もし負担だったらやらなくてもいいからね」などと言ってあげましょう。

例えば「じゃあ、次回までに自分の好きなところ3つ見つけてきて」とか、「周りの人にね、あなたの良いところや伸びしろについて、少し対話をしてきて」といったような、軽いものが良いかもしれません。ここまでキャリア1on1のポイントを4つに絞ってお伝えしてきました。

愚痴や悪口、雑談で終わる1on1はNG

ここから「こんなキャリア1on1してませんか?」 というようなNG事例を紹介しますので、もしふだん、キャリア1on1を行っている場合は少し自分を振り返る。そんなきっかけとしてください。まず、「何のためにやってるのか誰もわかっていない」「愚痴や悪口、雑談で終わる」「お医者さんの問診のような1on1」、そして「無意識バイアスに囚われた助言」。

まず1つ目。なんとなくキャリアの対話をしようと集まったはいいけれども、そもそもこれって何のためにキャリアの話するんだっけ? と理由がわかっていない。またなんとなく集まってなんとなく終わる。ドタキャンや再調整ばかりで何かお互いコミットしていない。あるいは「やれ」と言われたからやっているだけという義務感でいっぱい。こんなことはないでしょうか?

また、どうしても会社内チーム内だと、お互いの状況がわかるだけに、愚痴が出てきた時に「ああ、わかるわかる。私もさあ」と一緒になって愚痴を言ってしまったり、同調しすぎてしまう。「あなたの言ってることはわかりますよ」という共感は重要かもしれませんが、同調して同じ土俵に乗って、「私も実はあの人のことを嫌いでさ」というように、同調するというのはNGです。

また表面的な雑談だけになり、まったく会話が深まらず終わったあとに、「これなんだったんだろう」と、お互いモチベーションが下がってしまう。また、愚痴や悪口がノンストップで出てきて、どういったふうに中断していいのかわからない。こんなことはないですか?

もし表面的な話になってしまったり、愚痴や悪口になってしまった場合は、いきなりプツンと話の腰を折るのもよろしくありません。ただ、ある程度「うんうん」と聴いたあとに、「〇〇さんがね、今たくさん不満があるってことはとてもよくわかったよ」と、悪口の内容に同調はしないほうがいいです。

「あなたがそう言いたい気持ちはわかるよ」と共感をしつつ、「じゃあさ、ちょっと違う視点から質問してもいい? この状況を変えるにはどんなことがあなたにできるかな」といったふうに少し論点を変え、その人の内面や気づきにつながる質問に切り替えていきましょう。

質問ばかりの「お医者さんの問診のような1on1」

次に、「お医者さんの問診のような1on1」。とにかく矢継ぎ早に話を振る。質問ばかりがランダムに続く。また「はい。次、次」といったような無機質な問診になり、尋問のようになる。例えば「3年後どうなりたいですか?」と聴いておきながら、相手が答えた後に「はい。では次」と反応がない。またメモばかり取ってカルテのように、下を向いてずっと書き続けている。こんなことないでしょうか?

このようにならないためにも、質問だけでなく傾聴でお伝えした繰り返し、Rephrase(リフレーズ)のスキルも使いながら、しっかりと顔を目を見て、相手の表情、態度、空気、声のトーンに意識しながら、傾聴し向き合っていきましょう。

4つ目「無意識バイアスに囚われた助言」。無意識バイアスとは、スライドに3つ代表的なものを書いてありますが、男とは、女とはこうあるべきである。あるいはラベリングといって、特定の集団に対して特定の思い込みを持ってしまいます。白黒思考もAかBかしかない。転職するか我慢するかしかないといったような、極端な思考に囚われてしまっている。

このような思考を私たち誰もが持ってしまっています。もちろん部下や後輩も持っていますし、私たち、キャリア1on1をする側も持っています。ここに気付きながら助言の中に「やっぱりさ、女性ってこうあるべきだよ」といったバイアスに囚われた助言をするのでもなく。

また、相手が「私は女性だから、やはりリーダーとか無理ですよね」と言った時に、「うん、そうだね」というバイアスにまみれた相槌をするのではなく、自分がどんな時にこのようなバイアスが出やすいかを意識しながら、キャリア1on1ではそれが助言や相槌に反映されないように、意識して気をつけてみましょう。

またこのような無意識バイアスは個人の中だけではなく、チームや組織全体に蔓延していることもあります。ですので、自分たちのチームって何かバイアスにとらわれてないだろうかということも、日頃からちょっと距離をとって見つめ直してみる。このような対策が有効でしょう。

プライベートにどこまで踏み込んで聞いていいのか?

次に番外編「こんな時どうする?」です。(スライドを示し)「プライベート、どこまで踏み込んで聞いていいの?」。女性の部下や後輩を育成し、キャリア1on1をしていた時に「管理職になりたくない」と言われた。「転職・離職の話が出てきた」。そもそも「キャリア1on1のきっかけがつかめない」。みなさんの中にもこんなお悩みを持つ方いないでしょうか?

まずプライベートに関してはキャリアの話をする上で、当然、私生活の話や個人的な話が出てくることはあります。ですので、しっかりとまず信頼関係を築いておく。相手の話に耳を傾けたり、笑顔で相槌を打ったり、しっかりと承認の言葉を掛けたり、そのようなことの積み重ねで信頼関係を築きましょう。

また、もしプライベートについて何か踏み込んで聞きたい場合は、何のために聞くかを明確にしてください。それも興味本位、ただ聞きたいから聞いているだけではなく、例えば「私は上司として、あなたのキャリアについて一緒に考えていきたい。なので、もしよかったら今後、ライフプランなど考えていることがあれば教えてくれるかな」と明確な理由を伝え、興味本位ではなく、一緒に伴走したい気持ちを伝えてください。

また「もし、プライベートのことなので、今後のライフプランとか結婚や出産の予定について、話したくないということがあれば、話さなくてもいいですよ」という権利も伝えます。またもし話してくれたら、当たり前ですが守秘義務を徹底しましょう。

優秀な女性の後輩や部下に、キャリアの話をする時

次に、優秀な女性の後輩や部下にキャリアの話をするときに、「私から見るとあなたはすごくリーダーに向いているけれども、リーダーになってみるっていうのはどうかな」と助言をした時、「いやいや、私、管理職になりたくないんです」と返されてしまった。こういったお悩みを持つ管理職、マネージャーの方によく出会います。

このような場合に必要なのは、まず女性特有のキャリア課題、共通の課題と対応方法について知っておくということです。もちろん女性といえども、一人ひとり状況も課題も異なります。

なので、一人ひとりに向き合うという前提はありつつも、日本の社会にある、あるいは世界的に共通すると言われているジェンダーに関する課題。さまざまな研究や理論、知識、対応方法が今出ておりますので、そういった方法、内容、知識を身につけておく。これが重要です。

私のキャリア1on1の書籍にも、「このような場合どうする?」といったTIPSが書いてありますので、もしよろしければご覧ください。

『「何を話す?」「どこまで聞く?」「どう育てる?」を解決する 女性部下や後輩を持つ人のための1on1の教科書』(日本実業出版社)

また、もし一回断られても、「そっか。じゃあどんな理由があるのかな」と話を深掘りしていったり。

また「じゃあ半年後にもう一度、ぜひこういったところについて話をしていきますね」と、タイミングを見て声をかけてみるのもいいと思います。また、もし期待をかけていて「リーダーという選択肢もあるよ」ということであれば、なぜあなたにこのような期待をしているのかという「Why you」、つまり理由をしっかり伝えることも重要でしょう。

上司や先輩は「完璧であろう」と気負いすぎない

次に「転職・離職の話が出てきた」場合。これも氷山の事例でお伝えしましたが、転職・離職するしないという表面の話ではなく、なぜそう感じているのか。その裏にはどんなキャリア観、希望、期待があるのかを、しっかり探っていってください。そしてAかBという転職する・しないという白黒思考ではなく、何かその人がありたいことを両立できるような方法はないだろうか。

あるいは違う道。転職ではなく、例えば違うやり方をしながら、その夢を叶える方法はないんだろうかと、新しい何か選択肢を探ったり、その人が感じている葛藤や何か障害となっていることを解消するような助言をしてあげましょう。

次に、「キャリア1on1のきっかけがつかめない」場合は、いきなり「1on1しましょう」ということではなく、まず気軽に雑談、お茶やランチから誘ってみる。その上で、業務の1つとしてキャリアの話は大事なので、定期的に「キャリアの話をする1on1をしましょうね」と宣言してしまって、カルチャーにしていくこともあるかもしれません。

その場合は、上司や先輩側もロールモデルであろう、完璧であろうと気負いすぎるのではなく、等身大のままで上司と先輩として、相手に向き合って会話をする気持ちが大切です。

キャリア1on1を社内の風土にしていくためのステップ

次に、「キャリア1on1を社内の風土にしていくためのステップ」について、ご紹介していきたいと思います。まず、「キャリアに関する組織課題を把握する」「目的を明確にし、効果を測定できるようにする」「ルールを明らかにし、マニュアルにしておく」。1on1をする側は「スキルを学ぶ」。そして1on1を受ける方をも受け身ではなく、「動機付けできるような機会を作る」。

まず「(キャリアに関する)組織課題を把握する」でいうと、チームや組織の中で、キャリアに関して今誰がどんな課題があるのかを、ヒアリングなどを通じて把握しておきましょう。

例えば、「若手の離職率が高いので、まずは若手からやっていこう」なのか。あるいは「チーム全体でみんなのモチベーションが下がっていて、やる気がなさそうだ。なので、まずチームメンバー全員に対して行っていこう」というように、仮説に基づき対象や頻度を設計していきます。

その上で何のためにするのかを、1on1を行う人、受ける人、両方に伝えます。そしてやったらやりっぱなしではなく、半年に1回、あるいは年に1回など、効果を測定できるようなアンケート、サーベイを用意、実施し、PDCAを回していきましょう。

そして、どんなふうにするか、誰から予定調整をするか、予定をリスケする場合はどのようにするか、何分間で行うか、事前に準備がいるのか・いらないのか、報告書を作るのか・作らないのかなどルールを決め、明文化しマニュアルにし、展開しましょう。

そして「スキルの習得」。キャリア1on1を実施する側は、少なくとも冒頭でお伝えした傾聴、深掘り、助言、クロージングのテクニックを知っておく。そして、できるようになる機会があると良いでしょう。

次にキャリア1on1を開始するタイミングで、受ける方に対しても説明をしっかりと行う。あるいは同時にヨーイドンでいくつものグループで行う場合は、キャリア1on1を受ける人たちを集めたキックオフなどを実施すると良いかもしれません。

それでは、本日のセミナーは終了といたします。ご視聴いただきありがとうございました。