成長を実感する若手社員が多い企業の特徴

ーーここからは「成長機会のつくり方」についてお聞きしたいと思います。古屋さんがご覧になって成長を実感する若手社員が多い企業の特徴などはありますか?

古屋:率直に言うと、それは若手社員の成長に対して課題意識がある会社ですね。「若手社員が成長していない」と思う会社のほうが、成長を実感する若手社員が多い気がします。おもしろいですよね。

例えばエビデンスに基づいて手立てを考える会社さんが最近増えていますが、社内の誰かが「若手社員が育っていない」と思われて、調査を実施して、その結果から新しい育成施策などを検討されているわけですよね。

そういった意味では、やはり「問い」が立っているかどうかはすごく大事ですが、そもそも問いが立っていなかったり、本質から離れた問いになっているケースもあります。例えば「早く辞める若手が多いけど、それを改善するためにはどうすべきか」「会社に対するエンゲージメントの低さを改善するには」という問いになっているとかですね。

そういった現象を気にされる人事や経営者の方が多いと思いますが、本質はそこにないわけです。それは単なる結果であって、そこに至る理由や、若手社員がどう考えているかをまず分析する。

自社の離職の多さが問題になっているとして、「なぜそうなのか」を考えなくてはいけない。その試行錯誤をできる会社が、結果として若手社員を成長させられる会社になるように感じます。まず率直に受け止めるというフェーズが必要です。

課題をクリアするために必要な「本質に向かう問い」

ーー先ほど、スモールステップにおける内省の大切さをお聞きしましたが、離職率の高さやエンゲージメントの低さという表面的な現象で止まるのではなく、「それはつまりどういうことか」という本質に向かう問いを立てないといけないということですね。

古屋:内省という意味では、本当にそうなんですよね。2倍になったとか10倍になったとか程度はぜんぜん違いますけど、ほとんどの会社で離職率が高まっていて、みなさん悩まれているわけですよ。

その悩みを、その会社独自の制度や文化に即した問いにできているかに関して、ものすごく違いがある。「なぜ自分の会社と若手社員の関係が変わってきたのか」について、あらためて考える必要があると思います。

そこを考えている会社は、1年毎、あるいは年に複数回調査をして変化を追っています。自社で何が起こっているかを徹底的に調査されているわけです。若者が多様化し、職場環境も急激に変わってきたので、現状何が起こっているかはそういう調査をしないとわかりません。

今の経営層や管理職層の方々が過去に経験したことがない状況になっていて、率直に申し上げると、今の若手社員が抱える悩みを誰も理解できていないわけです。極端な話をすれば、戦時中の少年と今の小学生がぜんぜん違うというのと同じで、彼らが変わったというよりは、世相、社会、環境が変わっている。

想像ができないので若手社員に聞くしかないのですが、人事や経営者の方が聞いても、たぶん本音は言わないでしょうから、「なぜ労働環境がこんなに良くなっているのに離職者が増えてるんだ」という話になる。いずれにせよ、職場と若手の新しい関係性に対して模索が始まっていて、その模索ができる会社が、成長を実感する若手社員が多い会社の特徴だと感じます。

若手に成長実感を与えるためのポイント

ーー模索をした上で、実際に若手社員に成長を実感させる取り組みを行う際のポイントとしてどういったことがありますか?

古屋:2つポイントがあります。1つは「心理的安全性」で、もう1つが「キャリア安全性」です。

「心理的安全性」は、エイミー・エドモンドソン先生がGoogleの研究をする中で提唱された概念で、日本でも数年前から多くの会社さんで、ポジティブフィードバックや会議の空間づくり、オフィスのレイアウトなど、いろんな試行錯誤が行われています。

その心理的安全性が成長実感にプラスに寄与することは確認されていて、もちろん高いほうがいいわけですが、日本の若者については、それだけでは実は片手落ちだということもわかっています。

心理的安全性と同時にもう1つの「キャリア安全性」が高い時に、若手の成長実感や成長環境がマックスになることが私のデータ分析からわかっています。

「キャリア安全性」は、「その会社・職場の仕事を続けていて、自分のキャリアが将来も安全でいられるという認識」です。もっとストレートに言えば、「その会社の仕事をしていて、自分が社会で活躍できる、どんな会社・職場でも活躍できる社会人になることができるという認識」のことです。

成長実感が高まらないと若手が成長しないことがわかっていて、この「心理的安全性」と「キャリア安全性」の両方がある職場を目指すべきだと考えています。

「キャリア安全性」を高める、2つの育て方

ーー「キャリア安全性」を高めるためには、具体的にはどういった施策が有効でしょうか?

古屋:私は、「横の関係で育てる」と「外で育てる」の2つを提唱しています。ある種これまでの保守本流の育成メソッドから大きく外れていますが、現代の若手社員に対する育成メソッドとして有効性が確認されています。

共に、これまでの職場にあった垂直的関係での教育ではありません。「横の関係で育てる」は、その会社にいる1年目なら1年目、若手なら若手だけのチームをつくって、そこに「質的負荷」をかけて、短期的なPDCAを回させるというメソッドです。

YouTubeチャンネルの運営や、特定の店舗の経営、単発のイベントの開催といったかたちで、若手社員だけのチームで短期的に成果がわかる仕事をさせます。ポイントは、「関係負荷」と呼ぶ上下関係による不要なストレスがない状態をまず作ること。加えて、若手同士の「なあなあな場」になるとまったく意味がないので、短期的に成果が可視化されるよう「質的負荷」をかけるということです。

もう1つ「外で育てる」というメソッドもあります。職場の垂直的関係での育成ではなく、副業・兼業なり、出向なり、いろんな形態があると思いますが、外部の空間で知見を得る機会を提供するということですね。

それを自社の仕事に還元する仕組みができればパーフェクトです。そのためにはインセンティブ設計をしなければいけないので、けっこうハードルが高いですが、一番いいのは人事考課に反映させることですよね。

異動先の選定に、自分が社外で学んだことや経験が反映できるのであれば、それを会社に対してオープンにしようと思いますよね。

営業しかやってこなかった人が、社外活動でビジネスプランコンテストの運営をやっていることを会社の上のほうの人が知り、新規事業開発部門のリーダーになったという話が今実際に起こっています。

こういう事例が社内で共有されるようになれば、開示したほうが得なわけですから、「私も! 私も!」となりますよね。本業でできていない経験を社外でして、会社から「いいじゃん、いいじゃん。うちの会社でもやってよ」となれば、Win-Winですよね。

ある自動車会社さんが行っているベンチャー企業に出向させる取り組みなども「外で育てる」という意味では同じですよね。日本企業は今までずっと育成の内製化、社内で人材育成をしてきましたが、パナソニックさんもローンディールさんという会社を経由して5年ほど前からベンチャーに社員を送り込むという取り組みをされています。

7割近いマネージャーが若手の育成に課題を感じている

古屋:社員がさまざまな活動を開示する取り組みを主体的にやっている会社さんだと、日経新聞で先日ガイアックスさんの事例が紹介されて、私もコメントさせていただきました。ガイアックスさんは会社としてそういう文化をつくられていますよね。

ただ、それはこれまでの日本企業の内製化された人材マネジメントと対極にあるメソッドで、若者の人生に占める本業の仕事の割合が低下したために出てきた新しい成功メソッドです。それに対して違和感を持つベテランの社員の方がいるのは「そうだろうな」とも思います。

私は今、大手企業の管理職育成に関する調査をやっていますが、7割近いマネージャーの方が、「若手を十分に育てられていない」ことに課題を感じています。

そういう意味で、発想の転換が必要かなと感じています。「キャリア安全性を高める」とは、簡単に言えば、「どこでも通用するような人材にする」ということですよね。その人が会社に心理的安全性とキャリア安全性を感じることで、コミットメントを高めて定着してくれるのが、一番最高の状態だと思っています。

それがなく、単なる「しがみつき人材」になってしまってもあまり意味はないですよね。どこにも転職できませんという理由で残っている人ばかり増えてもしょうがないわけですから。

若手の可能性を引き出す新たな仕組み

ーー「横の関係で育てる」と「外で育てる」というメソッドで、「キャリア安全性」を高めて、どこでも通用するような人材に育てつつ、コミットメントを高めることで定着を目指すと。

古屋:はい。私も今何社かの企業さんと連携して新たな仕組みを試行錯誤しています。「横の関係で育てる」と「外で育てる」の2つはの中で紹介したメソッドですが、新たに検証していることもあります。

「本人の合理性の外側にある機会を提供する」というものです。本人の合理性を超えた仕事にアサインすることが、恐らく職場における育成のポイントになると考えています。

現代社会は、例えばキャリア自律や希望型異動、はたまた新卒におけるジョブ型採用もそうですが、かなり早い段階で、職場が若手に希望する異動先や仕事を聞くようになっています。

「離職率が高いので、なるべく希望の部署に配属してやりたい」という親心からですが、若手側は「自分のキャリアにとって得か損か」ということを早い段階で決めてしまうんですよね。

キャリア自律という意味ではいいことですが、ここで大きなポイントになるのは、自分が今この瞬間は「意味がない」と思った経験の中に、中長期的なキャリア形成において重要なファクターが潜んでいるかもしれないということです。

何かの専門性を打ち立てた、成功した社会人への調査で、「キャリアの根幹になるような重要なきっかけは、偶然の出会いだ」と答えた人が8割を超えている。(ジョン・D・クランボルツ教授の)「計画的偶発性理論」(Planned Happenstance Theory)の中で言われていることです。

本人の合理性の中だけでキャリアをつくると、あまり拡張可能性の高くない、もしかすると若手の可能性を活かし切れないキャリア形成になる可能性があります。ですから、若手の可能性を引き出すような機会提供が、今後重要になると思うんですね。

キャリア自律が大事になればなるほど、逆説的にそういう偶然のきっかけを、どう本人の合理性の外側から提供するかが大事になるということですね。

過去の日本企業では、これがジョブローテーションや転勤、要するに企業の強い配転命令権によってもたらされていたわけですが、いろんなルールが変わり、ワークライフバランスのバランスがライフ側に大きく傾いていることなどによって、今はそれができないわけですよね。

強引なやり方ができない前提の下で、どのように合理性を超えた機会提供を職場内でできるかが、新しい論点になってくると考えています。

「うちの若手全員」に対する施策では成長させられない

ーーありがとうございました。最後に、あらためて「若手に成長機会を与えたい」と考える企業へのアドバイスをお願いします。

古屋:いきなり始めることは難しいので、「どう考えているのか」を若手社員と話すことから始めることをオススメしています。成長機会を欲しいと思う若手もいれば、成長機会よりも別のものが欲しいと考える若手もいるなど、本当に多様化していることは調査からもわかっています。

若手もいきなり話しにくいと思うので、「会社としては若手の○○○に課題を持っているんだけど」と先に「開示」してしまうと良いと思います。

なので、個別に一人ひとりと向き合うということ。すごく当たり前のようで、当たり前にやっていないわけですよ。ほとんどの企業さんは「うちの若手全員」に対して施策を組みますが、そういった平均的な施策が通用する時代はもう終わったのかなと思っています。

コミュニケーションを「点」でする。グループ分けかもしれませんし、ターゲティングかもしれません。「うちの若手」ではなく、「うちの若手の○○さんや●●さんに対しては、こういう手が有効じゃないか?」と、問いの粒度を細かくすることでしか、「成長する若手」が自分の会社から出てくることは難しいのかなと思っています。

上司や人事の人は「若手が何を考えているのかわからない」と言いますが、若手の人たちも同じように考えているんですよね。私が話を聞くと、「上司や上の人々が自分たちをどう見ているのかわからない」と言います。

コロナもあって、互いにコミュニケーションがものすごく希薄化していることもあるかもしれませんが、「若手」と一括りにするのではなくて、一人ひとりの社会人として向き合うことから試行錯誤を始められると良いのかなと思います。

ーー貴重なご意見をたくさん聞かせいただきました。本日はどうもありがとうございました。

古屋:ありがとうございました。