“働き者”なアリの中でも、働かないアリがいる

川本まい氏(以下、川本):本日は『働かないアリに意義がある』を執筆された、北海道大学で進化生物学者として研究を続けられている長谷川英祐先生にお越しいただきました。では、長谷川先生からお話しいただければなと思います。

『働かないアリに意義がある』(山と渓谷社)

長谷川英祐氏(以下、長谷川):みなさん、こんにちは。北海道大学の動物生態学研究室の准教授の長谷川と申します。

今日はこういうところに呼ばれて「なんか話をしろ」と言われたんですが、僕はだいぶ前に働かないアリの研究をやりました。それがひどくみなさんにウケて、それから度々こういうふうにお話しさせていただく機会をいただいています。

イソップ童話にも『アリとキリギリス』という童話がありますよね。アリは夏の間せっせと働いて餌を集めているんですが、キリギリスはバイオリンを弾いて暮らしていた。

冬になって食べ物がなくなった時に、困ったキリギリスが「食べ物を分けてくれないか?」と、アリの巣の所に行く。もともとの話では「お前、夏は歌って暮らしてたんだから、冬は踊って暮らせ」と言われて追い返されるという、いかにもイソップ童話らしい底意地の悪い話なんです。それで、アリは非常に働き者だと有名なんですね。

アリはだいたい土の中に巣を作ってるわけですが、アリのコロニーを巣ごと持ってきて、石こうで作った巣の中で飼って、各アリに個体マークをしてどんなふうに働いているかを調べる。そうすると、何ヶ月も観察しても、ほとんど仕事をしない個体がいるのは昔からわかっていたんですね。

巣の中の一部の個体は「採餌個体」と言って、餌を探しに行く個体です。アリって、そいつらしか巣の外に出ていかないんですよ。僕らは巣の外に出てきてるアリしか見ることができませんから、そのほとんどが餌を集めるために働いているというのは、当たり前のことなんですね。

巣の中にはもっとたくさんのアリがいますから、じゃあいったいどのぐらい巣の中で働いてるアリがどれくらいいるのか、本当にアリは働いてるのかを見てみようということで、調べたんです。

アリを全員働かせた方が、効率が上がるのでは?

長谷川:巣の外で餌を探してる個体はもちろん働いてる個体なんですが、それ以外に巣の中を調べても、子どもの世話をしたり、巣を拡張する工事をしていたり、女王アリの世話をしていたり、ちゃんと働いてる個体はいるんですが、働いてない個体もだいたい3割ぐらいいることがわかったんですね。

後で話をしますけど、進化の原理とされている「自然選択」の中では、より効率がいいように生物は進化していくというふうに定義がされてるんです。じゃあ、一部がいつも働いてないシステムをなんでアリが採用しているのか? というのが、僕らの疑問だったんですね。

それで僕らは最初、「働いてないやつがいるほうが、全体の効率が上がるんじゃないか」と考えたんですね。なので、それをシミュレーションで調べてみようと。

実際のアリを全員を働かせるとか、一部だけ休ませることはできないので、コンピューターでシミュレーションをして、アリが働くほうが効率が高いのか、それとも働いてないアリがいるほうがいいことがあるのかを調べたわけです。

そのシミュレーションの結果が、こうやって論文になっています。シミュレーションのやり方は、僕らが一般的に使う「格子モデル」というやつです。四角でできたマス目をいっぱい集めて、250のマス目がつながった正方形の形をしたものをアリの巣と見なして、その中にアリをばらまくわけですね。

どんどん時間を切り替えて進めていくんですが、時間が進むとアリは前後左右のどこかのコマに動くというモデルで、(行った先のコマに)仕事があればこなします。

格子モデルの図自体は論文には載ってないので、そういうものだと思ってください。同時に、アリじゃなくて資源が現れる。資源は「刺激値」というものを持っていて、1から10までの間の刺激値になっています。

アリは、仕事を処理するかどうかの限界の値である「閾値」を持っています。例えばアリの閾値が5だとすると、そいつが出会った仕事の刺激値が5より大きい場合は処理をする。それより小さい場合は、仕事があっても無視します。

実際のアリは、仕事に対する閾値というものを持っていて、ある程度仕事が大きいと反応して仕事をするんです。閾値が小さいアリは、すごく刺激が小さいやつから仕事を処理して、閾値が大きいアリは刺激値がすごく大きくないと処理しないんですね。

当然アリも働けば「疲れる」

長谷川:シミュレーションのアリは、全部で何十匹まいたんだっけな? 25匹、250の空間の中にまいて、それを動かしていきました。仕事は、ある確率で毎回マス目の中に落ちてくるモデルです。

この場合は「疲労」というものを入れることができます。普通は信じられないんですが、この論文が出る以前は「アリは疲れない」ってみんな思ってたんですよね。

この直前に「アリがどういう働き方をするのが一番いいのか」という、数理モデルの論文が出てるんですが、当然ながら「アリが疲れる」という条件を入れてないので、「全員がいっぺんに一生懸命働くのがいい」という結論になっている。

でも、アリは動物だから筋肉で動いているので、たくさん仕事をすると疲れてしまって、ある程度休まないとまた仕事ができるようにならないという、ごく普通の過程がそのモデルには入ってないんですよ。

時間の経過のことを「タイムステップ」と言うんですが、アリが1回仕事を処理すると、ある程度の時間が経たないと復活できないし、仕事を処理したコマから動けなくなっちゃう。そういった過程を入れて、僕らは実験をしたわけです。

(スライド)一番上の図が、そういう設定でやったモデルです。シミュレーションの実験ですから、「アリがまったく疲れない」という条件も入れることができます。

「仕事をやった場合、回復するのに0ステップが必要だ」というのは、ぜんぜん疲れないってことですね。「10ステップ必要」だったら、10コマ休まなきゃいけない。20ステップ、30、40、50ステップと数字が大きくなるほど、1回仕事をするとすごく疲れちゃうので、長く休まなきゃならないという意味です。

横軸は「仕事の出現率」です。0の場合は仕事はまったく出現しないんですが、0.1だと10分の1の確率で各コマに仕事が出現する。仕事が処理されない場合は次のタイムステップに持ち越されて、刺激値が1個上がると設定してあります。

「アリの子どもに餌をやる」という仕事で考えると、お腹が空いてるアリが少なかったり、あんまりお腹が空いてない時は「たくさんくれ」って言わないけど、お腹が空いていくると「餌をくれ」って、どんどん激しくねだるようになるんです。

仕事の出現率と刺激値が処理されなければ、1つ上がるという設定で再現していて、仕事が処理されると消えちゃいます。

常に誰かがやっていないといけない「卵をなめる」仕事

長谷川:この図は何を表してるかというと、疲れの度合いによって仕事の処理率が上がるのか・上がらないのか、2つの集団を作って比較をしています。

反応閾値と言う、仕事を始める閾値が個体によってばらついてるものを「バリアブル」と呼んでいます。「ワーカーが持ってる閾値が全部5である」というふうに、その間に差がない、バリアンス(分散)がないコロニーを作っていて、「インバリアブル」と呼びます。

実際のアリはバリアブルで、個体によって閾値がすごく大きくばらついてることがわかっています。閾値の大きさも1から10までの個体を用意して、ランダムで乱数で振ってあります。1から10の個体を振って、3回シミュレーションをやって、その平均値をとっています。

体の仕事の処理数から、閾値の間に変異を持っている個体のコロニーの処理数を引いたものを使っています。ここでわかったことは、どの疲労条件でもポジティブになるので、結局この結果は予想された通りです。

閾値に変異がなくて、全員がいっぺんに働いちゃうコロニーのほうが、仕事の処理効率は大きいという意味です。疲労の条件に関わらず、全部がプラスの領域にありますからね。

これはもっともだということで、我々が最初に考えたような「働かないアリがいるモデル」、つまりバリアブルのモデルのほうが高いんじゃないか? という予測は支持されませんでした。

そこで、もう1つ考えました。アリの巣の中には、常に誰かがやっていなきゃいけない仕事があるんですよ。例えば「卵をなめる」という行為が、そういう仕事です。

シロアリで実験されてるんですが、シロアリとアリは分類群としてはぜんぜん違っています。アリはハチと同じ仲間で、シロアリはゴキブリやカマキリに近い仲間だということがわかっています。

アリもそういうことやるんですが、シロアリの場合は、卵にいっぱいワーカーが群がっていつもなめていた。僕の親友でもある京都大学の松浦健二さんという方が、(卵に)とりついているワーカーを外す実験をやったことがあるんですね。そうすると、わずか20分ぐらいどけておくだけでほとんどの卵が腐ってしまうんです。

シロアリは土や腐った木の中に巣を作りますから、そういうところにいるばい菌にとって、卵はとっても大事な栄養源になるわけです。要するに、常になめてないと卵にすぐにとりつかれちゃう。

シロアリの場合は唾液の中に抗生物質が入っていて、卵に菌がつかないようにしているということまでわかっています。アリではそこまでわかっていませんけど、おそらく同じでしょう。

卵が全滅しちゃうということは、次の世代がいなくなっちゃうってことですから、コロニーに非常に大きなダメージを与えます。

なぜアリは「全員働く」システムを採用していないのか

長谷川:これは「疲労の度合い」というものを入れてあって、横軸が「仕事の出現率」で、さっきよりもっと大きくなるようにしてあります。今度は、あるタイムステップでコロニーの中の仕事が1個も処理されなかったら、そのコロニーが絶滅してしまうという仮定を入れて、シミュレーションを走らせています。あとの条件は上と同じです。

縦軸は「バリアブル-インバリアブル」にしてあります。なんで仕事の閾値に変異があると働かないアリが出てくるのかというと、仕事が現れた時に、まずはそれを処理できる低い閾値を持った個体が処理を始めます。

そこに別の仕事がそこに現れると、次に閾値が低いやつ(が仕事)をやるので、閾値が高いやつはなかなか仕事をしないんです。

いつも掃除の話で例えてるんですが、例えばいろんな人が1つの部屋に集まってわいわいしているとします。部屋が汚れてくると、まずは綺麗好きな人が掃除をしちゃう。汚いのが我慢できないからです。またみんなが何かをやって部屋が汚れてくると、次にやるのもやっぱり綺麗好きな人なんですね。

僕の部屋はめちゃくちゃ汚いんですが、部屋が散らかってることに対して非常に閾値が高いらしく、お客さんが来るとびっくりするぐらいなんです。だから、働き続ける個体が出る一方で、そういう個体はいつまでも掃除をしないわけですよね。

閾値の間に変異があると、必ず「すごく働くやつ」から「ぜんぜん働かないやつ」まで出てきちゃうんです。上のグラフでわかったように、みんなが一斉に働くほうが効率は高いから、自然選択によってそういうやつが選ばれるはずなのに、実際のアリはそういうシステムを採用してないんですね。

それがなぜかを考えた時に、コロニーには誰かがいつもやってなきゃいけない仕事があって、アリに疲れて誰もそれをできなくなると、コロニーが大きなダメージを受けるんじゃないか? と、考えたわけです。

「働かないアリ」が担う、組織を存続させる役割

長谷川:仕事の出現率をどんどん高くして、シュミレーションをやってみました。このグラフは、縦にとんがったのが並んでますよね。色が違うのは、疲れの条件が違うってことです。どこに現れるかは違うんですが、あるところでバリアブルからインバリアブルの存続数のある条件での差を出しています。

何が起こってるかというと、(下のcのグラフの)緑の条件を見ると、インバリアブルの閾値の変異がなく、一斉にみんなが働いちゃうコロニーは、ある程度出現率が大きくなると全員が疲れちゃって、仕事ができなくなってコロニーが滅びる領域が現れます。

実線のほうがそういうコロニーなんですが、仕事出現率が0.05ぐらいから0.1ぐらいのところにかけてどんどんコロニーが滅びていって、0.1を超えるとみんな滅びてしまいます。「誰かがやらないとコロニーが死んじゃうような仕事」ができなくなるからです。

点線で表示してありますが、反応閾値に変異を持っているコロニーは、それより少しだけ絶滅する仕事出現率が高くなるんですよね。なんでそうなるかというと、働いてない個体がヘルプに入るからです。実は、働かないアリが出てくるようなシステムのほうが長く存続できるので、滅びないから有利なんですよね。

コロニーに大事な仕事がある時には、働かない・疲れていないアリがいるほうが、ヘルプに入ることができるので、組織自体の存続が長くなるという話です。この話で、働かないアリがいることの意義は証明できたと僕らは考えています。

これはけっこういい雑誌なんですが、この論文を書いて投稿したら通って。働かないアリがいるのは昔からわかってたんですが、「なぜいるのか」ということに答えることができました。

AIの分野で興味を持たれる「虫の集団的意思決定」

長谷川:今のは完全に基礎科学ですが、これから派生した研究があって、それも論文になっているんです。生物学の人からはまったくウケないんだけど、AIをやってる人からは「非常におもしろい」ということで、しょっちゅう国際学会から「講演してくれないか」と依頼が来るんです。僕は腎臓病で透析患者で行けないので、発表はしてないんですが。

「虫の集団的意思決定」と言うんですが、AIの人たちはそういうものに関して非常に興味を持ってるらしく、ある特定の分野にだけど非常にウケてるんです。きっとこういう研究を応用した研究は、そのうち出てくるだろうと思っています。

簡単でしたが、僕が行った『働かないアリに意義がある』の意味を説明させていただきました。どうもありがとうございます。

大福聡平氏(以下、大福):ありがとうございます。

長谷川:ありがとうございました。

大福:書籍(『働かないアリに意義がある』)の、働かないアリに関してのご説明をいただきました。長谷川先生はこれ以外にもいろんな研究もされてると思いますし、研究の話に限らずいろんなトピックで話していけたらなと思っています。

ここからは、リベルタ学舎の大福と川本と一緒に入らせてもらって、対談形式で質問等を拾いながら話を広げていけたらと思っています。

長谷川:ちょっと一言だけ。背景(アニメキャラクター)を見ればわかるように、僕はアニメや漫画や映画が大好きな人間で、非常にくだらない話にもちゃんと付き合いますので。

大福:(笑)。ちょっと気になってました。ありがとうございます。

長谷川:「なんでこんなものを出してるんだ?」という、質問みたいなものでもぜんぜんかまいませんので、どうぞご自由に。

大福:はい。ありがとうございます。

長谷川:ぜひ、楽な気持ちで話をしたいので。

大福:そうなんですよね。私たちが事前に打ち合わせをさせていただいた時も、長谷川先生にはこちらの背景でご登場いただいて、ツッコまざるを得ない状況で、いろいろとお話を聞かせていただいたんです。

アニメの話や映画とか、お好きなトピックもあるということなので、時間が許す限りでそういったところもお話ししていけたらと思ってます。