今後のマーケターや企業に求められる「体験設計」
永井伸雄氏(以下、永井):ちょっと話が戻っちゃうんですが、ファーストタッチというか、モノを売るんじゃなくて体験を売る。つまり「これを使えばこういうことができるよ」という、使用シーンを売るというか。たとえ同じものであっても、売り方によって商品は売れるということですか?
奥谷孝司氏(以下、奥谷):おっしゃる通りですね。これは顧客時間でも提唱していますが、「カスタマー・バリュー・ピラミッド」という考え方なんです。一番下に商品の「機能的価値」があって、真ん中に「体験価値」があって、その上に「エンゲージメントバリュー」という、つながり続ける価値を書いているんです。
いわゆるプッシュ型のマスでやると、どうしても「『モノからコト』でこんなものができました。たぶん、こんなことができます。知らんけど」みたいに、ピラミッドを下から上にあげる、いわゆるプッシュ型のマーケティングになっちゃうんです。
先ほどヤクルトさんも「ちゃんと実証して、それが広まるようにしていっている」とおっしゃっていました。お客さまは機能を理解して、体験・実感して「ずっとやろう」と思うわけですが、今後の優れたマーケターや企業は、まずは「つながり続けてくれるには?」という戦略が1個あります。
そこでは「モノ」ではなくて、「こういう体験ができます」という体験の提供をしていく。
体験というのは、ある種の課題解決だと思うんですよね。例えば「睡眠の問題を解決する」とか「楽しいアウトドアライフを提供する」という価値。おっしゃる通りで、モノは何でもいいとするならば「我々は体験提供企業ですよ」と言わないと、これからの時代は勝ち続けられないんじゃないか。
失礼な言い方ですが、モノに他社と機能的な差がなくても選ばれる可能性は高いですし、体験が良ければ何度もつながろうとすると思うので、体験設計をすることがものづくりを良くし、体験設計を良くすることがつながり続ける価値になります。
僕はカスタマーバリューピラミッドを三角形を積み上げて書くんですが、全部内包化された三角形の絵にしているんですね。「商品」というものは大三角形で、真ん中に「体験」があって、さらに内側に「つながり続ける価値」がある。
「モノからコト」と言っていますが、別に物がどうでもいいわけではないですよね。モノは非常に大事ですが、「こんなものを買ってもらったら、こんなことができるかも。知らんけど」というマーケティングは、プッシュすると売れたりはするんですが、それだけでは企業として責任を取っていることにはならないなと思います。
なのでやはり、お客さんの体験がワクワクするような「使用」から考える。例えばワークマンさんみたいに、業態が3つできるなんていうのは最高のパターンなので、これからの時代はどんどん「コトからモノ」です。
「コトからモノ」というのはけっこう抽象的なことを言うので、意味合い・意味付けがしっかりできて、モノがそれを補完してなければできないわけです。これが、企業やマーケターがこれからやらなきゃいけないことじゃないですかね。
意図しない使われ方を発見することの大切さ
永井:でも、作り手側から見て、想定外の利用の仕方ってけっこうあるんじゃないかなと思ったりするんですけどね。
奥谷:でも、それこそが体験のリッチ化なので。例えばうちのKitOisixを使っている人は、もちろんメニュー通りやる人もいますが、ベテランの人は「今日はこうやろう」とか、どんどんアレンジしていくことが当たり前にあります。
僕は前職で無印にいましたが、無印ではお客さんとのものづくりをやりつつも、おもしろいのは用途開発なんですね。
これは学術的にも言われているんですが、お客さんとものづくりをするプロセスも大事ですが、意図しない使用を彼らが発見することも大切です。例えば「スタンドファイルボックス」という書類を入れるボックスにフライパンを入れて、気がついたらキッチンにスタンドファイルボックス並んでいると。
品証(品質保証)は「こういう使い方はダメ」と言うんですが、今の会長の金井(政明)さんが「いや、そのような使用に耐えうるか品質検査をすればいいじゃないか。それでいけるんだったらそれでよろしい」と。多様な使い方とか多様な想起、と言うんですかね。
例えば「ミールキットいいよね」と言っても、いろんな人の「なんかいいよね」の思いがふわふわと浮かぶ。これはたぶん「Yakult1000」も、ワークマンさんも同じなんじゃないかと思います。
「なんかいいよね」がいっぱいふわふわ浮かんでいるのは、それぞれの人の体験が織り交ざっているからなので、それができてお互いにニヤっとできるかどうか。
オイシックスも、手を変え品を変えいろんなミールキットを作っていますが、ある時は有名シェフ、ある時はレストランコラボ、ある時はアニメとコラボということで、食卓に話題を提供できるように、そして自分が料理をするプロセスを楽しんでもらえるようにしています。
この「いいよね」に、どれだけの体験や含み笑いが作れるか。たぶん、これが大事なんじゃないかなと思いますね。
売れてる企業が行う、「想定外のユーザー」に合わせた商品改良
永井:こういう想定外の使われ方をするケースは、ワークマンでもあったりするんですか?
林知幸氏(以下、林):ありますね。自社の製品はすべて職人向けに開発してきた製品ですが、一番バズったというか話題になったのは、ワークマンのコックシューズ。いわゆるコックさんが履く靴で、これが雨の日でも非常に滑らないと。
ある時我々がデータを見ていたら、通常だとこちらのコックシューズは食品衛生月間の時によく売れるんですが、なぜか6月の梅雨の時期に売上が伸びたりだとか。
永井:なるほど。
林:あと、9月の秋雨の時期や冬場に売れるようになって。「なんでかな?」と思って深掘りしていったら、ある方が「これは妊婦さんにいいかもしれない」と、つぶやかれてそこから火が点いたんです。
確かにコックさんが履くシューズって、濡れた地面でも滑らないですよね。それがだんだん広まっていって、今はコックシューズとして売れているよりも、一般の方々が買っている人のほうが多いぐらいです。そういう事例はありますよね。
ただ、コックシューズって本当に滑らないので、妊婦さんから「歩いていると、滑らなさすぎてつまずく」「逆にこける」というお話があったんです。
(一同笑)
林:それまでの耐滑って、5段階あるうちのレベル4を付けていたんですが、2まで落として。
永井:なるほど(笑)。
林:一般向けに改良していったという経緯がありますね。
奥谷:その話もまさに用途開発ですし、変な言い方をするとリバース・プロダクト・ディベロップメントというか。
普通、機能価値を落とすということは意味不明ですよね。なんですが、お客さまの用途が変わっているので、そこに適用することは、これから本当にやらなきゃいけない開発手法だなとすごく思いますね。