原材料費の高騰をすべて転嫁できている会社は4パーセント

守山菜穂子氏:ではここから、「先が見えない時代に、ブランディングってどういうふうに関わってくるの?」というお話をしていきます。日本の企業が抱える課題をブランディングで解決できるということで、今日は5つのテーマを持ってきました。それぞれについてのアプローチをお話ししていきたいと思います。

今日は1つのテーマでじっくり話そうか、総花的に5テーマ出そうか悩んだんですけど、たぶんいろいろな悩みをお持ちの方がいらっしゃると思い、5個のテーマの取っ掛かり方法だけお話ししていく方式にしました。もし、もっと詳しく知りたいという方がいらっしゃったら、ぜひ講演終了後に、前に来ていただければと思うんですけども。

今日の5つのテーマです。まず1つ目は「原材料が高騰しているので、価格を上げたい」。2つ目は「人がいない、採用したいけど採れない」。3つ目は「ESG経営やSDGsに取り組みたい、取り組まなきゃいけない」。銀行からも取り組めと言われているけど、どうしたらいいのか。

4つ目は「人口が減ってしまっている。人がいなくて地域が過疎化している」。5つ目は「世の中の可処分所得が減っていて、そもそも誰も物を買わないんじゃないのか。取引先が経費削減になってしまい、BtoBの取引が終わってしまいそう」。こういった課題に対してお話ししていきます。

1つ目ですけれども、こちらは帝国データバンクさんの2023年1月に出たアンケート調査の結果です。12,000社に対して採ったアンケートだと聞いています。コストが上がっていますよね。燃料費も上がっているし、海外のいろいろ不安な状況もあります。

「仕入れ値が上がっているんだけど、それを自社の販売価格やサービス料金に転嫁できていますか?」という質問に対して、すべて転嫁できている会社はたった4パーセント。500社に満たないんですね。「まったく転嫁できていない」という会社が16パーセントもありつつ、「多少なりとも転嫁できています」という回答が7割でした。

企業が価格転嫁できない上位3つの理由

「じゃあ『多少なりとも』ってどのぐらいなの?」ということで、「100円上昇したコストをいったいいくらぐらい飲み込めていますか?」ということで、売価に転嫁できているのはたった39円なんですね。

これは1万2,000社の平均ですけれども、なんと61円も飲み込んでいる。これは果たして転嫁できていると言えるのかというところで、私は「できてないじゃん!」と思いましたね。ただ、この状況でも、アンケートの「多少なりとも転嫁できています」の欄にマルを付けちゃった担当者の気持ちを考えると、これが現実なんだなと。このアンケートを見て、私にはけっこう衝撃的でした。

「価格転嫁できない理由は何ですか?」という項目の、1つ目は「自社の交渉力がないから」。そして「消費者からの理解が得られないから」「取引先からの理解が得られないから」。複数回答ではあるんですけども、上位3つの回答がこれでした。

ここでもまた私は「交渉しようよ。交渉力をつけようよ。理解が得られないんじゃなくて、得るためにどうしたらいいか考えようよ。できるよ!」と思いました。だから今日は、価格転嫁にはブランディング的にこうアプローチできます、というお話をします。

「ブランド力強化で価格を上げる!」。すごく簡単に言うと、値段を上げる理由をちゃんと文章にして、強く語って伝えていきましょう。例えば「この会社の設立された経緯は?」「そもそもなんで生まれたの?」。20年前かもしれない、100年前かもしれない。何か生まれた時のきっかけがあったはず。

顧客が「買う意味」を明確化する、ストーリーブランディング

「この会社って、何のために今、社会に存在しているの?」「創業者、代表者もしくは事業の責任者はどんな人で、何を考えているの?」「それについて働いているのは、どんな人たちですか?」「この会社の製品・サービスは、他社とどう違うの?」「なんでこの価格になっているの?」「なんで(価格を)上げたいの?」といったことをしっかり言語化していきます。

「それが言えれば苦労しないですよ」と言われるんですけど。私はいろいろな会社でワークショップをやっている中で、ふだんおとなしい社員さんでも、こうやって一個一個、聞いて、丁寧に時間を取りながらみんなで考えていくと、言葉が出てきます。

これはちょっと、ファシリテーションの技術的な部分もあるかもしれないんですけど。「間違ってないから、みんなの思っていることを全部言ってみようよ」という、いわゆる心理的に安全な状態を作ってあげて、みんなでこのテーマについて1つずつじっくり考える時間を取る。

例えば工場のようなところで働いている人。あとは銀行さんでも、クレジットカード会社さんでもやったことがあります。ふだんあんまり経営方針について自分の主張をしないような職場でも(意見は)けっこう出てきますね。

言葉をみんなで書き出していって、「うちの会社はこういう会社で、こういうことのために仕事を、会社経営をやっているので、この値段でモノを売りたいんです」としっかり作文していく。そして取引先やお客さまに伝えていく。

お客さまにとっての「買う意味」をはっきりさせる。「ストーリーブランディング」と呼ばれるやり方があります。原材料高騰や価格転嫁に対しては、こういうアプローチができますよというお話でした。

人材の取り合いが避けられない中、企業が取るべき打ち手とは

では2つ目の課題に行きますね。人材不足、採用難、採用コストの上昇ということで、正社員・非正規雇用のどちらも人が足りないです。日本は人口が減っていきますし、そもそも日本語ユーザーが減って、若い人はどんどん留学していくでしょうし。人材不足が解決する見込みはぜんぜんないじゃないですか。

人の取り合いですよね。今の会社数に対して、どう考えても。「今年はうまく採用できた」というレベルじゃなくて、10年、20年、どんどん人を採りづらくなっていくことが、社会課題としてわかっているわけです。これも帝国データバンクさんの2022年10月のアンケートになります。

そこで、「ブランド力強化で採用に強くなる」というアプローチをしたいと思います。具体的には「とにかくいっぱい採りたい」というのはもう無理なので、どういう人に来てほしいかをめちゃくちゃ具体的にするという感じです。「採用のペルソナ」と言うんですけど、「ペルソナ」というのは人物像ですね。

まず、「我々はこんな人たちです。こういう会社です。だからこういう人に出会いたいです」ということを言語化する。そして先に自己開示する。どんな会社があるかよくわかっていない学生さんたちに対して、「うちの会社はこういう会社です」という情報をなるべくたくさん開示する。そして識別できる状態を作る。

あとは、お勧めしているのは経営者のパーソナルブランディングですね。以前は経営層は「黒子に徹するべき」という感じで、表にぜんぜん出ない方も多かったです。日本人はシャイな方が多いので。

ただ、欧米の企業では、役員の顔写真とプロフィールを全開にするのはかなりスタンダードになってきまして、世界の市場の中で人材を取り合うのであれば、本当に必須になってきていると思います。

そして、例えば部署の社員さんやチームメンバーも、パーソナルブランディングしていく。「こういうチームだから、こういう人に来てほしい」とはっきりさせる。顔がない、のっぺりとしたチームに入りたいと思います? それよりも一人ひとりの顔が見えて、「こういう人たちがいるんだ。こういう人たちと働けるんだ」とわかったら、受けるほうも受けやすいですよね。

受けにくる人にマルチな能力を求めないで、自社に合う人をなるべくピンポイントに求めていく作業が必要かなと思います。「お互いにぴったり合いそう」というのが、すぐわかる状態を作っていくのが、採用ブランディングです。

ESG経営や人口減少に対する取り組み

3つ目はESG経営、SDGsです。ブランドはそもそも社会的意義があるものなんですね。さっきも「そもそも、なんで御社って世の中に存在しているんですか?」という話をしてしまったんですけど、それをはっきりさせるということです。

会社の存在意義をはっきりさせます。設立の趣旨や経営理念、社是(しゃぜ)やミッション・ビジョン、パーパスは、会社にありますかね? 覚えてます? 使っています? それは真意を突いています? 他の会社に置き換えられそうなことを書いてないですかね? こういう状態をなくして、「自社ならでは」の経営理念やミッションに、しっかり書き換えていきます。

例えば、古い社是はすごく意味があると思うんですけど、それを現代的な、そして今後も10年、20年使える表現に再構成していくこともやります。社員さんを巻き込みながら、ワークショップなどをしていくのがお勧めで。他社との違いを明確にして、社員一人ひとりがそれを語れるようにしていく。でき上がったら、パンフレットやWebサイトに載せたり、イベントを開催したり。

「形のない(形骸化した)ミッション」じゃなくて、「本当のミッション」を作っていく。こういうブランディング的なアプローチで、ESG経営に近づけるかなと思います。社会に必要とされて、識別できる会社が、本当の意味でブランドになるということだなと思います。

課題の4つ目。人口減少、地域の過疎化ということで。これは今日、もし該当地域の企業さんがいたら、ぜひ「我が社のブランディング」と「地域のブランディング」をいっぺんにやってほしい。きっとうまくいきます。

地域の物語にしちゃう。その会社がそこで経営している意味を、地域の歴史とか特産とか、地域特性に絡めて語っていくということですね。働いている人もその地域の人なので、うまくつなげて物語を作っていく。

あと、特産品は国の「地域団体商標」という、特産品の名前やロゴを法律で保護する制度があるので、これを使うのもいいと思います。地域の中で役立つ存在になっていただいて、地元メディアにどんどん露出していただきたい。地域で存在感をアップすることで、採用にも強くなっていただきたい。

オフィスを地域に公開してはどうですか? 地域のお客さまをオフィスにお招きしてはどうでしょう。地域密着のイベントに、地域を盛り上げるようなイベントを自社で開催してはどうでしょう? お祭りの時に、お金だけ払っているのは意味がないです。やはり自社のブランディング、自社の存在感を上げることと、地域を盛り上げることを一緒にやる方法があります。

もっと本格的な企業さんは観光産業と連携して、地域を訪ねる人「交流人口」を増やすというやり方もあります。会社と地域を同時に強くするという、地域ブランディングの考え方でした。

「ニッチNo.1」を取りにいく差別化戦略

課題の5つ目です。……けっこう立て続けにしゃべっていますけど、大丈夫ですか(笑)。「今、可処分所得が減っているので、そもそもモノを買わないんじゃないの?」「取引先が経費をばっさり削減しているから、うちのような業種はたて突くスキがない」と諦めないでください。

具体的には差別化戦略です。「ニッチNo.1」と言われるジャンルを取りにいく。なるべく細かい、小さいジャンルで一番を取りにいくというやり方をします。

例えばみなさん、メルカリを利用されていますよね。自分のお洋服を出したり本を売ったりしていらっしゃると思うんですけど、その時に「ブランド力があるもの」って売れるんですよ。中古車や中古の時計の市場では、ブランド力があるものから順番に売れていって値下がりしてないんですね。

部品とか超ニッチな市場でも、そのジャンルでNo.1であれば、売れます。値崩れしているのは「ブランド力がないもの」なんです。

限られた可処分所得や経費でやりくりするから、そもそもブランド力があるものしか買わないし、クチコミしない、お勧めできないという状態ですね。BtoBでも、例えばオフィス器具とかオフィス家具を中古で販売することがけっこうあると思うんですけど、有名なブランドや認知度があるブランドから売れていきます。

だから、今はブランド力があるものしか買われないんですね。「その他」が買われなくなってしまう。大企業は総花的に広いジャンルを取りにいかなきゃいけないかもですけど、中小企業であればあるほど、ニッチNo.1ブランドを目指していただきたいです。名指しで買われるブランドは不況に強くて、中古の市場でも強い状態です。値崩れしないです。

今日はこの5つの課題について、こんなやり方で解決していくよというお話を差し上げました。

まずは課題を突き止め、社内でメンバーを集めて取り組む

「具体的にはどういうふうに進めるの?」ということで、先ほど最初のアプローチをお見せしたので、その後の話をしたいんですけど。これが当社に来るお話の典型的なパターンですね。経営者やマネージャークラスの方から、「うちの会社もブランディングしたいんですけど、何から手を付けてたらいいですか?」というご依頼が多いです。

私たちブランドコンサルタントは、人間ドックのお医者さんみたいなものですよ、というお話をよくするんですけど。全体を問診させていただいて、課題を突き止めて、「この順番でやっていきましょう」と。さっきお話ししたように、いろいろなパターンのアプローチがあるので、それをご相談して決めていきます。

あと、社内からメンバーを集めていただくのが好ましいです。ブランディングは、社長1人ではできないので、例えば営業部から1人、開発部から1人、あと支店から1人とか。大企業でも中小企業でも、メンバーを集めてみんなでやれるのが望ましいと思います。

その次に、ブランディングに関するセミナーやレクチャー。私は今日の前半で少しお見せしたような内容をいつも最初にやらせていただいています。例えば「ブランド・イメージを上げようよ」と言った時に、みんなの中の「ブランド・イメージの意味」が違うこともけっこうあるので、用語を揃えるのは非常に重要かなと思っています。

「3ヶ月間にこれとこれをやりましょう」「1年後にこういうところまで行きましょう」「3年後にこういう未来にたどり着きたいよね」という感じでゴール設定をしていきます。

最後は、いろいろ書いたんですけど、言語化のワークショップをやったり、デザインに入る場合もあります。お客さまにどういうふうに販売促進していくかという、マーケティングの仕組みを考える場合もあります。あと、印刷物やWeb、SNS、最近は動画もすごく多いですけど、こういうツールを作る。会社の看板やオフィスの内装もやります。

あとは「プレスリリースしてメディアに露出していきましょう」「イベントをしましょう」というのも。伝える手段としてはすごくいろいろあります。

ブランディングに取り組む際のデメリット

だいたい「設定」ぐらいまでは、私の場合は3ヶ月ぐらいでやりますね。そこからの作り物やイベントは、だいたい1年とか3年という単位になってきます。

「私は」と言ったんですけど、私は1人しかいないので、今日いらしている100名の方にご相談に来ていただいてもちょっとお引き受けできないので、ぜひ全国にいるブランド・マネージャー認定協会のトレーナーみんなで、お役に立ちたいと思っています。

最後に「ブランディングのデメリット」ですね。いいことばかりしゃべって来ましたが、デメリットもあります。まず時間がかかります。やはり中長期の取り組みなので、「来月ブランディングしてくれ」「すぐ売上を上げてくれ」というのは無理です。売上にはすぐ反映されません。

あと、社長さんや部長さん1人ではできないんですね。チームで会社を動かしていく。会社の芯を作っていく作業という意味で、やはり1人ではできないので、メンバーを集めてくださいと言っています。

プロに丸投げしても意味がないんですよね。例えば、あなたの健康を私に丸投げされても、改善できないじゃないですか。「やり方はお教えしますけど、健康になるのはあなたです」と。だから、健康作りや語学の習得にけっこう似ています。

マン・ツー・マンで、パーソナルトレーナーのような感じでお付き合いしますが、やるのはみなさんです。広告会社さんや制作会社さんに「ブランディングしておいて。お願いね」というのは、ちょっとあり得ないかなと思っています。

ブランディングの成否を判断する方法

ブランディングの成否は、目的と、どのくらいの期間でゴールを設定するのかによります。もっと真剣にやるなら、ブランディングの前と後で同じアンケート調査や、ユーザーインタビューをして、「1年後、3年後でこう変化しました」というふうに、成否を数値で取るのもロジカルでいいと思います。

ブランディングは会社としての永続経営や、持続可能な経営がゴールなので、今から始めて「未来に強い会社」を作っていくような感じです。だから、成否をどこで取るかというのは会社によって違うんですね。私は、その「成功」の作り方も、一緒にご相談して設計していくようなやり方をしています。

ということで、本日のまとめなんですけども。これは実は最初に出したスライドと同じです。ブランディングで日本を元気にしたいと思っています。もし「うちの会社は、どうしようもない閉塞感で先が見えない」「業界が苦しいです」という会社さんがありましたら、ぜひブランディングに取り組んでいただきたいです。

ブランディングは、おしゃれに見せる演出じゃないとおわかりいただけたと思います。ブランディングという統合的な手法で、課題を解決してください。

以上で私の話は終了ですが、最後に少しご案内です。今日の前半でお話しした講座の、長いバージョン、2日間の「ベーシックコース」を、東京の表参道のオフィスで定期開催していますので、ご興味があればぜひ。

あと、経営者の方やマネージャーの方で自分自身が外に対してどういう人かはっきりさせたいという、パーソナルブランディングの講座も定期開催しています。

最後に、こちらからPDFで今日の講演資料をそのままご覧いただけます。再配布等も歓迎ですので、ぜひ会社で役立てていただければと思います。マーケティング・テクノロジーフェアは今日の17時までということで、この講演が最後のお時間だったんですけど、ちょっとでも「元気になったな」と思ってお帰りいただければ幸いです。ご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)