「対話」を実践する難しさ

小田木朝子氏(以下、小田木):ここまでが(「対話」の)概念理解でしたが、体験すると本当に難しいというか、感じられる部分があると思うので、アイスブレイクを用意してみました(笑)。

沢渡あまね氏(以下、沢渡):(スライドを指しながら)「今から私の話を『対話モード』で聴いてください」。

小田木:そうですね。30秒ほど小話を聴いてもらってもいいですか?

沢渡:はい。

小田木:これはあくまでもアイスブレイクで、みなさんに向かって話をさせていただきます。いきます。私、2年前に犬を飼いだしたんですよね。保護犬で、柴犬の「ふくちゃん」っていうんです。

沢渡:ふくちゃん。

小田木:私はもともと犬を飼うことにぜんぜん賛成じゃなくて。動物って毛が抜けるし、お世話が大変だし、散歩も行かなきゃいけないし、責任も生まれるし。

沢渡:手がかかりますよね。

小田木:ちょっと私はどうかなと思っていたんですが、家族がどうしても飼いたいということで、2年前にお迎えしたんです。そうしたら、めちゃくちゃかわいくて。もはや家族というか、なくてはならない存在です。保護犬でおじいちゃん犬なんですが、一挙手一投足が愛しくて仕方がないんですよね。……以上です。

沢渡:(笑)。

小田木:「その話、何?」というところですが、コンテンツはあまり重要ではないです。

沢渡:聴き入ってしまった(笑)。

小田木:ありがとうございます。

余裕がないと、つい「評価モード」で話を聞きがち

小田木:今の話を「対話モード」で聴けましたか? これ、すごくおもしろいんです。

沢渡:これはなかなか自己評価しにくいかもしれないですね。

小田木:そうですね。なので、対話モードじゃない聴き方例「評価モード」を出させていただきます。忙しくて余裕がないと、ついこうなっちゃいませんか? 

例えば「で、結論は何なの? 犬が何なの?」「結論から言ってくれないかな」みたいな聴き方を、ついしちゃいませんか?

あとは「動物を飼うってどうよ。自分は反対だな。価値観が違うな」と、自分の物差しに引き寄せて評価しちゃう。ついしていませんか?

沢渡:これ、よくやっちゃいそうだな。

小田木:最後です。「わかるー! 私もそれ好き~。犬ってかわいいですよね」。実はこれも共感なんだけれども、評価モードです(笑)。自分の物差しに引き寄せている。

沢渡:そっか。「C」はよさそうな気がしちゃうなぁ。

小田木:共感されるとみんなうれしいので、「C」はいいんですよ。ただ、共感モードだけに頼っちゃうと、自分に引き寄せてしまうので、(相手の話に)共感できるか・できないかが「相手の話を聴ける・理解できる」の境目になってしまう。なので共感モードは大事だけれども、共感モード頼みだと対話は難しい。

沢渡:確かに、共感止まりみたいなね。

小田木:そうですよね。

沢渡:「うわー、Aってまんまうちの上司」っていう、香ばしいコメントが来ました(笑)。

小田木:(笑)。

沢渡:ありがとうございます。

「評価モード」と「対話モード」を意識して使い分け

小田木:生き馬の目を抜くビジネスの世界では、即座に評価をしてジャッジしていくことが必要なモードもあると思うので、あくまでも使い分けの話です。ビジネスには評価モードが欠かせません。ただ、つい評価モードで聴いてしまって、対話モードにならないケースがあります。

沢渡:なるほど、評価モードね。(視聴者コメントで)「Cだと、相手の話なのに自分の話になっちゃいますよね」。確かにここがポイントですよね。

小田木:そうなんですよ、これも本当に陥りがちな落とし穴です。なので「C」と「B」を手放すと、価値観の違う相手や背景の違う相手ときちんとコミュニケーションを取れる領域に入ることができます。

つい「A」も「B」も「C」もやっちゃうんだけれども、意識して切り替えができることがすごく大事になってくるのかなと思います。

沢渡:はい。

小田木:じゃあ、対話モードってどう聴けばよかったの? というところですが、こんな感じです。「なぜこの人は、そんなにも犬が好きになっちゃったんだろう」。

沢渡:最初は(犬を飼うのを)躊躇していたのにね。

小田木:そうです。

「とにかく対話しろ」という話では決してない

小田木:自分の物差しを脇において、「その状況でどんな景色を見ているんだろう?」「今、どんな感情を育んでいるんだろう?」と、相手の見ている景色を見に行くのが対話モードです。

沢渡:相手のきっかけや物の見方、判断軸とか、そういうことを知ることですよね。

小田木:そうですね。相手に関心を持つことと、自分の評価軸をいったん手放して関心を向けること。

沢渡:小田木さん、いいコメントをいただきましたよ。「相手に興味を持つ、好奇心を持って聴くという感じですかね」。好奇心っていいキーワードですね。

小田木:対話って、テクニックでなんとかしようと思うとけっこう難しいとも言えますよね。頭の中ではぜんぜん別のことを考えていて、「へー、ふーん。そうなんだー。ほんで?」みたいになっていると、相手は話す気ゼロになっちゃいますよね。

沢渡:はい。

小田木:何が言いたかったかというと、たぶん多くの人は「よっぽど意識しないとできないな」と思われたと思います。でもそれが大事だし、もっと言うとそれでいいと思うんですよね。

スピードを求められるビジネスの世界で、呼吸するように対話のできる人ってなかなかいないと思うんですよ。なので、呼吸のようにできなくてもいいんだけれども、「今は対話モードを発動させるぞ。パチッ!」みたいな。

沢渡:モードの切り替えね。

小田木:そうです。「対話」のカードも「評価」のカードも「議論」のカードも持っていて、必要な時に必要なカードをきちんと切れるのが望ましい状態です。「そこを無視してとにかく対話しろ」というメッセージが逆に混乱を生んだり、対話嫌いを生んだりする可能性がある。

沢渡:「ちょっと雑すぎるよね」という話ですね。

対話を始めるためのプロセスとして「雑談」を使う

小田木:あとは、どんな人も意識しないとできないということは、そもそも「対話って難しい」と受容する。「これからみんなでできるようになっていこうよ」「これからみんなで対話スキルをあげていこうよ」という考えが、大事なスタートになるんじゃないかなと思います。

沢渡:ありがとうございます。「対話の前に、普通に雑談できる関係性を感じます」。これはすごくいいコメントだなぁと思います。対話を始めるためのプロセスとして雑談のカードを切っていって、コミュニケーションを不連続で発生させていく。そんな世界があります。

小田木:めっちゃ接点が薄い人から、急に「あなたの背景は?」って聴かれても、警戒しちゃいますものね(笑)。

沢渡:そうですね。(視聴者コメントで)「さまざまなカードを切っていくことが大事かなと思いました」。

小田木:「対話しようとすると、パワーがいりますね」というコメントもいただいています。

そうなんですよ。けっこうカロリーを消費するので、対話ができるヘルシーさとか、活力を担保することが、エンゲージメントや心理的安全性ともつながって語られる背景が、そこにあるんじゃないかなと思います。

なぜ今「対話」が必要なのか?

沢渡:もう1つが、対話も自分一人で抱えようとしないことが大事だと思うんですよね。例えば「雑談が得意な人」と「対話が得意な人」は違うかもしれないので、分担するとか。あるいは対話の場自体、組織が提供しているオフィススペースやITツールを使ってやっていく。

具体的な話は、後半で小田木さんと一緒にしていこうと思うんですが、対話も仕組み・仕掛けで解決する。対話も自分一人で抱えない。こんな世界も見えてくるのかなと思います。

小田木:ありがとうございます。「そもそも対話って何?」という解像度をみんなで上げて景色合わせができたところで、けっこう時間を食っちゃいましたけれども(笑)、次にまいりましょう。

沢渡:はい。

小田木:そんな対話が、なぜ今必要なのか。今度は沢渡さんの観点から、ぜひお願いします。

沢渡:組織開発・組織目線で、ここは手短に駆け足でいきたいと思います。

小田木:押してしまってすみません。

沢渡:組織開発の観点でいうと、組織にとって望ましい状態、すなわち「Being=こうありたい」。最近はビジョン・ミッション・バリュー・パーパスなんて言われていますが、望ましい状態を定義し、さらにはそこから自分たちにとって望ましい行動を誘発して、自分たちの組織らしい行動を承認していく。

「Doing」というのは行動です。「Being」と「Doing」の行き来を繰り返していくことが、良い組織を作っていくわけですね。自分たちにとって望ましい行動を増やしていくにはどうしたらいいかというと、対話ってものすごく重要です。

「ベテランが答えを持っている」とは限らない時代

沢渡:これは経営者向けの講演でもよく出すスライドですが、左側、過去50〜60年で日本の多くの組織が最適化してきた「統制管理型」「製造業型」のモデルは、どちらかというと組織が答えを持っている前提です。

同質性の高い人たちが、「指示型」の仕事のやり方の中で決められたことをこなす。ないしは、こなさせるやり方の引力が強かったんですね。

ところがVUCAと呼ばれる時代、組織の中に答えがあるとは限らないし、ベテランが答えを持っているとは限らないし、意思決定層が答えを持っているとは限らない。

(スライド)右側の、異質な人たちと越境しながら対話・相互理解して、立場や属性を超えてつながる。

過去に答えのないテーマに自分たちなりに問いを立てて、問題提起して、問題に合意形成して、能力・意欲がある人を束ねて率いて、自分たちなりの答えを出していくやり方にも慣れていかないといけない。

これは別に左側を否定しているわけではなくて、左側にも合理性がある。でも、右側の合理性が高まってきている。このハイブリッドなコミュニケーションで課題解決したり、パフォーマンスを発揮していくやり方にしていかないと、組織は成長しない。

既存の問題・課題の解決も、組織単独、チーム単独では難しくなってきていると思うんですね。そうすると、「俺たちが答えを持っているんだから、そこに合わせろ」ではなくて、対話力が大切です。

お互いの景色を合わせて、自分たちなりの答えを出していくやり方に慣れていくことが極めて重要です。

自律性を下げる「バッドサイクル」に陥らないために

小田木:ありがとうございます。違う人が集まって、ビジョンを共有してゴールを目指すから対話が極めて大事なんだという、このストーリーはすごく腹落ちしますね。

沢渡:そうですね。

小田木:「同じだったら背景まで共有できているだろう」という前提のもと、あまり重要視されなかったかもしれない。

沢渡:そうですね。相手の特性や制約条件、物の見方、考え方を理解しないと、片方の引力で強引に引っ張っていくやり方しかできないわけです。今の時代において対話がものすごく重要だというひも付けが、少しできたかと思います。

「統制型」「オープン型」の特徴は、それぞれスライドに示しましたので、あとでぜひ復習してみてください。

今は盛んに「キャリア自律」と言われたりもしますが、重力が強すぎる左側の「統制管理型」のやり方だけで相手を引っ張って、押しつけて、相手に引っ張られてしまうと、自律的・主体的に物事を考えて行動していく経験が一切養われないし、スキルも身につかない状態になってしまうんですね。

それが、このようなバッドサイクルを生んでしまう。みなさん、この(スライドの)絵を見てどうですか?

今、世の中では「ビジネスモデル変革せよ」「デジタルトランスフォーメーションせよ」と言われているわけですが、「できっこないですよね」と無力感を感じている人も多いと思います。

小田木:「引力を感じてきました」というコメントもいただきました。

沢渡:おっしゃるとおりです。自分たちで問いを立てて、能力・意欲がある人とつながってトライ&エラーして答えを出す経験が、奪われてしまってきているわけですから。

対話力の強化は、組織強化・組織開発につながる

沢渡:ゆえに、ここから日本全体が変革をしていく、主体性を持って行動する人を増やしていくためにも、「対話力」「言語化力」「ディスカッション力」「相互理解力」「合意形成力」といった能力や経験を増やしていくのがものすごく重要になってきます。

小田木:例えば「うちの若手は主体性がなかなかないんだよね」みたいな感じで、誰かを責めたくなる時ってあるじゃないですか。実はそれは個の問題というよりも、そういったサイクルの中で、そうなってしまっている。

もしくは「主体性を阻む何かがある中で結果的にそうなってしまっている」という見方をしてみると、またちょっと違う観点や糸口が見えるかもしれないと思いました。

沢渡:これは、そこで働く個人の成長リスクや、組織の経営リスクになってくるんですね。

小田木:このバッドサイクルが、しかも暗黙の中で回り続けちゃっているということですか?

沢渡:そうですね。したがって、本当の対話力を強化していく。これは、組織強化や組織開発にもつながるテーマだと断言できます。

小田木:ありがとうございます。

プロジェクトのゴールが決まっていないケース

小田木:そして、次のスライドです。

沢渡:小田木さん、説明をお願いできますか。

小田木:そうですね。なぜ今「対話」なのかという背景を、ちょっと別の切り口でお話しします。

チームの中で仕事をする人にとって今、いろんな難易度の高い問題が、いろんなところから降ってきていると思います。

そもそもチーム運営の難易度って、さっきの沢渡さんのお話で言うところの「オープン型」が求められている背景としてもあがっていますよね。

沢渡さんの言葉で「誰も答えを持っていなくて、変化が早くて、いろんな人と協働して成果を出さなきゃいけない時代」という表現がピッタリで好きだなと思っているんです。例えば何かプロジェクトを進める時に、ゴールが固まっていないケースもありますよね。

沢渡:ありますね。フワーっとしていたりね。

小田木:ゴールから決めていかなきゃいけないとか、「このままでいいのかちょっと疑問」みたいなケースとか。

不確実な時代こそ、対話で信頼関係を築く

小田木:あとは仮にゴールがあったとしても、ゴールへ向かうプロセスも1つじゃないケース。いったん進めてみて、経過を観察しながら必要に応じてやり方を変えながら進めなきゃいけないケースなど、かなりあります。

沢渡:まさに、アジャイルにね。

小田木:そうです。さらに同じチームの中でも、価値観や立場、背景の違う人、もしくは部門を超えた人、社外のパートナーと協力し合って進めなきゃいけないケースが多くなってくると、チーム運営の難易度が上昇すると思うんです。

ゴールを決めるにしても、選択肢を決めるにしても、やってきたことを評価して軌道修正するにしても、お互い信頼できる関係を作るにしても、対話は欠かせないよねという観点を、この図でまとめてみました。

沢渡:わかりやすい。組織・チームとして、このジャーニーをみんなで明るく進んでいくための基本行動の1つが、対話だという話ですよね。

小田木:まとまりましたね。