理系の東工大でメディア論を教えるわけ

久保彩氏(以下、久保):柳瀬さん、よろしくお願いします。

柳瀬博一氏(以下、柳瀬):よろしくお願いします。

久保:参加のみなさん、お昼休みにありがとうございます。今回も、約500名強の方にご参加いただいています。チャットにご質問等を入れていただければ、どんどん拾って柳瀬さんにぶつけたいと思います。柳瀬さんと直接話せる機会は、大変貴重かと思います。

まず柳瀬さんから、簡単にみなさんに自己紹介をお願いします。

柳瀬:柳瀬博一と申します。東京工業大学のリベラルアーツ研究教育院、一般教養課程でメディア論を教えています。

ただ大学の教授になったのは2018年からで、それまで30年間は出版社の日経BP社で日経ビジネスの記者や書籍の編集者、日経ビジネスオンラインの立ち上げや広告のプロデューサー等々、いろんなことをやってきました。そしてご縁があって、今東工大で教鞭をとっています。

久保:東工大といえば理系の頂点みたいな大学ですけども、そこでリベラルアーツ、しかもメディア論と。なかなか特徴的ですね。

柳瀬:これは東工大に来てから気づいたんですけど、それまでまったく意識していなかったんですけど、メディアって基本的に理系の産物なんですよね。なんとなく僕のような文系の人間が記者をやったり、テレビ局に勤めたり、セーターを首に巻いたりみたいな感じのイメージがありますよね。

久保:そうですね(笑)。

柳瀬:セーターを首に巻くのは別に理系の方もいいんですけど、なんとなくそんなイメージがあるじゃないですか。実際に東工大生にメディア論をとった正直な理由を聞くと、なんとなく楽しそうだからとか芸能人の話が聞けるかなという感じで来ているわけですよ。

最初に、「僕の授業は、正確に言うとリベラルアーツだけじゃない」という話をするんですね。メディア論は、理系の学生にとって、むしろ必須な実学です。文系の学生にとっては必ずしもそうじゃないけど、理工系の学生は全員体得しないとやばい。

社員が魅力を語るAppleの新商品発表は「メディア行為」

久保:でもそんな教育を受けていないですよね。

柳瀬:理由が3つないし4つあります。まず1つは、理工系の学生は全員メディアになるんですよ。

久保:どういう意味でしょう?

柳瀬:東工大の学生の大半は、研究者・技術者になるからなんですけど、研究者や技術者はほぼ100パーセント論文を書かないといけません。でないと研究者・技術者になれないですよね。そして論文って立派なメディアです。さらに言えば、論文の集大成が、雑誌や書籍やあるいはさまざまなメディアコンテンツ、例えばテレビ番組や映画になったりします。

東工大の場合、学生の9割方が大学院までいくわけです。さらにそのうちの数割が博士課程に進む。つまり、みんな論文を書くのが仕事なんですよ。つまりメディアが本業になるわけなんです。

それから論文とは必ずセットで学会発表や研究会発表があります。これもまた明確なメディア行為ですよね。

久保:なるほど。

柳瀬:研究者の発表の場所が変われば、それがテレビ番組になったりする。NHKスペシャルになったりするわけです。論文発表もまた明確にメディアの仕事です。

また、技術者になれば企業の中でプレゼンテーションして、例えば予算をゲットする時、さらには商品開発をして今だったら発表する時、内部であるいはマスメディアに対してメディア行為を行います。自分の開発した技術や製品を「伝える」わけですから。

1つ参考になるのが、今のAppleの新商品発表です。コロナ禍の今はずっとリモートでやっていますよね。僕は実は、スティーブ・ジョブズの時代よりもむしろいいと思っていて。あの時はカリスマジョブズが1人でポケットからiPodとかを出していましたけど、今Appleの新商品・新サービス発表は社員全員でやりますよね。

久保:やっていますね。

柳瀬:社員全員。その多くはまさにテクノロジストですよね。プログラマーや設計者、現場の物を作っている人たちなんですよ。その人たちが世界に向けて商品やサービスを発表する。タレントが広告するのではなく。あれはメディア行為ですよね。

久保:確かに。

柳瀬:だから理工系で、理工系の道を進むということは自動的にメディアになるんですよ。メディアが本業の一部です。またメディア能力がないと上に行けないわけです。

久保:それで東工大でメディア論。

柳瀬:そうなんです。

久保:なるほど。

メディアを構成する3つの要素

柳瀬:2つ目は今この配信でZoomを使っています。このZoomのサービス、さらにその基盤のインターネット、そしてみなさんが画面を見ているパソコンやスマホ、タブレット。誰が作ってますか? そう、理工系の産物なんです。

メディアを全体として捉えると、理工系の仕組みが仕事の8割を占める。みなさん、今僕がしゃべっているコンテンツ「だけ」をメディアだと思っちゃうんですけど、コンテンツはメディアの一部に過ぎないわけです。

メディアの正体は、コンテンツだけじゃない。コンテンツを流通させるプラットフォームと、コンテンツを発信し、受信するためのハードウェア。以上3点がセットで初めてメディアになります。

今だったら、インターネットというプラットフォームにZoomサービスのサブプラットフォームが乗っています。プラットフォームはコンテンツを流通させる仕組みのことです。

また、我々はエスパーじゃないので、ハードウェアがないと僕がここでいくらしゃべっていても届かないわけです。おそらくみなさん今パソコンかタブレットかスマートフォンで見ているはずですね。これらは全部ハードウェアで、バリバリのテクノロジーの塊ですよね。プラットフォームも、それからハードウェアも理工系の産物です。

そして、新しいメディア、Zoomみたいなサービスは10年前は存在しないわけですよ。15年前だとスマホもないんです。たかだかこの12、3年で生まれた仕組みなんですけど、一方、流通しているコンテンツはさほど変わらないわけです。

変わったのはプラットフォームですね。インターネットとその上にできたアプリとZoomのサービス。そしてハードウェアも変わりました。2007年にスティーブ・ジョブズがiPhoneを発表したわけです。15年も経っていないですよ。

久保:そうですね。それがこれだけ普及しました。

柳瀬:超最近なんです。その意味で言うとタブレットとプラットフォームがあって初めて今Zoomでやっているし、このflier book laboがあるわけです。何が変えたかってコンテンツじゃない。ハードウェアとプラットフォームをテクノロジーで変えて、新しいZoomというメディアサービスが誕生したんですよ。

最初のタブレットは実は粘土板です。粘土板はPadですね。粘土板や壁画の時代から案外コンテンツは変わらないわけですよ。例えば、旧約聖書に書いてある十戒は今でも同じ文章です。乗っかるハードウェアとプラットフォームはどんどん変わっていますよね。

メディアの正体の大半は、実は理工系の作った技術の変化によって変わっているんです。

過去30年間で、日本がアメリカに徹底的に遅れた理由

柳瀬:残念ながら、日本では、メディアは理工系の作るテクノロジーの産物である、ということを大学であまり教えていない。この30年間、日本が徹底的にアメリカに遅れた理由は、GAFAMを見ればわかりますけど、あれはある意味で全部メディアカンパニーですよね。それと同時にバリバリの理工系の人材が活躍している会社でもある。

じゃあ、GAFAMが過去20年作ってきたのは新しいメディア環境であり、それを作ってきたのは理工系の人材だ、という認識が日本にあったか。多分あんまりなかったはずです。

久保:確かに。

柳瀬:日本で数少なくそこらへんを自覚してやっている会社が、例えばソニーだったり任天堂だったりするわけです。それは井深さんや盛田さんが最初から自分達がメディアカンパニーである、と明確に思っていたからなんです。

久保:へぇー、さすが。

柳瀬:ちょっと話が長くなりましたが、今日の話につながるんですよ。理工系の人間が全員メディアであるというのは、実はテクノロジーがメディアの本質のかなりの部分を占めているということです。難しい話じゃないですね。

僕の話は専門用語を1つも使っていないので誰でもわかるし、「あっ、なるほど」と思うと思うんですけど、こういう話って日本ではほとんど誰もしてくれていなかったんですよ。

アメリカでは、理工系の大学にプレゼンテーションスキルを徹底的に教える講座が必ずありますし、だから「プレゼンするのが仕事」というのが明確化されているわけです。メディアという言い方をしているかどうかは僕は知りませんが、実質的にはやっているわけですよね。

久保:柳瀬さんは普段から東工大で、そういう危機意識や関心を持っていない理系の方々に、プレゼンテーションという表現でしたが、自分の研究や自分自身を外に売り込むことの大切さや、具体的な手段のところも含めてメディア論というかたちで、教えてらっしゃるということなんですね。

柳瀬:そうですね。

久保:なるほど。

従来のマスメディアは「一方通行」

柳瀬:メディア論というと、マスメディアのジャーナリズム論をわりと指すイメージがけっこう強いと思うんですよ。それは重要な分野ですけど、一方でそれは、メディアを語るジャンルの1つです。

ただ、「メディア論=マスメディアのジャーナリズム論」というイメージが強いがゆえに、理工系の学生からすると「あっ、私たち俺たち関係ない」って思われがちの部分もあります。

でも今や、赤ちゃんからおじいちゃんおばあちゃんに至るまで全員メディアに関係しているんですよ。

潜在的には今ここにつながっている人も、それから小学校6年生以上のほぼすべての日本人はマスメディアなんですよ。

久保:マスとは、思っていなかったけども、そこを意識することでマスメディアなりうるということですね。

柳瀬:そうなんです。

久保:柳瀬さん、ちょっとだけ「マスとは?」とチャットで聞かれています。

柳瀬:マスメディアというものの定義が必要になりますけど、その前に「メディア」の定義がそもそも必要なんです。まずマスと言った時にマスメディアの一般的な名称で使われるのは、TV、新聞、雑誌、ラジオの4大マスメディアですよね。この4つが過去言われていたマスメディアです。

おそらく、例えば映画だったり、売れている本なんかもマスメディア的なものとしてみなさん認識していると思います。「不特定多数の人に、一方的にプロが作ったパッケージ化されたコンテンツを流す仕組み」のことをマスメディアと僕らは認識しているわけです。

久保:なるほど。

柳瀬:裏を返せば、マスメディアはインタラクティブじゃない。一方通行。コミュニケーションとメディア行為は別のもの。そんなイメージがずっとあったわけです。

じゃあメディアって何かと言うと、英語ではmeduimですから、間にあるものという意味なんですね。何の間にあるものかというと、情報と情報の間にあるものがメディアなんですよ。つまり、メディアってそもそも人間のことなんですよ。

久保:そうか、そういう意味で「全員が」ということでもあるんですね。

柳瀬:そうです。そもそも全員メディアなんですよ。ある情報を自分にインプットして自分の中でエディット、編集してアウトプットする。これは、息するようにみんながやっていることですよね。みなさんがやっているあらゆる情報収集と発信はこれです。これは人間だけじゃなく、生き物全員がやっているんですよ。

久保:なるほど、それがマスの世界に公開できるテクノロジーになったということですね。

テクノロジーがマスメディアに与えた影響

柳瀬:わかりやすく言うと、最初のインターネットは、学者たちによる論文や情報交換の部分が大きかったわけです。ワールドワイドウェブというのは欧州のCERNで生まれましたが、学者たちの情報交換のところで生まれたわけです。ティム・バーナーズ=リーが作りました。

その時は非常にスピーディにできる学者たちの指針ですよね。封筒に自分の論文と手紙を入れて送るのは時間がかかるわけですよ。昔だと、3週間とか1ヶ月とか。それが瞬時にできちゃう。「うわ、便利だね」と学者の人たちが始めました。この時はコミュニケーションですよね。

みなさん、コミュニケーションとメディアは違うもんだと思っていたわけですけど、個人間でのインタラクティブなメディア行為をコミュニケーションと言っているわけです。

インターネットの拡張によって、このインタラクティブな「メディア行為としてのコミュニケーション」と「情報を一方的にマスで流すマスメディア」が、同じ回線でできるようになっちゃったということなんです。

久保:なるほど。自分がこのテクノロジーの使いようをきちっと理解し、認識すれば、マスと言われる世界のプラットフォームは20年前から開放されているし、誰でも使えるようにかなり整備もされているということなんですね。

柳瀬:そうです。だから、TwitterやYouTubeを見ればわかるように、世界で最も有名なミュージシャン、例えばテイラー・スウィフトと無名の子が並んでいたりするわけですよね。これは、マスメディアしかなかった時代ではありえないわけですよ。

久保:そうですね。

柳瀬:タワレコにもずらっと並ぶわけですよ。例えば、3年前に高校生で自宅でカラオケマイクで歌っていた女の子が横に並び、2年前にその子がテイラー・スウィフトより日本で売れるようになっちゃった。Adoさんですよね。そういうことがネットで起きた。

特に音楽の世界はボカロ(VOCALOID)が出て、実際のマスメディア化する個人がどんどん出ていますよね。

米津玄師さんもYOASOBIさんもそうだし。Adoさんは昨年の夏のワンピースの劇中曲を全部歌って、彼女が今年のオリコンやBillboardのチャートを全部取っちゃいましたよね。でも彼女の顔を我々は未だに1回も見ていないわけですよね。ということなんですよ。